ディープテックとインパクト投資|BRAVE 2023 DEMO DAY パネルセッション

矢藤:本セッションでは「ディープテックとインパクト投資」について、talikiの中村さんにモデレートしていただきながら、SIIFインパクトキャピタルの三浦さん、慶應イノベーション・イニシアティブの鳥居さんと共にディスカッションしていきます。

※本記事は2023年12月2日開催「BRAVE 2023 DEMO DAY」でのパネルセッションを記事化したものです。

登壇者

株式会社taliki 代表取締役CEO / talikiファンド代表パートナー

中村 多伽

1995年生まれ、京都大学卒。大学在学中に国際協力団体の代表としてカンボジアに2校の学校建設を行う。その後、ニューヨークのビジネススクールへ留学。現地報道局に勤務し、アシスタントプロデューサーとして2016年大統領選や国連総会の取材に携わる。様々な経験を通して「社会課題を解決するプレイヤーの支援」の必要性を感じ、帰国後の大学4年時に株式会社talikiを設立。関西を中心に250以上の社会起業家のインキュベーションや上場企業の事業開発・オープンイノベーション推進を行いながら、2020年には国内最年少の女性代表として社会課題解決VCを設立し投資活動にも従事。

SIIFインパクトキャピタル株式会社 代表取締役

三浦 麗理

東京大学・東京医科歯科大学大学院修了。三菱商事、大鵬薬品工業、ソフトバンク、トライト等でライフサイエンス領域の事業開発・ベンチャー投資・M&A、経営企画業務に従事。2022年9月「インパクト投資を通じ善なる資⾦で真の社会変⾰を起こす」をパーパスとするSIIFインパクトキャピタルを梅田和宏と共同創業。2023年6月、「Wellness Equity – 誰もがよりよく生きられる社会」をスーパーゴールとしたSIIFICウェルネスファンドを組成。

株式会社慶應イノベーション・イニシアティブ プリンシパル

鳥居 優人

北海道大学獣医学部卒。獣医師として勤務後、イーライリリーへ転職。セールス、マーケティングに従事。MBA修了後にエランコへ転籍。経営企画として、リリーからの独立プロジェクト、バイエルの統合プロジェクト、経営戦略策定などを担当。 2020年KIIに、医療健康領域担当のキャピタリストとして参画。得意分野は、創薬・医療機器・HCPやファーマをステークホルダーとするBtoB biz。HCPや患者インサイトに基づくマーケティング戦略策定を得意とする。

Beyond Next Ventures株式会社 ベンチャーキャピタリスト

矢藤 慶悟

在学中は国立感染症研究所で肝炎ワクチンやウイルスに対する免疫応答の研究に従事。アカデミアシーズの社会実装に大きな課題感を感じ、2020年に学生インターンとしてBeyond Next Venturesに参画後、2022年4月にバイオ・創薬領域のキャピタリストとして正式に参画。日本の研究環境を改善し、日本のテクノロジーで世界を豊かにすることが目標。東京理科大学大学院先進工学研究科博士課程修了。工学博士。

インパクト投資と普通の投資の違い

(中村) まずは三浦さんに聞きたいのですが、インパクト投資が普通の投資と何が違うのか教えてください。

三浦:まずは、そもそもインパクトを出そうという「インテンショナリティ(意図)」があるスタートアップに投資するのがインパクト投資です。ここでいうインパクトとは「社会および環境のポジティブな変化」のことで、インパクト投資では財務リターンと「社会的・環境的リターン」の両立を目指していきます。

その上で、投資家サイドがインパクトを創出するために何ができるかという「アディショナリティ(貢献)」も必要です。通常のVCが投資先の事業成長にハンズオン支援するのと同様に、インパクト投資では私たち投資家もインパクトを最大化するためのIMM(インパクト測定・管理)のサポートをしていきます。

また、インパクトを育てるのと同時に、EXITした後の責任も持たなければなりません。IPOもしくはM&Aした後もインパクトが消えないように支援努力をするのが、通常の投資とは異なる点だと思います。

