医師で連続起業家の物部氏に聞く、M&Aへのカギとなる「課題の見極め」と「ピボット戦略」|医師の起業

橋爪:皆さんこんにちは。Beyond Next Venturesで医療機器やデジタルヘルス分野の投資を担当している橋爪です。

今回は、医療系スタートアップ界隈で頻繁に名前の挙がる起業家 兼 精神科医の物部真一郎さんに注目。物部さんは、医療分野での起業から事業のピボットを経て、マイナビ社によるM&Aに成功しました。以降、シリアルアントレプレナーやエンジェル投資家として活躍している稀有な人物です。

医療分野の起業は、臨床現場の課題を解決するだけではなく、ビジネスとして成功させる必要がある」との強い信念を持つ物部さんは、ビジネスモデルの研究に余念がなく、収益化に対して強いこだわりがあります。彼がそんな信念を持つに至ったのは、ある理由がありました。

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プロフィール

物部 真一郎

精神科医/合同会社ovelo 代表社員/日本スタンフォード協会理事/高知大学医学部特任准教授/ビジネスアナリスト

物部 真一郎

1983年京都府生まれ。高知大学医学部を卒業後、精神科医として医療現場に従事。その後、スタンフォード大学経営大学院に進学し、MBAを取得。同校在学中の2014年、医師のための皮膚科相談プラットフォーム「ヒフミルくん」起ち上げるとともに、株式会社exMedio(エクスメディオ)を創業。2019年企業売却、2022年代表退任。以降、医療向けのサービス開発や投資活動に注力。2023年1月、高齢者の孤立や孤独の課題解決を目指す会社「超楽長寿」を設立。

橋爪 克弥

Beyond Next Ventures株式会社 パートナー

橋爪 克弥

2010年ジャフコ(現ジャフコグループ)入社。産学連携投資グループリーダー、JST START代表事業プロモーターを歴任し、約10年間一貫して大学発ベンチャーへの出資に従事。2020年に当社に参画し、医療機器・デジタルヘルス領域のスタートアップへの出資を手掛ける。2021年8月に執行役員に就任。投資部門のリーダーを務めるとともに、出資先企業のコミュニティ運営を統括。主な投資実績はマイクロ波化学(IPO)、Biomedical Solutions(M&A)、Bolt Medical(M&A)等。サーフィンが趣味、湘南在住。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了

医療ミスの経験が起業のきっかけに

物部さんは、そもそもなぜ起業を考えるようになったのでしょうか?


物部:どの医療現場も課題だらけで、病院内には非効率なところや仕組みをたくさん発見できます。まだまだデジタル化は進んでいません。裏を返せば、医療現場は「起業ネタの宝庫」です。

また、起業した経緯には、過去の経験が深く関わっています。私は精神科医ですが、精神科の医師は人数が少なく、他の医師から支援を受けたり相談したりができず、孤独です。そんな環境下で私は、医療ミスをしてしまったことがありました。

精神科病院に勤務していたとき、主治医として担当していた入院患者さんが皮膚疾患の症状を訴えていました。それで、ステロイド剤を処方していたら、どんどん悪化してしまって。結局、感染する病気を見落としていたことがあとから判明しました。そんな大きな失敗の経験も、医師の抱える課題を解決したいと強く思うようになったきっかけの一つでした。

医師は現場医療という、深い社会貢献ができる一方で、貢献できる範囲が特定の地域や病院内に限定されてしまう側面があります。そうした「狭さ」を、デジタルの力によってお互いをつなぐことで解決できるはずだ、との想いも起業を考えるきっかけでした。

それでも、すぐには起業をしなかった?

物部:起業はしたかったのですが、課題の解決策を私はまだ持っていませんでした。ビジネスらしき経験は、大学時代に四国の病院の広報誌を作った程度しかない。その経験だけで全国展開を目指すサービスを起こすのは無理があると考えていました。

2014年当時はまた、現在ほどスタートアップのエコシステムが確立されておらず、周囲に相談できる人がいなかったことも、すぐに起業へ至らなかった理由の一つです。ベンチャーキャピタルの存在すらあまり理解しておらず、「起業は自分で借金を背負って始めるもの」程度の認識しかなかったのです。

それでまずは、修行する時間と場所を求めてスタンフォード大学へ留学し、MBAを所得することにしました。

2014年当時は、確かに起業する人自体が少なかったですね。

物部:今でこそ起業のノウハウがたくさん存在し、相談できる相手が周囲にいる環境が整ってきていると思いますし、以前に比べたら医師の起業家も増えましたから情報を共有できます。今ならMBA取得は必須ではないかもしれません。でも当時は、アメリカで学べて良かったと思います。

MBAで起業するきっかけを得たのでしょうか?

