なぜ大手企業の社内起業家は、“データプラットフォーム”の覇権に挑むのか。
ものづくりの世界で名を馳せている大手企業「パナソニック」と「日本電気(NEC)」で活躍する社内起業家2名をお呼びし、社内で立ち上げたプラットフォームビジネスから見える彼らの挑戦を紐解いていきます。
~社内起業家のまなび場とは~
毎回、1歩先を進む先輩社内起業家の取り組みや、社内起業家育成の先端的取り組みをシェアいただき、参加者各社様の中から、多くの優れた社内起業家を輩出することを目的とした協創型イベントです。
登壇者
「Vieureka PF(ビューレカプラットフォーム)」
パナソニック株式会社
事業開発室 Vieureka事業責任者
宮崎 秋弘 氏
1995年、松下電器産業㈱(現パナソニック㈱)入社。本社研究部門にて通信プロトコルの国際標準化、ならびに携帯電話のソフトウェアの開発に携わる。その後、事業開発に従事し、Vieurekaサービスを立ち上げる。現在は、Vieurekaサービスの事業責任者として、パナソニックとしては珍しいワンチームでの事業拡大を推進する。
関連記事:パナソニックがデータを売る?創業100年の商法を変える社内ベンチャーの挑戦
「A-RROWG(アローグ)」
日本電気株式会社
コーポレート事業開発本部 シニアマネージャー
中野 裕明 氏
2006年、NECに入社、金融機関向けの新規ソリューション開発に従事。
野村證券に出向し店舗サービス開発やiPad導入を推進。2015年よりAI関連やヘルスケア領域の新規事業開発を担当。カーブアウトによるdotData, Inc.設立やスタートアップとの共創活動・業務資本提携をリード。2019年より「目に見えない健康状態の可視化」をテーマに第一弾として「歩容を可視化」する製品を開発し、事業パートナー様との新サービス創出に挑戦中。
~前段~プラットフォームビジネスとは
プラットフォームビジネスとは、プラットフォーム上で、製品やサービスの、提供者と利用者をつなぎ、商取引を生み出すビジネスのことです。このビジネスの特徴は、プラットフォームから得たビッグデータを活用し、利用者のニーズを深堀りして顧客満足度を高められる点、それによって好循環が生まれやすい点です。
この強みを生かして成長したのがGAFAです。彼らはビッグデータをうまく活用し、かゆいところに手が届くサービスを作り上げ、ネット上のプラットフォームにおいて支配的なポジションを確立しています。
このようにGAFAが覇権を握る中で、次のプラットフォームのフロンティアとして「リアルワールド」が注目されています。実は実際の商取引の9割はネット外のリアルワールドで行われていることから、リアルワールドでプラットフォームビジネスを行うことが大きなビジネスチャンスであると考えられています。
リアルワールドでプラットフォームビジネスに挑むには
では、これまではネット上で行われていたプラットフォームビジネスを、どのようにリアルワールドで展開していけば良いのでしょうか。
アプローチとして有用だと考えられているのが「IoTを活用したリアルワールドのデータ化」です。事例として有名なのは、コマツの建設業に特化したIoTプラットフォーム『Landlog』です。建機をはじめ、建設関係のあらゆるデータを蓄積し、ほかのITベンダーも巻き込みながら建設関係のソリューションを提供しています。
現在は、リアルワールドデータを活用した様々なビジネスモデルが考えられています。各社の強みを生かしたオリジナリティのあるプラットフォームの構築が期待されています。
【第一部】新規事業の取り組み紹介
パナソニックでVieurekaを立ち上げた宮崎さん
宮崎:私はパナソニックで『Vieureka』というサービスを立ち上げ、事業責任者として活動しています。約10年前に5名のソフトウェア技術者と共にスタートしましたが、今は小さなスタートアップのように企画・開発・運用・マーケ・営業がワンチームとなり事業拡大に挑戦しています。
世の中には解明・解決されていない現場固有の課題が数え切れないほど存在します。
「なぜ店舗の売上が昨年より減少したのか」
「なぜ介護職員の夜間見回りが減らないのか」
このような課題があるとき、現場にいる熟練者の人々はその状況を視覚から約9割理解すると言われています。Vieurekaは、この視覚をコンピューター化することに着目し、「映像をAI処理するエッジデバイス(カメラ)」を開発しました。
しかし、Vieurekaのビジネスはこのカメラを販売することではありません。現場固有の課題の発見・解決を容易にするAIカメラのプラットフォームサービスを現在61社加入いただいている共創パートナーに提供しています。それに加えて、自社でもそのプラットフォームを活用した、小売店舗向けに来店者の行動分析データを提供する、来店分析サービスを運営しています
