ヘルステックスタートアップが取り組むべきグローバル戦略|BRAVE 2023 DEMO DAY パネルセッション

(司会)松浦:本セッションでは、「メディカル・ヘルスケア領域のスタートアップが海外進出をするために意識したいこと」をテーマに、グロービス・キャピタル・パートナーズの中安さん、Newsight Tech Angelsの黒田さん、そしてBeyond Next Venturesの私の3名でディスカッションしていきます。

※本記事は2023年12月2日開催「BRAVE 2023 DEMO DAY」でのパネルセッションを記事化したものです。

登壇者

グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社

中安 杏奈

山口県生まれ、日米で育つ。産婦人科医としてキャリアをスタートさせた後、MBA留学を経てVCに転職。シリコンバレーのSozo Venturesにて主にヘルスケア投資戦略を担っていたほか、PortfoliaのActive Aging & Longevity Fundでリードパートナーを務める。2023年6月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。東京大学医学部医学科、スタンフォード大学MBA卒。

BlackFields Consulting 代表 / 株式会社Newsight Tech Angels ファウンダー

黒田 垂歩

2022年にバイオ・ヘルスケア分野のエンジェル投資とハンズオン支援を行う株式会社Newsight Tech AngelsをCOOとして立ち上げ、同分野のコンサルティングも手がける。ベンチャーカフェ東京のクラスタープログラム・チャンピオンとしてライフサイエンス系のコミュニティを運営し、これまで10件以上のアクセラレータープログラムでメンター・審査員を務めた経験がある。2004年に博士号を取得後、ハーバード大学医学部を含むアカデミアで10年間研究者として活動。バイエル薬品やレオファーマなどで製薬業界のオープンイノベーションと事業開発を成功に導いてきた。北海道大学大学院薬学研究科出身、博士(薬学)・薬剤師。

モデレーター

Beyond Next Ventures株式会社 アソシエイト

松浦 恭兵

これまでの研究テーマは腎結石治療法、腫瘍溶解性ウイルス療法の開発など。在学中は博士学生を中心としたNPOの運営代表を務めたほか、複数の学生団体の立ち上げも経験。2022年4月にBeyond Next Venturesにキャピタリストとして参画し、主に医療・デジタルヘルス領域での投資業務に従事。世の中の不平等をテクノロジーで是正するベンチャーの創出を目指す。早稲田大学先進理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)

米国進出に向けて超えるべき壁とは

(松浦) 日本発のヘルステックを海外、特に米国市場に展開する際に、商習慣の違いや規制上の違いなどを含め、どのような点に注意すべきでしょうか?


黒田:米国進出する上で気を付けるべきことは、1.資金調達、2.プロダクトの開発、3.価格交渉 の3つです。

資金調達に関しては、米国のほうが日本よりはるかにリスクマネーの供給量が多いのでチャンスは豊富にあると思いきや、その分世界中から多くのプレーヤーが集まってくるので、そこに負けないだけの技術・プレゼン力(資料含め)・メンバーを揃える必要があります。

開発に関しては、グローバル化の進展に伴い、日米で同じようなプロセスで進められる状況にはなってきているものの、規制当局の違いや、承認プロセスやファストトラックなどにおける差は存在します。これらの違いを開発の初期段階から念頭に置いて戦略を練ってほしいと思います。

3つ目の価格交渉に関して、この点が最も大きく違うところです。日本では、医薬品の価格を決める際に、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)に承認をもらって、厚労省と保険点数などの議論をしますが、米国では、主にメディケア・メディケイドや保険会社と交渉して、個別に価格が決まっていきます。その形が全く日本と異なるので、しっかりバックキャストで計画を立てることが重要です。


中安:日米の医療ビジネスにおいては、ビジネスモデルの考え方が全く違います。そもそも米国の医療はアクセスも悪くコストも高いため、患者をはじめ、保険会社、製薬企業、病院などのBtoBでの顧客ニーズや期待値も大きく異なります。そのため、米国進出の際はこれらのステークホルダーのインセンティブをしっかり踏まえた上でビジネスモデルを作り込むことが重要です。

例えば、日本ではクリニックへのアクセスもしやすく価格も高くはないので、デジタルヘルスのアプリに課金するインセンティブは小さいと思いますが、米国ではあまりに病院のアクセスが悪い上に高額なので、「数十ドル支払いアプリですぐ診てくれるんだったら…」と課金する人が沢山います。最近では疾患特価のサブスクモデル等で月額数百ドルのサービスもあるほどです。

また、最終的にtoBへの販売をしていく事業でも、まずtoCで売上を立てつつエビデンスを構築したうえでtoBに展開するアプローチがよく取られます。どこまで規制が関与してくるプロダクトかによりますが、toCの選択肢があるというのは念頭に置いてもいいかもしれません。最近は米国市況の悪化もありtoCを選ぶスタートアップは減ってきている印象ではありますが…。

このエビデンス構築は、toBへの価格交渉に生きてきます。「保険会社にとって入院や重症化の抑制でいくらコスト削減できるのでプロダクトの価格はいくらです」、「病院での医療スタッフの業務効率がこれぐらい上がり人件費がいくら削減できるので、うちのサービスにはこれぐらいの価値があります」など、個別の状況に応じて定量的にも交渉していく必要があります。そのため、自社のサービスや製品に最適なビジネスモデルを慎重に選定し、医療経済面・臨床面双方から戦略を練ることが重要です。

(松浦) 日本にいると米国にフィットしたビジネスモデルなど現地の情報のキャッチアップが難しいと思うのですが、おすすめのアプローチはありますか?