物部:留学中に起業したのですが、アメリカではちょうどオンライン診療が広がっていたタイミングでした。また、アメリカの医療現場は日本よりもはるかにデジタル化が進んでいて、とても効率的に医療が行われている様子を目の当たりにしました。そのとき「日本でも展開できるモデルがここにある」と。

先述の強い課題感を持っていた「医師の孤独問題」を解決したくて、医師同士が相談できるサービスを作ろうと思いました。それで2014年にexMedioを創業し、医師のための皮膚科相談プラットフォーム「ヒフミルくん」をスタート。

当時はまだまだ少なかった、医療系の起業家として上場を果たした先輩や、Beyond Next Venturesの伊藤さんをはじめいろんな投資家のアドバイスを聞きながら事業を進めていきました。

「課題の発見」と「広さ」の見極めが重要

2015年にBeyond Next Ventures1号ファンド2社目の投資先としてexMedioに投資をさせていただきました。起業時に考えるべき外せないポイントを教えてください。

物部:「課題から発見するか」or「技術からスタートするか」。起業を行う上でどちらを先に行うのがいいのか、といった議論がよくなされます。

私の見識では、医療従事者の場合は、技術からスタートするのはなかなか難しいと思っています。なぜならば、医療者は医療現場の課題発見と解決するための方法論の初期仮説を作るプロではありますが、その課題を解決するための技術や継続性を担保するためのビジネスモデルを考えるプロではないからです。つまり、「課題から発見する」が、医師が行う起業の第一歩です。

ただし病院の中は課題が多すぎるため、課題を発見しただけで即起業してしまうのは安易過ぎます。

課題にもう一歩踏み込んで、

・自分たちだけの課題なのか
・自分たちの病院やチームだけが感じる課題なのか
・医療従事者や医師全体が感じている課題なのか

こうした「課題の広さ」を考える必要があります。

実はexMedio起業後にピボットするのですが、そうせざるを得なかった理由の一つが「課題の広さ」にありました。「ヒフミルくん」は、絶望するほど困った自らの原体験から、「似たような立場で悩みを抱えた医師が他にもいるはずだ」と深い課題意識を持って立ち上げたサービスです。

しかしいざ蓋を開けてみると、それは医療者全体の課題ではなかったのです。全国の医師30万人が抱えているほどの広さを持つ課題ではありませんでした。つまり、課題の広さ」を考慮していなかったことこそが、当初のモデルが上手くいかなかった最大の原因で、盲点でした。ただ、10年経った今でもいちユーザーとして活用しているほど、自分にはマッチしていることも事実です。

このときの経験から、どの程度の医療従事者が感じている課題なのか、多くの人が持っている課題なのかを考えることの重要性を認識しました。

課題の広さとは「課題が認知されている状態と、その広さ=認知している人の多さの掛け合わせ」のことです。起業時のアイデアやサービスの成否は、一つは課題の広さで決まります。

TAMの小ささと収益モデルの弱さが露呈

課題の広さ以外に、ピボットを決断した理由はありますか?

物部:事業の目指す未来を山登りに例えると、実は、ミッションとビジョンという山の「頂上」の設計は変えていません。その上で、山の登り方を変えるのが、ピボットという認識です。

ピボットを実行したもう一つの理由は、TAM(Total Addressable Market:総獲得可能市場)の規模が小さかったことと、市場から収益を得るビジネスモデルが上手くいかなそうだったことです。もちろん、事前にヒアリングなどを行い、精度の高い仮説は持っていました。それでも収益化は想定外に難航したため、ピボットを決断しました。

キャッシュ残高から逆算して何回トライできるか

ピボットを行う際は「対象の疾患自体を変える」「双方向型のサービスに変える」など様々な選択肢がありそうです。キャッシュが減る中でピボットを決断することは、物部さんも相当プレッシャーを感じたのではないでしょうか。決断時にどのようなことを考えていましたか?

