世界市場700兆円を超えるフードテック市場において注目すべき3つの技術領域

有馬:こんにちは、ディープテック・スタートアップに投資を行うベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesで、食や農業領域の専門キャピタリストとしてパートナーを務める有馬です。

世界の市場規模が数年後には700兆円を超えると言われるフードテック市場。アグリ・フードテックスタートアップへの投資金額も世界的に年々右肩上がりで増え、2021年は前年の約2倍にあたる517億ドル(約7兆円)もの資金が投じられました。

世界を見渡すと既に成功を収めている企業がいる一方で、これから参入を考えている人や企業にとっては、次に来るトレンドが気になるところでしょう。一口にフードテックと言っても、新しい素材の開発から一次産業の効率化、流通の効率化など様々な領域があり、参入する領域を選ぶのは容易ではありません。

そこで今回は、これまで数々のアグリ・フードテックスタートアップを見てきた私が、フードテック市場の現状とこれから成長が期待される3つの領域を紹介していきます。

フードテックの主戦場はバリューチェーンの下流から上流へ

有馬:まずはフードテック市場の現状を見ていきましょう。現在多くの資金が集まっているのがサプライチェーン(流通)の効率化や下流に関わるサービスです。

流通に関しては、日本では古くから農作物関連をJAが管理していましたが、生産者と市場を直接繋げる「ポケットマルシェ」や「食べチョク」のようなサービスに注目が集まっています。

他にも「ウーバーイーツ」に代表されるようなデリバリーサービスは活況で、海外では既にユニコーン企業も現れ始めました。日本にも外資系のデリバリーサービスが参入しているので、その勢いを感じている方も少なくないでしょう。

しかし、今からこの領域の市場に参入するのは危険であると個人的には思っています。この市場は資本力勝負のため、先に市場のパイをとったプレーヤーに後続が勝つのは容易ではありません。

では、これからどこに資金が集まるかというと、サプライチェーンの上流、つまり生産にかかわる領域だと考えています。具体的に私が注目している領域は次の3つです。

  • 代替タンパク
  • 持続可能な農業を実現する資材
  • 機能性食品

それぞれどのような可能性があるのか見ていきましょう。

代替タンパク質

2023年現在、地球の人口は80億人を突破しましたが、国連の調査によると、2030年には約85億人に、2050年には100億人に達すると予測されています。人口の急激な増加により世界的な食糧危機が予想されていますが、その中でも喫緊の課題となっているのがタンパク質不足です。

人口増加に加え、発展途上国の経済成長によりお肉を食べる人が増えるものの、食用の家畜を増やすのは簡単ではありません。家畜から放出されるメタンガスは温室効果ガスの原因になるほか、家畜を育てることで森林破壊や海洋汚染の環境破壊に繋がり、餌の供給も追いつかないからです。

一大産業となった植物肉市場

そこで注目されているのが、代替タンパク質。従来の食用肉に代わる新しいタンパク源の開発が急速に進められています。日本でもスーパーでも「大豆ミート」を見かけるようになりましたし、大豆ミートを利用した食事を提供している飲食店も増えています。アメリカでは既に「植物肉」のユニコーンも登場し、一大産業となりました。

しかし、植物肉の市場も2〜3年前がピーク。これから参入するのは得策ではありません。植物肉の技術はさほど難しくなく、技術力で巻き返すのが難しいからです。最終的には資本力での勝負になるため、スタートアップが付け入る隙間はほとんどありません。

次に来る代替タンパク質は「培養肉」

植物肉の次の代替タンパクとして注目されているのが、肉を細胞培養することで作られる「培養肉」です。2-3年ほど前から本格的な事業化が始まりましたが、未だ量産段階まで来ている企業はありません。しかし、これから5~10年で市場にブレークスルーが起きて、私たちの身近な存在になると考えています。

国内の培養肉の代表プレーヤーであるインテグリカルチャーはフォアグラの培養を進めるスタートアップです。2019年には世界初となる「食べられる培養フォアグラ」の生産に成功し、2023年にはアヒルの肝臓を形成する細胞を培養し、食品素材として利用することに成功しています。同社は他には類を見ないコストを抑える特許技術を有しているため、世界で戦っていける可能性は十分にあるでしょう。まだ商品が販売されていませんが、今後の活躍が大いに期待されています。

持続可能な農業実現のための農業資材の開発

2つ目の注目領域である農業資材の領域は、日本が国を挙げて盛り上げようとしている領域でもあります。2021年6月に農林水産業が発表した「みどりの食料システム戦略」において、「化学肥料や化学農薬の低減」という目標項目があるのです。

