澤邊・矢藤:Beyond Next Venturesバイオ創薬チームの澤邊と矢藤です。今回、2023年3月に設立したディープテック特化の3号ファンドで初めてバイオ創薬領域のスタートアップ「Red Arrow Therapeutics」に投資を実行しました。東証への上場Valが100均(創薬スタートアップは100億円程度でしか評価されないことへの揶揄)と言われる現在のマーケット環境の中で、同社に投資をした背景を説明します。
プロフィール
Beyond Next Ventures株式会社 プリンシパル
澤邊 岳彦
2000年4月に明治製菓(現・Meiji Seikaファルマ)入社。創薬研究に従事した後、事業開発に転じて国内外バイオベンチャーとのライセンス契約を担当。ジョンソン・エンド・ジョンソン(医療機器事業開発)、アッヴィ(ポートフォリオマネジメント)を経て2014年5月に産業革新機構(現・INCJ)入社。ステラファーマ(IPO)、メガカリオン、スコヒアファーマなど創薬・ライフサイエンス領域のベンチャー企業投資活動を担当。2022年12月より当社に参画し、バイオ・創薬領域の投資業務に従事。東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了。グロービス経営大学院経営研究科修士課程修了(MBA)。
Beyond Next Ventures株式会社
矢藤 慶悟
在学中は国立感染症研究所で肝炎ワクチンやウイルスに対する免疫応答の研究に従事。アカデミアシーズの社会実装に大きな課題感を感じ、2020年に学生インターンとして当社に参画後、2022年4月にバイオ・創薬領域のキャピタリストとして当社に参画。日本の研究環境を改善し、日本のテクノロジーで世界を豊かにすることが目標。東京理科大学大学院先進工学研究科博士課程修了。工学博士。
がん免疫領域の流れ
今回投資をしたRed Arrow Therapeutics(以後「RA社」と記載、本社:ボストン、代表者:宮崎 拓也)はサイトカインという生体由来の物質を使い、免疫細胞がアプローチできなかった固形がん(Cold Tumor)に免疫細胞を誘導・浸潤させ、免疫系によってがんを攻撃できる状態(Hot Tumor)に変化させるアプローチを考えています。
直近の日本人の死因の第1位は悪性腫瘍であり、約4人に1人ががんで亡くなる時代です。3大がん治療と呼ばれるのが、①外科的な切除②放射線治療③化学療法(抗がん剤)で、近年は第4の柱として細胞治療(CAR-Tなど)も台頭してきました。
各治療法にメリット・デメリットがありますが、目下がん領域の大きなトピックは、オプジーボやキイトルーダとして有名な免疫チェックポイント阻害薬が効かない、かつ、血液性のがんで良い治療成績を出しているCAR-Tで対応できない「固形がんの治療」であり、固形がんが作り出す高次構造(がん微小環境)へのアクセスと、ヘテロになったがんマーカー発現への対応が課題だと認識しています。
この分野では、シングルターゲットではなくマルチターゲット、微小環境への浸潤性の高い細胞治療薬、免疫惹起によるアプローチなど、多くの研究開発が進められています。最近は第一三共が得意とするADC(抗体薬物複合体)にかなり注目が集まるなど、業界の勢力図も変化しながら、各グローバルファーマが開発競争にしのぎを削っています。
Red Arrow Therapeuticsの強み
技術
RA社のリードパイプラインはIL-12という生体に存在するサイトカインという物質を基にしており、以前から強力な抗がん作用があることが知られています。したがって過去当然リコンビナントIL-12の臨床試験が走っていたわけですが、安全性の問題で脱落しています。IL-12は局所で見れば免疫を賦活化し抗がん作用はありますが、免疫を過剰に惹起するため、全身投与系では副作用が大きな問題になります。
実際、IL-12関連医薬は、AstraZenecaやBristol Myers Squibbなどが参入を試み撤退している一方、直近ではGileadがIl-12製剤を開発するXilioと契約しています。そのような観点ではホットな領域でもあると言えます。
IL-12の毒性を下げるため、現在のIL-12の開発品は、局所投与でのアプローチ(Moderna)か、デリバリー技術と組み合わせた局所投与以外の腹腔内投与、皮下投与(Werewolf、Dragonfly)などがあり、RA社は後者のデリバリー技術と組み合わせた全身投与系の開発を行っています(Modernaも正確にはmRNAとLNPのデリバリー技術を使っています)。
いずれも毒性を如何に下げ、IL-12の薬効を最大化させるか、というのが大きな差別化になるとともに、別の製剤(例えば免疫チェックポイント阻害薬)との併用も重要なポイントとなります。
RA社のコア技術はIL-12の操作ではなく、その「デリバリー技術」です。技術のオリジンは東京大学でナノポリマー研究をリードするCabral 先生です。Cabral研究室に在籍していた宮崎氏(RA社のCEO)が、Cabral先生とタッグを組んで創業したのがこの会社です。
Cabral研はミセル型ナノ粒子の技術では世界のパイオニア であり、その中で生まれた「タンパク質の直接輸送技術」が、我々が思うRA社の大きなブレークスルーです。実際はタンパク質ほど大きな物質でも輸送可能という意味で、タンパク質以外の内包物質の輸送にも強みがあることを補足しておきます。
