研究領域屈指のVC・アクセラレーターのBeyond Next Venturesが、ディープテックで社会を変える【未来の経営人材(CxO)】を輩出するために運営する「INNOVATION LEADERS PROGRAM」(通称、ILP)の卒業生インタビューシリーズ。
ILP第7期生 髙熊さん、新島さんは、まだ起業する前の創薬研究シーズの事業化に挑まれました。田辺製薬の創薬本部にお勤めの傍らILPに参加された背景や参加前後の変化について、お伺いしました。
プロフィール
田辺三菱製薬株式会社 創薬本部 創薬プロジェクト部
新島 麻貴氏
田辺三菱製薬株式会社 創薬本部 創薬基盤研究所
髙熊 万之氏
ーどんな研究の事業化に取り組まれましたか?
新島:私が参加したチーム(研究シーズ)は、低分子化合物最適化の最終段階にあり、プログラム期間内での起業を目指していました。そこで、これまで20年以上従事してきたメディシナルケミストとしての経験を活かし、化合物選抜のために必要な試験やデータの取り方、合成方法や合成量、化合物特許取得と起業のタイミングなどについてアドバイスしました。また、現在携わっているトランスレーショナルリサーチの観点から、プロジェクトの魅力がうまく伝わる発表資料になるよう、アドバイスや議論を行いました。
高熊:私も起業前の研究チームに参画しまして、ブレストによる事業アイディア出し、解決すべき課題の設定、市場調査、事業計画の作成などを行いました。特にビジネスを進めるうえでの市場の選定や数字のつくりかたは、アカデミアチームの弱い部分だったのでうまく補完関係を築けたと思います。
ー本業とのバランスはとれましたか?
新島:ちょうど子供たちが大きくなり自由な時間が増えてきたタイミングでしたので、その時間を新しいチャレンジにあてることにしました。取り組み先のシーズは、業務の幅が広がる知識や経験が得られそうなところを希望したので、むしろ通常の2倍多く学べるチャンスをいただいたと感じています。
高熊:プログラムから得たいスキルや経験を事前に明確化できていれば、メイン業務とプログラムを一気通貫で取り組むのは十分可能と感じました。このプログラムでは、プレイヤーの一人として参加するわけですが、スタートアップ側のメンバーと全く同じ立場で自分の手を動かすわけではありません。そのため、コミットする時間や量よりも、アイデアやアドバイスの質のほうが重要だった気がします。
ーILPでは何を得ましたか?
新島:スタートアップならではの自ら事業全体を俯瞰して物事を考える経験は貴重でした。導出のタイミング、外部から資金を調達する方法と選択、資金調達のためにベンチャーキャピタル(VC)に行うプレゼン(ピッチ)と、導出のために製薬会社に行うプレゼンとの違いなど、多くのことを議論し学ばせていただきました。また、社外から客観的に自分のことを見ることができたので、自分のスキルに対する理解が進んだのは大きかったです。
大きな組織では業務の分担が進んでおり、自分が担当している領域には似たような経験や教育を受けている人が多い。また、会社にはこれまでに培ってきた膨大な経験に基づく「ノウハウ」があり、基本それをベースに物事を考えるため、自分のスキルを客観的に把握するのは容易ではありません。
一方、スタートアップでは様々なバックグランドの人が混在しており、ベースになる「ノウハウ」がありません。自分では当たり前だと思っていたスキルが、社外では思いのほか役にたつと分かったりするわけです。
高熊:自分に足りないスキルの解像度が上がりました。例えば、市場規模の考え方について学びがありました。現職の製薬メーカーでは、事業計画をつくる際に積み上げ式で市場規模や行動目標を考えることが多いですが、ILPでサポートしたスタートアップでは、大きな目標を決めてから、そこに辿り着くための方法を考える「バックキャスト的」な考え方をより求められました。議論が白熱することも度々ありましたが、多様なメンバーで専門領域や考え方の壁を取り払って考えることで、ひとりでは考えつかないアイデアに辿りつけることを実体験できたのも大きかったです。
新島:実績を持った人と密にコミュニケーションをとれたのも貴重な経験でした。サポートメンバーの中に、大手製薬会社研究所長レベルの経験をした後に、自らベンチャーを立ち上げ売上を立てているメンターの方がいました。その方と議論する機会がプログラム中には頻繁にありました。
また、プログラム内で講演も聴くことができ、創薬にとってのTR(Translational Research)の重要性や大手企業とベンチャーにおける取り組み方、考え方の違いなども学ばせていただきました。ここで得られた新たな知識や気づきは、自分の業務にも大いに役立つと思います。
ーどのような人にILPへの参加をおすすめしたいですか?
新島:社内で新規事業を立ち上げたい人にはぜひ体験してほしいです!本で読むのと体験するのはまったく異なります。また、社外での活動は幅広いバックグラウンドの方々から多くの情報が得られ、視野も大きく広がると思います。
高熊:ご自分で事業をつくりたい方は、一歩踏み出して体験してみて損はないと思います。
まず、コスト意識が変わります。事業規模が大きい会社では、普通に働いていれば研究費や給料が出ますよね。何にいくら使い、そのコストがどのようなインパクトを会社や事業に与えるかを把握している人はほとんどいません。スタートアップでは、ギリギリ状態で資金調達をして、それでも足りないときは自身の給料も削って研究活動をすることもあるわけで、コストに対するシビアさや、成果の創出にコミットする本気度が違います。事業に対するハングリーさを目の前で感じられるのは、このプログラムの良さですね。
これからは私たちが所属する製薬会社も、自社だけでの成長は難しい時代だと考えています。産業のエコシステムを構築し、その中でスタートアップや新規事業を成長させることで、大企業も成長する「両輪の成長」が必要と感じています。
その両輪の成長を実現するために、これまで以上に社内起業家(イントレプレナー)の役割が重要になるでしょう。リソースやチャネルを多く有する大企業が新しい事業をつくった場合、スタートアップと比べ一度に大きなインパクトを社会に与えられる可能性があるからです。その中核を担えるイントレプレナーが、今後必ず求められます。このプログラムを卒業したからには、そういった役割を担える人材になりたいと思っています。