ディープテックとインパクト投資

(中村) このセッションは、矢藤さんの「ディープテックとインパクト投資は相性がいい」という発言から始まったのですが、その点について教えてもらえますか。

矢藤:ディープテックというのは、単に科学技術を活用するというだけでなく、「ディープな社会課題にアプローチしていく」という意味が含まれています。Beyond Next Venturesでは、2023年に設立した3号ファンドから「インパクト投資」を打ち出していますが、実はその前から「社会課題の解決」を投資テーマの軸にしてきました。

そもそも大きな社会課題を解決するのでなければ、わざわざ科学技術を使う必要はありません。そう考えると「ディープテック=インパクト投資」と言っても過言ではないと思っています。3号ファンドから、あえて「インパクト投資」を打ち出したのは、投資先のスタートアップとともにインパクトを創出するというインテンショナリティを示すことによって、インパクト志向の投資家、起業家、人材といったステークホルダーとの接点を増やし、投資先のバリューアップにも貢献することが狙いです。

(中村) ディープテックが社会課題解決のためにあるというのはわかりやすいですね。鳥居さんはどう思いますか?

鳥居:矢藤さんの言う通り、ディープテックとインパクト投資というのは非常に相性がいいと思います。

ディープテックというのは、最初に基盤技術があって、事業化までに非常にかかります。だからこそ、シード期から「自分たちの技術がどんなインパクトを生み出すのか」を明確にすることで、会社の存在意義や事業の方向性の明確化に繋がるでしょう。

シード期から最終的なインパクトを考えるのは難しいかもしれませんが、だからこそ意識的に考えていく必要があると思います。

インパクト投資を実現するためにどう伴走していくか

(中村) インパクト投資では、投資先への支援内容も通常の投資と変わるのでしょうか?

鳥居:ソーシングの段階で、作り出すプロダクトやサービスが最終的にどのようなインパクトを生み出せるのかという「ロジックモデル」を一緒に考えていくのは特徴的だと思います。投資する前の段階から「5 Dimensions of Impact」と呼ばれる、5つの基本要素「What(どのようなアウトカムか)」、「Who(アウトカムを享受するのは誰か)」、「How much (アウトカムの大きさはどの程度か)」、「Contribution(投資先の寄与度合い)」、「Risk(リスク)」を軸にディスカッションしながら、起業家とすりあわせていきます。

ピッチだけでは出てこなかったプロダクトやサービスの価値や事業の魅力が見つかるのは通常の投資との大きな違いですね。

(中村) 投資前からどのようなディスカッションをするのでしょうか。

矢藤:Beyond Next Venturesでは研究者の方と「技術はあるけどこれをビジネスとしてどう発展させていくべきか?」というディスカッションから始まるパターンが多いので、会社としてのストーリーや道筋は、投資前にしっかり作っていきます。

Beyond Next Venturesでは「カンパニークリエーション」を掲げていて、研究者や起業家の皆さんと一緒に会社を作っていく役割を持っていますが、ちゃんとしたストーリーがあって初めて会社は成立するものだと思いますし、そこに対して資金や人が集まってくると思うので、「その技術を使って、どう課題を解決していくのか」「どのように事業を展開していくのか」などを研究者の方とは密に対話をしていますね。

(中村) インパクト志向が事業に与える影響も教えてください。

三浦:インパクト志向であることで、類似サービスとの差別化を図ることができます。たとえば介護業界では「人材不足」が大きな課題となっているため、介護業界に特化した人材紹介事業はインパクトがあるように見えるかもしれません。

しかし、ある介護事業所で働いている人を別の介護事業所に紹介し、その紹介手数料で稼いでいる場合はどうでしょうか。介護業界で働く人の数は変わりませんし、働く人の給料が上がるわけでもありません。

一方で、他業界から介護業界へ紹介する人材紹介事業者もいます。これは介護業界で働く人の数を増やしているので、人材不足という課題解決に寄与しますよね。この場合は育てた介護人材の数などを計測することでインパクトを数値化できるため、同業他社との大きな差別化になります。

インパクトを可視化するために何をするのか

(中村) インパクトはどのように設定していくのですか?

