研究者のキャリアはアカデミアだけじゃない──医学博士でIPO起業家の上野太郎氏に聞く、研究者の新たなキャリア

「博士号取得後はひたすら研究室にこもって実験三昧…」——そんなキャリアだけを思い描いている若手研究者や博士過程への進学を迷う学生にとって、まったく新しい選択肢を示す人物がいます。

医学博士・精神科医としてキャリアをスタートしながらプログラム医療機器開発のスタートアップを起業し、東証グロース市場への上場まで果たしたサスメド株式会社 創業者兼代表取締役社長・上野太郎さんです。

Beyond Next Ventures代表・伊藤毅との対談を通じて、研究者としてキャリアを積みながら起業に至った経緯、そして、研究者にとって、起業やスタートアップ経験がいかに自身の可能性を広げるのかを紐解いていきます。

プロフィール

上野 太郎

サスメド株式会社 代表取締役CEO

上野 太郎氏

医学博士、医師。精神医学・神経科学分野を中心とした科学業績を多数有し、臨床医として専門外来診療も継続。2006年、東北大学医学部卒業後、都立広尾病院にて初期研修修了。2012年、熊本大学医学教育部博士課程修了。2015年にサスメド株式会社を創業。治療用アプリや臨床試験の効率化推進システムを開発。井上研究奨励賞、武田科学振興財団医学系研究奨励、内藤記念科学奨励金・研究助成、肥後医育振興会医学研究奨励賞など受賞。日本睡眠学会評議員、経済産業省ヘルスケアIT研究会専門委員、日本脳科学関連学会連合産学連携諮問委員。

「物質から意識が生まれる不思議」への好奇心が原点

伊藤:上野さんが「睡眠」を研究テーマに選んだ理由はどこにあったのでしょう?

上野:もともと脳科学に興味があり、なかでも「物質から意識が生まれるメカニズム」にものすごい興味がありました。脳が物質的に成り立っている一方で、私たちには主観的な意識がある。その不思議を解き明かしたかったんです。

同時に、私は医学部を卒業しており医療にも貢献したかったので、意識の状態が大きく変わる「睡眠」を軸に据えれば、臨床面でも患者さんの助けになり、研究分野としても大きな挑戦ができると考えました。

基礎研究から起業へ。きっかけは臨床現場の声

伊藤:基礎研究を軸にキャリアを積み、睡眠障害の臨床もされていた中で、なぜ起業に至ったのですか?

上野:正直なところ、当初は基礎研究を深めること自体が目的でした。「論文を発表して世の中の知を押し広げることが研究者の使命だ」という考えが強く、社会に何か実用的な形で貢献しようという感覚は薄かったと思います。

一方で、研究と並行して活動していた臨床の現場では「睡眠薬は使いすぎない方がいい」「できるなら薬を減らしたい」という声を医療者も患者さんも共有していました。

にもかかわらず、医療現場では薬を使わずに治療を行うためのリソースや時間が圧倒的に足りません。ここを「プログラム医療機器で解決できないか」と考え始めたのが、サスメドを立ち上げるきっかけになりました。なので、研究活動というよりは、臨床医として見た“現場の課題”にアプローチしたのが、起業の原動力です。

「研究者と経営者は似ている」──課題設定力と未踏領域への探究心

伊藤:私自身、研究者とスタートアップ起業家/経営者の共通点は多いと感じています。例えば研究の過程で仮説を立て、実験や検証を繰り返すプロセスはビジネスでも同じです。上野さんも博士課程での経験が起業に活かされていると感じることはありますか?

上野:はい、特にスタートアップのように前例のない道を切り拓く場合、研究者のマインドセットがそのまま役立つと考えています。

博士課程では「どういう問題設定をするかが勝敗を分ける」と指導教官からよく言われました。既存の知見をただ学ぶ段階(学部や修士)とは違い、博士課程は「人類の知識を押し広げる」ことに携わるわけです。そこでは未知の領域を見出し、価値ある課題を設定して取り組むことが鍵になります。

それはスタートアップも似ています。世の中にまだないサービスや技術を生み出すには、重要な課題を発見し、適切なアプローチで解決策を提示する必要があります。その発想と行動力は、まさに研究者が持つスキルだと思います。

起業は研究のキャリアを諦めることではない

伊藤:アカデミアとスタートアップの環境はかなり違います。博士課程の方でアカデミア志向の方は「研究室にずっと残って教授を目指す」というキャリアパスを思い描くことが多いと思いますが、上野さんは起業した後も研究を続けられていますよね。その点をどう捉えていますか?