例えば、ドラッグストアやスーパーマーケットに対して、来客分析サービスを提供しています。これは、カメラを使って、人数カウントや性別・年齢の推定、滞留時間などを定量化してマーケティング分析に使うためのサービスです。
NECで歩行センシングインソール「A-RROWG」を開発する中野さん
中野:私はNECで、「意識せずに健康でいられる社会」の実現に向け、インソール型のセンシングデバイスを開発しています。スマホとペアリングして、普段履いている靴の中に入れるだけで歩き方などをチェックすることができます。1年間充電不要で、ダッシュボードやクラウドでデータを確認できます。
私たちが着目するのは歩行です。歩行は全身の筋肉の7〜8割を使うと言われています。人間は自分の足で歩けなくなると次第に弱っていくため、自分の足で歩き続けられる人は健康寿命も長い傾向があり、歩行をどれだけキープできるかが後々大きな差になると考えています。
スマホで1日の歩数を計測することは浸透してきましたが、歩数だけでは判断材料は不十分です。また、歩き方の質をチェックする際も専用施設に行く必要があり手軽さがなく、さらにアップルウォッチのようなウェアラブルデバイスも充電の手間や着用忘れなどの問題もあります。
そこで私たちは、なるべくめんどくさくないデバイスを作ろうと、このインソール型のセンシングデバイスの開発に至りました。病院では退院した患者さんの回復やリハビリの状況を遠隔で確認できたり、フィットネスジムではジムに来ていない間の会員さんの歩き方を確認できます。
【第二部】パネルディスカッション
事業立ち上げのきっかけと社内の支援体制
金丸:実際に事業を始めるモチベーションはどこにありましたか?また、リソースやチームの確保などにあたって、社内での後押しはありましたか?
宮崎:きっかけは、私が当時担当していた携帯電話事業がなくなったことです。その時に物を売るだけでは限界があると気付きました。そこで、単なる物売りにとどまらないビジネスを立ち上げようと思い、Vieurekaのゼロイチ社内起業に至りました。
社内での最初の反応は、当時は全てを理解いただけず反対されました。元々私が扱っているのはエッジコンピューティングだったのもあります。しかし、上司の1、2名に理解いただき「それなら隠れながらやれ」ということで、本業をやりながら隠れて仕込んできました。
金丸:ありがとうございます。中野さんはいかがでしょうか?
中野:研究事業の中にある大学とコラボして作ったリハビリ用の技術がありました。これはよくある話かと思うのですが、研究所で技術を開発しても、その技術の事業化やマネタイズの実現化が進まず、ぐるぐると回っているようなことがよくあります。
当時、私はオープンイノベーションやスタートアップの方との資本提携も担当していたので、技術交流会というものを開催し、あえて我々のソリューション化前の技術を見ていただく機会を設けました。
金丸:その対象は社外でしたか?
中野:インソールについては、ヘルスケアスタートアップのFiNC Technologiesの方をお呼びしました。
今でも覚えているのですが、インソール技術を紹介している時にFiNCの方が途中で、「これ面白そう」と社内の方にSlackをしてくれまして。そういったリアクションにも後押しされて始めました。
もちろん事業化にあたって、社内でも懐疑的な意見はありました。それに、メーカーとして靴のインソールにデバイスを組み込むことのリスクや品質に対する危惧もありました。
靴業界の方に聞いてもベストプラクティスがなく、自分たちでテストを繰り返した上で、マクアケさんと出会って、「まずは未成熟な製品であっても、作り手側の気持ちになってくれるアーリーアダプターを見つけて、その人たち一緒に製品を育てた方が良い」というアドバイスをいただき、これをヒントに立ち上げました。
新規事業立ち上げ期に最も困難だったこと、突破の糸口とは
宮崎:経理・人事・法務・品質など全部門に対してハードルの高さを感じています(笑)。品質からは「爆発しないのか」「機械は部品も含めて10年保証できるのか」など。情報セキュリティからは「データを集めるのは良いけど、そのデータが漏れたら誰が責任取るのか」など。経理からは「取引履歴のない会社ばかりだが信用は問題ないか」と言われたり。
このように、むしろハードルのないところがありませんでしたので、全てを一つひとつクリアしていきました。中野さん、笑ってますけど、そういうことありませんでしたか?
