日本の腎臓病治療の在宅化・オンライン化は進むのか?

皆さんこんにちは!Beyond Next Venturesで医療機器・ヘルスケア領域への投資を担当している松浦です。今月から、メディカルチームでも定期的に情報発信していきたいと思います!

私は腎臓結石の新規治療法をテーマに博士号を取得後、新卒でBNVへキャピタリストとして入社し、医療機器やヘルステックの領域を担当しています。特に、DTxを含めたSaMDの領域に関心があります。今回の記事では、研究時代のテーマとも通じる透析を含む腎臓病治療について、遠隔診療・オンライン診療の切り口から迫ってみたいと思います。

透析患者数が世界で2番目に多い日本

腎臓病のうち、ステージが進んだ慢性腎臓病(CKD)の患者は日本国内におよそ1,300万人いるとされ、新たな国民病と言っても過言ではない状況です。諸外国と比較しても、例えば透析患者数では日本は2番目に多く(人口百万人あたりの患者数:台湾3,593人、日本2,682人、韓国2,376人、タイ2,366人、シンガポール2,030人、アメリカ1,706人[1]、この値は年々増加しています。

また、日本で透析にかかる医療費は年間1兆円を超え、総医療費の約3~4%を占めています。医療保険や支払制度の違いもあるため、国ごとの比較が難しい面もありますが、いずれにせよ慢性腎臓病への対策は政策面・テクノロジー面のどちらにおいても急務であることは間違いないでしょう。

腎臓病治療の在宅化

腎臓病を含めた慢性疾患に対する介入として、特にコロナ禍における事情も相まって、近年急速に遠隔医療が普及してきました。米国の国立衛生研究所(NIH)は、遠隔医療をサービスの種類によって下記のように分類しています[2]。

  1. テレコンサルテーション
    医師が別の専門医からアドバイスを受けるもの。MRI画像の読影など医療情報を共有するものなども含まれる。また、手術中の患者データを共有し、適切な介入を取れるようサポートするサービスも出てきている。
  2. 遠隔モニタリング/遠隔ホームケア
    ウェアラブルデバイスなどを用いて、患者のデータを経時的に取得するもの。
  3. ポイントオブケア
    患者が自宅近くの医療機関で治療を受けることを可能にするもの。特に地方など医療アクセスが限定される環境において求められている。

ヘルステックにフォーカスした米国のアクセラレーターであるRockHealthによると、2021年にはデジタルヘルス関連の企業による資金調達額は300億ドル弱となり、前年比で2倍の値となっています[3]。この内、大型調達の例として、在宅での腎臓病ケアを進める「Monogram Health」を取り上げてみたいと思います。

米Monogram Health社の事例

Monogram Health社は2018年の設立ながら、2021年6月にシリーズBで$160 million、2023年1月にシリーズCで$375 millionと順調に資金調達を進めています。同社は腎臓病患者が自宅でも疾患をコントロールできるよう、医療保険制度と提携したバリューベースでの遠隔診断プラットフォームを提供しています。同社のサービスの特徴としては、ウェアラブルデバイスを用いた患者のバイタルデータ測定、独自アルゴリズムに基づいたリスク予測、投薬管理などを含めた個別の治療プラン策定が挙げられます。また、ボードメンバーとして元メディケア、メディケイドの担当者や上院議員などが在籍しており、政策面の課題に対しても深い知見を有するチーム体制も高い評価に寄与していると思われます。

バリューベースでのサービス提供は特にアメリカでのニーズに合致していますが、それだけでなく、疾患のモニタリングから投薬、追加治療のリコメンドまで一貫して扱っている点がユニークだと考えています。日本においても医師の働き方改革が叫ばれており、医療機関の現場における負担軽減は急務です。またウェアラブルデバイスなどの普及により、データ管理の環境も徐々に整ってきています。そのため、在宅環境で取扱い可能なデバイス(あるいは医療機器)を用いた、常時モニタリングと治療個別化を目指す流れは近い将来訪れるのではないかと感じています。

