【前編】光電子ビームで産業の基盤技術に革命をー研究に新たな価値と加速をもたらすスタートアップ起業|研究者の挑戦

研究成果の社会実装にかける想い、現在地にたどり着くまでの葛藤や生き様を聞く「研究者の挑戦」。第5回は、電子ビーム生成装置を開発する名古屋大学発スタートアップのPhoto electron Soulの創業者であり、取締役CTOとして技術開発を統括する西谷氏に話を伺いました。

西谷氏は同大学の産学官連携部門で技術移転マネージャーをしていた鈴木孝征氏(現CEO)と共に創業。自らの電子ビームの研究を社会に還元するために、起業を選びました。前編では、事業化・スタートアップ起業のきっかけ、資金調達、チーム作りについてお話いただきました。

プロフィール

株式会社Photo electron Soul 取締役

西谷 智博 氏

博士(理学)-名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。原子力研究開発機構、理化学研究所を経て、名古屋大学で半導体フォトカソード技術に関して、文科省科研費(基盤A)や科学技術振興機構(先端計測プログラム)の研究・開発プロジェクトを主宰。2015年にPhoto electron Soulを創業し、取締役CTOとして技術開発を統括。名古屋大学 未来材料・システム研究所, 客員准教授。

【株式会社Photo electron Soulについて】

名古屋大学で30年以上にわたり培われてきた技術を基盤とした、名古屋大学発ベンチャー企業であり、電子ビーム生成技術である「半導体フォトカソード技術」に大きな強みを持つ世界で唯一の企業。幅広い産業分野に大きな革新を起こすべく、複数の異なる技術分野を融合させた製品・サービスの創出を目指す。https://photoelectronsoul.com/

高校時代の夢が世界を動かす研究に

ーまずは西谷さんが研究の道に進んだきっかけを教えてください。

西谷:高校2年の頃に、物理の中でも特に宇宙ができた理由を探求したいと考え、将来は研究者として宇宙の始まりを知るための専門分野「素粒子物理」を学ぼうと決意しました。

大学院では、宇宙の始まりに極めて近い状態(ビッグバンに近い状態)を生み出すための“電子ビーム源”の研究に取り組みました。博士号取得後は、その電子ビーム源の応用の目的が、職務上、次世代放射光源(原研)、電子顕微鏡(理研、名大)へと徐々に変化していきましたが、どの応用先でも電子ビームの未解明や未到達の謎や問題があることを深く知り、電子ビーム源の研究に没頭していきました。

研究に集中する西谷氏

ー研究の事業化を考えたきっかけはあるのでしょうか?

私の研究テーマである半導体フォトカソードの電子ビーム源は、世界的にも取り組む研究者は多くありません。「この研究を生き残らせるためには技術の社会的価値を示すための事業化しかない」と考え、当初はメーカーに技術を売る形(ライセンスアウト)での事業化を検討していました。

その中で、当時名古屋大学の産学連携部門にいた鈴木さんに出会ったことが、事業化をより本格化させるきっかけとなります。彼は私の実験室のインフラ設備から知財まで面倒を見てくれる担当者でした。

ー事業化に向けて最初はどのように動き始めましたか。

最初は大学、知り合い経由、紹介などを駆使して、技術を使いたいというメーカーを探してライセンス提案していました。電子ビームを扱うメーカーではないものの、電子ビーム源として製品化してくれそうな企業は見つかり、ライセンスまで漕ぎ着けました。

多彩な性能がフォトカソード技術の最大の魅力

ところが、肝心の電子ビームを扱う応用機器メーカーでの事業化には一向にたどり着きませんでした。売り込みを通して分かったことは、発生原理が50年間も変わらないソース(電子ビーム源)の技術を置き換えることが、応用先機器メーカーにとって大きなリスクを持つということ。例えると、“私たちはロケットや自動車は作ったことないです、でも素晴らしいエンジンができました、これに置き換えてください”という話に誰が乗るのか?ということです。

そんな折に、鈴木さんからスタートアップとして自ら起業する手立てを提案され、NEDOが提供するTCP利用などで起業の勉強を始めたのが、本格的なきっかけとなりました。

CEO鈴木さんの起業家マインドに惹かれて共同創業を決意

ーなぜ鈴木さんと起業したのでしょうか?

