人間と共進化する会話AIが実現する未来社会|研究者の挑戦

研究成果の社会実装にかける想い、現在地にたどり着くまでの葛藤や生き様を聞く「研究者の挑戦」。第6回は、会話AIエージェントを開発する株式会社エキュメノポリス代表の松山 洋一氏に話を伺いました。

会話AI研究者である松山氏は、米国カーネギーメロン大学でダボス会議公式バーチャルアシスタントや、米Google、Microsoft、Yahoo!などとの会話AI産学連携プロジェクトを主導した経験を持ちます。

当時の同僚が次々とGAFA等のビッグ・テックに就職する中、松山氏が選択したのは日本での起業。長らく水面下で準備を進め、2022年に会社を設立しました。

今回は、松山氏が自身の研究成果の事業化に向けて何を実行し、どのようなビジョンを描いているのかを聞きました。

プロフィール

株式会社エキュメノポリス 代表取締役

松山 洋一 氏

早稲田大学 基幹理工学研究科 情報理工学専攻で博士号を取得後、米国カーネギーメロン大学にてダボス会議公式バーチャルアシスタントの研究開発プロジェクトや米Google、Microsoft、Yahoo!などとの各種会話AI産学連携プロジェクトを主導。帰国後2019年に早稲田大学 知覚情報システム研究所に主任研究員(研究院 准教授)として着任。数々の助成金に採択され、2022年に株式会社エキュメノポリスを創業

【株式会社エキュメノポリスについて】

様々な業界にあふれる人手不足の対面業務を支援・代行するための多目的会話型AIエージェントプラットフォームと対話シナリオ生成ツールを開発。人とAIの協働により、各業務の生産性と品質の向上を目指す。https://www.equ.ai/

「会話を楽しみたい」人間の本能へアプローチ

ーなぜ会話AIの研究に進まれたのでしょうか?

松山会話こそ、人が何歳になっても本能的に求めるメディアだと思ったからです。

早稲田大学の院生時代に、高齢者施設で会話ロボットの実証実験をした時のこと。入居者の方に会話AIロボットとゲームをしてもらったところ、予想以上に盛り上がって。

1時間のセッション後も「もっと遊びたい」と言われ、その時に「高齢者の方々は医療サービスを受けに来るのではなく、会話を楽しみに来ているんだ」と気づきました。

その経験が、私にとって初の会話AIの成功体験であり、今の活動の原点です。

そこから、人間同士の会話、そして会話を通じた人間のコミュニティの活性化に、会話AIがどう貢献できるのか。これが研究人生を貫く問いになりました。

ーその後は、どのように研究を進めていったのでしょうか?

学位取得後、米国カーネギーメロン大学で、ダボス会議の公式アンバサダー「SARA(Socially-Aware Robot Assistant)」などの開発を主導していました。SARAは会話をしながら相手との信頼関係を築き上げ、それに基づいてその人に適した他の参加者とマッチングしたりセッションを推薦してくれるAIです。

SARAプロジェクトはダボス会議で大盛況を博し、多くの有名メディアにも取り上げられました。その実績が認められ、当時の仲間は皆ビッグ・テックに入社しリサーチャーやエンジニアとして活躍しています。しかし、私にとってのSARAプロジェクトは「成功した失敗(successful failure)」でもあったんです。

ー成功した失敗とは?

たしかにSARAは世界中から脚光を浴びましたが、一方で不満を感じている方もいました。例えばそれは超多忙なCEOたちです。忙しい経営者はわざわざAIと長々と会話して信頼関係を築くようなプロセスに煩わしさすら感じていたのです。

その結果を見て、もっと「人と信頼関係を築くスキル」を有する社会的会話AIがフィットするドメインを改めて探索し直すことにしました。

100の事業アイデアから最後に残った「英会話」

ーどのように事業化を進めていったのか教えてください。

10年、20年後の世界で、着実に会話AI技術を育てられて、かつ社会に求められるドメインは何か?当時、最初に出した答えが「カウンセリング」でした。特にアメリカはカウンセリング大国ですから、それをAIで支援できたら、大きなイノベーションになるなと。