中野:私も、立ち上げの際には社内で、「歩き方を見えるようにして何が嬉しいのかわからない」「これに対していくらお金を払ってもらえるのか」「俺なら買わない」などと言われました。
また、NECは、現在ではBtoCの事業(パソコンやスマホなど)からEXITしていて、BtoBにフォーカスしていたので、インソールセンサーというガジェット的なものを、BtoCプロダクトとして世に出すことはハードルが高かったです。
そこを突破するべく、先程のマクアケさんとの出会いもあり約2年前にクラウドファンディングを使ってみました。実際にものづくりを始める前に、どれほど需要があるかや、どのような方に価値を感じてもらえるのかを確かめるためです。
結果、1,000万円以上の応援をいただき、想像以上に多くの方に受け入れられているということがわかり、社内で事業を進めていく上での追い風となりました。
また、どの部門にもアーリーアダプター的な人や、弊社の場合BtoCやものづくりに飢えている人が実は沢山いることもわかりました。そういう人たちと積極的に対話を重ねることで、応援してくれたり、突破の手がかりを提案してくれたりします。
そして、うまく味方を探し出すと、その人を媒介して他の部門も協力してくれるような雰囲気に変わっていくと思います。
大企業でもっと新規事業を活発化させるために必要なこと
金丸:大きな事業会社でもっと新規事業を活発化させるにあたり、何が必要だと思いますか?
宮崎:会社のルールを1個だけ変えてもいいと言われたら、「合議制」をなくすと思います。イノベーション理論によると、イノベーターは2.5%ですよね。大企業では、経理の合議、人事の合議…のように5〜7つの部門の合議が必要になりますが、その人たちが全員その2.5%なのかと。
もちろん期限は必要ですが、数ヶ月、数年間はやらせてあげようという姿勢で合議制をなくすことが一番のポイントだと思います。
社外のスタートアップがなぜ良いかというと、「この投資家がダメならあっち」と行きたいところに行けるわけです。一方、企業の中では直属の上司がダメと言ったらダメなんです。すると、直属の上司がうなずくような丸みを帯びた提案に変わっていくわけです。
金丸:おっしゃる通りですね。中野さんはいかがでしょうか?
中野:再現性は大きな課題だと思います。「あのチームだから、あの人だからできたんだ」ではなく「あの人たちができたんだから自分たちもできる」という雰囲気を作るんです。
たとえばクラウドファンディングに関しては勉強会を開き、自分たちがしたことや失敗したことを赤裸々に伝えました。また、NECとして初めてクラウドファンディングをしたのでルールが全くなく、色々な部門にサポートしてもらいながらゆるくルールやプロセスを整備しました。
すると、尖ったことが好きな人が社内から結構出てくるもので、今度は我々がその人たちを成功させようとする側に回ります。そうすると、次第にクラウドファンディングが事業開発のひとつの選択肢として自然考えられるようになってきます。
このような形で、自分たちの学びを積極的に還元して、できるだけ社内で当たり前のことにしていくことが突破口になると思います。
優秀なエンジニアの確保について
金丸:次に参加者の皆様からの質問です。「ソフトエンジニアの確保がボトルネックになったのではないでしょうか? また、どのように人材を確保し、教育をしましたか?」
中野:センサーやインソールといったハードウェア的なところから、組み込み系の技術、iOSやアンドロイドといったスマホアプリ、AWSのクラウド側のところまで全てを分かるスーパー人材はなかなかおらず、皆で力をあわせてやりました。
ハードウェア系や構造設計については、グループ会社に協力してもらっています。昔スマホを作っていた人や、基盤や構造の設計をしていた人のところに行って知恵を借りたり、チームメンバーとして巻き込んだりしています。また、外部のプロダクトマネージャーのメンタリングも受けています。
金丸:スカウトした方は、以前から接点があったんですか?
中野:たまたま前に一緒に取り組む案件があって、接点はありました。50代の方なのですが、とても馬が合うんです。馬が合うというのは、新規事業を進める上でとても大切なことです。同じ船に乗るわけですから。その方の上司に直接お願いするために山形に出張してチームに来てもらいました(笑)。
宮崎:我々は僕も含め数人のソフトウェア技術者で始めましたが、新規事業を立ち上げるときに必要な職種は幅が広い(企画・営業・運用など)自分達で複数の職種を勉強して兼務し、小さな実績を積むところから始めています。その後、本格的に足らないところは、社内公募を活用しています。パナソニックの社内公募は自由に応募できるので、「我々はこんな社内スタートアップをやっています!」と宣伝して、興味のある方に入っていただいています。
それでも足りないところに関しては、大きく2つの取組みをしています。
1つは、専門の会社と「伴走」しながら共に作り上げています。「委託」のような丸投げの印象とは異なり、様々な知識を教えてもらいながら進めています。
2つ目は、メンバー全員に資格の取得を促しています。AWSやパイソンの認定試験など。技術というのは日進月歩で変わっていくので。
金丸:面白いですね。お二人に共通しているのは、中のリソースを十分確保しながら、外部のリソースや知見も活用していることかと思います。
大きな社内の環境変化にどう対応するか?
