研究所150箇所、研究者2万人の衝撃。つくば市長が挑む「スタートアップ都市」への変貌

「日本の競争力が落ちている」

世論を始め、至るところでそのような声を聞くことが多くなった。しかしそんな中、「150に近い研究機関を有し、2万人の研究者がいる」国内屈指の成長ポテンシャルを秘めた都市があるのはご存知だろうか。

ーーー茨城県つくば市だ。2017年の野村総合研究所の調査「成長可能性都市ランキング」で6位にランクインした。特にここ数年市内に存在する研究所の技術を活かしたスタートアップの創出に力を入れている。

今回は最前線でその指揮をとるつくば市長 五十嵐 立青氏にその戦略を伺った。

五十嵐 立青(いがらし・たつお)

1978年生まれ。筑波大学国際総合学類、ロンドン大学 UCL公共政策研究所修士課程、筑波大学大学院人文社会科学研究科修了、博士(国際政治経済学)。つくば市議を経て、2016年よりつくば市長。いがらしコーチングオフィス代表として経営層にコーチングプログラムを提供、株式会社コーチ・エィにおいては公共部門を立ち上げ自治体向けのリーダーシップ開発プログラム推進。地域では農場「ごきげんファーム」を設立、100名ほどの障害のあるスタッフが農業で働く場をつくる(現在は代表退任)。 第20回American Council for Young Political Leaders、第2回German-Japanese Young Leaders Forum、第20回 New Generation Seminar等の国際プログラムでの日本代表。第1回マニフェスト大賞最優秀成果賞ノミネート、第11回マニフェスト大賞首長部門優秀賞受賞。

技術系スタートアップの「死の谷」を越えるための提携

2018年12月に「つくば市スタートアップ戦略」を発表してから多くの支援策を実施しています。特に「筑波研究学園都市が持つ研究・技術・事業シーズを社会に実装し、社会問題の解決や革新的な技術開発を進めるためのスタートアップエコシステムの構築」に力を入れています。

しかし、取り組みを進める中で見えた課題が、テクノロジー系スタートアップでは経営者人材を確保することに非常に苦労している点です。国内で支援している機関も少ない。

一方で、Beyond Next Venturesは、起業家と共にポテンシャルのある技術シーズの実用化(社会実装)を目指して、ベンチャーキャピタル業のみならず大学・研究機関等の技術シーズ(研究者)とビジネスに強い経営人材のマッチングにも積極的に取り組んでいます。加えて、同社は筑波大学発スタートアップへの出資もしており、つくば市の状況もよくわかっていらっしゃいます。

両社で連携しお互いの強みを活用できれば、技術系スタートアップの成功率を上げられると考え、2019年7月に連携協定を結びました。

つくばはグローバルなスタートアップエコシステムになれる

スタートアップが持つ可能性を引き出すために、2018年4月に「スタートアップ推進室」を設置し、起業経験を数回持つ「スタートアップ推進監」を民間から採用しました。

また、「つくば市スタートアップ戦略」として、潜在的起業希望期からレイターステージまで24の施策も設定しました。具体的には、スタートアップ推進の拠点となる「つくばスタートアップパーク」の整備や外国人就労ビザのサポート、社会実装トライアルの支援などがあります。

では、なぜここまでスタートアップ支援に自治体として力をいれるのか。その大きな理由は、つくばは全国の自治体の中でもスタートアップ都市としてのポテンシャルが非常に高いと考えているからです。

ご存知の方も多いと思いますが、つくばには約150の研究機関と約2万人の研究者がおり、世界に大きなインパクトを与えうるアイディアが多く眠っている街です。これだけ人材とアイディアが狭いエリアに集積した都市は、国内外を見ても数えるほどしかないと投資家からも評価されています。起業という切り口でみても、筑波大学は東大、京大に次いで国内で3番目にベンチャー創業数が多く、学生起業も盛んです。

中国出張で得た気づき

先日、『赤いシリコンバレー』とも言われている中国の深圳に行きました。先方の副市長から記念品として頂いたのは、深圳市のスタートアップが開発したヘルスケアデバイスでした。自治体の記念品というと、額に入った盾や写真、置物などが多い。でも、彼らは自分たちの街のスタートアップが創った最先端のプロダクトを記念品として選んでいるのです。

自治体内で産業を起こし、外に発信していくことがつくば市の目指す姿ですが、残念ながらまだ深圳のような段階には達していません。しかし、同時に実現への希望も感じました。

つくばには研究機関や大学など技術系「研究シーズ」、すなわち世界に大きくインパクトをもたらす可能性があるディープテックが数多く存在し、産業化の芽は少しずつですが育っています。

ロボットスーツ「HAL」のサイバーダイン(2014年上場)や、睡眠医療に特化したS’UIMIN(スイミン)、AIで誤嚥性肺炎を防ぐPLIMES(プライムス)、低軌道衛星向け通信インフラを手掛けるワープスペースなど、ロボット・AI・宇宙などの高度な技術を活かしたスタートアップが出てきています。

2019年7月に虎ノ門のベンチャーカフェ東京で、つくばのスタートアップエコシステムを紹介するイベント「Tsukuba Startup Night 2019」を開催しました。そのイベントに500名を超える方の参加があり、過去最高の参加人数だったそうです。東京でもつくばのスタートアップエコシステムに関心を持ってもらえていることは大きな意味があると思います。

つくば市は2つの「宿題」がある

つくばには、2つの解くべき宿題が今あります。

1つ目は、市民にテクノロジーの恩恵をもっと感じてもらえる環境をつくること。いくら有望な技術や人材がいたとしても、市民がその恩恵を受けていると感じられなければ意味がありません。

2つ目は、テクノロジー系スタートアップが経営者人材を確保しやすい、成長しやすい環境をつくること。

テクノロジーを社会や様々な環境に役立たせることへの一翼を担うことが、世界有数の研究学園都市であるつくばの責務だと考えています。

しかし、2年に一度実施している市民意識調査では、「つくばが『科学のまち』であることの恩恵を感じることがありますか?」という質問に「ない、あまりない」と回答した人が半数を超えていて、この結果には非常に危機感をもっています。

科学技術が市民の生活に役立つことは間違いありません。だからこそ、科学技術の社会実装によってその恩恵を市民に身近に感じてもらうためにも、テクノロジーの製品化・サービス化が重要です。

ではそのために何が必要か。欠かせないのが、テクノロジーと事業化のギャップを埋めるための経営や資金調達の専門知識です。 いかに素晴らしいテクノロジーをもっていても、それを適切に社会実装できる形にできなければ世の中に還元することはできません。しかし、それらの知識を1から1人で学ぶ必要があるとは思いません。すべてを1人でやるよりも、すでに経営などの専門知識をもつ「仲間」を見つけ、協業する。これが素早く事業化し成功率を上げる鍵になるのではないでしょうか。

最後に

Beyond Next Venturesでは、研究成果の実用化を目指す研究者の皆様を応援しています。
すぐに資金調達には結びつかずとも、社会実装を目指す方はぜひ我々にコンタクトしてください。
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