商社マンが未知なる理系研究のビジネス化に挑む理由

有馬:皆さんこんにちは。ディープテックスタートアップに特化したVC(ベンチャーキャピタル)のBeyond Next Venturesパートナーの有馬です。

近年、大学や研究機関で生み出された先端的な科学技術を活用し、大きな社会課題の解決に挑む「ディープテック起業」が、一部のビジネスパーソンの間で注目を集めています。私の周りでは、多くの起業家を輩出する『総合商社』からディープテック領域へ飛び込むケースが増えています。

今回は、2024年に「ライノフラックス」を立ち上げた三菱商事出身の間澤さんと、2023年に「さかなドリーム」を立ち上げた丸紅出身の細谷さんにインタビューを実施しました。

お二人とも文系出身の総合商社でキャリアを積みながら、理系のアカデミックな研究分野で起業をしました。

商社の仕事とディープテック領域は、表面上は関わりが少ないように思えます。勝手が分かっている分野で起業したほうが良さそうに思えますが、いったいなぜその道を選んだのか、伺いました。

【Podcastでも好評配信中です!】

プロフィール

間澤 敦

ライノフラックス株式会社 代表取締役CEO

間澤 敦

三菱商事にて金属資源の貿易・事業開発・事業撤退を経験の後、同社CVCにて資源・エネルギー領域のスタートアップ投資・成長支援を担う。自身の経験や人脈を最大限に活かし、世界に飛躍する企業の設立に挑戦したいとの想いから、2023年に京都大学イノベーションキャピタルの客員起業家(EIR)の第1期生として活動を開始。2024年に京大発のエネルギー企業となるライノフラックス社を創業。早稲田大学政治経済学部卒業。米国帰国子女。宴会で気の利いた乾杯の挨拶をするのが苦手。

細谷 俊一郎

株式会社さかなドリーム 代表取締役CEO

細谷 俊一郎

丸紅にて穀物の流通全般および事業企画に従事した後、複数のベンチャー企業での事業開発やマネジメント、起業等の幅広い経験を積む。養殖業の持つポテンシャルに惹かれ、株式会社さかなドリームを共同創業。

有馬 暁澄

Beyond Next Ventures株式会社 パートナー

有馬 暁澄

2017年4月丸紅入社。穀物本部にて生産から販売までのアグリ全般に携わりながら、アグリテック領域のスタートアップ投資チームを立ち上げる。2019年に当社に参画し、アグリ・フードテック領域のスタートアップへの出資・伴走支援に従事。2022年にパートナーに就任。農林水産省や大企業と連携し、産学官連携プロジェクトにも取り組む。慶應義塾大学理工学部生命情報学科卒業。

商社マン時代のキャリアとは関係ない分野で起業


有馬:まずお二人が立ち上げたスタートアップの事業概要を教えてください。

細谷さかなドリームは、文字通り「魚」を扱う企業で、主に魚の品種改良を手掛けています。日本近海は4,000種を超える魚が生息している一方、実際に食卓に並んだり、食べられる魚はごくわずかに過ぎません。

日本はせっかく四方を海に囲まれていますから、恵まれた海洋環境を活かしつつ、魅力的な天然資源を品種改良の技術によってさらに美味しくして、養殖魚として活用していくことを目指しています。

有馬:起業に至るまでの経緯を教えてください。

細谷:東京海洋大学の研究成果をコア技術のタネとして起業したのですが、有馬さんが言う通り、私自身は理系・研究分野のバックグラウンドは一切なく、文系の学部を卒業後に総合商社の丸紅に入社しました。

私が丸紅に在籍していたのは2014年から18年までの4年間で、ファーストキャリアということもあり、多くを学ばせていただきました。その頃から有馬さんと一緒に仕事をしていた間柄で、のちに大学の技術シーズを紹介いただき、起業しました。

有馬:間澤さんはいかがでしょうか?

間澤ライノフラックスは、「発電するほどにCO2(二酸化炭素)を削減する技術」を用いた、京都大学発のエネルギー企業です。

地球に数百億トン規模で存在している、再生可能なクリーンエネルギー源のバイオマス資源(植物性資源)を活用したいのですが、これまではエネルギーの取り出しに膨大なコストがかかってしまい、ほとんど活用できませんでした。

ところが京都大学は、バイオマス資源を効率的に活用するためのイノベーションの種を持っています。金属イオンの酸化・還元反応を適切に利用しつつ、電力と植物由来のCO2高効率に抜き出す技術があり、これを大規模に行うプラントの開発と社会実装を目指しています。

私は2014年に新卒で三菱商事へ入社し、約9年間務めました。前半は「金属資源」の貿易トレーディング(仲介)のビジネスに、後半はスタートアップやディープテック企業へ投資する事業に携わりました。どうしてもスタートアップ投資をやりたいとわがままを言って社内異動させてもらったんです。投資事業の経験から、「いつか自分で会社を起ち上げてみたい」と思うようになり、2024年にライノフラックスを起業しました。

なぜわざわざ難解な研究領域で起業したのか?

