次世代の代替タンパクとして大注目の精密発酵技術とは

皆さんこんにちは、Beyond Next Venturesアグリフードチームの有馬と梁です。今月から定期的に技術トレンド情報などを発信していきたいと思います!

初回のテーマは「精密発酵」です。いま世界では、地球に優しく、そして畜産だけに依存せず食料を安定供給できるフードテックが注目されており、日本の大企業も続々参入しています。なかでも最近特に注目されているのが「精密発酵」技術です。

精密発酵技術を一言でまとめると、私たち人間に必要なタンパク質や栄養を『微生物』から作れる技術です。つまり、私たちが牛や鶏から摂取している乳タンパク質や卵白タンパク質などを微生物に生産してもらうのです。

今回は、そんな精密発酵技術のすごさ、海外スタートアップ事例、資金調達動向などについてお届けします!

精密発酵技術のすごさ

精密発酵技術をもう少し詳しくお伝えすると、「ターゲット分子(作りたいタンパク質等)を合成する遺伝子を微生物に導入して、その微生物を培養して増やすことで、最終的に作りたいタンパク質を精製する技術」です。では、従来の畜産や植物栽培などと比べて、精密発酵の何がすごいのか。大まかな利点として以下3つが挙げられます。

  1.  1.微生物によるタンパク質生産は、必要な水、土地、餌などの資源量が圧倒的に少なくて済むため環境負荷が小さい
    2.伝染病や天候などの外部環境の影響を受けにくいので、安定供給ができ、価格変動リスクが小さい
    3.アニマルフリーであるため、ベジタリアン等含めてより多くの消費者が摂取でき、アニマルウェルフェアの問題も回避できる

こういった背景をもとに世界では面白い精密発酵スタートアップが続々誕生しています。次項では、精密発酵企業に加えて、その他の発酵関連技術により事業を行うスタートアップの事例をピックアップしました。

発酵関連スタートアップの海外事例

精密発酵という領域は、日本ではこれからですが、海外では近年急速に企業数が増加しており、2019-2021年の3年間では新たに29社のスタートアップが設立されました。「Precision」が精密発酵、「Biomass」がバイオマス発酵、「Traditional」が伝統的発酵を指します。ここではそれぞれの注目すべき企業を取り上げます。

精密発酵スタートアップ事例:Perfect Day

Precision(精密発酵)カテゴリーに属する「Perfect Day」は2014年にアメリカで創業されました。アメリカの乳製品の市場規模はなんと12兆円を超えており、非常に魅力的なマーケットです。同社は精密発酵由来の乳タンパク質を使用した牛乳、アイスクリーム等をすでに販売しており、KiriやBoursinなどのブランドチーズで有名な仏ベルグループと提携してクリームチーズを発売しました。また、2022年後半には、同社の乳タンパクがインド食品安全基準局に承認され、最新のバイオリアクター等を持つ現地の研究開発企業「Sterling Biotech」社を買収し、巨大市場であるインドで本格的な商用化を進めています。
URL:https://perfectday.com/

バイオマス発酵スタートアップ事例:Meati Foods

Biomass(バイオマス発酵)カテゴリーに属する「Meati Foods」は2016年にアメリカで創業されました。バイオマス発酵とは、糸状菌やキノコなどの菌自体を代替肉などの原料として使用するために培養して増やす技術です。糸状菌は元から繊維構造をもつため、植物肉に比べて肉特有の食感を再現するのに適しており、最短18h~数日と菌の成長が速く、タンパク質を効率的に生産できることが特徴です。Meati Foodsが作る糸状菌由来の代替肉は、肉と遜色ないタンパク質を含んでいることに加え、食物繊維が多く、コレステロールやトランス脂肪酸を含まないため、低環境負荷なだけでなくヘルシーである点も消費者から支持を得ています。これまでに約2.7億ドルの資金を調達しており、米スーパーマーケット「Sprouts Farmers Market」と提携して、同社「Eat Meati」シリーズのカツレツやステーキを米23州380店舗で販売しています。
URL:https://meati.com/

