海外Ph.D.・MBA卒のキャリア事情~スタートアップ・起業・大企業という選択~

山本:こんにちは、Beyond Next Venturesでアカデミア研究成果の事業化支援を担当する山本です。

海外の大学に進学して博士号(Ph.D.)やMBAを取得する道は魅力的な一方で、その後のキャリアの選択肢や就職活動の進め方については手探りの方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、海外大学でのポスドク経験や、Ph.D.やMBAを取得後に日本の産業界【スタートアップ・大企業・起業】のキャリアを選択した3名に、アカデミアからのキャリア形成に向けたヒントをお話しいただきました。

プロフィール

松山 洋一

株式会社エキュメノポリス 代表取締役 CEO
早稲田大学 知覚情報システム研究所 客員准教授

松山 洋一

早稲田大学 基幹理工学研究科 情報理工学専攻で博士号を取得後、米国カーネギーメロン大学にてダボス会議公式バーチャルアシスタントの研究開発プロジェクトや米Google、Microsoft、Yahoo!などとの各種会話AI産学連携プロジェクトを主導。帰国後、早稲田大学 知覚情報システム研究所に主任研究員(研究院 准教授)として着任。研究成果の社会実装を目的に、2022年に株式会社エキュメノポリスを創業。最初のサービスとして、会話AIエージェント搭載型英語スピーキング診断サービス「LANGX Speaking」をリリース。SXSW EDU 2023ファイナリスト登壇、東洋経済「すごいベンチャー100」2023年選出、他。

松村 雅代

株式会社BiPSEE 代表取締役CEO

松村 雅代

心療内科医師。筑波大学卒業後、㈱リクルートを経て、Case Western Reserve University (Cleveland, OH, USA)へ留学し、医療経営学を専攻・MBAを取得。 DDI(現KDDI)へ就職後、米国医療系ITベンチャーSkila Inc. Skila Japan代表等を経て、2002年岡山大学医学部医学科に学士編入し、2006年医師国家資格を取得。 岡山大学病院総合診療内科・横浜労災病院心療内科にて心療内科専門研修を修了。臨床と並行し、JFEスチール㈱、㈱NTTデータ等で産業医を務める。現在も都内の医療機関で心療内科外来の担当を続けている。

T氏

大手外資系コンサルティングファーム

T氏

東京大学卒業後、米国ペンシルバニア大学へ留学し、がん研究にて博士号取得。その後、大手外資系コンサルティングファームの東京オフィスへ就職し、医療・創薬領域におけるコンサルティングに従事。

起業、スタートアップ、大企業というキャリア選択の背景

自身の研究成果を事業化するためにスタートアップを起業

ご自身の研究成果をもとに起業を選択された松山さんは、どのような理由でいつ頃から起業を志したのでしょうか?

松山:私の研究領域は「会話エージェント」という身体性を持った、人と自然に会話ができるような会話AIを作ることです。会話だけではなく、AIに社会的知能を持たせることが、私が人生をかけて実現していきたいテーマです。

私は、早稲田大学で博士号を取り、その後にアメリカのカーネギーメロン大学で会話AIの研究をしていました。約5年間のポスドクを経て、次のステップを考えた際に、自分が人生をかけて実現していきたいコアの部分に立ち返りました。長い目で考えて、社会的な知能の実現に貢献するためには、選択肢として大きく3つあることに気づきました。

1つ目が、アカデミアに残って研究室を開くという道。
2つ目が、GAFAに就職して研究を続ける道。
3つ目が、起業するという道。

アカデミアに残る道については、(分野特有ですが)AIの分野においては大学では空洞化が進み、なかなか面白い研究ができない側面があります。

また、GAFAへの就職については、それこそ海外のトップ研究者はGAFAなどのテックジャイアント企業でしのぎを削って仕事をしており魅力的な面はあります。一方で、大きな組織の中での研究は必ずしも自由が効くわけではないと考えました。

そこで、最終的に「自分で納得のいくものづくりをしよう」と起業を決意しました。米国ではなく日本で起業した理由は、100以上の事業アイデアの中から最終的に選んだテーマが「言語教育」で、この事業を展開する場所は日本が最適であったことから、日本で起業しました。

海外MBAから大企業・スタートアップを経験し、医学部を経て起業

BiPSEEの松村さんは、海外MBA留学後に大企業、スタートアップを経て、医学部を卒業し、起業されました。それぞれのターニングポイントでの選択の背景を教えていただけますか?

