世界の医療を変えるDTxとは?注目される背景と国内外の事例を紹介

世の中には個人が気軽にダウンロードできるようなヘルスケアアプリが数多く存在しますが、今は病院でもアプリが治療薬として処方されることをご存知でしょうか。当然ながら、医師が処方するアプリは一般的なヘルスケアアプリとは異なり、厳しい審査を経たものばかり。

そのようなアプリを「DTx(デジタルセラピューティクス)」と言います。日本はDTxの歴史が浅く、実際に処方されている種類も少ないものの、アメリカでは10年以上前から医療機関で処方されてきました。

今後、さらに市場が拡大していくと言われるDTx。今回は世界的に注目される背景や、従来の医薬品とどのような違いがあるのか紹介します。また、弊社キャピタリストによる考察(コメント)も最後に記載しておりますので、ぜひお読みいただけたら幸いです。

DTx(デジタルセラピューティクス)とは

米国のデジタル治療提供企業の業界団体である「Digital Therapeutics Alliance」によれば、DTxとは「医学的疾患や疾病の予防、管理、治療のために、エビデンスに基づく治療的介入を行うもの」と定義されています。日本では「治療用アプリ」と呼ばれることもあります。

日本では医薬品医療機器総合機構(PMDA)による医学的効果の検証・審査のもと、薬事承認を得て、次に厚生労働省による保険適応の可能性についての評価を受けなければなりません。ヘルスケアアプリが誰でも自由に利用できるのに対し、医師に処方されなければ利用できないのも大きな違いです。

ちなみに流通・販売にあたって薬事承認が必要なデジタル技術は「医療機器プログラム(Software as a Medical Device:SaMD、サムディー)」と呼ばれ、DTxもその一つです。一方で健康増進を目的としたデジタル技術は「Non-Software as a Medical Device:Non-SaMD、ノンサムディー」と言われています。

DTxが注目される背景

日本でDTxに関心が集まったきっかけは、2014年11月に旧薬事法の改正で薬機法が制定され、ソフトウェアも医療機器として規制対象になったことでしょう。その後、2017年にはデジタルへルス分野の業界団体「Digital Therapeutics Alliance」が設立され、DTxが大体的に提唱されるようになりました。翌2018年に厚生労働省の「保険医療分野AI開発加速コンソーシアム」で取り上げられたのも、大きな注目を集めたきっかけになったでしょう。

なぜ国を挙げてDTxの普及を促進しているのか?第一には、アプリを活用して行動変容を促したり、患者の行動やデータを用いることで、新たな治療・診断・予防などの手段として期待されていることが背景として挙げられるでしょう。ほかには、医療業界の人材不足も挙げられます。超高齢社会が進む日本では、医療サービスを受ける人口が増加する一方で、就業者は不足しています。より効率的に、かつ質の高い医療サービスを維持し続けるにはデジタル技術を活用したDTxの存在が欠かせないのです。また、日本を含め多くの国で医療費が高騰しているのも大きな理由のひとつ。これまでの医療サービスが価格に対して適切な品質かどうか疑問が呈されており、より質の高いサービスを提供するためにDTxの必要性が叫ばれています。

従来の医薬品と比べたメリット・デメリット

既存の医薬品と並んで新しい選択肢となるDTxは、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。大きなメリットは、これまで治療薬で効果が見られなかった患者に対する新しい治療法を提供できることや、患者の院外のデータも蓄積することで、個人に最適化した利用を提供できる点でしょう。

ただし、DTxにもデメリットはあります。それは患者側にもITリテラシーが求められること。従来の医薬品であれば、それが塗り薬であれ飲み薬であれ、誰もが簡単に使うことができました。しかし、DTxは患者がアプリを操作しなければならず、人によっては大きなハードルになる可能性があります。

医療従事者も、アプリやシステムの使い方を正しく理解し、患者に伝える手間と責任が生じるのです。医療現場に受け入れられる商品開発が求められると同時に、医療現場にも新しい治療法を受け入れる覚悟と準備が必要になるでしょう。

アメリカのDTx代表事例

アメリカでは2017年以降、FDAが40以上のデジタル治療(DTx)プロダクトを承認しており、世界のDTx市場を牽引しています。どのようなサービスが処方されているのか見てみましょう。

BlueStar(糖尿病)

BlueStarは米WellDoc社が糖尿病患者向けに開発したデジタル治療アプリで、2010年に米国食品医薬局(FDA)から医療機器として承認を受けた世界初のDTxです。18歳以上のⅠ型及びⅡ型糖尿病患者を対象としており、糖尿病患者の血糖値や血圧、服薬状況、食事や運動の管理を一括して行うことができます。

収集したデータをAIが解析し、リアルタイムで糖尿病患者個々に最適化されたコーチングを行うことで、血糖値の低減だけでなく健康全般の改善を可能としています。2019年には、日本のアステラス製薬株式会社とサービス開発および商業化について戦略的提携に関する契約を締結し、本格的な日本進出に取り組み始めました。

Butterfly iQ(全身超音波スキャナ)

Butterfly iQは、米Butterfly Network社が開発したポータブル型全身超音波スキャナです。FDAより認証を受けており、従来の超音波検査機に比べて破格の値段で提供されています。一般的な超音波検査機が9000~2万ドルという高額で、かつサイズが大きいのに対し、同製品は2000ドルと安価な上に電動髭剃りほどのサイズ。

