博士卒を活かしてスタートアップ起業家という選択

日本では博士課程を修了しても、その専門性や知識を活かした職に就くことが難しいという現状があります。そこで今回は、就職ではなく「起業という道」を選んだ博士号取得者をご紹介しましょう。博士課程に在籍する方が、これからのキャリアを考える上で「起業やスタートアップへの参画という道もある」ことを知っていただければ幸いです。

厳しいと言われがちな「博士卒の就職」

文部科学省の調査によると、博士卒の就職率は69.3%と、学部卒の就職率74.5%に比べて低いことが分かっています。また博士卒の方を対象にした求人を出す業界も限られており、そもそも学部課程より求人数が少ない傾向があります。

博士卒の就職先で最も多いのは大学や公的研究機関ですが、これらに就職できたとしても「任期あり」の採用が半数以上を占めています。せっかく希望の就職ができたとしても、これでは将来が安泰とは言えないでしょう。また、博士卒の平均年収は400~700万円(医師をのぞく)と、民間企業の年収レベルとあまり差がありません。

このように博士卒は学部卒より修了するまで時間が長くかかる割に、その将来は厳しい現実が待っているのです。

(資料:文部科学省 令和4年学校基本調査

博士卒のキャリアはどう考えるべきか?

博士卒が、自分の強みを活かしながら、活き活きとしたキャリアを築くにはどうすればいいでしょうか。

一つの例として、実はいま研究者による「起業」が年々増加しています。大学発ベンチャーの設立数は平成22年以降は増加傾向にあり、上場した大学発ベンチャーの市場価値は1.5兆円程度まで拡大しました。(令和2年5月時点)

(資料:文部科学省「アントレナーシップ教育・スタートアップ創出の推進(案)」

また政府は2022年を“スタートアップ創出元年”とし、「スタートアップ育成5カ年計画」を策定しました。2022年のスタートアップによる資金調達額も8774億円と過去最高にのぼっています。

とくに「シード」や「シリーズA」など「アーリー」と呼ばれる、創業初期のスタートアップへの出資が好調で、いま大学発ベンチャーの起業にはかつてない追い風が吹いています。

じつは博士卒は起業に向いている

そもそも博士卒の強みは、「仮説検証を繰り返して、失敗から学ぶこと」。研究を通して、論理性や批判的思考力が磨かれ、自ら課題を発見する忍耐力や精神力が養われるからです。

一方、起業家にとって必要な資質とは、新たな事業領域に挑戦し、社会に成長、繁栄をもたらすようなイノベーションを起こすこと。イノベーションを起こす上では、仮説検証を繰り返す忍耐強さが必要になります。そういう意味では、博士卒が研究で培った「論理性」や「批判的思考力」、「忍耐力」は起業家向きと言えるのです。

さらに事業が軌道に乗れば、念願である「研究を社会に還元したい」という夢を果たすこともできるでしょう。

博士卒で注目を集めるスタートアップ起業家

実際に「研究で社会貢献する」という夢を叶えた、博士卒による起業が続々と生まれています。ここではその事例をいくつかご紹介しましょう。

不眠障害や乳がん、腎臓病向け治療用アプリを開発するSUSMED

上野 太郎 氏

東北大学医学部卒業、熊本大学医学教育部博士課程修了
医師、医学博士として、精神医学・神経科学分野を中心とした科学業績を多数有し、臨床医として専門外来診療も継続している上野さん。2015年に治療用アプリを開発するSUSMED株式会社を設立し、2022年にIPOを果たしました。不眠治療用アプリ開発のほか、医療用アプリ開発の汎用プラットフォーム、臨床開発支援システム及びAI自動分析システムの提供を行っています。https://www.susmed.co.jp/

世界で初めてクモ糸の量産化に成功したスパイバー

関山 秀和 氏

慶應義塾大学環境情報学部 先端バイオ研究室
関山氏は博士課程在学中の2007年に学生時代の仲間らと共にスパイバー(現Spiber)を設立。クモの糸や様々な自然界のタンパク質素材にヒントを得て、植物由来の糖類を主原料に使用し、微生物による発酵プロセスにより製造された「構造タンパク質Brewed Protein™️(ブリュード・プロテイン)素材」を開発しています。鉄鋼の約340倍の強さを持ち、環境負荷が小さく、化成繊維に代わる「夢の繊維」として世界から注目を集めています。https://spiber.inc/

自ら増えるDNA技術を開発。米モデルナに買収されたオリシロジェノミクス

末次 正幸 氏

九州大学大学院 博士(薬学)
末次氏は、国内外の大学で助教授や研究員をしながら、DNA自ら増幅する画期的な技術を研究する博士です。商業化を目指して「オリシロジェノミクス」を2018年に共同設立しました。2023年には新型コロナワクチン開発で有名なモデルナ社に110億円で買収されるなど、大学発ベンチャーのM&A好事例といえるでしょう。