松村:私は様々な領域でキャリアを形成しているように見えますが、「医療領域で、自ら気づいた課題を解決する」という根幹は一貫しています。私は、医療サービスにおいて医療を受ける側と医療を提供する側に情報格差があると感じ、「経営の視点から医療のあり方や日本の医療を変えられるのではないか」と考え、その実績のある米国のビジネススクールで、MBAを取得することを決めました。。

留学先のCase Western Reserve大学のビジネススクールで遠隔医療のプロジェクトに関わり、インフラと医療の融合に新たな医療サービスの可能性を感じ興味を持ったことからKDDIに就職しました。その後は「医療領域でどのように事業を実現させていくか」という視点から、米国の医療系ITベンチャーの日本法人を設立し、代表を務めました。その後、自分の根幹にある課題を解決するには医学のバックグラウンドが必要だと考え、医学部に入学しました。このように、最初から起業ありきではなく、自分が感じている課題を解決する方法を探った結果、起業という選択に至りました。

がん研究の海外Ph.Dを取得後、日本でコンサルファームに就職

Tさんは海外で博士号を取得後に大手コンサルティングファームに就職されましたが、どのような経緯があったのでしょうか?

T氏:博士課程の最初の頃は「ノーベル賞を取るんだ」とか「一流の研究者になるんだ」という強い想いがありましたが、3~4年ほど研究を続けていくうちに、多くの研究成果が論文を超えて世の中にインパクトを出しにくいことに課題を感じていました。そういった「アカデミア研究からの変革に挑戦したい」という想いが強くなり、「それは産業界で実現できるのではないか?」と考え始め、様々な業界に関われるコンサルティングファームでのキャリアを選択しました。

海外ではなく日本で就職された背景を教えてください。

T氏:アメリカに残ることも考えましたが、アメリカと日本の両方を経験して、その後に選択すればいいと考え、まずは帰国することにしました。

今のコンサルファームでの業務ではグローバルなプロジェクトを担当することが多く、日本の商習慣とアメリカの商習慣の両方を経験でき、それは私のエッジの一つになっているかと思います。

一方で今振り返ると、「自分のやりたいことへの最短経路を進んでいるか?というと、そうではないのかも」と思うところもあります。私は製薬企業のR&Dに興味がありますが、それはボストンでしか携われないような状況です。よってボストンに居続けたほうが、自分の本当にやりたいことに近かったかもしれません。とはいえ、様々な経験をしたほうが人生は面白いと思いますし、Ph.D.修了時点で他のキャリアへの関心もあったので今のキャリアパスに後悔していませんし、ストレートパスではない寄り道があっても特に問題ないと思っています。

大企業とスタートアップ、それぞれの魅力と課題

大企業とスタートアップそれぞれの魅力や課題をどのように感じましたか。

松村:大企業の魅力は、長い年月をかけて構築された大規模なシステムや組織を活用しながらビジネスを推進できる点です。一方で、「何をするか」については自由に決められるかというと、それは難しい部分もあります。大企業で働くにあたっては、自分がやりたいことと、そこで得られるものを明確にしておくことが大切かもしれません。

スタートアップは、自分自身の創造的破壊を繰り返しながら前進していきます。全く異なるバックグラウンドを持った仲間と力を合わせ、時にぶつかりながら事業を進めていく中で、これまで全く見えていなかった世界が突然見えて、目まぐるしく変化する日々が、私にはとても魅力的です。