物部キャッシュが尽きるまでにあと何カ月残っているか。そこから逆算してピボットの方向性を考えていきました。今もそうなのですが、私の場合は1年間のスパンよりも長めに会社経営が保つよう、資金調達を行います。

そのスパンの中でいくつかのパターンをシミュレーションして抽出し、その時点でもっとも成功の可能性が高そうな新規事業を選びました。しかも、その見立てすら外れる可能性がありますから、キャッシュバーンレート(現金燃焼率)の時間軸を睨みつつ「この仮説ならあと何回トライができるか」をイメージし、ピボット先を選びました。

ここまで慎重に考えても、本当にその仮説で事業が軌道に乗るのかどうか分かるまでは時間がかかる。だから日々ドキドキしていました。最終的に、「少しだけ追加したようなサービス」を選んだんですけど、「その程度の改善で事業がいい方向へ向かうのか?」という不安も同時にありました。

今振り返ると、あまり時間がかからずに検証段階までこぎつけられてよかったですし、まったく新しいサービスをゼロからやり直していたら、結果が見えるまでもっと時間を要していたと思います。

ただしいずれにしても、もっと初期の段階でビジネスモデルをあらゆる角度から検討し、叩きまくることに時間を費やすべきだったと今は後悔しています。たとえスタート地点とゴール地点が同じでも、一度走り出すとスタート地点の位置を変えることはもうできません。あらかじめ、もっとビジネスモデルを研究しておくべきでした。

マイナビ社とのM&Aを選択した理由

その後にマイナビからのM&Aを受け入れました。どのような判断があったのでしょうか?

物部:実は当初、M&Aではなく事業を伸ばすための提携でした。ところが、その提携期間の数カ月がとてもいいフィット感だったのです。マイナビの皆さんとご一緒する中で、自分たちが自力で資金調達をして進めていくよりも、「もっと早く山の頂上にたどり着ける」と感じました。

あるいは、大手企業の傘下で成長させた後にIPOを目指すスイングバイIPOも可能性はあるかもしれないとは考えていましたが、一度傘下に入ると実際は難しいと考えました。

M&Aがいい出会いにならないケースもありますが、その点は問題なく?

物部:本当にいい出会いに恵まれて、M&Aに向かって一緒に走れる期間があったこともあり、とてもいい関係でバイアウトできたと思います。

ちなみに当時は2019年でしたが、現在は今以上にM&Aの件数が増えていて、多くの選択肢の中から決められるので、もっといい時代になっていますね。

成功のコツは医療現場から離れず居続けること

起業からイグジットまで上手く進められたポイントを教えてください。

物部:「自分がユーザーとして使い続けるかどうか」はかなり重要だと思います。というのも、医師が起業して社長業に浸かってしまうと、どうしても現場から離れてしまう。そんな人をたまに見かけます。

すると、同時にビジネスで解決したい課題へのコミットからも離れてしまう。その一方で、臨床に多くの時間を費やし過ぎるのも、私はおすすめしていません。上手くバランスを取ることが必要ですが、私の場合はある程度、現場に居続けて時間配分をコントロールできました。離れ過ぎず現場に居続け、課題に接し続けてユーザー目線を保ち続けたことが、上手くいった要因の一つだと思います。

今もユーザーとしてサービスを使い続けていますしね。

物部:ヒフミルくん、とてもいいサービスですよ(笑)。

現在はどのような活動をしていますか?

物部:2020年に私はexMedioの代表も取締役も降り、それ以降はベンチャー投資や、事業経営の経験を活かした伴走支援などの活動を行っていました。

2023年1月には、新会社「超楽長寿」を起業し、私の持つテーマの一つ「孤立孤独」という社会課題を解決するサービスを始めています。exMedio時代の仲間数人と立ち上げました。

医師の方のみならず、これから起業を考えている方やすでに起業した方にとって、とても参考になるお話を伺えました。本日はありがとうございました!

Katsuya Hashizume

Katsuya Hashizume

Executive Officer / Partner