ディープテック・スタートアップへの出資・事業化支援を行う独立系ベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesです。
2022年の大学発ベンチャー数は過去最高の約3,700社となり、大学の10兆円ファンドや政府・民間のベンチャーキャピタルファンドによるリスクマネーの供給量も増加しており、100億円規模の資金調達を実現するスタートアップも登場するようになりました。しかし一方で、依然として資金調達や人材の獲得が難しい領域であると言えます。
今回は、そんなディープテック領域でキープレイヤーとして活躍する、京都フュージョニアリング CEO 長尾様、エレファンテック CEO 清水様、センシンロボティクス CFO 塚本様に、「ディープテック・スタートアップの経営者としての挑戦」について、貴重なお話を伺いました。Beyond Next Ventures代表の伊藤との対談形式でお届けします。
各社事業紹介
京都フュージョニアリング 長尾氏
長尾:私はもともとコンサル出身の人間で、そこからエネルギー系のスタートアップに転職しましたが、「フュージョンエネルギー(核融合)という領域に挑戦したい」と考えて、4年前に京都フュージョニアリングを創業しました。私の夢は「技術を通じて産業を創ること」なので、まさしく今それを全力で実現しようとしています。
現在のビジネスモデルは、フュージョンエネルギープラントの炉心プラズマの周辺領域のコンポーネントを作って販売することですが、最終的にはプラント全般を請け負えるような会社に成長していくことを目指しています。また、R&Dも積極的に行っており、フュージョンエネルギー発電試験プラント「UNITY」の建設も進めています。
2023年5月には約105億円の資金調達を発表したので、キャッチーなテーマとしてメディアにも取り上げていただく機会が多いです。ただ、フュージョンエネルギーの領域は研究開発により多くの資金が必要になるので、次のラウンド、そのさらに次のラウンドを狙っていく必要があります。
フュージョンエネルギーに着目した理由としては、私は幼い頃から日本は資源に乏しい国だと言われて育ちましたが、これが実現出来れば、エネルギーを生成する技術を創ることができます。それによって、資源のない日本が国際的な競争力を高め、持続的な未来を築いていけると確信しています。
エレファンテック 清水氏
清水:プリント基板を超低環境負荷で製造する技術を開発しているエレファンテックを創業しました。プリント基板は電子機器(例:スマートフォン、PC)に必要な部品であり、古くから存在する産業ですが、製造方法が永らく変わっていない上に、環境に対して非常に負荷が高く、例えばCO2排出量に関しては世界の活動の約800分の1に相当します。特に大規模な企業(例:Apple)では、製品の10%以上がプリント基板に依存していることもあり、その影響は非常に大きいです。
そこで私たちは、世界で初めて従来の製法に代わる環境に優しいプリント基板製造方法を開発しました。新しい方法では、印刷技術を活用することで材料の使用量を大幅に削減し、CO2の排出を抑えることが可能です。さらに、プリント基板製造に必要な材料の合成から、印刷装置の開発までを自社で行う垂直統合を実現しており、量産化に向けた技術を持っています。
我々はうまく行かなかった時期がすごく長いスタートアップです。2014年に創業してから売上が立ち始めたのが2020年で、そこから自社で工場を設立し、環境に優しいプリント基板を作って出荷しています。現在は累計約90億円ほど調達しています。
センシンロボティクス 塚本氏
塚本:当社は産業用ドローン、カメラ、スマートデバイスを活用したソフトウェア企業です。大型のソーラーパネル、石油タンク、パイプライン、送電線など、通常人が点検しにくいインフラを対象とし、ロボットで効率化して点検を行うことにチャレンジしています。私たちのミッションは、「ロボティクスの力を使って社会を進化させること」です。具体的には、ロボティクスを有効活用することで、人口減少と老朽化するインフラなどの社会課題を解決することを目標としています。
また、安心安全なソリューションの提供に注力しており、ハードウェアだけでなくソフトウェアの進化も重要視しています。現在、3層構造のサービスを提供しており、デバイス、センシンコア、用途特化型のアプリケーションを展開しています。用途特化型のアプリケーションは、大手のインフラ企業と協力して開発し、お客様の課題に対処できるようにしています。
私たちは、2015年10月にブイキューブ株式会社からカーブアウトして設立され、現在は約120人のチームで活動しています。私は現社長の北村と同時期の2018年に入社し、協力して業績を伸ばしてきました。最終的には、生活圏全体でドローンやロボットが自由に動き回って設備点検や現場管理を行う社会を実現したいと考えています。