松山スタートアップの経営は、自分で決めて自分で責任を負って、上手くいくともいかないこともすべて自分自身に跳ね返ってくるので、これほどエキサイティングな仕事はないと感じています。まだまだ事業がうまくいっているとは言い切れませんが、私はこの仕事が天職だと感じています。

T氏:私自身はがん研究をしていたのでバイオテックや製薬業界に何かしら貢献したいと思ってコンサルファームに入社しました。そこから2年経ち思うことは、バイオテック企業に入社していたら1つのテクノロジーにのみ携わっていた一方で、あらゆる企業の技術やビジネスを見れるのは本当にコンサルならではの良さだと思います。加えて、世界中に拠点がある会社なので、グローバルなネットワークを構築できる点も魅力です。

他方、あくまでコンサルはアドバイザーの立場であるため、クライアントの本業部分についてはクライアント以上のバリューを出すのは正直なところ難しく、プロジェクトとしてもあまり多くないと感じています。そのため、本当にやりたいことが既に分かっていて、それがアドバイザリー業ではない人にはコンサルは向いていないかもしれません。

海外から戦略的に就職活動や起業準備をするために

海外から日本での就職活動や起業の準備をするうえで苦労したことを教えてください。

松山:日本に帰国してから、早稲田大学で研究を続ける傍ら約3年にわたって起業の準備を進めていました。自分自身がアカデミア出身であることを最大限に活かそうと決めて、アメリカの大学が提供する大学発スタートアップの支援を受けたり、仲間を探したりしました。

日本に帰国後は、大学発スタートアップの助成金を狙うために、最初の1年目はひたすら申請書を書き続けて、片っ端から申請し続けました。初めの頃は落選するばかりでしたが、徐々に書き方のコツがわかってきて、最終的に科学技術振興機構の「研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム(JST START)」に採択され、応用研究を始めました。他の助成金プログラムにも採択され、起業するまでに約5億円の研究費を獲得して準備を進めてきました。このように、大学の研究室で研究をする傍ら起業準備ができたということは、アカデミア出身だからこそだと思います。

松村:KDDIへの就職は、海外のビジネススクールでプレゼンテーションをされた方がいて、その方と意気投合したことがきっかけになりました。ただ、最初から決め打ちしていたわけではありません。特にアメリカでは、医療経営学を学んだ人たちは、大病院の経営やコンサルファームに就職する傾向にあるので、そのような視点で就職先を探していました。

意識していたことと言えば、情報収集を目的に「とにかく人から話を聞くこと」です。日本にも定期的に戻り企業の説明会に参加したり、アメリカの企業ではインターンシップに応募するなど自分自身の経験も重視しながら、就職活動を進めてきました。学生の立場だと企業の人たちは親身になって話を聞いてくれるので、色々積極的に動いて損はないと思います。

T氏:私は就職活動で重きを置いていたことが2つあります。1つは松村さん同様に「多くの人と話す」ことです。博士課程5年目のときに、大学のOB・OGをLinkedInで探してコンタクトを取り、様々な視点で意見をもらっていました。就職前に現在の勤務先の社員約20名とも話をしました。それらの経験は面接でも活かされたと思います。

2つ目に大事にしていたことは、「実践してみる」ことです。私の大学では“コンサルティングクラブ”というコンサルティングのキャリアに興味のある人が集まるコミュニティがありました。そこではプロボノとして地域のライフサイエンスの中小企業に対して無料のコンサルティングサービスを提供したり、学生間でキャリアについて学ぶ機会を活用して情報を得ていました。コンサルティングクラブでの約2年間の活動を経て、この先も自分がやってみたい仕事だと確信して、就職活動に挑むことができました。

このように研究室以外にも様々なチャンスがあるので、そのような機会を活用すると、自分の納得感も高まるとともに、面接のときの説得力も高まると思います。また、アメリカの大学ではキャリアセンターがとても充実していました。様々な企業の説明会があったり、OB・OGや現職の社員と話す機会がありました。もし通っている大学でそのようなキャリア支援があれば存分に活用するといいと思います。

