研究成果の社会実装にかける想い、現在地にたどり着くまでの葛藤や生き様を聞く「研究者の挑戦」。第1回となる本記事では、食用コオロギを社会に定着させるための研究を続けるグリラス社代表の渡邉 崇⼈氏にお話を伺いました。
環境負荷が低く、次世代のタンパク源として世界的に注目される「コオロギ」。しかし、日本ではまだ「ゲテモノ」というイメージを払拭できていません。コオロギを少しでも身近に感じてもらうため、グリラスは良品計画と共同で「コオロギせんべい」を開発し販売してきました。
徳島大学で研究をしていた渡邉氏は、なぜ起業してまで食用コオロギの普及に奮闘するのか、起業するにあたってどんな壁を乗り越えてきたのか、インタビューの様子をお届けします。
プロフィール
株式会社グリラス
代表取締役 最高経営責任者(CEO) 兼CTO
渡邉 崇⼈ 氏
昆虫の発生・再生メカニズムが専門。コオロギの大規模生産、循環エコシステムの開発を行う。2019年にグリラスを創業。徳島大学大学院バイオイノベーション研究所・助教
【株式会社グリラスについて】
徳島大学における30年に及ぶコオロギ研究を基礎とした、世界トップレベルの知見やノウハウを持つフードテックベンチャー。徳島県美馬市の2つの廃校をそれぞれ生産拠点・研究拠点として整備し、品種改良をはじめとした研究開発から、食用コオロギの生産、食品原料や商品の開発・販売までを一貫して国内で行う。https://gryllus.jp/
「誰もやらないなら自分でやるしかない」社会実装にこだわる背景にあった生い立ち
ーまずは起業した背景から教えてください。
起業する前、2016年ごろからコオロギの産業利用のために情報発信をしていたのですが、なかなか事業化する企業が現れなかったため「自分たちでやるしかない」と思ったからです。新規事業の担当者たちが乗り気になっても、どの会社も役員たちが首を縦にふることはありませんでした。
企業からすれば、儲かるかも分からない、どんな社会的評価を得られるかも分からないコオロギ事業を始めるのはリスクが高く、当然の結果と言えるでしょう。コオロギがビジネスとしての価値があることを示すため、まずは自分たちがロールモデルになろうと事業化に乗り出しました。
ーなぜそこまでしてコオロギの研究を社会実装しようと思ったのでしょうか?
コオロギのゲノム編集を始めた時に「これは食や農業のベースになる研究だから、社会的に役立つだろうな」と思い、自然とどうすれば社会実装できるか考えていましたね。
もともと実家が会社経営をしていたせいか、自分の研究を世の中に役立たせるという考えが身についていたんだと思います。家の中でビジネスの話を聞いて育ったので、お金を稼ぐことにも抵抗はありませんでしたね。
ー大学によって起業のしやすさも違うと思いますが、徳島大学の起業環境はいかがでしたか?
起業にはとても寛容的な大学だと思います。今の学長は「大学を守るために、大学が変わらなければいけない。お金を稼ぐシステムが必要だから起業を応援すべき。」という考えの持ち主で、私が起業する時も応援してくれました。
学長ももともとコオロギの研究をしており、今では私の上司に当たります。創業当初は学長にお願いして人を紹介してもらうなど、大変お世話になりました。
ー起業に際して、大学とどんな調整をしてきたのか教えてください。
私たちの事業は大学の知財を活かしたベンチャーなので、事業化にあたって知財部との調整が必要です。また、大学に籍を置きながら起業することになるので、細かい調整もたくさんありましたね。できるだけ大学での立場と経営者の立場は混同しないようにしました。
起業後にぶつかった工場開拓の壁。風向きが大きく変わったきっかけとは
ー起業後に苦労したことを教えてください。
コオロギを使った食品を作ってくれる工場を探すことです。消費者がコオロギを受け入れてくれないのは想定していましたが、まさか工場も同じ反応をするとは予想外でした。経営陣がビジョンに共感してくれても、現場から「食品工場に昆虫を持ち込むとはなにごとか」と反対の声があがることも。
また、コオロギはえびやかにと同じアレルゲンがあります。よく、食品のパッケージに「この商品はえびやかにを含む製品と共通の設備で製造しています」と但し書きが記載されているのを見かけますよね。もしコオロギを使うとなったら、他の製品のパッケージもすべて書き換えなければならず、それが原因でNGをもらうこともありました。
ーそのような壁をどのように乗り越えたのですか?
