【後編】「50年ぶりの技術革新を」人生をかけて社会実装に挑む|研究者の挑戦

研究成果の社会実装にかける想い、現在地にたどり着くまでの葛藤や生き様を聞く「研究者の挑戦」。第5回は、電子ビーム生成装置を開発する名古屋大学発スタートアップのPhoto electron Soulの創業者であり、取締役CTOとして技術開発を統括する西谷氏に話を伺いました。

西谷氏は同大学の産学官連携部門で技術移転マネージャーをしていた鈴木孝征氏(現CEO)と共に創業。自らの電子ビームの研究を社会に還元するために、起業を選びました。後編では、西谷氏の人生哲学や今後のビジョンなどについて聞きました。

プロフィール

株式会社Photo electron Soul 取締役

西谷 智博 氏

博士(理学)-名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。原子力研究開発機構、理化学研究所を経て、名古屋大学で半導体フォトカソード技術に関して、文科省科研費(基盤A)や科学技術振興機構(先端計測プログラム)の研究・開発プロジェクトを主宰。2015年にPhoto electron Soulを創業し、取締役CTOとして技術開発を統括。名古屋大学 未来材料・システム研究所, 客員准教授。

【株式会社Photo electron Soulについて】

名古屋大学で30年以上にわたり培われてきた技術を基盤とした、名古屋大学発ベンチャー企業であり、電子ビーム生成技術である「半導体フォトカソード技術」に大きな強みを持つ世界で唯一の企業。幅広い産業分野に大きな革新を起こすべく、複数の異なる技術分野を融合させた製品・サービスの創出を目指す。https://photoelectronsoul.com/

50年ぶりのイノベーションで様々な業界をアップデートする

ー現在の事業フェーズについて教えてください。

西谷:資金調達は続いておりますが、そのためだけに日々奔走という状態からは脱し、開発力の底上げだけでなく、より高い信頼性の製造力が備わりました。また事業活動の種まきも実り始めており、半導体製造分野をはじめ、グローバルで様々な方面から多くの問い合わせを頂くようにもなり、我々の事業に対する世界の見方が明らかに変わってきたと感じています。

研究に集中する西谷氏

ー今後のビジョンをどのように描いているのでしょうか?

50年前ぶりの電子ビーム源の技術革新を起こすことです。1970年代に登場した電界放出方式の電子ビーム源は、それまでの熱放出方式の技術と共に、ムーアの法則に基づく半導体デバイス微細化や生体分子の3次元構造の解明など、ナノテクノロジーという言葉を生み出す一翼を担ってきました。

現在では、半導体、ライフサイエンス、エンジニアリングなど多くの産業分野で電子ビームは使われていますが、その電子ビームの源は熱型と電界放出型のたった2つです。それら2つの電子源の能力を50年以上引き出し続けた結果、新たな技術に対応する性能が原理的に難しくなりつつあります。

私たちは、光励起方式の半導体フォトカソード技術こそが、熱型、電界放出型に次いで、第三の原理から異なる電子ビーム源として、50年ぶりに微細な領域の技術を刷新すると確信しています。

多彩な性能がフォトカソード技術の最大の魅力

私たちの初めのターゲットは、半導体製造における検査に技術を普及させ、半導体製造の歩留まりを向上させることです。さらに半導体検査だけでなく、創薬分野では生きたままの生体分子の観測、エネルギー分野では電池材料などの劣化過程解明など、極めて小さな世界の観測で大きな社会的インパクトのイノベーションを興したいと考えています。

個人的には、この技術が社会に根付く過程で、一層性能向上した先に再び「宇宙の起源を明らかにする」技術として大きく成長して戻ってくるという夢も持っています。

ー具体的に私たちの生活がどのように変わるのか教えてください。

半導体デバイスは、それ自身が小さくなることで、コンピュータ技術をデスクトップからノートPC、スマートフォンとどんどん私たちの生活に密接なものにしてきました。更に、ウォッチ型、メガネ型、コンタクトレンズ型とウェアラブルになるコンピュータ技術は、私たちの身体にさえ密接になってきています。

コンピュータ技術が人体と一体化するのも遠くなく、その実現には私たちの技術が貢献すると考えています。なぜならば、半導体デバイスが今以上に微細・集積化され、かつ安全で安心な製品として検査されなければならないためです。

更に私たちの技術は、生きたままの生体分子の構造を解き明かすのにも波及(*)します。もし私たちの技術でウイルスが生きたままで分子レベルの観測ができれば、これまで数年かかっていた新薬の開発が数ヶ月に短縮できる未来が待っているかもしれません。

(*) 2019年度 文部科学省科学研究費補助金基盤A “実環境下の損傷敏感試料に微細領域の動態観測技術をもたらす半導体電子ビーム源”

「死んだら研究は続けられない」その真理が研究へと駆り立てる

ー起業という選択肢について、どう思われますか?

起業にこだわる必要はありませんが、スタートアップを起業し、そこで研究を続けることはこれからの研究者の選択肢の一つになると思います。

スタートアップでは、“最短で最大限の事業成功を得るため”の研究開発であれば、マンパワーや資金の投入を惜しまず、時間をかけないで判断します。必要な資金も調達できますが、それ以上に研究活動の劇的な加速がもたらされることが魅力ではないかと思います。ただし、事業の成功に結びつかなければならいので、研究だけの片手間の参画や立場、安定性を考えるのであればお勧めはできません 。

社会を変える可能性があるテーマであって、具体的方法と多少なりとも実証データがあるなら、アカデミックにおける競争的資金を何年もかけ少しずつ獲得して進むのではなく、そのテーマを最短で実行し成功させるために、いきなり起業するという選択肢もあって良いと思います。

ー西谷さんは、なぜ覚悟を決められたのでしょうか。

研究者として生きていく覚悟は高校生のときに決めていました。が、起業して事業を成功させるための覚悟は意識していなかったです。

ただ起業後は、研究開発型スタートアップとして起業して事業を成功させるために、社会と事業化に役立つ形で仕上げる研究開発に取り組む覚悟と、それをある時間内で社会に出していく覚悟が必要と考えています。

当たり前のように聞こえるかもしれませんが、このような覚悟を意識することは私にとって重要です。新しい発見や世界最高性能の達成はもちろん重要ですが、それだけでは社会に役立つ形で仕上げることにはなりません。しかも限られた時間で社会に出していかなければならないので、研究や開発のテーマ設定時から仕上げに至るまで、適宜マンパワーや予算配分・調達など駆使しながら、時間短縮ための取り組みも不可欠です。

これらの意識変化と調達資金により、研究開発そのものは劇的に加速しています。電子銃1台の研究開発に5年かかっていましたが、今では1年に5台程度開発できる体制になっていますので、25倍の加速です。実感としても、桁違いに加速しています。

任期付きポストの繋ぎとめで喘いだり、定年制であっても息苦しい状況が続いて、今研究する時間が十分とれないのであれば、起業やスタートアップに参画して、研究を更に加速するのも悪くはないと思います。

まとめ

西谷さん、ありがとうございました!「社会に役立たせるための研究」を考えたときにスタートアップ起業を選び、アカデミアの世界とは全く異なるスピード感で研究開発を加速させているのですね。今後もPhoto electron Soulのさらなる活躍を応援していると同時に、西谷さんのような強い思いを持った研究者の方を引き続き後押ししていきたいと思います!

前編はこちら:「光電子ビームで産業の基盤技術に革命をー研究に新たな価値と加速をもたらすスタートアップ起業

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