企業・VC・大学による、EIR(客員起業家)とのイノベーション創出事例

最近、スタートアップの方だけではく、中堅大手の方からも「価値ある何かを興したい」との声をよく聞くようになりました。ただ日本はやはりイノベーションを起こせる中心人物が少ない。この状況に対する解決策として、EIR(Entrepreneur in Residence / 客員起業家)が注目を集めています。

EIR(客員起業家)とは、起業を目指す方が、特定の組織に身を置き、起業準備に取り組むことができる仕組みです。欧米では、起業を目指すビジネスパーソンと、起業家や社内起業家の創出を目指す企業・VC・大学が、EIRという仕組みで繋がることで、多くの新規ビジネスを誕生させています。

今回は、EIR(客員起業家)制度を活用する6つの組織のご担当者より、各社の目指すものや取り組みについてご紹介いただきました。

※本記事は、2023/5/17に実施したイベントのレポートです。

新薬開発にEIR(客員起業家)と取り組むアステラス製薬


増永:私はアステラス製薬に30年以上在籍し、海外の研究所やコーポレートベンチャーキャピタルなどの経験を活かし、現在は創薬アクセレレーター部門の部門長をやっております。

アステラス製薬はイノベーティブな創薬を推進するためにベンチャータイプのAgile組織で研究を実施しており、私が在籍する創薬アクセレレーターは、新しいスタートアップを生み出す役割を担っています。単なるテーマ立案ではなく、患者さんへ新しい価値を提供するべく、あらゆる手段を用いてアイデアを醸成していきます。

新たなスタートアップを創成するために重要な存在が、EIR(客員起業家)です。優れた創薬研究者は沢山いますが、創薬を熟知しながらビジネスを立ち上げられる人材はなかなかいません。多様な創薬手法や価値観が並立する時代だからこそ、創薬にはビジネスを担うEIRの存在が勝負のわかれ目だと思っています。

創薬アクセレレーター部門では2021年からEIRのポジションを設置し、これまでに6人のEIRを採用してきました。このうち4人が社外から、2人は社内から採用しています。

アステラス製薬のEIRポジションのメリットは、自社のネットワークをフル活用できることです。社内に蓄積されたデータベースや人的リソース、グローバルなビジネス基盤など、個人のネットワークだけではたどり着けないリソースに即アクセスができます。

EIRのキャリアパスとしては、ベンチャーユニットのヘッドになり、社内ベンチャーのCEOをして活躍する人や、事業立ち上げのスペシャリストとして継続的にEIRとして活動を続ける人など、マルチなキャリアパスが存在します。

社員の事業創出力を底上げするMoon Creative Lab


加藤:私は三井物産の100%子会社である「Moon Creative Lab」でCOOをやっております。三井物産ではICT領域の新規事業を担当し、新しいサービスで世の中が変わる瞬間を見たり、新興国でテクノロジーが一気に浸透してリープフロッグが起きるのを見て、今までのビジネスのやり方だと太刀打ちできないという思いがあり、Moon Creative Labではこれに挑戦しています。

Moon Creative Labの発足背景としては、三井物産が2017年に策定した長期業態ビジョンがあります。今後の10年を展望し、さらに不確実性の高い世の中になることが予想される中で、商社としての「つなぐ」事業のみならず、自分たちで新しい事業を「つくる」力を身につけなければならない、という提言がなされました。

そこで誕生したのがMoon Creative Labです。目的は2つあります。1つ目はインパクトのあるビジネスアウトカムを作ること、2つ目はそれを通じて新しいスキルセット・マインドセット・事業開発のDNAを身につける、ということです。

大きな特徴は3つで、1つ目は社員の比率です。うちはカリフォルニアと東京の2拠点体制なのですが、アメリカ西海岸で起業を経験したメンバー、デザイナーやエンジニアが130名ほどに対して、三井物産側の出向者は15名と、圧倒的にマイノリティです。この比率は意図的なところがあり、私も含めた出向メンバーは一度三井物産で身に着けたものをアンラーンして新しいことを吸収すること、Moonの企業文化を敢えて三井物産とは異なるものとすることが狙いです。