2020年5月に、良品計画と共同開発した「コオロギせんべい」が発売されたことで風向きが変わりました。いくつもの工場から「自分たちもコオロギのお菓子を作らせてくれ」と問い合わせが殺到したのです。良品計画が参入したことでコオロギの市場性が認められ、コオロギベンチャーも一気に増えました。
中にはコオロギ専用の製造ラインを作ってくれた工場もあります。もともとえびやかにを使っていない工場だったので、製造ラインを分けることで但し書きの問題をクリアしてくれたのです。
ー良品計画がいち早く食用コオロギ品に乗り出した背景を教えてください。
良品計画の会長が、フィンランドで行われたSDGsのイベントに参加した際に、現地の人に今最も注目されている食品を聞いたら「昆虫食」だと返事があったようです。日本に帰ってすぐにトップダウンでプロジェクトを始めたため、リスク度外視で進めてこられたのだと聞いています。
そしてパートナーとして白羽の矢が立ったのが、コオロギ研究をしていた徳島大学でした。実は私が起業する直前に良品計画の方が大学まで来てくれて、「来月起業します」と伝えていたんです。当初は2020年から共同開発を始める計画だったのを前倒しして、2019年から共同開発に乗り出しました。
名も知られていない私たちの会社が売るのと、良品計画さんが売ってくれるのでは社会からの反応は全然違います。社会に食用コオロギを浸透させるためにも、起業当初から良品計画さんというパートナーがいたことは本当にありがたいですね。
ー良品計画との共同開発では苦労したことはありましたか?
幸運にも良品計画と共同開発をする前からお付き合いしていた工場のレベルが高く、良品計画の基準もすんなりクリアできたのでスムーズに開発が進みました。そのあとに展開した自社オリジナルブランド「シートリア」の生産でもお付き合いしている工場で、もともとお土産のお菓子を作られていたので、品質管理などとてもしっかりされていました。
もしも基準をクリアできずにゼロから工場を開拓していたら大変でした。アナログで条件にあった工場を探し「こんな商品をこれくらいの規模で作りたいのですが可能ですか?」と1軒1軒メールしなければなりません。仮にそれで受け入れられても、開発がすんなり進まないこともよくあります。
シートリアで付き合っていた工場は、コロナ禍の影響でダメージを受け、新しい商品を作るために向こうから連絡をくれました。そのためフラットな関係で開発をしてこれたのもラッキーでしたね。
アクセラで身につけたビジネススキルが今の成長を支える糧に
ービジネスについてはどこで学んだのでしょうか?
創業した直後からピッチイベントに積極的に出ていて、その一つに日経グループが主催する「AG/SUM(アグサム)」がありました。私が参加したのは第一回で、半年にも渡る豪華なプログラムでした。そこで資金調達の仕方から、大企業との付き合い方、プレゼンの仕方まで徹底的に教えてもらいました。
特に学びになったのはプレゼンのノウハウ。それまでは大学教員にありがちな、細かい数値の入ったグラフをよく使っていたのですが、ピッチでは細かいデータは必要ありません。それより必要なのは伝えるべきことを絞ったスライドです。プログラムが終わってからは、スライドの作り方も大きく変わりました。
他にも、プレゼン中の目の配り方から話し方まで、本当に細かく教えてもらいました。研究開発スタートアップにとって、伝える力は研究内容と同じくらい重要です。それを創業初期に身につけられたからこそ、これまでの成長があったと言っても過言ではありません。
また、2020年には、Beyond Next Venturesが主催するアクセラレーションプログラム「BRAVE」にも参加しました。こちらは2カ月間のプログラムで、特に変わったのは、ビジネスモデル(事業計画)、チームメンバー、資本金。その中でも一番よかったことは、ILPメンバー*とのチームビルディングができる点です。
仕事と並行してトップの研究チームと共にスタートアップを創る、起業家育成プログラム「Innovation Leaders Program」。 2017年の開始以降から350名を超える次世代のビジネスリーダーが参加し、30名以上のテックスタートアップ経営メンバーを輩出しています。
https://talent.beyondnextventures.com/ilp
BRAVE参加前は自分含め3人しかいませんでしたが、プログラム中にILPの方3名(マーケティング、事業開発、事業戦略&マーケティング)にジョインしていただき、2ヶ月間を走り切りました。プログラム最後には投資家の前でピッチを行い、有難いことに準優勝を受賞しました。
ちなみに、事業戦略&マーケティングのILPメンバーだった一色は、現在弊社の正式メンバーとしてしっかりマーケティング・ブランディングを担当してくれています。また、現CFOの柿内も、BNVからの紹介で知り合い、ジョインしてくれました。
ファウンダーである僕は、研究開発やコオロギの理解については誰にも負けない自信はあるものの、資金調達の専門家でもないし、マーケティングもセールスもできないわけです。
しかし一人ではできないことが、チームを組めばできる。そこが最もチームを創る上で一番大事。だから、均質化したメンバーではなく、異質な人が入れば入るほど、このコラボレーションから生まれる力が大きいと思っています。
ー大学からの資金調達も動いていた中で、なぜ民間VCに相談しようと思ったのでしょうか?