タンパク質自体を身体の特定の部位に輸送する技術は非常に限定的で、抗体のように標的に結合するものや、特定の酵素によって切断されるリンカーの利用などはありますが、ことIL-12のような毒性の高い物質では標的外で受容体との結合部位が露出してしまう点や、受容体や酵素の局在に依存する点は懸念事項として挙げられます。RA社の技術のようにほぼ完全にIL-12を包み、がん微小環境において、環境応答的に放出する機構は、その課題解決に非常にマッチしていると考えています。
グローバルなチーム
RA社の魅力として技術面は当然のこと、それを推進できるチーム体制にも特長があります。
RA社は2022年に本社を米国に移しグローバルでの開発戦略を描いているわけですが、シード段階から「グローバル」を体現するチーム体制を有しています。CEOの宮崎さんは、早期からLinkedInを活用してコアメンバー候補の方々に次々と声をかけていき、現体制が構築されました。
Executive Chairとして参画したLouiは武田薬品、ヤンセンファーマなどで研究開発をリードし、IL-12と同じサイトカインの一種であるIL-15を開発していた米バイオ薬品スタートアップNektar TherapeuticsのVice Presidentを歴任。2021年以後はImCheck Therapeutics(€173M調達、シリーズCステージ)のCSOを務める人物で、サイトカイン製剤の非臨床開発のスペシャリストです。
また、アドバイザリーボードにはIL-12 製剤の開発に長年携わったDaud Adilや環境応答性製剤の基盤である腫瘍内pH研究の先駆者であるMark Pagelを始め、IL-12の臨床試験に長けたKOL、ナノメディシン製造の専門家などグローバルメンバーで構成。開発や製造を広くカバーした体制になっています。
「日本発で初期からグローバルで戦えるモデルケースになりたい」と話すCEO宮崎さんの圧倒的な行動力とともに、世界のプレイヤーを惹きつける人物的な魅力がチーム体制ににじみ出ています。
スタートアップのグローバル化に対する考え
創薬に限った話では、前述のとおり国内市場が下落し、株式市場からの期待感がかなり低くなっています。今後この環境を変えていくために必要なことは、日本発のスタートアップが世界で圧倒的に勝つことだと思っています。そのために残された最後の道がグローバル展開とNASDAQへの上場だと私は認識しています。
アカデミアでは過去の選択と集中が原因で研究力が低下されたとよく耳にします。しかし、スタートアップの世界では、この選択と集中が成功への不可欠な要素です。特に、競争が激しく厳しい環境にある今、さらに重要になっています。
つまり、投資家や政府のお金、有望な研究シーズ・経営人材への集中を行うことが重要で、スタートアップの社数をKPIに設定することには何の意味もないということです。海外進出を目指せる、海外での上場を目指せるスタートアップであるなら、なおさら海外の資本力に追いつくために国内資本を集め、支えていくシンジケーションが必要だと考えています。
グローバル化において日本に必要なエコシステムの答えはまだないと思いますが、少なくとも海外投資家が情報不足により国内投資市場への参入を意思決定しづらい状況であることは間違いないので、まずは初期から海外にマッチした手法(メンバー、投資契約、資本政策など)を目指し、各ステークホルダーが知見を溜めて共有し合う必要があると思っています
最後に
今回の資金調達では弊社のみならず、東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)、慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)、大阪大学ベンチャーキャピタル(OUVC)という国内でもディープテック領域で大きなファンドサイズを持つ投資家の座組になり、これ以後の米国ラウンドを資金面で下支えできる体制になりました。既存投資家のUTECさんを始め、この体制で支援できることをとても嬉しく思います。
この記事を読んでいる多くの方が認識している通り、日本の株式市場における創薬スタートアップの現状は極めて厳しいものがあります。現状は改善する兆しが見えないチャレンジングな環境下で、臨床試験を経て「薬を作れる」創薬スタートアップを成功させるためには米国市場に進出するしかないというのが私見であり、投資家側の共通認識であるとも思います。
RA社は本格的なグローバル開発と資金調達のために、昨年ボストンに本社をインバージョンしています。RA社は初期からグローバルで開発できる可能性がある数少ない日本発の創薬スタートアップの一つであると思っており、こういった会社を投資家・政府が一丸となって世界に送り出す必要があると考えています。
ディープテック領域は数年間売り上げが立たないこともある性質上、研究を加速させるための政府等からの補助金・助成金の活用は重要です。この数年補助金回りの支援はかなり改善されてきたものの、国内の補助金活用においては国内法人が必要になる場合があり、グローバル化を進めれば進めるほど補助金活用がしづらくなるという状況も見受けられます。
日本発の技術を世界で勝たせ、利益を日本に還元し次の技術を育てていくためには、ベンチャーキャピタルだけでなく、政府からのさらなる支援含めて、グローバル化をより強力に後押しできるエコシステムの構築が必要です。今後もさまざまな方々と連携しながら、エコシステムの底上げに寄与するための活動を行っていきます。