患部にジェルを塗ってiPhoneに接続した同製品をあてるとモノクロのエコー画像がiPhone上に映し出されます。これまで医療画像を利用できなかった医療発展途上国を中心に展開されていくと予想されています。

日本のDTx代表事例

日本でも2020年以降はDTxの承認が続いています。その事例を見ていきましょう。

CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー(ニコチン依存症)

株式会社CureAppがニコチン依存症患者を対象に開発したデジタル治療アプリで、厚生労働省から医療機器として承認を受けた国内初のDTxです。同社HPによると、「ニコチン依存症の心理的依存にアプリを通じてアプローチし、患者様の考え方や行動を正しく変容することで正しい生活習慣に導き治療するデジタル療法」と記載されています。

医師が介入することができない診察と診察の間の治療空白に対して、アプリが患者個人に最適化された行動変容を促し、それを定着させるようサポートします。

CureApp HT 高血圧治療アプリ

株式会社CureAppと自治医科大学内科学講座循環器内科学部門が共同して開発された、高血圧症患者に対する治療用アプリです。2022年3月9日に薬事承認を取得し、国内では2番目の承認となりました。

血圧モニタリングと生活習慣のログから、患者さんごとに合わせた食事や運動、睡眠等に関する知識や行動改善を働きかける情報を提供。患者さんの行動変容を促し、正しい生活習慣の獲得をサポートすることで、継続的な生活習慣の修正が可能となり、治療効果をもたらすことが期待されています。

サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ

サスメド株式会社が開発した不眠障害治療に用いるアプリで、2023年2月で承認を受けました。自宅等でアプリに日々の睡眠時間等を入力し、医師はその入力内容等に基づき患者の症状を把握することで、患者が取るべき行動等を送信して行動変容を促します。

2021年12月に塩野義製薬株式会社と販売提携契約を締結。なお、英国では日本に先駆けてアプリを用いた不眠障害治療のエビデンスを蓄積してきました。2022年に英国国立医療技術評価機構(NICE)による診療ガイドラインにおいて、CBT-I をベースとした不眠障害治療が推奨されています。

DTxの市場規模・動向

株式会社グローバルインフォメーションの市場調査レポートによると(DTx)の市場規模は、2021年の37億9,000万米ドルからCAGR29.0%で成長し、2028年には225億1,000万米ドルに達すると予測されています。

先述した通り、アメリカでは既に40以上もの製品がFDAの承認を得ており、他の先進国も負けじとDTx市場の活性化を図っています。アメリカに継ぐSaMD立国であるドイツでは、デジタルヘルス法(Digitale-Versorgung-Gesetz:DVG)を制定し、よりスピーディにDTxを提供できる体制を整えました。

そのような海外の動向を受けて、厚生労働省が公表したのが「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD:DX(Digital Transformation) Action Strategies in Healthcare for SaMD(Software as a Medical Device))」です。

令和3年4月よりプログラム医療機器審査管理室などを設置し、プログラム医療機器の実用化の促進に向けて国を挙げて動いています。スタートアップに限らず、多くの大企業もDTxの開発に注力しており、さらなる注目が集まることでしょう。

(文: 鈴木 光平)

まとめ:キャピタリスト橋爪よりコメント

Katsuya Hashizume

Katsuya Hashizume

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DTxは、医療のデジタル化により、従来は病院の中で行われることが当たり前だった医療行為が、自宅での早期発見・治療・予後のモニタリングなどに用途として広がっていくことを可能にします。

また、スマートフォンにより利用者の行動変容を促すことで治療が可能になるなど、従来の薬や医療機器で治療が出来なかった慢性疾患などがDTxによって治療・診断・モニタリングが可能になる、という革新的な技術です。

日本で活躍するDTxスタートアップの特徴としては、「医師起業家が多い」ことが挙げられます。これは、臨床現場や病院におけるニーズを的確にとらえていることや、アプリやAIなどのテクノロジーの開発がコモディティ化してくることで開発のハードルが下がってきていることなどが背景にあります。

国内においては、CureAppやサスメドをはじめとする治療用アプリを開発する会社が、製品の販売開始を本格化する段階となり、今後は製品化・薬事承認をいかに実現するかというフェーズから、「病院・医師・患者へいかに届けるか」という段階へ市場が成長してきたと感じております。

また、今後のトレンドとしては、スタートアップのみならず大企業の参入も増えて市場がさらに活性化していくでしょう。例えば、サイバーエージェントが2023年2月にドラッグストア・調剤薬局向けに治療用アプリの企画・開発ソリューションを提供する「デジタル創薬準備室」を設立したことは注目すべきニュースです。さらに、ChatGPTなどのGenerative AIやブロックチェーンなどの活用がさらに広がり、新たなDTxプロダクトも次々と出てくるでしょう。

Beyond Next VenturesではDTxの国内代表企業であるCureAppやサスメドにリード投資をしているほか、医師起業家の起業支援も積極的に行っています。今後ますます活性化するDTx市場をはじめ、医療ヘルスケア領域でチャレンジしたい方は、私たちにご相談ください。

Beyond Next Ventures

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