2つ目はMoonでの案件推進には、三井物産の通常の意思決定(稟議プロセス)とは別の意識決定機関を儲けたことです。これによりMoonらしい基準とスピード感で案件の推進可否、時間軸とマイルストーン、資金投入を決定していくことを実現しています。

最後の3つ目は、三井物産の社員が持ち込んだ事業アイデアが成長してスピンアウトで会社化する際には、社員による出資を条件にしていることです。サラリーマンを辞めるわけではないので、三井物産の社員でありながら、自分の事業でもステークホルダーになって頑張ってやっていくという環境を構築しています。

今期、24/3月期からは新たに社外の方(企業のチームや個人の起業家)もお迎えして、インキュベーションをするOpen Moon Programにモデルを刷新しました。これまでも実際に個人の事業のアイデアが、あるタイミングで三井物産との連携に繋がったり、企業チームが本事業とは別に三井物産との提携の糸口が見えたりなどの偶発的なイノベーションが起きており、今後もこういったハッピーアクシデントをもっと作りたいと考えています。

企業内新規事業立ち上げとスタートアップ起業の両者の“いいとこどり”を提供するデライト・ベンチャーズ


坂東:私は2003年にディー・エヌ・エーに入社し、約17年間の在籍のうち半分くらいは新規事業立ち上げをやってきました。2019年のデライト・ベンチャーズ立ち上げをきっかけに移籍して、「ベンチャー・ビルダー」という0→1の事業立ち上げの責任者を務めております。

ベンチャー・ビルダーは、起業を志すビジネスパーソンが、本業を継続しながら起業準備するのを支援し、ともに事業創出する事業です。ビジネスモデルとしては、起業家とスタートアップを立ち上げ、共同創業者という位置づけで投資をして、ファイナンシャルリターンを得るモデルです。

ベンチャーキャピタル(VC)とベンチャー・ビルダー(VB)の違いは、端的に言うと起業「後」に支援するか起業「準備」のステージから支援するかの違いです。VBは、事業アイデアを決めていくところから一緒にゼロから事業を創っていきます。

VBの大きな特長としては、起業初期のリスクに向き合っている点です。1つ目は、起業するために会社を辞めると生活面でリスクがありますが、私たちのプログラムでは、事業の検証フェーズにおいては既存の勤務先に勤めながら、休日や就業時間前後を活用して準備をすることが可能です。かつ、事業化が見えてきたタイミングで、デライト・ベンチャーズに有期雇用のEIR(客員起業家)という形で転職してもらい、給料を得ながら事業の立ち上げを行います。

2つ目は、シンプルに「起業したいけどなかなか踏み切れない」という方々に対して、期限付きで事業立ち上げのプログラムを用意している点です。同じタイミングで参加した、同じような状態の方々と切磋琢磨しながら起業準備ができる環境を整えています。

3つ目は、「いい事業アイデアが思いつかない」という方のために、課題発見のフレームワークや事業アイデアのネタのストックを1,000件以上貯めているという特長です。実際に私たちのEIRもこのネタストックから事業アイデアを決めて、今まさに取り組んでいるところです。

最後に、一般的には企業の中で新規事業を立ち上げる場合、その事業がうまくいった時のファイナンシャルリターンまでは得られないケースが多いと思いますが、私たちの場合はスピンアウトするタイミングにおいて株式の82%を創業者が持つことが可能です。そのため、大企業が持つ社内リソースの活用して事業立ち上げをできるメリットに加えて、スタートアップ起業家としてファイナンシャルリターンもしっかり得られる、という企業内新規事業立ち上げとスタートアップ起業の両者のいいところどりの制度を構築しています。

人生をかけて取り組むテーマを一緒に見つけるBeyond Next Ventures


鷺山:Beyond Next Venturesは大学や研究機関で長年研究されてきた革新的な技術の社会実装を後押しするベンチャーキャピタルです。研究者の皆様に向けた活動に加えて、特に力を入れているのが、研究者とタッグを組む「起業家」「経営者」を増やす活動です。

