医薬品開発や環境問題にも貢献する宇宙バイオ実験を実現するための最新技術

人類の次なるフロンティア、宇宙。宇宙には多くのビジネスの種が眠っており、さまざまな企業・団体がその可能性を花開かせようと切磋琢磨しています。

一般社団法人SPACETIDEが2022年3月に発行した宇宙ビジネスに関するレポート「SPACETIDE COMPASS Vol.6」(※1)によると、国内宇宙スタートアップの2021年の資金調達額は過去最高の378億円に到達。2020年の105億円から大幅に増加しました。

また、米国VCであるSpace Capitalのレポート(※2)では、2021年に全世界で328社の宇宙関連企業が総額170億ドルの投資を受けたと報告されています。この額は、全世界のVCによる投資総額の約3%を占めるとのことです。

このように、世界中から注目を集める宇宙ビジネス。なかでも、医薬品開発や環境問題などと深く関わる分野が、「宇宙でのバイオ実験」です。現在、多くの企業が、宇宙空間で安全・正確にバイオ実験を進めるための機器や設備を開発しています。

今回は、宇宙でのバイオ実験が注目される背景や、関連ビジネスに取り組む国内外の企業などを紹介します。

宇宙空間でバイオ実験が注目される背景と関連ビジネス

「もし重力がほとんど働かなくなったら、生物の身体はどうなるのか」
「生物は宇宙空間でも生きていけるのか」
「微小重力環境では、地球上ではできない特殊な実験ができるのではないか」

このような疑問から、人類は宇宙でのバイオ実験に取り組み始めました。これまでに、動物の飼育実験や細胞培養実験、タンパク質の結晶化実験など、さまざまな実験が行われています。

宇宙でのバイオ実験は、さまざまなビジネスの組み合わせにより成立しています。以下は関連ビジネスの一例です。

バイオ実験施設の提供

バイオ実験を行う施設全体を提供するビジネスです。有人施設と無人施設、両方のパターンがあります。

バイオ実験機器の提供

実験施設内で使用するバイオ実験機器を提供するビジネスです。人体組織を製造する装置やX線撮影装置など、さまざまな機器を設計・開発します。

実験サンプルの地球への輸送

実験サンプルを単体で地球に輸送する場合、サンプルの状態(温度など)を適切に保ちつつ地上まで到達させる必要があります。このような輸送を実現するため、断熱カプセルなどの開発が進んでいます。

実験コンサル

宇宙でバイオ実験を行いたい企業や研究者に向けたコンサルティング・サービスです。研究開発への投資計画や、バイオ実験の計画・設計方法などに関してアドバイスを行います。

新薬開発や病気の原因究明、エネルギー問題などに貢献

宇宙でのバイオ実験は、医療問題や環境問題などの解決につながる可能性があります。そのカギとなるのが、タンパク質の結晶化実験です。

タンパク質の構造を調べるには、タンパク質を結晶化した後にX線でその構造を解析する必要があります。しかし、地上では重力の影響でタンパク質結晶の表面が割れたり、均質な結晶が生成されず、構造解析がうまくいかないという問題がありました。

対して、宇宙のような微小重力環境ではタンパク質分子がきれいに整列するため、地上よりも高品質なタンパク質結晶が生成します。そのため、タンパク質の構造をより正確に解析できるのです。これは、さまざまな分野のイノベーションにつながります。例えば現在、以下のような研究が行われています。

新薬開発に貢献

特に注目されているのが、医療分野です。病気の原因となるタンパク質の構造が分かれば、原因タンパク質の機能を止めるための薬を設計できます。例えば現在、宇宙実験での成果を活用して、成人病治療薬やインフルエンザの特効薬、筋ジストロフィー治療薬などの開発が進められています(※3)

病気の発症メカニズムを解明

微小重力環境を活用して、難病の発症メカニズムを解明する研究も行われています。例えば、分子科学研究所の加藤晃一教授らの研究グループ(※4)は、アルツハイマー病発症の原因とされるアミロイド繊維を宇宙空間で製造して地上に持ち帰り、その形状や形成速度、形成機構などを調査しています。

実は、アミロイド繊維の形成もタンパク質の結晶化と同じ原理です。そのため、宇宙空間では地上よりも高品質な(タンパク質分子が規則正しく並んだ)アミロイド繊維が得られます。このアミロイド繊維を地上で解析すれば、繊維が伸長する際の中間状態の構造を正確に把握できるため、繊維の伸長メカニズムを理解できる可能性があるのです。今後さらに研究が進めば、アミロイド繊維が関わる病気の発症メカニズムを分子レベルで理解できると考えられています。

【参考記事】
https://www.ims.ac.jp/news/2020/06/16_4701.html
https://www.ims.ac.jp/sympo30.html
https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/pickout/71507.html

環境問題の解決に貢献

宇宙でのタンパク質結晶化実験は、環境問題とも大きな関わりがあります。例えば、植物細胞の細胞壁などに含まれるタンパク質「セルロース」は、地球上で最も豊富に存在するバイオマスです。セルロースは「セルラーゼ」とよばれる酵素により分解され、バイオ燃料やプラスチック原料などに活用されます。そのため、セルラーゼを結晶化して、その構造や機能を正確に把握できれば、バイオ燃料やバイオプラスチックなどをより効率的に生産できる可能性があるのです。