金丸:過去に極めて大きな成功を掴んだ事業であっても、携帯電話のように時代が変わってプロジェクトを継続できなくなることが起こりえます。事業リーダーは、身を置く場所(会社)や、社会の動向を常に意識しておく必要がありますね。
宮崎:おっしゃる通りだと思います。優秀な経営者や優秀な事業のリーダーは、調子の良いときこそ課題を見直して次のものを仕込みます。『イノベーションのジレンマ』という本にも書かれていた通りで、やはり永遠のテーマなんだろうと感じます。
また、最近は事業に挑戦するために、大企業からスタートアップに人が移っているという話は僕もよく聞きます。これは、時代がそうなっているのだろうと思います。
金丸:中野さんはどのようにお考えでしょうか?
中野:最近は、大手の中でも、カーブアウトのような手法が取られるようになってきました。また、社内でプロジェクト継続がダメになった場合でも、MBOのように自分たちで立ち上げて別でやっていく選択肢も割と普通になってきていると思います。
最近は、ベンチャーキャピタルさんが、カーブアウト投資を積極的にやってくださっていることもあり、外部でやるという選択肢が取りやすくなってきたのではないでしょうか。社内起業家にとっては、事業成長に注力できる良い時代になってきたと思います。
社内起業か、社外で起業か?
金丸:次の質問です。社内で新規事業を立ち上げるか、社外で独立してベンチャーを立ち上げるかという選択で迷われたことはありますか?
中野:どちらの選択肢もあると思いますが、最近よく思うのは、自分の会社のリソースやアセットは歴史があるだけにそれなりにすごいということ。
スタートアップからよく伺う、我々と提携するときに期待される点は、NECの技術よりも販売力や人の手厚さ、既存のお客様との関係だったりします。
NECが120年ほどの歴史の中で培ってきた営業体制や顧客基盤、信頼などを考えると、自分が裸の状態でベンチャーを立ち上げる前に、まずは社内でそのリソースを使い切ることが、より大きく、より早く、より確度高く展開していける方法なのではないかと思います。
宮崎:社内か社外か、それともスタートアップか、どの選択肢が新しい事業・イノベーションのビジョン実現に最も近道なのか、それだけだと思います。
私は、私は、Vieurekaのビジョン実現には、これまでのフェーズではパナソニックにいる方が近道だと思ったので今日までここでやってきました。しかし、これからどうなるかは日々判断しながら、どちらの方がより近く、より良いものをお客様に提供できるかを考えなければいけません。
起業でもスタートアップでも、会社はあくまで手段です。お客さんに貢献して初めて利益を得るということを考えると、先ほどの考え方で随時判断していきたいと思います。
社内起業家へのメッセージ
金丸:最後に、社内で新規事業に挑戦する方に向けて、メッセージをお願いします。
中野:世の中、広いようで狭いので、皆さんとの接点も出てくるかと思います。そのときはぜひ力を合わせて、自分たちだけでは作れない良い世界を一緒に作っていければと思っています。本日はありがとうございました。
宮崎:なぜ、ゼロイチの新規事業の立上げができたのかとよく聞かれることがあります。僕は、それは後天性ではなく、先天性の資質だと思っています。その先天性とは、天才肌とかではなくて、ビジョンに対してどれだけ自分自身が熱い思いを持てるか、何がなんでもそのビジョンをやりきるという資質があるかだと思います。だと思います。自分は絶対これをやると決めたら、社内のルールがどうであれ、上司に反対されようと戦うことができます。
なので、社内の仕組みのところは、ビジョンを持っている人をどのように救えるか、が1つのポイントだと思います。10年やってきて最近やっとそう思い始めました(笑)。僕もまだまだで、引き続き頑張っていきたいと思います。本日はありがとうございました。
最後に
「社内起業家の学び場 Vol.3」をお読みいただきありがとうございます。次回は、「社内起業家がCVC立ち上げに挑む」をテーマにお送りします。お楽しみに。
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