伊藤:皆さんこんにちは、Beyond Next Venturesで代表取締役社長を務める伊藤毅です。
今回は、私と同じ2014年に創業した起業家同士でもあり、2015年に1号ファンドから出資をさせていただいた、エレファンテック株式会社 創業者 兼 代表取締役社長の清水信哉さんと対談しました。
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エレファンテックは、プリント基板の製法を根本から変えるイノベーションを起こし、金属インクジェット印刷による電子回路基板の量産化に人類で初めて成功しました。プリント基板とは、半導体などを載せる部品のことで、ウェアラブルデバイスからパソコン、航空機、産業用ロボット、医療機器などのあらゆる電子機器で使用されています。
この新技法は、大幅なCO2の削減や資源の省力化などのクライメート(気候)テックの側面も持ち、今後ますます注目が集まる分野です。
今回は、エレファンテックと共に歩んできた約9年を振り返りながら、世界の常識を変え得る新技術の実現を導いてきた起業家・清水さんの進化に迫りたいと思います。
プロフィール
エレファンテック株式会社 代表取締役社長
清水信哉
東京大学大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 修士課程修了。2012年、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて、製造業を中心としたコンサルティングに従事。2014年、エレファンテック株式会社(旧AgIC株式会社)を創業。代表取締役社長に就任。
Beyond Next Ventures株式会社 代表取締役社長
伊藤 毅
2003年4月にジャフコ(現ジャフコ グループ)に入社。Spiberやサイバーダインをはじめとする多数の大学発技術シーズの事業化支援・投資活動をリード。2014年8月、研究成果の商業化によりアカデミアに資金が循環する社会の実現のため、当社を創業。創業初期からの資金提供に加え、成長を底上げするエコシステムの構築に従事。出資先の複数の社外取締役および名古屋大学客員准教授・広島大学客員教授を兼務。内閣府・各省庁のスタートアップ関連委員メンバーや審査員等を歴任。東京工業大学大学院 理工学研究科化学工学専攻修了
基礎研究だけで7年を要した
伊藤:清水さんとは10年来のお付き合いで、周囲の起業家たちからも「清水さんのことを起業家として尊敬している」との声が多く聞かれます。
清水さん、まずは起業した経緯からお聞かせいただけますか。
清水:私は、コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーで、コンサルタントとして製造業を中心に2年ほど従事しました。その後に東京大学時代の恩師、川原圭博先生と再会したことをきっかけに、2014年にエレファンテック(旧AgIC)を共同創業者と創業。2024年1月にちょうど設立10周年を迎えました。
エレファンテックは、電子回路・配線の全く新しい製法を開発・実用化した企業です。世界中の電子回路のすべての製法を当社の新しい製法に変え、業界標準にしたいと考えています。
新しい製法の最大の特長は、金属印刷技術を用いて、従来の引き算方式ではなく「足し算方式」で電子回路を作る点にあります。
伊藤:例えるなら、従来型の一般的な製法は、まるで彫刻を掘るかのように、不要な部分を溶かして回路を作る。それに対して、エレファンテックの新しい技術では、まるでプリンタで印刷するように、必要な回路だけを作り上げていく。この違いが最大のポイントですね。
清水:従来型の電子回路・配線の製法では、プラスチック板やフィルムの上に極めて薄い箔を貼り合わせ、不要な部分を溶かして捨て、残った部分が回路として使われています。これが「引き算」の製法です。しかしこの製法は、例えば銅なら全使用量の8割ほどを廃棄せざるを得ず、材料の利用効率が良くありません。コストもかかり、環境負荷も高いのが実情です。
エレファンテックの技術は、原子の直径で数百個分程度のナノ粒子と呼ばれる極微細な金属の粒子を印刷する「足し算」の製法です。材料、必要なエネルギー量、CO2の排出量すべてを格段に抑えられる技術が完成したと自負しています。
伊藤:しかしエレファンテック創業当時は、銀ナノインクを使ったプロダクトのみで、ナノ粒子で印刷できる技術はまだ確立されていませんでしたね。
清水:はい。基礎研究に約7年間を費やした結果、ようやく2020年に世界で初めて量産工場を建設しました。その後、台湾のライトン社と業務提携し、世界のノートPCの約8台に1台においてエレファンテックのプリント基板が使われる見込みです。その生産体制を確立するために、目下スケールアップ中です。