この私たちの取り組みの最大の特徴は、起業家候補の方に、日本全国の大学や研究機関の研究シーズとの出会いを提供し、ディープテック・スタートアップの起業に伴走する点です。技術領域としては、医療機器、創薬、バイオテック、クライメートテック、フードテック、新素材、宇宙、AIなどさまざまです。

「起業したいけどなかなか事業テーマが決まらない」「せっかく起業するなら世界を変えるテックで起業したい(けど見つかっていない)」といった想いを抱える起業家人材を集めて、ノンコミット型とコミット型の2種類のプログラムを運営しています。

ノンコミット型は、「まずは試しにやってみたい」という方々に向けて、2か月という期間限定で、特定の研究シーズの事業化に研究者と一緒に取り組む「INNOVATION LEADERS PROGRAM」です。本業の傍ら、週10時間ほど稼働いただきます。既に400名以上の卒業生がいて、多くが研究領域とは無縁のビジネスキャリアを歩まれてきた20代後半~40代の方々です。

卒業後に実際のディープテック・スタートアップのCXOや共同創業者になられた方が40名も誕生しているところが驚きで、偶然の産物かもしれませんが、今では研究界隈では最も経営者を輩出するプログラムになりました。

コミット型は、「起業を前提に事業アイデアを探している」という方々に向けて、弊社がシーズの探索段階から伴走して、キャピタリストが共同創業者の位置づけとなり、革新的なスタートアップを共に創るプログラム「APOLLO」です。こちらはシリアルアントレプレナーや事業立ち上げ・経営経験のある方を対象にしています。

そして2023年には、常勤型のEIR(客員起業家)の募集&プログラム設立も予定しています。起業したい方々により多様な選択肢を提供したいと思っているので、ご自身の状況に合うものをぜひ選んでいただきたいと考えています。

これらの活動に関しては通年窓口をオープンしています。「まずはどんな研究シーズがあるのか知りたい」という方も大歓迎ですので、興味がある方はこちらからご連絡ください。ちなみに、年末までに約70の研究シーズとの出会いを用意しております。

大学発スタートアップ創出に取り組む慶應義塾大学


新堂:私は約1年前に慶應義塾大学イノベーション推進本部スタートアップ部門に部門長として着任しまして、その前はアステラス製薬のオープンイノベーションやCVC部門などで外部連携やスタートアップへの投資に関わる業務に関わっていました。入社時は創薬研究者でした。

大学として、教育や研究のみならず、最近では「社会貢献や新産業創出」という社会的使命も加わり、慶應にもスタートアップ部門が新たに発足しました。スタートアップ部門では、スタートアップの創出支援および起業後の成長支援を目的とした様々な活動を行っており、その一つとしてEIR(客員起業家)制度に取り組んでいます。

流れとしては、起業意向のある教員や研究者と共に、起業化検討というフェーズから本格的にチームを組成して起業、その後パートナーの皆様と一緒に事業を展開していくというプロセスです。

最近では、「慶應義塾大学関連スタートアップ制度」というコミュニティプログラムを作り、将来スタートアップになるような学内のシーズに対しても、ヒト・モノ・カネといった必要な要素を大学からも提供させていただいて、支援をしております。

その中で、昨年末にビズリーチさんと連携協定を締結しました。実は以前から起業したい先生から「事業立ち上げ経験のある経営者候補をチームにおきたい」という声や、「起業しても経営人材がなかなか見つからなくて困っている」という課題の声がありました。

同じくして、ビズリーチさんから「大学発シーズやスタートアップに関わるお仕事に興味があるビジネスプロフェッショナルの方が多い」という話を聞きました。そこで、大学発スタートアップの起業における「ヒト」の課題の解決に繋がる新しいモデルケースの創出を一緒に取り組んでいきたいとの想いから、「慶應版EIR(客員起業家)モデル」の取り組みをスタートしました。

EIR制度としては、慶應義塾大学との業務委託契約という形で、副業や兼業で起業前から大学シーズにアクセスして、研究者と共に会社の設立まで伴走いただきます。1~2年後を目処に自立的に起業していくことを期待しております。