人工的に流れ星を創り出す、宇宙エンターテイメントのALE

岡島 礼奈 氏

東京大学大学院 理学系研究科天文学専攻修了 博士(天文学)
外資系証券銀行へ入社した後、新興国ビジネスコンサルティング会社の立ち上げに携わり、副社長に就任した経歴を持つ博士卒です。2011年に人工的に流れ星を創り出す、宇宙エンターテインメント事業のベンチャー「ALE」を創業しました。大気データの取得と活用を目指すプロジェクトでも活躍が期待されています。https://star-ale.com/

遺伝子解析キットで生活習慣病リスクを予防する、ジーンクエスト

高橋 祥子 氏

東京大学大学院 応用生命化学科農学生命科学専攻修了 博士(分子生物学)
大学では、糖尿病など生活習慣病の予防メカニズムを、遺伝子解析によって明らかにする博士でした。博士課程在籍中に、自宅に届いたキットに唾液を入れて郵送すると、遺伝子の解析結果をWeb上に表示する「ジーンクエスト」を起業。300以上の検査項目から、健康リスクや、体質の遺伝、祖先のルーツまで分かるといいます。https://genequest.jp/

体内信号をモニタリングする在宅医療システム、Provigate

関水 康伸 氏

東京大学大学院 理学系研究科生物科学専攻修了 博士(理学)
経営コンサルタントを経て、2015年に東京大学の坂田利弥准教授が発明したセンサ技術を事業化する「PROVIGATE」を創業した博士卒の起業家です。自分では感じることのできない体内の信号を感知するセンサ技術によって、健康状態をリアルタイムで把握する「IoT在宅血糖モニタリングシステム」などを開発しています。https://provigate.com/

第三者による起業支援は活用しましょう

ほとんどの博士卒にとって、起業は初めて体験することばかりです。最初に壁となるのが経営に必要な資金の工面や人材集め、そして、ビジネス経験のない中でどう事業を軌道に乗せていくか、でしょう。

大学研究者の起業や大学発ベンチャー創業を支援する補助金やプログラムは、個々の大学をはじめ、我々のようなベンチャーキャピタルやアクセラレーターなどでもさまざま展開しています。Beyond Next Venturesでは、2014年の創業以来、NEDO認定VCやJST事業プロモーターにも選ばれ続け、全国の大学の研究者の事業化を数多く支援してきました。

弊社が提供する研究者の起業を後押しするカンパニークリエーションプログラム「BRAVE」では、これまでの累計120チームの支援実績があり、採択されると初回の資金調達に向けて事業計画の立案やビジネスパーソンとの経営チームの構築までサポートしています。

スタートアップが成長する過程において、経営戦略や資金調達、事業計画や人材採用など、さまざまなハードルにぶつかります。かつ、ネット系スタートアップとディープテックスタートアップでは、時間軸や必要となる資金規模なども大幅に変わってきます。そんな時、その領域の専門性と長年の経験則に基づいて適切なアドバイスをしてくれるパートナー的存在は、博士卒起業家にとって頼もしい「助っ人」となるはずです。弊社では医療や食農、環境領域などにおける研究成果を事業を種にした大学発ベンチャーの起業支援のノウハウが沢山ありますので、これから起業を検討している博士・研究者の方はぜひお気軽にご相談ください。

博士卒の起業家は、さらに求められる時代に

そもそも起業とは何をもって「成功した」と言えるのでしょうか。アカデミックな世界では、定量分析を用いた研究がたくさんありますが、特にスタートアップの世界で資金調達を受ける場合は、「IPOやM&Aなどをできたかどうか」が一つの大きな成功指標になります。一方、起業にもさまざまな形態があるため、個社によって「製品化に成功」「ユーザーに届いているか」などさまざまな指標もあるでしょう。 

大学発スタートアップは、ここ数年で一気に大企業やメディアからも高い注目を集めるなど、期待感が高まっています。なぜなら、SDGsをはじめ、気候変動などのより大きな地球規模の課題を解決するためには、長年の研究によってこそ生み出された研究者や大学の革新的で高度なアイデアや技術が必要だからです。

Beyond Next Venturesは、博士卒として専門的知見をお持ちで、ビジネス領域で挑戦したい方を応援しています。ご自身の研究成果を基にスタートアップ起業を検討中の研究者の方、また、ご自身と近しい研究領域で事業を行うスタートアップに転職をご希望の方、そして、ディープテックにご関心があり研究者と共同創業してスタートアップを創りたいビジネスパーソンの方は、お気軽にコンタクトしてください

Beyond Next Ventures

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