2050の最終目標に向けて、10年ごとにマイルストーンが示されており、指針に対する取り組みには補助金も用意されています。その取組の一つとして注目を浴びているのが、農作物のポテンシャルを高める「バイオスティミュラント」。

(参考:バイオスティミュラントとは?世界で注目される背景と日本の課題を解説

日本ではまだバイオスティミュラントを開発しているスタートアップは1社しかありませんが、既に海外では市場が拡大しており、今後日本でも成長が期待されています。これから日本でも農家の株式会社化が始まり、より生産性を高めるために、このような新しい資材が使われていくでしょう。

今は自給率も低く、海外に依存している日本ですが、新しい資材の誕生により農業が進歩すれば、逆に日本が食糧の輸出大国になるのも全くの夢物語ではありません。先程も言ったように、美食大国日本の作物は海外でも評価が高く、ものづくりに続く日本の新しい経済の柱になる可能性も十分に考えられます。

機能性食品

最後の注目領域は「機能性食品」。今後、売れる食品は二極化していくと予想していて「すごく美味しい」か「すごく身体にいい」食品しか消費者に選ばれなくなると思っています。そして、スタートアップが参入できる余地があるのが機能性食品です。

例えば最近では「ヤクルト1000」を飲むとよく眠れると話題になって、薬局などで品薄状態になっていましたよね。今後は同じ美味しさなら、口にして健康的メリットを感じられる食品しか売れなくなっていくでしょう。

例えば、AlgaleXという会社は、これまで捨てられていた藻類などからDHAなどを抽出し、様々な病気に治療効果を期待できる食品を作る技術を持っています。食事を摂るだけで健康を維持し、薬に頼らない社会を作るのが彼らのビジョンです。

他にもゲノム編集を利用したスタートアップも次々と生まれています。グランドグリーンは野菜にゲノム編集を施し、より栄養価が高くより多く収穫できる野菜を開発していますし、リージョナルフィッシュはより短期間でより大きく育つ魚を開発しています。

これらの食品は単に従来の栄養素を強化するだけでなく、これまでになかった健康効果も付加しているのです。整腸作用や肌が潤う効果が期待できる魚があったら、そちらを選びますよね。

このように、食品で様々な健康メリットが得られるようになると、今度は薬やサプリメントが売れなくなるので、創薬業界やサプリメント業界も機能性食品に参入してくるはずです。様々な技術やノウハウが集結することで、今後加速度的に市場が盛り上がっていくでしょう。

フードテックの今後の課題はルール作り

これから期待する3つの領域について紹介しましたが、全ての領域に共通して言えるのは、今後は市場のルール作りが鍵を握っているということ。フードテックはここ数年で急激に技術が進歩してきたため、日本はまだ法律の整備が追いついていません。

ルールがない方がいいと思われる方もいるかもしれませんが、実はこれは真っ当なスタートアップにとっては危険なことです。ルールがなければ粗悪品も出回りやすく、中にはそれで被害を受ける消費者もいるかもしれません。粗悪品によってイメージが悪くなれば、それだけ市場が立ち上がるのに余計な時間がかかります。

一刻も早く法律ができてルールを整えること。それがフードテックにおける喫緊の課題と言えるでしょう。

フードテック領域で起業・事業経営をするには

有馬:Beyond Next Venturesでは、研究者の方に対しても、ビジネスパーソンの方に対しても、フードテック領域での起業やスタートアップの経営者に就く機会を提供しています。

例えば、研究者の方向けには「BRAVE」という技術シーズの事業化支援プログラムを提供しています。経営者候補となるビジネスパーソンとマッチングしながら本当の創業を実践できるのが特長で、累計200名以上の研究者の方にご参加いただきました。

また、ビジネスパーソンの方向けには、キャピタリストと共同でスタートアップを立ち上げる「INNOVATION LEADERS PROGRAM」というディープテック創業実践プログラムを展開しています。このプログラムでは特定領域の研究で事業化予定のシーズを持つ国内トップクラスの研究者の方とディープテック・スタートアップの創業に挑むことができます。

上記に加えて、弊社の出資先スタートアップの経営メンバーとして参画する機会も数多く提供しています。

今すぐ起業やスタートアップ経営に興味がある方はもちろん、相談相手がほしい、具体的なネクストステップを知りたいという方も、ぜひ私までコンタクトいただけたら幸いです!

Akito Arima

Akito Arima

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