初期の技術レベルでは、印刷はできるけどすぐに壊れてしまって、まったく使いものになりませんでした。その後も迷走した時期はかなり長く、伊藤さんと出会った当時は「世界に進出する」なんて、恥ずかしくて言えませんでした。
出資の判断は最終的に「起業家と技術のポテンシャル」
伊藤:清水さんとの初めての出会いは本郷三丁目のラボカフェが入っている雑居ビルで、私もまだBeyond Next Venturesを立ち上げる前でした。清水さんは非常に若く意欲的な方という印象でした。しかも当時は、大学発ベンチャーと言えばシニアの研究者が創業するケースが多かったので、東大卒でマッキンゼー出身で、若くしてディープテック領域で起業している人がいることに驚きました。
その後に私は起業して清水さんと再会。まだ自社のメンバーが共同創業者の植波しかいないタイミングでしたが、すでに出資の検討を進めたいと考えていました。スマートで若く、意欲的な起業家は、当時ディープテックスタートアップの経営者の中では珍しく、とても魅力を感じたからです。
清水:エンジェル投資家の方々からシード調達は実施していましたが、本格的な資金調達ラウンドはBeyond Next Venturesに参画してもらったシリーズAが初めてでした。
伊藤:確かに、当時はまだ旧社名「AgIC」の頃で、プリント基板のプロトタイプもなく、銀ナノインクを使ったペンを販売するという事業計画でしたが、それだけでは大きな成長を望むのは難しいだろうと考えていました。
しかし、それでも私たちは、清水さん自身の潜在能力や、技術そのものが持つ可能性にかけて、出資実行の判断を行いました。
清水:振り返ると、あのときの伊藤さんは本当にちょっとどうかしてる(笑)
伊藤:(笑)。
清水:というのも、当時はまだ、ノートPCにエレファンテックの技術が使われる未来を信じきれていなかったんです。もちろん、産業用途へ展開できる可能性は考えていましたが、あまりにも理想と現実の技術レベルに乖離がありましたから。
しかし今振り返れば、「私たちはビジョンに向かって進んでいる」と、恥ずかしがらずに堂々と言うべきでした。それほど、私は経営者として未熟だった。
伊藤:確かに、エレファンテックは大学の技術ライセンスを受けていたわけでもなかったですし、私もあの時はスパッと意思決定ができたわけではないんです。それでも最終的に出資したいと思えたのは、やはり清水さんだったから。清水さんの存在がとても大きかった。
Beyond Next Venturesが大事にしているのはまさにその部分です。経営者がどういうビジョンを持っているのか、どんな未来を見据えているか、どんな想いを持っているのか。そして、それらを実行・遂行できる人物なのか。これらを重視しました。
加えて、マッキンゼー出身者の清水さんのようなビジネスパーソンが率いるディープテックスタートアップが成長していけば、多様な経験を経た優秀な方々がもっとこの領域に集まる。そうした壮大なイメージも同時に持っていました。いずれにせよ、清水さんに賭けてみようと判断しました。
清水:評価をしていただけたポイントとしては、おそらく「今の技術レベルで満足する人間ではないし、必ず可能性を広げてくれる」という期待があったからだ、と受け止めています。
伊藤:それは間違いないですね。今だから言えることですが、成長期待があったとはいえ、私たちもかなり思い切った出資をしたな、と思います。
成長した理由は「コンサル的思考からの脱却」
伊藤:創業当時はまだ、清水さんも「思い切ってこれをやる!」とは言い切れていなかったと感じていました。それで私は、「清水さん、みんなが共感するビジョンやミッションを作ったほうがいい。良いビジョンやミッションはその言葉自体が力を持つ。頭でビジネスしちゃダメだ」と伝えたんですね。
清水さんはとてもスマートで論理的であるがゆえに、事業に対して想いが本当に込められているのか、判別しづらい部分も正直ありました。だからこそ、他社事例や自分の経験を踏まえつつ、仲間に対して想いを伝えるようなビジョン、ミッションを掲げることの必要性を伝えた記憶があります。この私のメッセージに対して、清水さんはどう感じていたんですか?
清水:そんなことを言ってくれる伊藤さんの存在は、すごく大きいと感じていました。叶えたい理想とのギャップが大きくてとても辛かった時期だったこともあり、伊藤さんがいてくれて本当に良かった。当時の私は、「金属を印刷できるようになるとは、なかなか言い切れない。逆に、マーケットを考えると今の技術ならここまではできる」という思考パターンでした。その時に伊藤さんから言われた叱咤激励が、今でもずっと心に残っています。
伊藤:私、なんて言いましたっけ?