有馬:一見すると相反する商社のキャリアとディープテック起業。キャリア上、アカデミアとの接点を持つ機会も多くなかったはずです。それにも関わらず、ディープテック領域で起業しようと思った理由を教えてください。

間澤:実は最初、IT分野での事業化を目指しました。しかし「それは無理だ」という結論にすぐにたどり着くこととなります。最初に起業を考えた2018年当時はAIやブロックチェーンが脚光を浴びていました。IT分野ならヒントになる情報量も溢れていたし、すでに科学的な方法論がある程度は確立されていると思ったんです。

ところが、やれども、やれども結果が出ず…。冷静に考えれば、会社員時代は金属資源という泥にまみれる重厚長大の世界でやってきて、プログラミングやIT関連のビジネスに携わっていたわけではありません。

商社にはさまざまな部門がありますが、扱う予算の金額感は比較的大きい仕事が多く、私の場合は特に資源やエネルギーのような規模の大きいビジネスに携わってきました。その経験や人脈を活かそうとすると、規模と枠組み、時間軸の大きなディープテック以外に選択肢はありませんでした。これが背景です。

有馬:ちなみに、IT分野の中にもフィンテックなど規模の大きなジャンルはありますが、そこへは向かっていかなかったのですか?

間澤:ビジネスアイデアを思いついて「これならいける!」と思ったものは大抵の場合、すでに誰かが始めていて、しかもかなり先を走っているので二周遅れくらいになっていることが多くて。

じゃあ逆に「これはまだ誰も手をつけていないビッグアイデアだろう」と思うとほとんどの場合は筋が悪くて、顧客に話せども話せども、まったく刺さらなかったりします。先の見えない長く暗いトンネルを走っている気持ちでした。

有馬:私が見てきた世界では、ディープテックは避けられがちで、ITを目指す方がまだまだ多いなかで、いろいろとピボットしながら、最終的にディープテックに挑戦することになった経緯は興味深いですね。

ビジネスパーソンとディープテック起業は相性抜群

有馬:さかなドリーム細谷さんが起業した際の軸は何でしたか?

細谷:テーマ・軸の一つに掲げていたのは「アグリフード(農業と食品産業)」です。というのも、サントリー出身で共同創業者兼CMOの石崎と私に共通したバックグラウンドが、「食」のビジネス経験だからです。

最初は、「せっかくなら自分たちに馴染みの深い事業を起ち上げるのがいいのではないか」と考えました。ただ、私たち文系出身者の二人がアグリフードで起業を考えると、どうしても「コンサルでも始めますか」となりがちです。それは、自分たちのやりたいこととは違いました。

結果的にディープテック領域を選んだのは、現時点ではすごく良かったと思っています。文系の2人では決してたどり着かないような境地に達しているし、世の中の最先端を歩く研究者が考えている、私たちには思いもつかないような革新的なアイデアがなければ、事業の構想も生まれませんでした。

そうした、世の中をより良く変えるポテンシャルを大いに秘めた科学技術を自分たちの事業として生かせることに、非常にやりがいを感じています。

有馬:ディープテックはゲームチェンジャーになり得る技術をベースにしたビジネスだと思いますので、世界をまたにかけて仕事をしている商社マンに合っているかもしれないですね。

細谷:そうですね。規模の大きな事業を経験していれば必然的に視座も上がるでしょうし、例えるなら「100万円を1単位」と考えるようなスケールの大きな仕事が向いているのかもしれません。ただその一方で、スタートアップを起業したばかりなら1円単位でものごとを考えることは必須です。

有馬:僕も丸紅出身なので、100万円が1単位の話はとても頷ける一方で、お二人はすでに経営者としてめちゃくちゃシビアに1円単位にこだわっていて、いいですよね。ビジネスのいろはを知っていることが強みですよね。

メンバーの一人ではなく「創業者」になりたかった理由

有馬:商社マンのネクストキャリアとして、創業者として起業するのではなく、スタートアップのCMO/CTO/CFOなどのCxOポジションに入るケースも多いと思います。

ライノフラックスの間澤さんは、スタートアップへの投資経験もあった中で、ご自身が起業家を志した理由はあったのでしょうか?

間澤:実は私、COO(最高執行責任者)のキャリアを検討した時期があり、何社か面談をした経験があります。しかし、面談を経て「何かが違うな」と違和感を覚えていました。

私の場合は、「三菱商事に居続けるのではなくて、三菱商事のような会社を作りたい」という気持ちが根底にあることに気づきました。つまり、他人が創った会社で働くよりも、自分が最もモチベートされる領域で自ら起業することで、腹の底から力を入れて本気を出していけると思いました。

有馬:三菱商事を超えてほしいです。米国では、GAFAMや新進気鋭のスタートアップが続々とレガシー企業をしのいでいますから、可能性はありますよね。

さかなドリームの細谷さんは、CxOポジションの検討はしましたか?