しかし、その計画は頓挫してしまいます。カウンセリングのようなパーソナルな会話データは人に明かせない個人的な内容ばかりなので、データ収集の許可を取るだけで1年近く時間を費やしました。結果、我々が求める会話データは世の中的には全くアクセスできない領域であることを思い知りました。

それから、同じように会話AIを使える領域を探し、最終的には100ほどの事業案を作りました。

ーなぜ英会話を選んだのでしょうか?

英会話教室では、日常生活に近い会話をする場ではありながら、外に出せないようなパーソナルすぎる会話は通常起こりません。一見競合も多いですが、当時私が思い描いていたものは全く市場に存在せず、長期的に見れば会話AI技術を育てるためには最適なドメインであると判断して、事業化を決意しました。

ー英会話教育のAIとはどのようなものか教えてください。

我々の英会話AIエージェントのデモ動画がありますので、ご興味があればぜひ見てください。

デモ動画からも分かるように、人間のインタビュアー同様に、自然な発話タイミングの制御や非言語的なやりとり、適応的な対話戦略を通して自然な会話を実現し、学習者の潜在的な会話能力を発揮させることを促します。

英会話で事業をしようと思った時に、真っ先に頭に思い浮かんだのは、私の出身校である早稲田大学の「チュートリアル・イングリッシュ」という授業です。早稲田大学の学生なら誰もが受けており、英語ネイティブのチューターがファシリテーションをしながら、学生4人で様々なテーマで英会話をします。

この授業で大事なのは発音や文法ではなく、相手との会話の中で特定の目的を達成することです。初歩的な英語知識であっても、自分の意見を話して、相手を巻き込んでいく術を指導されます。私の生涯の英会話学習はこの授業のみですが、アメリカでも英語コミュニケーションで困ったことはほとんどありません。

この他者との会話を通して特定の目的を達成していくチュートリアル・イングリッシュの教育理念と、私が目指す社会的な会話AI技術の目的は、いつしか同一のものに思えてきました。

そこで帰国早々に、チュートリアル・イングリッシュを創設された早稲田大学教育学部とグローバル・エデュケーションセンターの先生方や、プログラムを運営している早稲田大学アカデミックソリューションの経営陣の方々に、「自分たちの会話AI技術をチュートリアル・イングリッシュにうまく導入できれば、人とAIが協調してより質の高い授業を実現できると思うので、是非開発に協力していただけないか」と直談判したのでした。

起業前に10億もの資金を調達できたわけ

ー日本に帰国後、どのように起業準備を進めたのでしょうか?

私が特に力を入れたのが資金調達です。それもVCからエクイティで調達するのではなく、研究開発型の大学発ベンチャー支援プログラムに応募して助成金を調達すること。

応募にあたり、政府の科学技術・イノベーション基本計画はじめ経済・産業動向に関わる情報には広く目を通しました。気づけば、すっかり国内外の科学技術戦略を毎晩読み込むのが趣味に(笑)。イノベーションに関わる情報はそのような行政機関の白書に限らないですが、優秀な官僚たちが世界に目を向けて、これから国家としてどんな技術・産業に力を入れていけばよいか広範かつ詳細に書いています。

そのようなマクロな視点を事業戦略立案に役立てない手はないですし、事前に社会の課題を理解しておけば、申請書に何を書くべきかも自ずと見えてきます。あとは自分たちの技術やサービスがどのようにそれに具体的にどう貢献できるかを提示するだけです。そこから先は自分たちの領域ですから簡単です。

ー起業前から資金調達を進めていたのですね。

公的資金と共同研究費を中心に、起業までの約3年間で研究開発のために集めた資金は累計約10億円になりました。そのため、起業を考えてから今のところ資金繰りで困ったことはありません。

むしろ、可能な限りギリギリまで起業せず、納得できるまで準備をしました。早くに起業してVCから調達をしてしまうと、「上場タイマー」が発動してしまい、自分たちがやりたいようにできなくなるからです。

それでも2022年に起業したのは、幸運にも具体的な顧客が現れ始めたからです。導入検討先が複数出てきて、一気に起業手続きに動き出しました。この時点で、協力してくれる研究開発メンバーはおよそ20人に増えていました。

ー今後はどのような事業モデルを想定していますか?