中安:最新のトレンドに追いつくためのアプローチとして、実際米国の起業家・投資家と情報交換したり、海外のヘルステック関連のニュースレターを日々読んだりしています。アウトプットとしてそれをツイートしてシェアすることで、自分も更に勉強になっています。そういった記事の中では業界におけるビジネスモデルに関する議論がよく行われており、とても参考になります。ヘルステックは比較的新しい概念なので、業界全体が最も効果的なマネタイズ戦略や持続可能性のあるビジネスモデルを模索している状況だと感じています。

海外投資家に好まれやすいチームとは

(松浦)海外投資家に好まれるために日本のスタートアップがすべきことはありますか?


黒田:僕は8年ほど海外で暮らしましたが、今でも英語は勉強中でして、月1で日本人の起業家・研究者・ビジネスパーソン向けに英語を勉強するオンラインクラスを開催しています。背景として、「英語を話せないことで機会を損失している日本人がすごく多い」と感じたからです。海外でベースとなる英語をちゃんと自信を持って使いこなせるだけで、商談一つとっても大きく結果が変わる可能性があります。

さらに、外国人のCo-Founderを1人入れたり、外国人のアドバイザーを擁して面談時に一緒に入ってもらうなど、一定レベルの英語力を担保する工夫も必要だと思います。

中安:私も語学はやはり大きいと思います。個人的な経験からも、様々な場に入って業界の方々と仲良くするには、語学力や文化に応じたビジネスマナー等は基礎体力として重要だと感じます。

一方で事業も推進しながら語学力も高めるのは大変なので、一人で全部やろうとせずに、チーム全体の力を合わせるのも一つの考え方です。例えば、海外留学経験のある人をチームに迎えることで、語学力に加えてAlumniネットワークなども活用できると思います。

米国で好まれるファウンダーの要素としてはサイエンスとビジネスの両方のバックグラウンドを持っている人だと思っており、この点は日米で大きく差はないのではないでしょうか。特に米国では両方を高い水準で兼ね備えた人材がすごく多い印象です。この点も語学と同様にチーム戦でもあるので、チーム全体でサイエンスとビジネスのバランスを上手く取りながら戦っていくのがいいかなと思います。

(松浦)日米双方のVCでご経験のある中安さんに聞きたいのですが、案件を見られる際に投資の判断基準やスタンスなどに日米での違いはありましたか?

中安:投資の基準という点では大きく変わらないように感じますが、見ている市場の規模が異なると感じることはあります。日本だとまずは国内その後海外という考え方もある一方、米国のファウンダーは基本的に最初から広大な米国市場を見ており規模感の違いはあるなと思います。

また、米国のVCは細分化が進んでいます。日本では、幅広くディープテックに投資をするVCが増えていますが、米国では、宇宙テック・クライメートテック・ヘルステック・バイオテックなど特定の分野に細かく特化したVCが多く見られます。そのため、自分たちの事業領域にフィットした投資を行うVCを見極めて、対話を重ねるといいかなと。たとえ投資に至らなくても、ディスカッション相手として実りのある会話ができると思います。

黒田:今は海外の現地に行けるアクセラレーションプログラムが沢山あるので、そういったチャンスを活用して人脈を作れるといいですね。自分のネットワークを広げるんだという気持ちで、直接対面で色々な人と出会い、メンターらと良い関係を作れたらいいですよね。

(松浦)日米両方で研究経験のある黒田さんに伺います。日米で技術的なトレンドや社会実装を見据えた取り組みのスタンスなど、違いは感じられましたか?

黒田:まず皆さんにお伝えしたいのは、日本の研究者のレベルは決して低くありません。むしろ、素晴らしい研究シーズを持っている研究者の方は数多くいらっしゃいます。一方で、それをビジネス化するところが弱いという印象です。なので、日本と米国の案件を見たときに、どうしても米国の方が整って見えてしまうんです。そのため、良いチームを組み、より良いビジネスプランやピッチデックの構築に注力することは、正しい努力だと思います。

(松浦)海外で資金調達など順調に進んでいるシード・アーリーのスタートアップでよく見るチームの特長、メンバーの構成などはありますか?

