技術で拓く次世代農業──TOWINGと描くグローバルアグリテック戦略

近年、気候変動対策や食料問題への意識の高まりから、サステナブルな農業技術への注目が集まっています。その中で、名古屋大学発スタートアップである株式会社TOWINGは、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を活用した革新的な農業ソリューションで国内外から期待されている企業です。

この度同社は、シリーズBラウンドで19.4億円の資金調達を完了し、さらなる事業拡大とグローバル展開を加速させています。今回は、TOWING代表取締役CEOの西田 宏平氏をお招きし、Beyond Next Ventures パートナーの有馬が、創業の背景から「宙炭」の可能性、そしてグローバル戦略に至るまで詳しくお話を伺いました。

プロフィール

西田 宏平 氏

株式会社TOWING 代表取締役 CEO

西田 宏平 氏

名古屋大学大学院環境学研究科卒業後、大手メーカーでの研究開発を経て、2020年TOWINGを設立し代表取締役に就任。未来永劫、おいしい作物が食べられる世界を実現するべく日々邁進している。

有馬 暁澄

Beyond Next Ventures株式会社 パートナー

有馬 暁澄

2017年4月丸紅入社。穀物本部にて生産から販売までのアグリ全般に携わる。また、アグリテック領域のスタートアップ投資チームを立ち上げる。2019年に当社に参画し、アグリ・フードテック領域のスタートアップへの出資・伴走支援に従事。2022年にパートナーに就任。農林水産省や大企業と連携し、産学官連携プロジェクト(農林水産省「知」の集積プログラム、「フードテック研究会/ゲノム編集WT」代表、スタートアップ総合支援事業「AgriFood SBIR」PMなど)にも取り組む。目標はアグリ・フード領域のGAFAを生み出すこと。慶應義塾大学理工学部生命情報学科卒業。

“宙炭”が拓く、農業と気候の新常識

有馬:シリーズBの資金調達が無事クローズしたばかりのお忙しいタイミングにもかかわらず、資金調達の背景や今後の展望、そして4月に開催されたグローバルカンファレンスに関するお話を伺いたくお時間をいただきました。まずは西田さんご自身と会社の紹介をお願いします。

西田氏:TOWINGは、名古屋大学や農研機構、京都大学などで開発されていた、微生物を活用した土壌改良技術の社会実装を目的に立ち上げた会社です。未利用のバイオマスを炭化し、そこに微生物を定着させることで新しい土壌改良資材、いわゆる農業資材を開発しています。

有馬:TOWINGさんの技術は一般の方には少し理解しにくい部分があると思うので私の方からも少し補足すると、クライメートテックとアグリテックがここ数年で盛り上がっている中である意味新しく生まれたプロダクトだと感じています。

併せて私が感じているTOWINGさんの特徴を3つご紹介すると、1つ目はアカデミアのシーズをベースとして創業されている点。2つ目は時代の流れと合致した、という点も影響していますが新しいマーケットを作られた点、そして3つ目は創業当初からグローバル展開を見据えてチームを組成されている点があり、非常にユニークな企業だと思います。

西田氏:マーケットを作れた点はおっしゃる通りで、2020年にEUは「Farm to Fork戦略*」、2021年には農林水産省が「みどりの食料システム戦略法*」という、持続可能な食料生産に関する方針を策定したタイミングが創業時期と重なったことは大きかったです。そしてアメリカでも同様の取組がはじまり、アグリ領域でのサステナブルな取組への転換期を迎え、市場が形成されはじめたことで流れを掴むことができました。

* 欧州委員会「Farm to Fork戦略」:https://food.ec.europa.eu/horizontal-topics/farm-fork-strategy_en
*農林水産省「みどりの食料システム戦略法」:https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/

なぜ「土」で起業したのか?──西田氏の原点

有馬:創業のタイミングについて時代の流れがあったとはいえ、表現選ばずに「なぜ『土』のプロダクトで創業しよう」と思われたのかは率直に気になっており、ぜひ教えていただきたいです。