細谷:私は検討しませんでした。やはり創業者と、あとからジョインするCxOはまったく性質の異なるもので、どちらが良いとか悪いとかでもないし、それぞれの働き方にも一長一短があると思います。

ただ、自分で起業すれば、ゼロベースで何を目指し、どういうビジネスモデルで進むのか、どんな人に仲間になってもらいたいのか、すべて自分で決められます。

決して独裁者になりたいわけではないですが、会社の中心で物事を意思決定して、よくも悪くもすべての責任を自分が取る働き方ができるので、10年間サラリーマンをやった上で、次のキャリアとしては起業の方が面白いのではないかと考えました。そもそも転職回数が多いので、これ以上の転職が難しかったという事情もありましたが(笑)

有馬:細谷さんは、上場企業子会社の社長のご経験がありますしね。

時間は戻せない。起業前にやっておいて損はないこと

有馬:起業に向けてこれだけはやっておいたほうがいいことはありますか?

間澤:月並みですが、「本を読むこと」です。起業ノウハウは後からでもついてきますが、一朝一夕で身につかないのが「自己哲学」の確立です。

「そもそも自分はなんで起業をしたのか」に至るまで、自分の中で問い続けて導き出したのが、自己哲学。のちに効いてきます。僕はけっこうメモを取るのが好きなので、スマホのメモ機能に、読書を通じていいなと思ったことや考えたことをメモ書きするクセがあります。今では何千行もの自己哲学のメモが積み重なっています。

例えば、起業するとつらい目に遭ったり、挫けそうなときや諦めたくなるときが沢山やってきます。その時にメモを見返すと、「確かにこのときは、こういうふうに考えたな」と客観視でき、自分という軸を保てることで救われたりします。起業していざ走り始めると、なかなか立ち止まって考える時間を取れません。だからなおさら、起業前にそうした自己哲学を煮詰めておいて良かったと思います。

有馬:間澤さんも細谷さんも、めちゃめちゃ本を読むんですよね。ちなみに間澤さんが最近読んでおすすめの本は?

間澤:最近読んで面白かったのは『炭素文明論:「元素の王者」が歴史を動かす (2013年 新潮社)』です。人類と炭素の関わりを論じた本で、単に昨今の脱炭素の話だけではなく、炭素という元素がこれまで人類にどのような影響を与えてきたかがまとめられています。

自己哲学に直接つながっているわけではないのですが、知識は大事です。知識の土台がないとその上のお城も建てられないので、興味を持ったさまざまな本を読んでいろんなことを考えて、自分の軸を増やしていくことが大事だと思います。

こんな起業大チャンス時代はなかなか来ない

有馬:最後に、ディープテック領域での起業やCxO参画に興味を持っているビジネスパーソンへエールをお願いします。

細谷:これから起業熱が加速していけば、良い技術シーズや先生はどんどん先に囲い込まれていきますから、足踏みをしている時間はありません。起業したいならなるべく早く行動を起こすほうがいいでしょう。いまはVCや各大学からもサポートしてもらえる体制が最近は充実してきていますから、文系出身でもやる気次第でなんとかなります。

間澤:僕は商社というキャリアもすごく良かったので、無理をして起業しなくてもいいと思うのですが、紛れもない事実としては、「今は、起業するのにとてもいいチャンスだ」ということです。これだけは力強く言えます。

商社マンは重厚長大な産業や伝統的な業界で仕事をすることが多いですが、こうしたレガシー領域に切り込む飛び込むディープテック領域こそ、業界を深く理解する商売の分かるビジネスマンが必要です。

アメリカでは、有望な研究室の前でビジネスパーソンが列を成して待っている状態なのに、日本では真逆で、ビジネスサイドの人間が足りないという需給環境です。

日頃から精緻に需給ギャップを計算している商社の皆さんならおそらく分かると思いますが、次の10年を見据えたときに今の状況はなかなかないチャンスなのではないでしょうか。ぜひこのアービトラージ(裁定取引)を活かして、自分が本当に輝ける場所を商売人の嗅覚で嗅ぎ取ってください。そうすると、けっこう起業は魅力的な選択肢の一つなのかなと思います。

有馬:お二人のメッセージ、すごく身に沁みました。ディープテック業界を含め、これからもっともっと起業家の熱を高めて盛り上げていければと思っています。どうもありがとうございました!

Beyond Next Venturesは、世界市場に挑むディープテック・スタートアップの創業を支援しています。ディープテック領域で起業したい方やスタートアップに関わりたい方は、ぜひご相談ください。
Akito Arima

Akito Arima

Partner