IPOまでのロードマップを見据えて相談できる相手が欲しかったからです。徳島大学のVCは近くで密なコミュニケーションがとれるのはいいですが、IPOのノウハウは持っていません。「IPOの知見のある東京のVCに出資してもらいたい」そう考えていた時に、運良くBeyond Next Venturesの有馬さんに声をかけてもらったんです。
また、有馬さん自身も出資を受ける大きな決め手でしたね。話す時の熱量がすごくて「出資後もしっかりサポートしてくれそうだな」と期待できました。実際に出資後も私たちのチームメンバーと言ってもいいくらい、経営の一端を担ってくれています。
ー組織の運営で意識していることはありますか?
意識しているのはフラットな組織です。年齢や役職に関係なく、だれもが意見できる組織を目指しています。ポジションによって役割は違いますが、それで意見できない組織では成長できませんから。
例えば広報は若いメンバーに一任しており、彼は私の意見にも反論してくれます。時にはどうしても経営的な観点で意見を通さなければいけない時もありますが、立場に関係なくフラットに接してくれるのはありがたいですね。
研究者は一歩を踏み出す勇気を、大学はそれを評価する制度を
ー今後、グリラスのような大学発ベンチャーが増えるために必要なことを聞かせてください。
教授が起業することを、大学側が評価する制度が必要です。例えば、グリラスがメディアに取り上げられれば、大学の利益にもなりますよね。しかし、私がいくらビジネスで結果を出しても、大学側から評価されることはありません。それではビジネスをしている時間は無駄ですし、研究だけをしている教授ばかりが評価されることになってしまいます。
それでは誰も起業しようとは思いません。本来なら研究者というのは起業に向いているんです。ビジネスに必要なPDCAを、研究では毎日しているんですから。その対象をビジネスに向ければ研究者は立派な起業家です。そんな起業家の卵の可能性を潰すのは本当にもったいない。もっと起業しやすい環境を大学が整備してくれることを期待しています。
ーグリラスの今後の目標を教えてください。
これまで通り、食用コオロギをもっと社会に浸透させていきます。まだ日本では食用コオロギはネタ扱い。今でも「食用コオロギって市場があるの?」と聞かれることも少なくありません。そう質問する人は、食用コオロギの市場が広がらないと思っているということ。もっと多くの方にコオロギの可能性を感じてもらい、社会に浸透させていくのが私たちの役割です。
そのためには商品を作ってくれる生産パートナーも必要ですし、コオロギのイメージを変えるマーケティングパートナーも必要です。社内外のリソースを使って「コオロギがなぜ大事なのか」そのストーリーを広げていきたいと思います。もちろん、研究者もまだまだ足りないので絶賛採用中です。
ー最後に社会実装に二の足を踏んでいる研究者の方にメッセージをお願いします。
何事もやってみないとわかりません。まずはトライアルでもいいので動いてみてください。いきなり会社を作るのは、たしかに大きなリスクかもしれません。それならイベント(アクセラ)に参加して事業計画を作ってみることから始めてもいい。いずれにしても事業計画を作ってみなければ何も始まりませんから。
お金を稼ぐのにアレルギーを感じずに、まずは小さなステップから踏み出してほしいと思います。
最後に
Beyond Next Venturesでは、革新的な研究成果の実用化に取り組む研究者の方々と共に、様々な課題解決に取り組んでいます。資金調達、会社立ち上げ(創業)、初期段階の事業計画の作成、助成金申請、経営チームの組成等にかかわるあらゆる支援を行っております。ご自身の研究成果の社会実装に挑戦したい方は、ぜひ弊社にご相談いただけたら幸いです。
お問い合わせ先:https://beyondnextventures.com/jp/contact/