ディープテック・スタートアップの経営者になるまで
伊藤:ディープテック領域は、国内外での投資金額が増加し、今後の展望も非常に期待されています。そのような外部環境に伴って、この領域でチャレンジする人もますます増えるだろうと予想しています。ディープテック・スタートアップは、優れた技術基盤を活かして、海外市場にも進出しやすいという特徴があるため、国内だけでなく、グローバルなキャリアを構築したい方々にとっても非常に魅力的なフィールドと言えるでしょう。
では、ディープテック分野でスタートアップの経営者になるためには、どのようなステップが必要なのでしょうか?皆さんのコア技術(研究者)との出会い、会社経営に至るまでの経緯、そして参画の背景など、その舞台裏のエピソードをぜひ共有いただきたいです。
長尾:現在京都フュージョニアリングの共同創業者 兼 Chief Fusioneerであり、核融合研究の第一人者である京都大学 名誉教授 小西が開催していたセミナーに参加したことが、起業のきっかけです。彼も私も会社を設立したいと思っていたときに出会って、ビジネスモデルの議論をしているとフィーリングが合うなという感覚があったので、出会ってから5ヶ月程度ですぐに会社の設立に至りました。
伊藤:なるほど。共同創業者である研究者の小西様が、経営者を探すことを目的に開催されたセミナーに参加された、ということですね。研究者の方が経営者を探すことを目的としたセミナーなどは他にもあったのでしょうか?
長尾:私の出身大学である京都大学は、ちょうど4年前当時は「ベンチャー企業をしっかりと育てていく」というフェーズに入っていました。そのため、大学は積極的に技術シーズを評価し、特に有望な技術に対しては経営者候補の方々を対象にしたセミナーを頻繁に開催していました。その中で、研究者の小西と出会い、小西も私のこれまでのキャリアをしっかり評価してくれました。
伊藤:ありがとうございます。エレファンテック清水さんの場合は、どのような経緯でディープテックのスタートアップの経営者になられたのでしょうか?
清水:「大学発や科学技術系のスタートアップをやりたい」という想いはずっとありながら、様々な大学の先生とお話しする中でスタートアップのアイデアを探求しておりました。そんな中で共同創業者の杉本と検討した結果、現在の事業を「面白そうだからやってみようか」という経緯で始めました。私自身は電子回路基板の研究バックグラウンドはなく、かつ普通の会社員の経験しかなかったのですが、前述した通り「大学発や技術系のスタートアップをやりたい」という想いだけは強くあったので、アクティブに行動しました。
伊藤:僕は清水さんが会社を立ち上げた初期の「AgIC」(エージック)の時代から知っているのですが、当時と事業がガラッと大きく変わった理由は何だったのでしょうか?
清水:「電子回路の印刷」という大きな方向性は変わっていないのですが、仰る通り、技術も使用する材料も全く変わりました。これは大学発ベンチャーあるあるだと思いますが、耐久性やスペックの問題などが生じて、初期の大学の技術がそのままでは使えませんでした。結局いまは作り直してガラリと変わったのですが、当時はその技術のままなんとか使える先はないか、と迷走した時期もありました。
伊藤:いろいろ紆余曲折はあったけれども、高度な技術を基とした今の事業に邁進されていらっしゃるという意味では結果的には良かったですね。
清水:はい結果的には良かったですし、技術をピボットしてもやりたい方向性がずれなければそれで良いと考えています。
塚本:私は大学発バイオベンチャーで働きながら次のキャリアを模索していた時に、現在の会社をエージェント経由で紹介いただきました。カーブアウト企業なので、私の場合は転職という形でしたが、シンプルに事業内容に惹かれたのと、ロボット技術にも興味があったため入社を決めました。入社時は経営企画部長として参画し、紆余曲折あって現在は副社長 兼 CFOを担当しています。
伊藤:社内でのご評価もあって今の役職に就任されてらっしゃるということですね。ありがとうございます。
皆さんのお話をまとめると、ディープテックのコア技術を持つ研究者の方と出会う機会は実は多くあって、長尾さんのようにそういう場に顔を出すことで接点を作るチャンスがあるということ。また、清水さんのように最初からゴールとなるコア技術を持っていなくとも、明確なビジョンさえ持っていれば、創業、そして、技術のピボットさえ可能だということ。そして、塚本さんのように、エージェントから求人紹介を受けてディープテック・スタートアップの経営陣として活躍するキャリアパスもあるということ。要するに、ディープテック・スタートアップを起業または経営するチャンスは、さまざまなルートで得ることができる、ということが分かりました。