西田氏:私のバックグラウンドは農学ではなく環境学で、科学の力で環境問題を改善する勉強をしていたのですが、とある講義で「人類は化石燃料を食べて生きている」と話していた教授の講義が衝撃的で、私自身にすごく刺さりました。

そこから学びを深め、太陽光発電や再生可能エネルギーなど、エネルギーにおけるサステナブルな技術の普及が進んでいるにもかかわらず、食料生産の分野の技術が非常に遅れていることを知ったんです。「いつか食環境においてもサステナブルに転換する時代が来る」と思い、その転換のキーになるのが土壌だと考えたことが「土」をプロダクトにした理由です。

あと大学で研究していたことを社会実装したいと考え、起業を決意しました。大学には素晴らしいシーズがたくさん眠っていますが、それを社会実装するプレイヤーが少ない。ならば自分でやってみよう、という考えも創業のきっかけになっています。

「投資家との対話」と「仲間との出会い」がターニングポイントに

有馬:私が西田さんとはじめて出会った頃は正直、ビジネスモデルや事業戦略と言えるレベルではなかったそんな時代を知っているので、ここまで企業として成長されていることが本当にうれしく思っています。

振り返ってみて、思い当たるターニングポイントはありますか。

西田氏:シリーズAに向けた資金調達過程での経験が大きかったと思います。私は投資家の方々とのコミュニケーションの機会をとても大切にしていて、資金調達のラウンドではおおよそ50-100社ほどの投資家の方々と対話をします。

当時は私とCOOの木村の2名体制で事業開発と資金調達を並行して進めていたのですが、当初予定していたディールが突然破談になるなど、本当に厳しい局面も経験しました。日々、投資家の方々から厳しいご指摘をいただき、考えの至らなさを痛感することも多かったのですが、それらを真摯に受け止め事業計画を磨き上げることに注力できた過程は今も非常に貴重な学びを得る時間になっています

あとは仲間作りです。私は自分自身のことをカリスマ性のある経営者ではないと思っているので、仲間を集めることに力を入れました。実は創業初期に宇宙農業プロジェクトを進めており、正直、儲かる絵を描くのが難しい事業ではあったのですが、このプロジェクトが創業初期のコアメンバーを見つけるきっかけになったんです。

月や火星のような微生物が少ない砂状の土壌を我々の技術で農業可能な土に変え、宇宙で畑を展開するという壮大な構想でプロジェクトだったからか、“面白そう”と興味を惹くことができ、100名ほどの有志メンバーが集まりプロジェクトを進めることができました。

有志メンバーの中には愛知県内の大手企業で勤務されている方など非常に優秀な方も多く、チームアップしてプロジェクトを進める一連の流れを経験できたことは私自身にとって大きな学びとなりました。そしてそのプロジェクトメンバーから創業初期のTOWINGのコアメンバーとなる仲間も見つけることができたことは大きな財産で、最初のチーム組成がうまくいくとその後もいい出会いに巡り合うことができるのだと感じています。

創業当初の様子

信頼と準備が生んだ19.4億円、調達戦略の全貌

有馬:今回のシリーズBの資金調達について、新規の出資者も多数加わりましたね。全体的に以前から関係性を築かれていた企業が多かったと思いますが、投資家の方と接する際に気を付けていた点などあれば教えてください。

西田氏:今回のシリーズBにおいては、事業会社を含む多様な投資家と連携する必要があり、事前の信頼構築が極めて重要でした。よって調達ラウンドを開始する以前から想定される出資候補の企業と共同研究や実証プロジェクトを動かし、リアルな接点を築いてきました。投資の意思決定を促すのは、事業シナジーの実感と中長期的な関係性の構築に尽きると思っています。

有馬:ベンチャーキャピタリストとして、資金調達において大切なことは事前準備で7ー8割決まると話しているのですが、TOWINGさんはまさにその点を入念に取り組まれてきたと感じています。

