デジタルヘルスの未来:SaMDの進化とトレンドを探る

皆さんこんにちは!Beyond Next Venturesで医療機器・ヘルスケア領域への投資を担当している松浦です。今回は私の注力領域である「DTx」「SaMD」を取り上げます。背景知識の整理をふまえ、今後の領域トレンドに迫ってみたいと思います。

プロフィール

松浦 恭兵Venture Capitalist / Investment Gr.

これまでの研究テーマは腎結石治療法、腫瘍溶解性ウイルス療法の開発など。在学中は博士学生を中心としたNPOの運営代表を務めたほか、複数の学生団体の立ち上げも経験。2022年4月に当社にキャピタリストとして参画し、主に医療・デジタルヘルス領域での投資業務に従事。世の中の不平等をテクノロジーで是正するベンチャーの創出を目指す。早稲田大学先進理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)

SaMDとは

SaMD(Software as a Medical Device、通称サムディー)とは、疾患の診断治療や予防を目的としたソフトウェアを指し、近年のデジタルヘルス分野の発展に伴い注目を集めています。従来の医療に用いられるようなデジタル技術とは区別して理解されており、プログラム単体で機能するものを日本では「医療機器プログラム」と呼んでいます。

特に治療を目的としたものはDTx(デジタルセラピューティクス)とも呼ばれ、薬事承認および認証を経て医療現場で用いられ始めています。SaMDは従来の治療方法では困難であった医療ニーズを解決し得るだけでなく、機械学習や深層学習機能を搭載した製品においては、その性質上、上市後も性能のアップデートが期待できます。また患者の院外データを取得することも可能であり、「個別化医療」の文脈からも個人的に期待している技術になります。

SaMD・DTxのこれまでと今後の期待

世界で初めて製品化されたDTxは、米WellDoc社が開発した「2型糖尿病患者向けの自己管理アプリ(BlueStar)」であり、2010年にFDA承認を受けました。測定した血糖値だけでなく、服薬記録や食事、運動記録などもアプリに入力してもらうことで、各患者にあわせて最適なアドバイスを提供し、指標となるHbA1cの低下を狙うものです。同社は2019年にアステラス製薬と提携し、日本国内での展開も進めています。

一方、海外と比較して日本でのSaMD・DTxの広がりはやや遅れをとっており、2020年にCureApp社が開発した「ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」が国内で初めてDTxとして承認されました。2021年6月時点の少し古いデータですが、海外とDTxの承認済み製品数を比較すると、EU19件(うちドイツの早期承認プログラムDiGAで13件)、アメリカ9件、日本1件となっています(現在ではCureApp社の1件、サスメド社の1件を追加し、計3件)。

法整備の観点から国内動向を見ると、2013年の改正薬機法で医療機器の特性を踏まえた規制構築がなされ、規制対象として医療機器プログラムが規定されてから本格的な環境整備が進んできました。2020年にはSaMDの早期実現化を目的とした方針である「DASH for SaMD」が厚労省から公表されたこともあり、今後の参入者の増加が期待されています。

SaMDの国内外スタートアップ事例

米NightWare社

NightWareは2020年11月にFDA承認を受けたもので、PTSDなどに起因する悪夢による睡眠障害の軽減を目的としています。Apple Watchから測定した睡眠中の心拍数などをもとに睡眠パターンをアルゴリズムで分析し、ストレス値の上昇具合から悪夢を見ていると判断した際に振動によって介入する点がユニークです。

実際、PTSDと診断された患者が悪夢を経験する割合は非常に高く、特に兵役に従事した経験を持つ人のニーズは非常に大きいと思われます。従来の医薬品と並行しての使用が想定されていますが、侵襲性などもなく、また睡眠を妨げることなく介入することが可能です。

この例に限ったことではないですが、SaMDのメリットの1つとして「患者の大きな負担なく既存治療法にアドオンすることができる」点が挙げられると考えています。新しいトレンドとして過度に期待しすぎるのではなく、冷静にそれぞれの治療法の適応範囲を見極めていく事が求められているのではないでしょうか。
https://nightware.com/

日LPIXEL社

AI技術を用いた製品は医師の補助という観点からも非常に有用だと言えます。国内の事例として、LPIXEL社が2019年に販売開始した「脳MRI画像から脳動脈瘤診断を支援する医療機器プログラム」が挙げられます。動脈瘤のように見逃しが患者の生死に直結するような場合、マンパワーに頼るような方法では限界があります。この製品が医師の読影のダブルチェック役を担うことで、より正確かつ迅速な診断を可能にしています。
https://lpixel.net/?top

医療機器開発におけるSaMDの広がり

GPT-4に代表される大規模言語モデルを基にしたサービスの登場など、昨今のデジタル技術の発展は予測ができない状況となっており、いずれ医療分野でも本格的な導入が進むと予想されます。技術の発展自体は歓迎すべきものですが、医療機器として考えた場合、やはりリスク(あるいはコスト)と得られるベネフィットの比較を冷静にすべきではないかと考えています。

現状、いわゆる技術のブラックボックス化が顕著になっており、「仕組みはよく分からないが便利」と感じながらサービスを使っているケースも多いのではないでしょうか。医療機器は患者に与える影響は非常に大きいものであるため、非侵襲であったとしても、想定されるリスクなどを丁寧に示していく必要があると感じています。

そのため、SaMDの広がりを考えた際に、まずは「医師の補助、負担軽減」「ヒューマンエラーの軽減」といったテーマが中心になっていくと思いますが、それに加えてDTxでは「患者の行動変容を効果的に促すもの」にも注目しています。継続しないと効果が出ないというのは従来の治療薬でも同じですが、院外で患者自身が用いるという性質上、強制力を働かせるのが難しいという側面も存在します。侵襲性という直接的な負担だけでなく、いかに継続できるか、という精神的な負担にも着目しつつ開発を進めていくことが今後さらに求められそうです。

終わりに

いかがでしたでしょうか。SaMD・DTxの可能性は非常に魅力的であり、今後も追っていきたいと思っています。この領域に関心のある研究者・起業を目指されている方がいらっしゃいましたら、ぜひお気軽にご連絡いただければと思います。それではまた次の記事でお会いしましょう。

ソース
・WellDoc社のBlueStar:https://www.welldoc.com/bluestar-template/
・アステラス製薬との提携:https://www.astellas.com/jp/news/21546
・CureAppのニコチン依存症向けアプリ:https://sc.cureapp.com/d/
・DTxの承認済み製品数:https://www.iqvia.com/insights/the-iqvia-institute/reports/digital-health-trends-2021
・DASH for SaMDの公表による今後の参入者増加の期待:https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_17760.html
・Nightware社:https://nightware.com/
・LPIXEL社製品:https://eirl.ai/ja/eirl-brain_aneurysm/

Kyohei Matsuura

Kyohei Matsuura

Venture Capitalist