「慶應版EIRモデル」第1弾として「ナノカーボン光源デバイスの実用化」に関する公募を行い、約190名の方々にご応募いただきました。選考の結果、大学発スタートアップをはじめとするベンチャー企業でのCFO経験を持つ人材と、日系大手企業で海外での新規事業立ち上げや大学発シーズ事業化の経験を持つ経営プロフェッショナル人材2名にEIRとして着任いただいております。第2弾として、「3Dプリンター×建築」「インプラント人工腎臓」「AI×認知症」の研究シーズの公募を実施し、現在選考を進めています。

慶應版EIR(客員起業家)モデルを通じて大学発のディープテック・スタートアップの創出や成長支援をしっかりやっていきたく、経営やビジネス経験豊富なプロフェッショナルの方々に参画していただきたいと思っています。

Fail Fastを意識した事業創出に取り組むNEC X

井原:NEC Xは、2018年に米国のシリコンバレーに設立された会社で、NECの人材と技術を核に、オープンイノベーションによる事業化を推進しています。我々が運営する事業創出プログラム「Elev X!」では、EIR(客員起業家)が提案した顧客課題起点の事業アイデアと、NECの最先端技術や研究者をマッチングし、半年から1年かけてスタートアップの創出を進めます

プログラムへ採択されたEIRは、最初のプロセスとして、2~3ヶ月の顧客発見フェーズに移ります。EIRは、自らが持ち込んだビジネスアイデアをもとに、想定されるお客様に直接インタビューを行い、真の課題を明らかにしていきます。NEC Xのメンバーは、常にサポーターとしてEIRと伴走し、本当にそのビジネスアイデアがお客様の課題を解決するのか?お客様が、その解決策に対価を支払うだけの価値を見出してくれるのか?を確認していきます。

顧客発見フェーズの最後にはゲート審査を設けており、そこを通過したEIRは3~6ヶ月ほどの顧客実証フェーズへと移ります。プロトタイプを作成し、それを顧客発見フェーズでエンゲージしたお客様に無償で使っていただき、課題解決に繋がっているかを一緒に検証していきます。

EIRが作る創業チームに我々のエンジニアリングチームも加わって必要最低限の機能を持つプロダクト(MVP:Minimum Viable Product)の開発を進め、Build、Measure、Learnを繰り返しながら、お客様に本当に役に立ち、価値を見出していただけることを確認します。そして、有償顧客獲得、もしくは外部資金の調達によって、事業ローンチできる状態にまで持っていき、スピンアウトさせます。

NEC XではFail Fastを意識しており、各プロセスのゲートにGo / NoGoの厳しい審査をおくことで事業性のあるプロジェクトにフォーカスして短期間での立ち上げを目指しています。

プログラム期間中、EIRとNEC Xの間では、有期雇用契約を結び、EIRには契約社員として活動していただきます。そして、プログラムが終わってスピンアウトする際には、そのプロジェクトで創り上げたIPを含む成果物を、EIRが立ち上げる新会社に譲渡し、その対価としてNEC Xが株式やライセンスフィーを得るというスキームです。

シリコンバレーのスタートアップエコシステムに入り込み、EIR以外にも、現地アクセラレーターや投資家、学術機関などと連携することで、過去10回の募集を通じて延べ5000人の起業家の方々とのコネクションを形成。これまでに、300件以上の事業アイデアの中から約50件をプロジェクト化、最終的に10件を事業化しております。

弊社はシリコンバレー拠点ということもあり、日本人起業家からの応募・参加は大変少ないのが実情ですが、米国市場に挑戦してみたい日本人起業家の方も、ぜひ、ご応募ください!お待ちしています。

最後に

各社のEIR(客員起業家)制度について紹介していきましたが、いかがでしたでしょうか?今後、日本でもますますEIR制度を活用する組織は増えることが予想されます。起業/社内起業を目指す方にとって、EIRが一つの入り口となり、より新規事業を立ち上げやすい社会になることを願っていますし、弊社もその一助を担えればと思います。もし、EIR制度についてより詳細をお聞きになりたい方がいましたら、ぜひこちらからご連絡ください!

Beyond Next Ventures

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