まずは英会話AI先生から始め、これからその会話AIの社会的なスキルを生かして就職先をどんどん増やそうと考えています。例えば窓口や受付業務などの労働集約型の仕事では、会話AIエージェントが支援できることは多いはずです。

AIが人の仕事を奪うと言われて久しいですが、大事なことは、人間とAIが協調して各産業全体の生産性や創造性を向上させていくことだと思います。先ほどの高齢者施設でのエピソードでも、AIシステムが介在することで人間の役割や人間同士の関係性が変容して、コミュニティ全体が活性化したということが重要なのです。

「研究と起業は似ている」その真意とは

ー初めての起業。カルチャーショックなどあったら教えてください。

いえ、むしろ起業と研究は似ていると思います。例えば、今ではごく一般的になった「リーン・スタートアップ」は、問いに対して仮説検証を繰り返しながら無駄なく製品を磨いていく手法ですが、それはまさに科学的な方法で研究者には親和性があると思います。

ー逆に研究とビジネスで最も異なる点はどこでしょうか?

ビジネスの方が、研究に比べて不確定要素が多いことです。研究では、一般的に複雑な現象をいかに筋よくシンプルなモデルとして定義できるかが重要です。しかしビジネスでは、確かにそういう側面もありますが、複雑な問題を複雑なまま解決しなければならない時もあります。その不確定さの中で最後は「エイヤ」で進める決断力が求められます。そこで結局行き着くのは、「なぜ我々がそれをやるのか」というミッションしかない。もっとも、これも研究活動と根本的に違うことだとは思いません。

ー松山さん自身は、今後も研究を続けていくのでしょうか?

私は起業家になっても、コアの部分は会話AIの研究者であると思っています。これまでのようにファーストオーサーとして論文を書く機会は減るとは思いますが、今はチームで研究を進めていく中でその舵取り役として、研究を推進していくつもりです。

ー研究者としての今後のビジョンも聞かせてください。

ビジネスの最前線を研究の最前線にすることです。通常は大学で研究したものが、数年経ってからビジネスで活用されることが多いですよね。そうではなくて、ビジネスの最前線で得た問題について研究を行い、タイムラグなくプロダクトに活かせるようにしたいのです。

実際、英会話事業開発の現場は、日々本当にエキサイティングな研究テーマが生まれています。メンバーたちは、「ここは研究者として、天国に一番近い場所だ」といいます。膨大な実データを自動収集したり分析するプラットフォームを活用して、これまで経験したことのない規模や複雑さで会話モデルや学習効果モデルなどの仮説検証を高速に繰り返せるわけですから、楽しくて仕方ない環境だと思います。

そういう最先端の研究成果を、次の日にはユーザに届けたい。このような環境を維持・発展させるためには、研究マインドとビジネスマインドの両方が必要なんだろうと思います。少なくとも私はそう信じていて、事業の中でそれを実践していきたいと思っています。

ー松山さん、ありがとうございました!

Beyond Next Venturesより

Beyond Next Venturesでは、革新的な研究成果の実用化をスタートアップ起業を通じて目指す研究者の方々と共に、新産業の創出に取り組んでいます。資金調達、会社立ち上げ(創業)、経営チームの組成(創業メンバー探し)、事業計画の作成、助成金申請、採用等、幅広く伴走しています。もし相談先を探されていましたら、ぜひご相談ください。
お問い合わせ先:https://beyondnextventures.com/jp/contact/

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