この目的のもと、東京大学大学院農学生命科学研究科の五十嵐圭日子准教授らは、宇宙空間におけるセルロースの合成や結晶化に取り組んでいます。

以上、いくつかの関連研究を挙げましたが、宇宙でのバイオ実験は人類の宇宙進出にも関わるものです。無重力環境や宇宙放射線が生物に与える影響を調査することで、「人類は宇宙でどのように生活すべきなのか」「人類は宇宙で繁栄を続けていけるのか」といった疑問に対するヒントが得られるかもしれません。

【参考記事】
https://www.jaxa.jp/article/special/experiment/sato01_j.html
https://www.atpress.ne.jp/news/235867
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2011/20110902-1.html
https://www.atpress.ne.jp/news/235867
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/181116_pcg.html
http://www.fp.a.u-tokyo.ac.jp/cbm/teacher01.html

宇宙でのバイオ実験に関わる国内のスタートアップ

国内

SPACE WALKER

SPACE WALKERは、再使用可能な弾道飛行スペースプレーン(有翼式宇宙船)を開発するスタートアップです。同社のスペースプレーンは、まるで飛行機のように離陸して宇宙空間に飛び立ち、ミッション完了後は滑走路に着陸します。科学実験に特化したスペースプレーンも開発しており、このスペースプレーンでは、天文観測やタンパク質合成といったさまざまな科学実験ができます。実験完了後は地球に帰還するため、高額な実験機材も搭載できるといいます。2025年には科学実験用スペースプレーンの初フライトを行う予定とのことです。

【参考記事】
https://emira-t.jp/special/11484/

ElevationSpace

ElevationSpaceは、宇宙実験用の小型宇宙利用・回収プラットフォーム「ELS-R」を開発する東北大学発ベンチャーです。ELS-Rは、人工衛星の内部に実験用の装置を複数搭載した設備で、内部ではバイオ実験以外にも、半導体製造やバイオ3Dプリンティングといった製造作業を実施できます。

同社は2023年に、100kg級小型人工衛星「ELS-R100」の打ち上げを目指しています。ELS-R100には、IDDKが開発するワンチップ顕微観察技術を用いた小型バイオ実験環境や、ユーグレナが開発するミドリムシの実験装置などが搭載される予定です。

【参考記事】
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000074085.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000074085.html
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC243L20U2A120C2000000/

Space BD

Space BDは、宇宙の産業化を加速させることを目的に、衛星打ち上げサービスや宇宙関連機器調達販売サービス、ISS実験サービスといったさまざまな事業を展開する企業です。

同社のISS実験サービスでは、JAXAとパートナーシップを組み、ISS船外および船内における各種実験プラットフォームの利用機会を提供しています。また、実験サンプル打ち上げプロジェクト全体の企画・運営サポートにも対応しています。

同社は、ISS船内でのタンパク質結晶化実験にも取り組んでいます。2022年4月にはインテージヘルスケアと共同で、創薬研究支援サービス提供に向けた研究を開始しました。

【参考記事】
https://space-bd.com/business/
https://ja.space-bd-lifescience.com/why-microgravity
https://space-bd.com/news/20220407.php

海外

Space Tango

Space Tangoは、無人かつ自動の宇宙実験設備を開発する米国のスタートアップです。同社が開発中の無人プラットフォーム「ST-42」は、ドッキングや宇宙飛行士による操作を必要としない自律型の機体です。打ち上げ後は自動で軌道を周回し、軌道上で実験を実施した後で地球に帰還します。機体は最大10回のミッションに使用できるよう設計されているそうです。

Space Forge

Space Forgeは、宇宙空間で半導体や医薬品などを製造するための衛星プラットフォーム「ForgeStar」を開発する英国の企業です。このプラットフォームは、軌道モジュールと交換可能な微小重力カプセルからなり、宇宙でのミッション完了後は地球に帰還して再利用できます。同社は2022年中に、試験用のプロトタイプ衛星「ForgeStar-0」を英国内から打ち上げる予定だと発表しています。

【参考記事】
https://www.dezeen.com/2022/07/14/space-forge-forgestar-0-materials-factory/
https://nation.cymru/news/welsh-satellite-company-partners-with-us-firm-to-test-new-space-radiation-technology-in-first-launch/

NOVA SPACE BIOTECHNOLOGY

NOVA SPACE BIOTECHNOLOGYは、2013年にスイスで創業されたスタートアップです。宇宙でのバイオ実験に関わる研究者に対して、包括的なアドバイスや技術サービスなどを提供しています。例えば、宇宙への細胞輸送手順の確立・検証や、宇宙バイオ実験の計画・設計、フライト後の手順に関する検証・標準化、といった一連のサービスです。

また、同社は微小重力実験用ハードウェアの設計・構築にも対応しています。ノースロップ社のF-5戦闘機にも、同社が開発した微小重力実験プラットフォームが搭載されているそうです。

【参考記事】
https://www.novaspacebiotech.ch/services/bioscience-test-programs-and-development/
https://www.synbiobeta.com/read/five-companies-building-the-tools-and-tech-for-humans-to-thrive-off-planet

まとめ

宇宙でのバイオ実験は、医薬品開発や環境問題、果ては人類の宇宙進出とも関わる壮大な分野です。今後も、国内外で多くの関連スタートアップが生まれることでしょう。事業化を検討している方や同領域で資金調達先を探している起業家の方はぜひ当社までご相談ください。

Beyond Next Ventures

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