シード期のディープテック・スタートアップに投資をするベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesがお届けする「DEEP TECH PIONEERS」シリーズ。BNVメンバーがそのディープテックの魅力や起業/経営参画ストーリーを、研究者・起業家・経営者にインタビューする企画です。
第5回のゲストは、石川県立大学発の合成生物スタートアップ、ファーメランタ株式会社創業者兼代表取締役CEOの柊崎庄吾氏。かつて外資系の証券会社で活躍していた柊崎氏が、なぜ自身の専門分野を超えてディープテック・スタートアップを創業したのか。
今回はそのキャリアの転換点と、生涯をかけたいと思える起業テーマの見つけ方について伺いました。
プロフィール
柊崎 庄吾ファーメランタ株式会社 代表取締役CEO
ファーメランタ株式会社代表取締役CEO。バークレイズ証券株式会社に新卒入社し、その後ドイツ証券株式会社へ。一貫して、投資銀行部門にて消費財セクターにおけるクロスボーダーM&Aや資金調達のアドバイザリー業務に従事。合成生物学の技術的可能性に強い関心を持ち、共同創業者である南・中川と出会い、ファーメランタ株式会社を設立。東京大学経済学部金融学科卒業。NEDO SSA(研究開発型スタートアップ支援)フェロー。
親族の影響で起業を志すも、アイデアが見つからずに就職へ
(三國)まずは起業を考えるようになったきっかけを聞かせてください。
柊崎:家族の影響で、幼い頃から起業には関心がありました。父も祖父も一代で事業をしていましたし、母方の祖父も自分で事業をしていたので、自然と自分も起業するものだと思っていて。むしろ、父は一度も就職せずに起業していたので、学生時代は「自分もそろそろ起業するテーマを見つけないと」と焦りを感じるほどでしたね。
実際に学生時代には100以上ものアイデアを考えてはみたのですが、どれも視野が狭く、世界を変えるようなアイディアには思えなくて。「世界を変えるような事業にこそ、チャレンジする価値がある」と強く思っていた私は、まずはちゃんと社会に出て経験を積み、自分の視野を広げようと思ったのです。結果的に、就職して数年を過ごすことになりましたが、今ではその経験があってよかったと思っています。
起業アイデアは「既に自分の人生に散らばっている」
最終的に人生を賭ける起業テーマが見つかったのですね。どのように見つけたのか聞かせてください。
柊崎:私は「これだ!」と思えるテーマを見つけるまで7年かかりました。元々起業テーマは新たに見つけるものだと思っていたのですが、実は自分の人生経験の中に点在していました。そして起業を決意した瞬間は「それらの点が線に繋がった時」だったのです。
起業したファーメランタは、合成生物学を応用して希少成分を微生物発酵により低コストで量産する技術を開発しています。私は学生時代からサイエンスに興味があり、合成生物分野の書籍にも触れていました。
また、JICAの青年海外協力隊で訪れたケニアでは、当時マラリア患者が年間350万人も発生しており大きな社会問題になっていました。しかし、2013年に植物由来成分「アルテミシニン酸」を微生物発酵させる技術が発表されたのです。もともと特効薬は存在していたものの、植物からの抽出による量産が難しいことが課題だったので、「この技術はすごい」とものすごい衝撃を受けました。なぜなら、応用幅が広く、例えばケニアのように農業に向かない、かつ、栄養の偏りのある地域でも、農業をせずに栄養成分を生産することができるので、食や健康問題の課題解決に繋がるからです。
当時は、その分野で自分が起業するとは全く考えていませんでしたが、後から振り返ると自分にとっての原点になっていたのです。
すぐには起業に繋がらなくても、起業テーマの種として育っていたのですね。
柊崎:そうですね。ケニアでの経験がきっかけで、世界が抱える問題や食の課題について興味を持って調べるようになりました。合成生物学による物質生産という分野は既に世界的に注目が集まる中、国内では目立った動きが無かったため、「自分がやろう」と思うようになったのです。
金融業界に進んだのも「様々な業界を見てみたい」という思いがあったからで、そのように考えたのもケニアでの経験が繋がっているのかもしれません。
ケニアでの無力感が「社会を根本から変えたい」というモチベーションに
実際に起業を考えてから、ベンチマークしていた会社があれば教えてください。
柊崎:先日経営破綻してしまいましたが、アメリカのAmyris社はベンチマークしていました。業界の人なら誰でも知るような企業でしたが、それでも経営破綻してしまったので、余計に技術的な難しさを痛感しましたね。
また、ベンチマークではありませんが、味の素や協和発酵バイオといった企業についてはよく調べました。日本で発酵産業の先陣を切ってきた会社を知ることで、私たちも次世代の発酵産業を作ろうと思ったのです。
「産業を作る」という大きな仕事に人生をかけようと思ったきっかけもあるのでしょうか。
柊崎:ケニアで働いていた時に感じた無力感が影響していると思います。働きながら「自分がここでボランティアをしても、世界は何も変わらないな」と考えていて。その葛藤から、社会を根本的に変える何かを探し始めましたし、その答えが今の事業だと思っています。
私たちの事業で、機能性のある成分を効率的に生産して人々に届け、健康面から人々の生活に貢献できると思った時に、心のもやもやが晴れていったように感じました。そして、世の中を根本的に変えるためには技術が必要で、それこそがディープテックの意義だと思っています。