三浦:実際にステークホルダーにインタビューをしながら「アウトカム」を設定していきます。アウトカムとは「アウトプット(サービス)によって得られた成果」のことです。

たとえばがん患者向けの創薬ベンチャーに出資をした際は、がん患者やそのご家族、医療従事者に「今のがん治療の課題はなにか?」というインタビューをさせてもらいました。その中で得られたインサイトとして、がん患者の方が最も落胆されるのは、がんと診断されたときではなく、「治療法がないとわかった時」ということでした。

そのインサイトから「いい薬を作るだけでなく、最後まで家族と穏やかに過ごせる薬」というインパクトを設定しました。これはインタビューをして始めてわかったことで、事業計画からは見えてこないものでした。私たち(SIIF)は出資をした後も、本当にインパクトを出せているのかモニタリングしながら、年に一度はインパクトレポートを作っていきます。レポートを作るのは大変ですが、上場の時のロードショーにも使える非常に重要なツールになると思います。

鳥居:私たち(KII)も三浦さんと同じように、実際にステークホルダーの方にインタビューをしながらアウトカムを設定しています。特にバイオベンチャーの場合、自分たちでイニシアチブを持ちながら患者さんに製品を提供することは多くはありません。多くは大きな製薬企業にライセンスアウトし、後期の臨床試験の実行もその製薬企業が担うケースがほとんどです。

そのため、バイオベンチャー自身がステークホルダーの声を聞きながらアウトカムやインパクトの設定を行うことの事業上の必要性がさほど高くないこともあるため、私たちが一緒に最終的なインパクトを設計していきます。

矢藤:Beyond Next Venturesも出資前にインパクトの指標を設定しています。どのようなインパクトを目指すのか、鳥居さんと同じように5つの基本要素に沿って整理しています。一方でシードステージでの投資の場合、定量的なKPIを設定することが難しい場合も多いです。例えば、実際にサービスを展開してみないと、どれくらい環境負荷を低減できるのかわからない会社もありました。そのような時は、私たちは追加投資を前提としているファンドということもあり、事業進捗に合わせてインパクト設計を見直していくようにしています。

三浦:インパクト投資が進んでいるアメリカやイギリスではシード期におけるインパクト投資は「起業家を見る」そうです。世界一進んでいると言われるオックスフォード大学のインパクト投資の研究では、インパクト起業家の8つの要素を提言していて、各要素のコンピテンシーを見ていくとその起業家が持つインパクト志向度合いが分かるみたいです。

中村:皆さんありがとうございます。私たち(taliki)の出資先は技術から始まる会社が少なく、先にインパクトを設定して、それをどう実現するかを考えていくケースが多いです。しかし、より効果的な方法が見つかったり、設定したKPIとアウトカムが相関しないことも多いので、年次ごとに作り直す前提でロジックモデルを作っています。

毎年振り返りながら調整していくことで、新たに達成していくことも見えてくるのが面白いですね。事業を進めていくことで解像度が上がり、アウトカムが更新されていくため、柔軟性を持って進めています。

※ロジックモデル:アウトプットとアウトカムの論理的な関係を図式化したもの

インパクト志向がスタートアップにもたらすメリット

(中村) 最後に、インパクト志向がスタートアップにもたらすメリットを教えてください。

矢藤:最も大きなメリットは採用です。「こんなすごい技術があるよ」と言っても、よっぽどその技術に明るい場合を除き、多くの人にとってはなかなか理解することは難しいために、人も集まりにくいでしょう。それよりも、「この技術でこんな社会的な問題を解決できる」「この問題を解決できる唯一の技術」などと打ち出せる方が、多くの人に興味をもってもらいやすいと考えています。

実際に私たちの出資先で採用に成功している企業も、社会課題に対するインパクトを明確化していて、それを実現したい人たちが集まっています。その点も、私が常々発信している「ディープテックは課題解決ありき」というポイントだと思います。

中村:たしかに会社の規模が多くなるにつれて、非技術者の方の割合も増えていくので、そのような方々をモチベートするためにもインパクトが必要になってきますよね。

talikiはインテンショナリティの高い企業に特化して支援をしていますが、出資先の会社はみんな採用コストがとても低いです。インパクトを打ち出すことで、相場よりも少し低い条件であったとしても興味をお持ちいただくケースもあります。インパクト志向でメッセージを発信するということは、優秀な人材にも響きますし、全体的な採用コストの低減に繋がるのだと実感しています。

ーーーこれにてセッションは終了したいと思います。皆さん貴重なお話をありがとうございました!

Keigo Yato

Keigo Yato

Venture Capitalist

Beyond Next Ventures

Beyond Next Ventures