なぜ、ディープテックなのか?その魅力に迫る
伊藤:日本ではスタートアップが盛り上がっていますが、ITやソフトウェア寄りの短期的に収益化を狙えるビジネスモデルもある中で、なぜディープテックを選んだのか、研究開発領域でチャレンジする魅力をぜひ教えてください。
清水:私がエレファンテックを起業した理由は「最後に自分が死ぬときに何だったら満足できるか?」を考えた結果です。ITでもなんでも、自分がやらずとも誰かがやるであろう領域には興味がなく、今の電子回路基板の印刷技術に関しては、「私がやらなければこの業界はこの先10年は進歩しないだろう」という予測があって、既存のプレイヤーが起こせないディスラプションを起こせるのではないかと思って、起業に至りました。
伊藤:その魅力の裏側には難しさもあるからこそ、実際にチャレンジする人は多くない中で、逆に挑戦して成果を出すことができれば、自らの手によって世の中を大きく変えることができる、ということですよね。
清水:はい、おっしゃる通りです。特に我々の場合は既存の電子回路の製法技術(エッチングやフォトリソグラフィなど)も不要になる革新的な技術なので、教科書にも載ると思います。繰り返しになりますが、私がやらなければ本当に10年ぐらい遅れると予測していますし、そう心から思えることは、意外と「ディープテック以外にはない」と感じます。
伊藤:なるほど、いいですね。やはりディープテックは世の中に大きなインパクトを残す可能性を大いに秘めている非常に魅力的な領域だと感じました。塚本さんは、現職に就かれる前もバイオベンチャーにいらっしゃったので、ディープテックにご関心は強かったのでしょうか?
塚本:はい、めちゃめちゃ強いです。やはり「社会貢献をしたい」という思いがかなり強いです。センシンロボティクスでは、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせてサービスを作るため、実際の点検現場を根本から変えられることがとても社会貢献度の高い価値のあることだと思っています。
伊藤:ディープテック領域は直接的に社会に貢献している実感を得られやすいビジネスが多いですよね。京都フュージョニアリングさんも、環境負荷が小さく、持続性のある事業をやられていて、社会貢献度合いはかなり高いですよね。長尾さんからもぜひディープテック領域で起業された理由や魅力を教えていただけますか?
長尾:私がディープテック起業を決意した最大の理由は「好きだから」です。私自身、機械系出身なこともあり、そもそも技術が好きなんです。一方で、技術者としての成長には限界を感じていたので、それなら経営の立場からより多くの貢献をしたいと考え、起業を選びました。
また、フュージョンエネルギーと出会った時、「これはやるべきだ」と自然に感じたことも大きな理由です。資源の少ない日本だからこそ、国としてフュージョンエネルギーを進めていくべきだと純粋に感じて、勇気が湧きました。日本は技術立国なので、清々しいチャレンジができる素晴らしいシーズがいっぱい眠っていて、その開拓に直接関わることが、たまらなく魅力に感じるんですよね。
伊藤:我々のようなディープテックに特化したベンチャーキャピタルのメンバーも、みんな技術が好きで「技術で未来がこうなるかもしれない」という話を聞くとワクワクしています。単純にディープテックそのものが面白い、ということも魅力の一つであると思います。
ディープテックスタートアップとして困難の乗り越え方
伊藤:魅力は理解できましたが、とはいえ、そんな良い話ばかりではないですよね。資金調達の大変さはもちろん、初期段階では見向きもされなかったり、理解をしてくれないといったご経験もあるかもしれません。また、創業してから当面は研究開発フェーズになるので売上が立ちづらく、前に進んだ実感をなかなか得られず、「いったい出口はあるのか?」と感じてしまう大変さなど色々あると思うのですが、実際その様な困難にどのように向き合い、乗り越えてこられたのか、をぜひお聞かせください。
塚本:これまで人が行ってきた作業をロボットが全部置き換えることは今の段階ではできないので、段階を踏んで少しずつ入れ替えていくことがハードです。事業計画をつくり、資金調達を行いますが、なかなか計画通りにいかない事も多く、難しいですね。ただ、それらの壁を乗り越えていくとお客様も増えてきますし、やはり「当たり前のことを着実にやっていく、それを積み重ねていく」それが何より重要だと感じます。
伊藤:なるほど。トラブルは承知の上で着々と一つ一つ解決しながら前に進んでいくしかない、ということですよね。長尾さんはいかがですか?