清水:私のプレゼン資料を見ながら、「ロジカルに考えれば確かにこういう戦略になる理由は分かるけど、本当に清水さんがやりたいことなの?」って指摘されて。
まさにアンラーニング(学習棄却)が必要だと気付かされました。つまり、私はコンサルタント出身で、ロジックで解を導き出すことを言いがちでした。しかし「起業はそうではないんだ」と。
例えば、技術力が足りなければ、どこかから引っ張ってくればいいわけだし、そのために資金が必要ならそれも引っ張ってくればいいのだと今なら理解できます。
また、伊藤さんからは次のことも指摘されました。「技術力が足りないからといって、本質から逸れた事業を進めるのは、絶対に間違っている」と。それに対して当時の私は、間違っている理由が理解できませんでした。
だから私はまだ起業家っぽくなかったのです。しかしその後は、夢や目標をどうやって達成していくのか、心から考えられるように私自身も変わりました。
伊藤:私たちも、エレファンテックさんの取締役会に出席して、現在に通じる産業用途への展開になかなか踏み出せていない中で、少し悶々としていた部分は正直ありました。
ただ、徐々に清水さんの本音が出てきて肉付けされ、周囲から良い影響を受け、エレファンテックが製造業の中で進むべき道の方向づけがなされて、何度かアップデートを重ねミッションがクリアになり、向かうべきビジョンが見えてきた。そのたびに、嬉しい気持ちになりましたね。
今は本当に本心から、ご自身や仲間を信じて突き進んでいらっしゃると実感できます。
清水:今は、「世界全体のマーケットを置き換えて業界標準になる」と100%自分たちを信じて言えるようになりました。
共に乗り越えたファイナンス
伊藤:初回のシリーズAの出資後、植波といっしょにそれぞれ社外取締役、監査役に就任しました。その後当社が2号ファンドを起ち上げ1年経過した頃に、シリーズCでパートナーの事業会社からの出資も実現したことで、ある程度お任せできそうだと判断して私は社外取締役を退任し植波にバトンを渡しました。
一方で、シリーズCラウンドの調達時まではCFO(最高財務責任者)が不在で清水さんが自ら資金調達を行っていたので、以降は植波がエレファンテックの社外CFOのようにファイナンスをサポートしていた時期もありました。
清水: 植波さんには、CFOであり法務部であり、管理部門すべてを支援していただきました。Beyond Next Venturesの伊藤さんと植波さんは補完関係の強さを持っていて、私は両方からいい部分の影響を受けています。伊藤さんは起業家である一方で、植波さんはとてもロジカルで実務家ですよね。
伊藤:嬉しいお言葉ですね。植波も喜びます(笑)。
存在意義やミッションは徐々に形作られることもある
伊藤:私たちの投資対象である大学発スタートアップのシード期では、清水さんと同じように、経営は初めての起業家も多くいらっしゃいます。
最初は起業したい気持ちや頭だけで考えてスタートしたとしても、さまざまな局面に出会い、自分たちの存在理由を問い続けるうちに、存在意義やミッションがクリアになります。その意味で、創業初期にはビジョンやミッションが無かったとしても、次第に向かうべき方向がはっきりし、存在理由が自身のぶれない柱となり経営者として成長していけると、ご理解いただける対談になったのではないでしょうか。
最後に、清水さんの今後の展望をお聞かせください。
清水:エレファンテックは今後、日本発の新しい技術で世界を目指し、世界ナンバーワン企業になり、世界で戦っていきます。それが可能であると、証明したいです。
エレファンテックの技術は、実用化までが遠過ぎるわけでもなく、一方で、既存の枯れた技術というわけでもありません。つまり、導入のハードルが高過ぎず、でも真似が容易というわけでもない、すごくちょうどいい技術です。
世界で勝ち進み、その実績をさらに広めて、世界のどこに行ってもエレファンテックの技術が使われている世界を作っていきたいです。
伊藤:これからの更なる飛躍を期待していますし、私たちも引き続き全力でサポートしていきます。ディープテック領域で起業を考えている方、すでに起業した方にとって、とても参考になるお話を伺えました。本日はありがとうございました。