上野:よく「起業=研究をやめる」と思われがちですが、私は両方やっていた時期も長いです。大学でラボを持ちながら、会社を作って徐々にそちらにシフトしていきました。今でも主な活動は会社経営ですが、研究開発を通じた論文発表を続けています。

研究とビジネスは矛盾するどころか、相乗効果が期待できる場面も多いです。製品化を進める過程で研究資金を確保しやすくなったり、社会実装の視点から新たな研究テーマが生まれたり。「いきなりキャリアを全部乗り換える」というよりは、無理のない形で興味を広げながら比重を変えていくのも一つの手です。

スタートアップは研究の幅を広げ、社会実装を加速する


伊藤:博士課程の研究テーマが事業化に直結するケースが増えてきています。行政も大学発ベンチャーを支援する施策を打ち出し、研究者のスタートアップが活性化している印象です。研究者にとって、起業やスタートアップに関わるメリットはどのあたりにあると感じますか?

上野:一つは、研究費の獲得経路が増えることでしょうね。基礎研究だけでなく、社会実装に向けた技術開発や実験には別の資金源が用意されています。そこにスタートアップとして参画すれば、より大きな予算を動かしてプロジェクトを進める可能性が出てきます。

また、研究を論文発表だけで終わらせるのではなく、実際に現場で「使われるかたち」に落とし込むことで、さらに新しい研究課題が見えてくるんです。自分の研究の応用範囲が拡がり、最終的には研究の深さが増すケースも大いにあると思います。

若手研究者はまずは研究に没頭し、周囲に話を聞いてみよう

伊藤:最近では「ディープテックで起業したいからVCでインターンして勉強したい」という学生も現れています。とはいえ、大学・大学院の世界しか知らずにいきなり起業するのはハードルが高いと感じる方もいるでしょう。そんな方に向けて一言メッセージをいただけますか?

上野:私が起業した当初は、「ベンチャーキャピタルって何?」というレベルで、しかも株式会社ではなく合同会社で立ち上げているので(笑)。そんな私でも何とかやってこれたので、大丈夫だよということを伝えたいです。

そんな私からアドバイスさせていただくとしたら、まずは「どっぷり研究に浸かる環境」を持つことが大切だと考えています。博士課程は世界最先端の知識を1ミリでも拡張する挑戦ですから、本気でやると得られるものが大きいはずです。

その上で、自分の研究が社会でどう価値を生むのかを少し意識してみるといいかもしれません。最初から大上段に「社会貢献しよう!」と構えなくても、友人や先輩の話を聞いたり、起業家として活躍している元研究者と話をしてみたりするだけでも、視点が大きく変わります。

いざ「自分の研究を社会実装したい」と思ったときに、スタートアップの世界やVCの存在を知っていれば動きやすいですし、準備も早くできますよね。

ディープテックの起業や社会実装には、研究者が培った問題設定力や探求力が大いに活かせます。自分の専門性を突き詰めながら、いつかそれを社会に応用したいと思うなら、スタートアップはワクワクする選択肢だと思います。

伊藤:ありがとうございます。今後、日本の研究者から社会のリーダーがどんどん出てきてほしいと願っています。

最後に

今回の対談では、「研究者としての好奇心」と「臨床現場で感じた課題」が結びつき、それが起業へと繋がった上野さんの実例を伺いました。博士課程を出たらずっとアカデミアというわけではなく、社会にインパクトを与える道は複数あります。ご自身の研究領域を極めつつ事業を作ることも十分に可能なのです。

今、日本の研究者に求められているのは、まさにこうした柔軟なキャリアパスの発想かもしれません。「将来は研究者になりたい」「でも大学でずっと研究を続けるイメージが湧かない」「博士過程への進学を迷っている」という方にこそ、サスメド上野さんのストーリーをヒントに新たな可能性を感じ取っていただければ幸いです。

Beyond Next Venturesは、世界市場に挑むディープテック・スタートアップの創業を支援しています。ディープテック領域で起業したい方やスタートアップに関わりたい方は、ぜひご相談ください。
Tsuyoshi Ito

Tsuyoshi Ito

CEO / Managing Partner

Beyond Next Ventures

Beyond Next Ventures