しかし、アメリカだけでなく中国やイスラエルなどでも遠隔診療サービスが目覚ましい進展を見せている中、日本では諸外国と比べてその普及が遅れていると言わざるを得ません。原因として、診療報酬体系など政策的な面でも指摘することは可能ですが、医療アクセスの悪さなどの課題がアメリカほど顕在化していない事も挙げられそうです。私は、日本では健康診断の体制が整っているため、そのデータを取得しプロダクト開発に繋げる流れや、それ以外での日常でのタッチポイントを増やしていく流れがくると予想しています。また、冒頭で述べたように慢性疾患の患者数が増加傾向にあることを踏まえると、遠隔診療による介入が有効であるというエビデンスを示していく必要があると思われます。

次に、国内事例として、在宅透析の普及を目指す北里大学発のスタートアップ「Physiologas Technologies」を取り上げてみたいと思います。

日Physiologas Technologies社の事例

Physiologas Technologies社は水道配管が不要な小型透析装置の開発に取り組んでおり、通常、医療機関では100L以上の水が必要なところを5L以下に減らすことを可能にする技術を有しています。北里大学での研究成果である「生理活性ガス」の応用技術により、血液浄化に用いる人工生体膜の長期使用を可能にし、デバイスの小型化とあわせて在宅透析のボトルネックの解消を目指しています。日本国内だけでなく、大型の透析設備を潤沢に用意できないような国へ展開できるポテンシャルも有していると思われます。

同社が目指す透析機器の小型化や、別のアプローチとして体内に腎臓機能を模した機器を埋め込むようなソリューションは、アメリカでも登場してきています。例として、OutsetMedical社やNxStage社などは資金調達も順調に進んでおり、個人的にも今後の発展に期待している領域の1つとなっています。

デバイスとプログラム(SaMD)の相互発展が鍵

私自身、博士課程で急性腎不全や腎臓結石の研究に携わってきましたが、「発症後の治療薬」についてはメカニズム含め研究開発も進んできているものの、その前段階である「未病」「予防」フェーズについてはアカデミアだけでは限界があると感じていました。その理由としては、マウスを用いた実験デザインが難しいこと、行動変容などの知見も含めた領域横断的なソリューションが必要であること、などが挙げられるのではないかと考えています。

そのような状況下で、期待している技術の1つがSaMD(Software as a Medical Device)です。SaMDは疾患治療・服薬管理などをデジタル技術を用いて行うものの総称で、国内でもCureApp社やサスメド社が開発に取り組む治療用アプリなど、高い注目を集めています。

既に臨床研究で疾患治療への効果が実証されているものも出ており、その有用性は間違いないと言えますが、今後解決していかなければならない課題として以下3つがあると考えています。

「どう行動変容を促すか」
「いかに患者に継続して使用してもらうか」
「いかに有用なデータを経時的に取得するか」

この文脈において、Apple WatchやOura Ringに代表されるウェアラブルデバイスが重要になってきますが、デバイスとアプリケーションを統合し、疾患治療(あるいは管理)に応用するまでにはまだ至っていないと感じています。

「ヘルスケア=健康増進」の段階からより踏み込んでいくためには、特にデバイス面でのアップデートが必要であるように思います。測定精度や生活に馴染むデザイン、バッテリーなど解決すべき課題は山積していますが、これらの分野でイノベーションが起きれば、よりSaMDの研究開発も進むのではないでしょうか。患者との経時的なタッチポイントを獲得するためのデバイスと、それを意味あるデータとして治療に活用するプログラム、この両輪が上手く回ってこそSaMD領域の更なる発展があると考えています。

いかがでしたでしょうか。今回は疾患としては腎臓病を、技術としては遠隔医療をテーマに取り上げてみました。引き続き様々なトレンドにフォーカスした記事を書いていきたいと思いますので、今後も楽しみにしてください。

ソース
[1] United States Renal Data System, “2015 USRDS Annual Data Report vol.2”
[2] National Institutes of Health, Telehealth
[3]Rock Health, “2021 year-end digital health funding: Seismic shifts beneath the surface”

Kyohei Matsuura

Kyohei Matsuura

Venture Capitalist