私たちBeyond Next Venturesが出資を決めた理由についてもご紹介させていただくと、ディープテックという領域では、技術そのものの優位性はもちろん重要ですが、それを社会実装に繋げる「柔軟さ」と「吸収力」が不可欠です。その点において西田さんを中心としたチームの力がとても素晴らしく、投資家から受ける多数の意見から学びを得て進化を遂げるスピードがとても速かったと感じています。

またアカデミア発の深い知見と確かな技術力がベースにあることや、クライメートテックやアグリテックといったグローバルなトレンドに合致し、新しいマーケットを創出する可能性を秘めていた点も投資の意思決定を後押ししましたし、創業初期からグローバル展開を視野に入れていた点も高く評価させていただいています。

西田氏:一方で今回のラウンドでも大変なことはありました。それは社内における研究開発メンバーとの調整です。自画自賛になってしまいますが、弊社の研究チームが持つ技術はすごいと私自身も感じていて、すごいが故に私たちの技術を使っていろんなことができてしまうという贅沢な悩みがありました。

土壌改良資材以外の栽培ユニットなどのプロダクトがあてはまるのですが、商品ラインナップのアイデアが膨大にあるんです。それは素晴らしいことなのですが、経営者という立場で考えると、利益とコストを考え適切な意思決定をすることが求められます。

よって場合によってはプロダクト開発を止める、または諦めてもらうことも必要になるのですが、研究開発のメンバーは各技術に愛着を持っているので、そう簡単には納得してもらえないことも多く・・・社内の調整は非常にハードでした。しっかりと膝をつき合わせてお互いの意見の落としどころを見つけるのは、投資家の方々の対応と同じくらいタフだったと感じています。

有馬:社内外問わず、真摯に向き合われ続けたからこそチームアップに繋がり、今回のラウンドは19.4億円というとても大きな資金を調達の結果に繋がったのですね。今回集めた資金はどのように活用される予定でしょうか。

西田氏:今回の調達資金は主に3つの用途に充てる計画です。

1つ目は、国内での「宙炭」プラントの拡販です。国内に複数箇所プラントを建設し、量産体制を強化して国内市場をしっかりと押さえていきます。
2つ目は、海外展開の本格化です。特にタイやアメリカで、国内と同様にプラント建設を進めていきます。タイなどは農地面積が非常に広く、農業生産における環境負荷低減のニーズも高いため、大きな市場ポテンシャルを感じています。
3つ目は、新規事業開発です。詳細はまだお話しできませんが、「宙炭」技術を応用した新たな事業の柱を育成していく計画です。

これまでと同様に、信頼関係を構築しつつ、新たな挑戦に向かって行きたいと思います。


宙炭:高機能ソイル技術を活用した高機能バイオ炭を、
農業で使用可能な形に製品化した土壌改良資材

世界に宙炭を、グローバル展開と国際カンファレンスの舞台裏

有馬:話が変わりますがTOWINGさんは先日、International Biochar Initiative(IBI)と共同で『Global Biochar Exchange 2025』という国際カンファレンスを日本で開催されました。これも非常にユニークな取り組みだと感じています。

このカンファレンスの目的と成果についてお聞かせください。

西田氏:このカンファレンスは、弊社の担当者の熱い想いから実現しました。アメリカで開催されたIBIのカンファレンスに参加したメンバーが、その熱量や最先端の情報を日本にも届けたい、そして日本のバイオチャー技術や市場の可能性を世界に発信したいと考えたのがきっかけです。

成果としては、国内外から多くの専門家や企業関係者にご参加いただき、日本のバイオチャーに対する注目度を高めることができたと感じています。また、海外企業との具体的な連携にも繋がっています。参加者の半分以上が海外と接点をお持ちで、プレゼンテーションも一部通訳も活用しながら全て英語で行われ、まさにグローバルな情報交換の場となりました。

有馬:このカンファレンスを通じて見えてきた、アグリビジネスやバイオチャーのトレンドはありましたか?

