ディープテックの最深部、大学研究から“スタートアップ創出”のリアル

鷺山:私たちBeyond Next Venturesは、事業の種となる有望な研究成果をもつ大学研究チームと、ディープテック領域(大学発ベンチャー)の経営に挑戦したいビジネスパーソンをマッチングするプログラム「INNOVATION LEADERS PROGRAM」 (ILP) を運営しています。

今回は、ILP卒業後に、医療分野の研究者と共同創業を果たされた平尾さんと佐藤さんをお迎えし、「大学研究からスタートアップ創出のリアル」をお届けしたいと思います!

登壇者

株式会社Surg storage 代表取締役社長兼CEO

平尾 彰浩(ひらお あきひろ)氏

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。大学院所属中に防衛医科大学付属病院研究所、修了後に米国ハーバード大学のマサチューセッツ総合病院ウェルマン研究所に所属。帰国後、ヘルスケア企業3社(富士フイルムメディカル、GEヘルスケア・ジャパン、フィリップス・ジャパン)にて、医療機器・医療ITにおける各バリューチェーンを経験。フィリップス・ジャパンでは企業内における種々の事業活動改善プロジェクト、Culture Transformationの施策をグローバル規模でリード。2020年より国立がん研究センターにて外科医療の変革の基盤となるデータベース構築プロジェクトに従事。2021年より現職。

ソニア・セラピューティクス株式会社 代表取締役社長兼CEO

佐藤 亨(さとう とおる)氏

小野薬品工業でオプジーボの海外展開に従事。海外法人設立・代表として経営に従事。オンコリスバイオファーマで事業企画部長・University of Pennsylvania発のLiquid Biotech USAのBoard Member歴任。2020年2月にソニア・セラピューティクス株式会社を創業。

モデレーター

Beyond Next Ventures株式会社 執行役員

鷺山 昌多

中央大学、会計学科卒。同 アクセラレーター・VCにて、HR・キャリア支援領域を統括。起業家育成およびスタートアップ領域における、新しいキャリアおよびロールモデルの創出を目指して活動。起業家育成プログラム「INNOVATION LEADERS PROGRAM」は、第3回 日本オープンイノベーション大賞 文部科学大臣賞を受賞。

前段~大学発ベンチャー起業家を輩出するILPとは~

鷺山:2000年代前半の大学発ベンチャーブームの頃から顕在化している「素晴らしい研究者がいても、その事業を担う経営者がいない」という課題。

ILPは、その課題を解決するために誕生しました。

大学発ベンチャーのような、いわゆる「ディープテック」は、それまで治療の術のなかった病に対する新しい治療法の確立(新薬や医療機器など)や、食料危機や環境問題などグローバルな社会課題を解決できる可能性を秘めた、魅力的な領域です。

加えて、現時点における国内ユニコーンスタートアップ約10社のうち、約半数がディープテック領域から生まれており、成功したときのインパクトが大きいのも特徴です。

一方、研究界とビジネス界の壁は厚く、ビジネスパーソンからすると、「研究者と出会わない」「大学発ベンチャーの経営に参画する機会がない」という現状があります。

そこでILPでは、「研究者とのマッチング」「ディープテック経営参画の疑似体験」を提供。国内トップクラスの研究者と出会い、ディープテック領域で起業や経営を肌で実践することができます。

今回ご登場いただく平尾さんは、2017年にILPに参加され、その後ご自身で国立がん研究センターの医療機器実用化プロジェクトに飛び込み、起業されました。佐藤さんは、ILPで出会った研究者の方と、そのまま共同創業に至りました。

本記事ではお二人にディープテック創業の「リアル」を伺っていきます!

ILPでは、今年度の募集も現在オープンしているので、気になる方はぜひ説明会へいらしてください!
https://beyondnextventures.com/jp/startupcareers/ilp/

医療データの利活用に挑むSurg storage平尾さん

平尾:私は元々医療工学の研究から画像診断システムのエンジニアやプロモーション、画像診断装置のマーケティング、直近のフィリップス・ジャパンでは睡眠事業のPMにも携わりました。その後、国立がん研究センター東病院に移り、AMEDの委託研究プロジェクトに参画しました。研究者の方々と医療AIの開発に取り組む中で、そのプロジェクトを翌年スピンアウトし、Surg Storageを創業しました。

Surg Storageでは、外科手術における課題に着目。手術件数は増加する一方で医師は不足し、医療機器のレベルや医師のスキルの改善ポイントが可視化されていないという問題を解決するべく、外科手術のデータや関連領域の学会のデータなどを集約し、そのデータを利活用する事業を行っています。現在、国立がん研究センターの公式認定ベンチャーにも採択いただき、病院とタッグを組んで活動しています。