伝統的発酵スタートアップ事例:The Mediterranean Food Lab

最後に、Traditional(伝統的発酵)カテゴリーに属する「The Mediterranean Food Lab」を紹介します。伝統的発酵はその名の通り私たちが普段から口にする味噌や納豆などの食品でも使用される従来の発酵、すなわち、微生物による食品の分解を活用した技術である。The Mediterranean Food Labはイスラエルで2019年に創業された企業であり、この発酵技術の応用方法がユニークなので紹介したいと思います。

彼らは、主に代替肉・代替魚向けに、穀物、豆類、野菜などの残渣を発酵して肉の風味や旨味を与える調味料を開発しています。これは、いわゆる肉エキスなどの天然調味料を、動物の骨や肉を使用せずに完全植物性で作ることができる、というものです。この発酵では、微生物が植物残渣を分解した際にできるアミノ酸や分解過程で生じるビタミンやミネラルなどの成分を調味料として活用します。

同社によると、ステーキや焼肉などの肉料理に使用される肉は、世界の肉消費量の約4割で、残る6割がスープやソースなど他の食品をより美味しくするための調味料(出汁、肉エキスなど)として使用されていると言います。また、既存の植物性の代替肉は、消費者の舌を満足させる品質のものはまだ少なく、さらなる普及には美味しさの向上が求められています。

それゆえ、「植物を発酵して肉風味の調味料を作ることにより既存の動物性の調味料を代替し、また、代替肉の味を向上させる」という同社の植物性調味料には、非常に注目しています。
URL:https://www.med-food-lab.com/

以上、特に注目している海外のスタートアップ事例を紹介しました。次のセクションでは、食品関連の精密発酵スタートアップ企業の資金調達状況をまとめました。

精密発酵スタートアップの資金調達動向と、日本の可能性

海外の精密発酵関連スタートアップを累計調達額が多い順に10社並べてみました。


これを見ると、やはり米国の調達金額の多さが目を引きます。また、乳タンパクを微生物生産のターゲットとしている企業が多く、人口100万人あたりのユニコーン企業数が世界首位を誇るイスラエルでは、2社ともに乳タンパク関連です。

さらに、Perfect Day社やMotif社のように、実験室レベルから商用化スケールへ移行するのに必要な実験設備の提供によって他の精密発酵スタートアップを支援する事業を展開する企業も現れ始めています。

日本国内ではまだ精密発酵スタートアップは少ないですが、もともと日本は「発酵食品大国」であり、醤油、味噌、漬物など和食に欠かせない食品が伝統的発酵により作られています。つまり、微生物を活用した食料生産は私たちの生活にも非常に身近な存在であり、奈良時代に初めて今の日本酒の原型ができ、室町時代には種麹の製造方法が確立され、明治時代には麹が一般向けに販売されてきた歴史を振り返ると、微生物を制御するという観点で潜在力は十分にあります。

いま日本では一次産業従事者の高齢化と後継者不足の問題が深刻化していますが、発酵技術を上手く活用して既存の畜産や酪農による生産を補完することができるようなスタートアップが現れることを期待しています。

Beyond Next Venturesのアグリフードチームは、より豊かな社会の実現に向けて、未来の食・農を発展させていきたい方々を支援していますので、この領域で挑戦したい方はぜひ気軽にご相談ください。

参照元

Crunchbase:https://www.crunchbase.com/
Good Food Institute: 2021 State of the industry report, Fermentation
Foovo:https://foodtech-japan.com/2022/09/21/nutropy/
マルコメ株式会社 公式HP:https://www.marukome.co.jp/koji/history/
記事内で紹介した各社の会社HP

Akito Arima

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Partner

Tetsuji Leung

Tetsuji Leung

Venture Capitalist