長尾:ディープテックは資金集めも難しいし、技術が多岐にわたる故に人集めも当然難しいんですよね。しかも、 IT系に比べるとアジャイルで作って後で作り直すことが難しい領域で、初めから作らないといけないので、その辺りの難しさがかなりあります。そうした中で意識しているのは「正しいことをやっていれば、誰かが応援してくれる」ということです。ちょうど困っている領域にスポットで良い方が採用できたり、資金集めに困っているときに投資家の皆さんに恵まれたり。経営者として最後までやり抜く力はしっかり持っておく必要はありますが、そうした機会に恵まれるように日々の取り組みに向き合っています。
伊藤:私も起業したときに「正しいことをやっていれば必ず誰かが見ていて、誰かが手を差し伸べてくれる」みたいな経験はあるので、すごくわかります。さらに、ディープテックだからこそ尚更世の中のためになることをやっているという共感が得られやすいので、サポートしてくださる方にも恵まれていると感じています。清水さんはいかがでしょうか?
清水:資金集めはやはり苦労しましたね。「我々がやらなければ誰もやらない」ような難解な事業テーマを扱っている以上、投資家の方からは「すごく難しい」とよく言われます。
ただ、全員に賛同いただく必要もないと思っています。これまで何十社と投資家周りをしましたが、スマホを見ながら「もういいよ」と言われたこともありますし、ずっと断り続けられて精神的にもしんどい時がありました。自分が人生をかけて取り組んでいることを、投資家10人中9人から「価値がない」と言われる。今では、そこで心折れる必要は全くなくて「そういうものなんだな」と割り切ることができますが、当時はやはり辛かったです。
伊藤:これだけディープテックや投資する側の方々も関心を持ったとはいえ、絶対数としてはまだまだ少ないので、全ての方々が興味関心を持つとも限らないですもんね。
清水:「ディープテックに投資しています」というVCと面談して「いや、自分たちはそういうディープテックには投資していない」みたいに断られることは普通のことなので(笑)、そこで心折れる必要は全くないです。もしディープテック・スタートアップの起業を考えている方がいたら、覚えておいてください。意外とそんなものです。
伊藤:ディープテックの魅力は沢山あるけれど、もちろんハードシングスも沢山あるということがよく分かりました。ただ、自分の信念を曲げずに続けてさえいれば、賛同してくれる人も何人かは出てくるはずなので、諦めずに前に進み続けましょう、ということも学びました。
ディープテック起業を目指す方にメッセージ
長尾:ディープテックで経営者を目指す場合は、CTO(最高技術責任者)を中心にチームを構成していくことが多いと思います。私は、技術こそがディープテックスタートアップにおいて最も価値がある要素だと考えています。そのため、CEOは経営者というよりは「技術者のプロデューサー」という位置づけで、自らの立ち位置を見直しをしてもいいのではと感がています。つまり、この技術をどうプロデュースすれば、技術開発が進み、技術者の方が躍動できるのか?を考える視点が、より良い経営をしていくうえではとても重要だと感じています。
清水:ディープテック起業家は、文字通り「未来を創る立場」だと思います。いくら失敗しても、そのトライ自体が人類を先に進めます。本当に崇高で重要な役割を担っていると確信しているので、失敗しようがなにしようが胸張って、ぜひ私たちの世代でより良い未来を創っていきましょう。
塚本:ディープテックは大きな社会課題の集積で、その課題解決に向けて自分の力を使えること自体がとても幸せなことですし、ワクワクします。ただ、いきなり経営に飛び込むのは勇気がいることだとも思います。私はビヨンドネクストベンチャーズの「BRAVE」に2016年に参加して、そこでは非常にいい経験ができました。いきなり飛び込むことは難しくても、このようなスタートアップ創業の実践経験を積めるプログラムを活用してまずは体験から始めてみることも良いかもしれません。
伊藤:長尾さん、清水さん、塚本さん、今回は大変貴重なお話をありがとうございました!この記事を読んでディープテック領域に挑戦したいと思う方が少しでも増えることを願っています。私たちも引き続き、この領域により多くの人が挑戦したいと思える魅力的なエコシステムづくりに邁進したいと思います。
最後に
Beyond Next Venturesでは、ディープテックスタートアップの起業や経営に関心がある方とのカジュアル面談を実施しています。DTx(デジタル・セラピューティクス)等の医療・ヘルスケア、創薬・バイオ、アグリ・フード、AI、宇宙など様々なスタートアップのCXOポジションの紹介、また、経営者を目指す方に向けて、技術シーズをもつ研究者との共同創業を実践するプログラム「INNOVATION LEADERS PROGRAM」への参加推薦などを行っています。少しでもご興味のある方は、ぜひご連絡ください!