AMED研究にはスピンアウト前提で関わって欲しいと言われていたので、起業する前提でジョインしました。大企業から先が保証されない場へ活動を移すことの決断は容易ではありませんでしたが、起業に向けた準備を結構入念に行ってきたことが後押ししてくれました。ILPもその一つで、プログラムに参加したのはフィリップス・ジャパンに在籍していた2017年です。特に起業前に積極的に社外で活動した経験は、自分の視野や組織づくりの観点において身についたものが多かったと感じています。

最先端の膵癌治療装置を開発するソニア・セラピューティクス佐藤さん

佐藤:私は、「音響工学(超音波)でがん患者さんに新たな未来をもたらす」をビジョンに、ソニア・セラピューティクスを2020年に創業しました。東京女子医大、東北大、東京医科大で長年築き上げてきた技術と臨床的ノウハウを生かして、難治癌に対する新たな治療モダリティとして「強力集束超音波(HIFU)治療装置」を開発しています。そして、いよいよ本年10月から膵癌を対象とした治験を開始します。

私は、小野薬品のMRからキャリアを開始し、29歳で韓国に行ってから約10年海外事業に関わっていました。オプジーボの海外展開に関わり、また帰国後に入社したオンコリスバイオファーマでもがん領域に関わっていたことから共同創業者が研究していたHIFU治療に興味を持ちました。

ILPに参加したのは2019年です。その時にマッチングした研究者が、ソニアの創業メンバーである、東京女子医科大学の岡本(当時准教授)と東北大学の吉澤(当時准教授、現在教授)です。

プログラムが終わった後、岡本から「あと一蹴りすればいける、というボールを誰も蹴ってくれない。蹴ってくれないか」と言われ、意を決して一緒に会社を立ち上げることを決意しました。

会社設立直後は順調とは言えず、資金調達と助成金の失敗が続き、「もう駄目だ」と思うこともありました。そして、最も力を落としていた時に岡本が連れいってくれた新宿のBarが「どん底」です。その直後から状況が好転し、シード期の資金調達、平田機工株式会社との資本業務提携、東京都中小企業振興公社およびNEDOの助成金に採択いただき、シリーズAで累計7.3億円の資金を調達することができました。

運命を変えた、研究者との出会い

鷺山:お二人は事業会社等でビジネス経験を積まれたうえで、ある日とある研究に出会い、魅了され、研究者との共同創業を果たされましたが、まさにその研究/研究者と出会った日の感想をお聞かせいただけないでしょうか?

佐藤:私は膵がんに関する臨床データを見させてもらって驚いたことを覚えています。膵がんは非常に難しい病気であることを知っていたので、「この研究成果は膵がんの治療を大きく変えるかもしれない…!」と強く感動しました。

平尾:国立がん研究センター東病院の伊藤雅昭先生・竹下修由先生にお会いした時、彼らの「外科手術データを集約して可視化し、新たな価値を生みたい」という研究の目的が自分自信のテーマであった「医療情報の不均衡の是正により健やかな世界を創りたい」という点にミートしていたので、「なにかシナジーを生みたい!」と思ったことを覚えています。

ただ、事業会社を抜けて一緒に研究するというのは簡単な決断ではなかったので、自分の直感だけでは正直怖くて、リファレンスチェックは取らせていただきました。

鷺山:私も仕事上多くの起業家の方とお会いしていますが、実はリスク管理を徹底してる人が多いですよね。佐藤さんは事前に何かお調べになりましたか?

佐藤:私は特に調べることはなかったです。というのも、ILPで出会った人と起業したので、2か月のプログラム期間中はもちろん、それ以外の時間でも岡本や吉澤と話す機会が多く、お互いの思いや目指す方向、性格もある程度分かっていました。

創業を決意したきっかけ

鷺山:「会社をやめて研究者と創業する。」この意思決定をいつ、どんなきっかけでされたのですか。

平尾:私はILPの2年後に決断しましたが、準備には時間をかけました。リアルな話をすると、創業間もない時期は生活レベルを落とさざるを得ないと思っていたので、経済的な準備や、家族に予め説明をしておくなど、細かい準備を色々としました。その準備期間を経て、自身が手掛けたかった事業領域に出会ったこと、そして手掛けられていた研究者の先生に「この人となら」という直感とリファレンスが揃ったことで創業に踏み切れましたね。

佐藤:私は、その研究に対して「モノとしての勝算」を強く感じたのがきっかけです。あとは、正直勢いです(笑)。人への臨床研究も行われており、PK戦で「あと一蹴りすればいける状態」でした。

あとは人ですね。ILPの期間中もそうですし、そこから創業するまでの期間に何度もディスカッションを重ねて、「彼らとならやっていける」と思えたことが大きいです。

事業が軌道に乗った要因

鷺山:苦しい時期を乗り越えられた要因はなんだと思われますか?