スタートアップ業界の就活スケジュールはいかがでしょうか。

T氏:就活のスケジュールについては、企業や業界によってかなり違います。コンサル企業は卒業の約1年前からオファーを出す傾向がある一方で、製薬会社は卒業する約3ヶ月前にしかオファーを出さなかったりします。受けたい企業のスケジュール感を調べて、そこから逆算して就職活動を進めるといいのではないかと思います。

松村:私が経営しているBiPSEEでは、スケジュールを事前に決めて採用を進めるのではなく、先に動いているプロジェクトのニーズに合わせて採用計画を立てます。主に今は技術関係の人材採用に力を入れています。

また、私がアメリカのスタートアップに就職したときは、ビジネススクール時代の同級生との「ご縁」がきっかけになりました。戦略的に動くことも必要ですが、そのようなチャンスも意外と多くあると思います。

アカデミア以外の場面でも役に立つ、博士出身の思考力

最後に産業界へのキャリアパスを検討する海外研究者や留学生の皆さんにアドバイスをお願いします。

松山:アカデミアで突き進むことは一つの道だと思いますが、博士号まで取って研究された方は、仮説思考や問題を切り出す力、戦略的な思考が高いと思います。そのような優れた考える力をもとに領域をピボットして、現在の研究テーマから社会の課題に視野を広げると、他にも力を発揮できる領域が見えてくると思います。研究立案能力は転用性があるので、スタートアップや事業を作る上では、そのまま使えるスキルであり、研究者だからこその強みだと感じています。分野をシフトすると思わぬ価値が生まれたりもするので、柔軟に考えてみると面白いのではないでしょうか。

T氏:私は、様々な業界の人との会話や現在のコンサルの業務を通して、ラボの世界では見えなかったことが世の中で起きていると感じました。視野をなるべく広げて世界を見ると自分がフィットする場所が見えてくるのではないかと思います。

また、松山さんの言う通り、「博士卒のスキルは様々な場面で役に立つ」ということです。例えば、コンサルティングの業務では、クライアントの課題を見つけ、それに対して仮説をもとにファクトやデータを集め、得られたソリューションをコミュニケーションしていきます。「アカデミックな課題か、ニーズがあるものに根ざした課題か」という違いがあるだけで、基本的な思考のプロセスは似ています。アカデミア外で挑戦したい場合でも、自信を持って挑戦してほしいです。

最後に、もし日本に帰国する場合、非常に多くの企業が「グローバル化」を目指していますが、グローバル人材が不足しているのが現状です。英語でコミュニケーションが取れるということは、海外に留学されている皆さんの強い武器だと思うので、そこは自信を持ってアピールしてほしいです。

松村:私からは2点をお伝えします。一つは、自分の「好きな分野」と「得意な分野」のどちらかを選ばなければならない場合、「本当に好き」と思える分野を選ぶということです。「好きな分野を選んで、得意な人とチームを組む」という方法もあるので、そのような考え方をしてみるのも一つだと思います。

二つ目は、「軸をひとつに絞らない」という点です。私自身、「起業家」に加えて「臨床医」という側面もあり、その2つがあってこそ自分自身だと捉えています。両方をやることで、違う側面から自分がやっていることを客観的に見ることのメリットも感じています。ひとつの軸に絞らずに複数あっても良い、ということをお伝えしたいです。

博士卒の起業家という選択

Beyond Next Venturesは、博士卒として専門的知見をお持ちで、ビジネス領域で挑戦したい方を応援しています。ご自身の研究成果を基にスタートアップ起業を検討中の研究者の方、また、ご自身と近しい研究領域で事業を行うスタートアップに転職をご希望の方、そして、ディープテックにご関心があり研究者と共同創業してスタートアップを創りたいビジネスパーソンの方は、お気軽にコンタクトしてください。また、就職ではなく「起業という道」を選んだ博士号取得者については、こちらの記事「博士卒を活かしてスタートアップ起業家という選択」でも紹介しています。

Miyu Yamamoto

Miyu Yamamoto

Incubation