一部の電子ビーム応用機器メーカーは技術がもたらす可能性には共感してくれていました。応用リスクが払拭され、この共感を一層強く感じてもらい、メーカーが実用化に乗り出さざるをえない状況を作るために、鈴木さんがスタートアップによる事業化を強く後押ししてくれました。

これまでの鈴木さんの姿を見ていた私は、“よほど鈴木さんの方が起業家に適しているではないか”と思い、“そこまで言ってくれるなら一緒にやってくださいよ”と逆に説得することになりました。

当然お互いに起業は初めてでしたが、私より鈴木さんの方が起業家マインドをはじめから持っていたと思います。鈴木さんは農学博士取得後、米国デラウェア大学のバイオ研究者として働いており、大学のラボミーティングで弁理士やVCまで参加して議論をすることを目の当たりにしていたそうです。

SXSWでピッチする鈴木氏

ー鈴木さんも元々は研究者だったのですね。

そうです。電子ビームの予備知識こそなかったですが、専門の研究者でも理解するのが難しい技術にもすぐにキャッチアップして、難解な私の説明も適切なQ&Aなどを通して要点を理解し、それを分かりやすく伝える力に長けています。

研究者と経営者のタッグで乗り越えた「資金調達の壁」

NEDO TCP優勝時の鈴木氏と西谷氏

ー優れた研究と優秀な経営者。会社の立ち上げも順調にいったのではないでしょうか。

私は自分自身を優秀とは思いませんが、“優れた研究と優れた経営者がいれば起業も安心”とはならないと思います。特に会社の設立直後は順調とは程遠かったです。

Photo electron Soulを設立したのは2015年7月で、その5か月前にNEDOのTCPで最優秀賞を受賞しました。最優秀賞特典として米国サンフランシスコに位置するパロアルトでのピッチイベントにも参加しましたが、そこでも反響が大きく、国内外のVCさんから“会社設立はいつになるんだ?”という問い合わせも起業を後押ししました。

滑り出しとしては順調に見えますが、会社設立時は皆で少しずつお金を出し合って会社を作ったので、その時点で半年以内に会社の存続が危うくなるのが見えている状態。即、資金調達に奔走しなければいけませんでした。起業してから1~2年は目前の危機に対応する資金調達に追われる状況が続きましたね。

起業してすぐに鈴木さんの知り合いであった田村さん(現CFO)が、自らの事業を畳んでまでCFOとして加わってくれました。経営の実績があり研究開発以外の領域で粘り腰のある田村さんとの3人体制になれたのは、意見が二分されることもないバランスで知恵と勇気が増しました。

ー特に資金調達で苦労したことを教えてください。

資金調達の苦労は、「鶏が先か?卵が先か?」の問題でした。研究成果があるだけの状態で投資をお願いすると、「その技術の実証や実用の可能性はどれくらい示されているか?」と言われます。でも、こちらは実証や実用に向けた装置開発のための資金が必要と考えています。

「鶏から卵をたくさん生ませる技術ができました。」
「沢山の卵を先ず見せて」
「はい、お見せしますので鶏を買う資金を先ずください。」
この堂々巡りに陥るわけです。(卵から鶏を孵すことができます。の出だしも同様)

起業して3ヶ月目になんとか日本政策金融公庫からの融資を得ることができました。この資金により事業は成長しましたが、また半年後に危機的状況が待っていることも同時に見えていました。徐々に危機的状況に陥るまでの期間は長くなりましたが、常に事業存続の危機が見えている状態でしたね。

どこから仕入れた話か知らないですが、鈴木さんが「空から地面に落ちるまでに飛行機を作らなければならないような感覚がスタートアップだそうですよ」と言っていたのを覚えています。

ー研究開発系のスタートアップが資金調達を成功させるためのノウハウなどはありますか?