佐藤:「共感していただける方がいたこと」だと思います。資金調達先として2つのタイプに分かれていて、一つは製薬会社にいた投資家さんです。臨床データを見て「これはいける」と感じてくれるのは製薬会社出身の方が多かったです。もう一つは、ご自分あるいはご家族が癌で苦しんだご経験のある投資家さんです。合計70社ほど面会する中で、この2つのタイプに属する投資家さんに出会ったこと、なにより出会うまで諦めなかったことが、一番の要因かなと思います。

正直心が折れることは多々ありましたが(笑)、いい話と悪い話が交互にあったりして、いい話があるとそれに支えられてなんとか乗り越えてきました。

一番成長した経験

鷺山:創業から今までを振り返って、「一番自分を成長させた経験」は何ですか。

佐藤:資金調達を通じて1000本ノックを受けたことかもしれません。いわゆる「デューデリジェンス」ですが、一時期は24時間資金調達のことを考えていました。全て自分事ですので企業にいた頃よりも考える量や判断の速度は全く違うレベルになりました。

鷺山:会社の中の人ではなく、「自分の」会社というふうに主語が変わるんですね。平尾さんはいかがでしょう?

平尾:経営資源である「ヒト、モノ、カネの意思決定を適格かつスピーディにしなくてはいけない環境下にいる」ということが、一番成長に繋がっていると思います。それこそ企業にいた頃とは異次元のレベルだなと思います。

起業ネタがない中での起業タイミング

鷺山:起業ネタはないしまだ色々固まっていないけど起業に向けた一歩を踏み出したい、という人は一定いると思います。そんな方にどんなアドバイスをしますか?

平尾:ILPに参加してみる、というのは一つあると思います。5年前に鷺山さんに誘っていただいて、マインドセットが大きく変わりました。本気でやっていこうと思い始めたのも、自分のどんな能力を活かし、また補填すればいいのか、どんな準備が必要なのか、を本気で考え始めたのもILPがきっかけです。

ILPでは「起業の練習試合」ができます。もちろん佐藤さんのようにそのまま本番に進む人もいますが、ぜひ起業までの「階段」としてILPのような社外プログラムを活用してほしいですね。もちろん選択肢は他にも色々あると思うので、そういった機会を探すことから始めてほしいです。

創業初期のチームビルディング

鷺山:初期のチームビルディングについて、どんなことに気をつけていますか。

佐藤:私の場合はすごく恵まれていて、創業メンバーの岡本が共同研究先の人たちと良好な関係を維持してくれており、シリーズAの資金調達後に彼らが大企業を辞めてジョインしてくれました。また、臨床開発については私の元同僚に助けてもらい、とても良い体制で仕事ができています。ただ、次のフェーズでは新しい方にも参画いただきたいので、企業としてのカルチャーを構築していくフェーズだと思っています。

平尾:佐藤さんと似た感じで、がんセンターのプロジェクトメンバーがそのまま入ってきてくれて、コミュニケーションコストも低い状態でチーム形成ができています。ただ、これから新しいメンバーにご参画いただくときに、会社の状況を理解していただきつつ、一人ひとりのキャリアビジョンと実際の業務をうまくすり合わせるなど、細やかな気配りが必要だと思っています。

鷺山:お二人とも、研究シーズ(事業の種)があって、成果があって、初期メンバーについては揃っていた、というのが分かりました。研究発のスタートアップには頼れるメンバーが最初からいるというのが大事なのかもしれませんね。

スタートアップに興味がある方へメッセージ

鷺山:最後にこれから起業にチャレンジしたい方に向けて一言いただけますか。

平尾:「起業や研究者との出会いは手の届くところにある」ということを強くお伝えしたいです。その上で大事になるのは、一緒にやる人との相性、リスペクトできるか、自分自身の準備、かなと。これらを意識していれば、5年後には自ずとやりたいことができるのではないかと思います。

佐藤:やはり大企業からスタートアップへのキャリアチェンジは不安なことも多いと思います。ですが、私はぜひスタートアップに足を踏み入れていただきたいです。なぜなら、私の経験からいうと、不安以上にやりがいと得るものが多いからです。

スタートアップの特徴として、様々な会社とのお付き合いがあり、お互いに顔が見える形で相互に関係を築いていきます。そうすると、自分の得意領域を相手に認識してもらいやすいので、所属企業での活動のみならず、様々な会社さんを部分部分で手伝ったり、逆にアドバイスをもらったり…等という形で自身を確立させていける機会が転がっています。

鷺山:佐藤さんのようにベンチャー経験を経てから起業という選択もあれば、起業した友人の会社を手伝う、スタートアップで働く人や経営者にSNS等で連絡してみる、ILPのような起業を疑似体験できるプログラムに参加する、など第一歩としての選択肢は意外と周囲に転がっていると思うので、興味がある方はぜひ何かしらアクションしていただき、スタートアップと接点をつくっていただけたら嬉しいです。

平尾さん、佐藤さん、ありがとうございました!

Shota Sagiyama

Shota Sagiyama

Executive Officer / Talent Partner