中安:CEOがPh.D.やM.D.の資格を持ち、Co-founderがビジネス側の人間という構成はよく見られます。そして、多くの場合、彼らは大学などのコミュニティを通じて出会っている印象です。学内でも今回の「BRAVE」のようなプログラムが沢山あって、そこで一緒にやりましょう、となるパターンも多いですね。

また、起業を視野に入れているサイエンティストの方がMBAも取りにいくパターンもすごく多いです。そういったメンバーはある程度自分で両方(サイエンスとビジネス)を理解しているので、チームビルディングにおいても抜けている要素を補填しやすく、良いチームを作れている印象がありますね。

日本から海外進出を狙うタイミング


黒田:僕は早ければ早いほどいいと思っています。選択肢としては、日本でスモールサクセスを作ってから米国に行くか、結局はグローバル市場に出ていく必要があるのだから最初から米国に行くか、の大きく2つあると思います。

早ければ早いほどいいと思う背景は、いずれにしろ海外進出をするのだから、早く行って人脈も広げてトライすべきだろうと。そして、海外で一生懸命やってみたけど上手くいかなかった時には日本で態勢を立て直す、という順番で考えたらよいのではないかと思います。

中安:いずれ海外展開したいディープテックの企業は早ければ早い方がいいと私も思います。日米では承認に向けたエビデンス作りのルールも異なるので、先に日本でやったけど米国では足りないデータがあってもう1回やり直し、みたいな事態は避けたいですよね。

DTx(デジタルセラピューティクス)はもちろんのこと、ヘルステックサービスの領域でもエビデンスがないとビジネスが成り立たない時代になってきているので、自分の事業領域において米国ではどういうデータが求められているのかをしっかり把握した上で、初期から計画を立てられるとよいと思います。

また、初期から米国に展開する際に念頭に置いてほしいポイントがあります。それは、「米国のスタートアップの顔をする」ということ。米国で活動する中で、よく見たら(米国企業だと思っていたけど)イスラエル、カナダ、フランスの会社だったという機会はたくさんありました。米国は移民も多いため起業家の人種・アクセント等でどこの国のスタートアップかすぐに分かるわけでもなく、どこも一見は米国の会社と変わりません。米国に進出するということは、米国で事業を行うすべてのスタートアップと同じ土俵で戦うことを意味します。日本発だからということより、フラットに優れた技術やチームなのかを見られるのでこの点を意識して進めるのが良いのではないでしょうか。

松浦:逆に言えば米国において日本発であることにハンディキャップがあるみたいなことは一切ないということですよね。

中安:そうですね。ファンドのルールとして登記場所が米国でないと投資できない等のルールはもちろんありますし、資金調達や事業開発で現地ネットワークがないことが不利になる面はあると思いますが、日本発であること自体がダメということは全くないと思うので、自信を持って同じように戦うのがいいと思います。

日本の助成金と海外展開について

(会場質問):最初から米国に法人登記する場合、政府の助成金を取りにくくなる問題があるかなと思います。これまで日本をベースに活動しているチームの場合、政府のファンディングも取ってから米国にHQを移すほうがいいのか、お勧めはありますか?

黒田:難しいところですが、米国でも外国人が取れる助成金はあったりするので、それを取得できる場合は、比較検討したらいいと思います。ただ、特にディープテックスタートアップの場合、初期フェーズは日本の公的資金を活用してベースとなるデータを集めるというのはよくある進め方ですよね。

中安:国内でも助成金を取りつつ、海外のネットワークを同時並行で作って、向こうのVCから調達が視野に入りそうな段階で拠点を移すのも一手ですよね。やはり外国籍のスタートアップはVC側から「米国にもHQはあるのか?」と聞かれることがあるので、流れに応じて判断していけると良いと思います。

黒田:最近では森ビルがカリフォルニアに拠点を置いたり、三井不動産がニューヨークに大規模オフィスを建てたりしていますし、「米国にオフィスあります」とか「登記しています」というだけでも、僕は資金調達にプラスに働くと思いますね。

注目の技術領域

中安:私は日本発でグローバルに成長するスタートアップを支援したいと思っているので、日本の強みがあり、かつグローバルに適用できる技術に注目しています。そのなかでも、一例として高齢化社会特有の課題を解決するプロダクトはすごく面白いと思っています。米国では日本が高齢者大国であることの認知が高いので、例えば高齢者施設の業務効率化や、高齢化に伴う健康課題の解決などの領域に注目しています。

黒田:バイオの領域だと低分子化合物やバイオロジクス、セルセラピーなどホットトピックは色々ありますが、次の新しいモダリティを作りにいく動きを日本からどんどん推進してほしいと思います。それがやっぱり日本のバイオ産業の新しい大きな波を作ることに繋がるはずなので。

もう一つは、次世代のプラットフォーマーになるようなDTxやヘルステックのスタートアップが日本から出てきてくれると嬉しく思います。

松浦:本日は、貴重なお話しを誠にありがとうございました。今回のディスカッション内容が、日本のヘルステックスタートアップの海外進出を後押しできることを祈っています。

最後に

Beyond Next Venturesは、主にリード投資家として、ヘルステックや創薬バイオ領域をはじめとするディープテック・スタートアップにシード期から投資を実行しています。研究者や起業家に創業前から伴走し、世界に通ずるディープテック・スタートアップの創出に向けて、社内と社外のリソースを組み合わせて専門的かつグローバルな支援を提供しています。起業相談や事業アイデアの壁打ち、資金調達の相談は、こちらのページからお気軽にお問い合わせください。

Kyohei Matsuura

Kyohei Matsuura

Venture Capitalist

Beyond Next Ventures

Beyond Next Ventures