ノウハウはないです(笑)。もちろん、投資の受け側として、技術ポテンシャルを引き出す、事業確度を積み上げる、等さまざまな方法や機会を捻出することが必要です。

私たちは適切な時期に適切な人に出会うことができたという意味で「運が良かった」のは一つありますが、CFO田村さんの突破力と粘り腰がそのような機会(運)を逃さなかったのが大きいです。

また、創業時より会社の成長を見ていたBeyond Next Ventures伊藤さんとの出会いは我々にとって重要でした。会社の初めの正念場のタイミングでBNVから1億円の出資を受けることができたのが今に至るターニングポイントになっています。

一つ言えるとしたら、研究開発系の場合、「技術がどれくらい優れているか」などの詳細に入り込んだ説明をしがちですが、これはピッチや投資家の前ではNGです。私も起業間もない頃は、学会や研究会での説明のように、「この電子ビームは○○半導体材料を利用するため既存技術に比べて10倍の○○があり、それゆえ…」みたいな技術目線で話すことが多かったですが、それだけでは我々の事業のインパクトや魅力が伝わらなかったです。

訴える相手を良く理解して、その目線に立って「社会や人々の生活にどんな良い変化が訪れるのか」などの具体例を交えて伝えることが重要で、失敗も含め実際の場面で沢山訓練させられました。相手が技術を知らない前提で、技術そのものよりも、「その技術で、どのような価値が、どのような方法や過程で社会にもたらされるのか」という物語をいかに作れるかだと思います。

ー投資家選びの基準などはありますか?

運転資金に困っているからといって誰からの投資でも受け入れてはいけないと思っています。

私たちが大事にしているのは、自社のビジョンと私たちの熱量にどれくらい共感し、コミットしてくれるかです。社会をどのように変えていきたいか、など我々の事業そのものに共感して一緒に実現していただけるか、という点を重要視してきました。

Beyond Next Venturesはまさにそうで、投資判断だけでなく、リソースやスキル、人脈全てを使って会社の成長にコミットしてくれました。あるときBNVの投資先紹介を聞く機会があり、伊藤さんの自らの人生を賭して取り組む姿勢に、私は初めて“血が通った資金によって、我々の研究・開発・事業が後押しされている”と実感できました。

おかげで投資を受けてから研究開発から事業に至るまで、私たちらしいアクセルの踏み込み方で加速できていると思っています。

PeSメンバー集合写真

失敗の末にたどりついた「セルフモチベーションできる組織作り」

ーチーム作りやマネジメントで意識していることはありますか?

セルフモチベーション」を意識しています。指示待ちではなく、会社のビジョンやミッションに基づき自分から動機付けして動いていける(自走できる)メンバーの存在がスタートアップには不可欠です。自走できるメンバーの採用、そして、自走するために必要な環境整備を重視しています。

ーそのようなマネジメント方法はどこで学んだのでしょうか?

創業当初は失敗が多く、どうすれば高いパフォーマンスのチームを作れるか頭を抱えることが何度もありました。トレーニングも受けましたが、実際に起業するとそのほとんどは通用しません。チームビルディングも適切なマネージメントも事業の内容や進捗によって異なりますし、実際に失敗してみないとわからないです。

転機はCOOの土谷さんが加わったこと。土谷さんはグローバルでのビジネス経験が豊富で、世界のどこでも躊躇なく飛んでいってビジネスチャンスを掴んできてくれます。また、マネジメント面でも先に述べた“自走できる”チームビルディングなど、具体的な実例を用いて解決の方向を示してくれるため、いい方向に大きく変わりました。

今でも毎日のように経営陣で集まり組織作りを議論しますが、一律に決まった解決方法などはなく、その時々に起こったことへの対処の積み重ねが会社のノウハウになっていくのだと思います。

ー前編おわりー

後編は、次週公開予定です!お楽しみに!

Beyond Next Venturesより

当社では、革新的な研究成果の実用化をスタートアップ起業を通じて目指す研究者の方々と共に、新産業の創出に取り組んでいます。資金調達、会社立ち上げ(創業)、経営チームの組成(創業メンバー探し)、事業計画の作成、助成金申請、採用等、幅広く伴走しています。ご自身の研究成果の社会実装に挑戦したい方は、ぜひご相談いただけたら幸いです。
お問い合わせ先:https://beyondnextventures.com/jp/contact/

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