西田氏バイオチャーは元々、燃料用途で注目されていましたが、近年は農業用途、特に土壌改良材としての可能性が世界的に認識され始めています。また、カーボンクレジットとの関連で、CO2削減効果への期待も大きいです。

海外では、特に大規模なバイオマス(未利用有機資源)の処理問題や、野焼きによる大気汚染対策として、バイオチャー化技術へのニーズが非常に高まっています。国土面積に対して農地面積が広大な国々では、大量に発生する農業残渣の有効活用が喫緊の課題となっており、我々の技術が貢献できる可能性は大きいと思います。

弊社のプロダクトである「宙炭」は、土壌の物理性・化学性・生物性を同時に改善することで、作物の生育促進、肥料使用量の削減、そして土壌への炭素貯留によるCO2削減といった多面的な価値を提供します。

実際に弊社においてタイやアメリカに加え、ブラジルやメキシコといった国々でも具体的なプロジェクトが進みつつあります。これらの国々では、大規模農業における持続可能性の向上や、未利用バイオマスの有効活用といった課題があり、「宙炭」への期待を感じています。

有馬:海外での事業展開において、意識されていることはありますか?

西田氏:実は今回の資金調達ラウンドで海外展開の考えを投資家の方々に伝えた時に、あまり好意的ではないリアクションをいただいていました。要は日本のスタートアップが本当に海外展開を成し遂げることができるのか、と懐疑的に感じている方が一定数いたんです。

もちろん成功させるためには、現地のニーズを深く理解し、最適なパートナーと連携することが不可欠です。弊社には幸い、海外事業経験豊富なメンバーが在籍しており、彼らを中心にグローバル展開している商社や食品関連企業との協業体制を構築しており、弊社だけでは成し遂げられないこともできるチームを組成する動きを取っているため、絵空事ではなくなってきています。

よって事業そのものも大事ですが、事業をするのは「人」なのでこれからも人にこだわっていきたいです。

『Global Biochar Exchange 2025』の様子

次世代の農業と社会を創る仲間たちへ

有馬:社名の「TOWING」にも、その想いが現れてますよね。

西田氏:「TOWING」は、ロケットや航空機を滑走路へ牽引する“トーイングカー”から取った名前なんです。未知の領域へと進むものを、スタート地点に導く存在──そんな役割を私たちも果たしたいという思いを込めました。

この社名は、共同創業者である弟が「人の心が動くような会社にしたい」という情熱を持ち提案した社名です。また創業当初のプロジェクトの一つに「宇宙農業システム」のプロジェクトがあり、今も研究開発を進めているのでまさに弊社にぴったりな社名だと思っています。

有馬:農業業界の宇宙兄弟、西田兄弟ならではの素敵なエピソードですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、西田さんから今後の抱負とメッセージをお願いします。

西田氏:今回の資金調達を通じて、多くの方々からご期待をいただいていることを改めて感じています。その期待に応えられるよう、売上・利益をしっかりと上げ、グローバルに事業を展開し、アカデミアの素晴らしい技術を社会実装することで、農家さんの課題解決、そして地球規模の環境問題解決に貢献していきたいです。そして、個人的には、宇宙農業のプロジェクトも諦めずに挑戦し続けたいと思っています。地球から宇宙へ、そして宇宙から地球へ、そんな循環を生み出したいと考えています。

そんなTOWINGには、様々なプロフェッショナルが集まってきています。農業、科学、物理、生物、そしてビジネスと、多様な専門性を持つプロフェッショナルが集うことで大きな夢の実現に向けて歩みを進めることができます。

共に新しい農業の未来を創造していきたい方はぜひ、弊社の採用ページをご覧ください。現在、様々なポジションで積極的に採用活動を行っておりますのでお気軽にお問合せいただけますと幸いです。

有馬:西田さん、本日はありがとうございました。TOWINGさんの挑戦は、まさにアグリテック、クライメートテックの最前線を歩んでいると思います。我々も今後の成長を大変楽しみにしています。

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Akito Arima

Akito Arima

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