橋爪:皆さんこんにちは。Beyond Next Venturesで医療機器・デジタルヘルス領域の投資を担当している橋爪です。
経済産業省が「医療機器産業ビジョン2024」を発表し、医療機器を高付加価値産業に位置づけ、グローバル市場の獲得やAI化を目指す戦略を示しました。
ただし、高付加価値製品は裏を返せば開発費用が高額になるため、グローバル市場へ広く展開しないと投資費用の回収が難しい製品である、とも言えます。その中で日本の医療機器産業は、グローバル化に向けて勝ち筋をどう見出していけば良いのでしょうか。政府、スタートアップ、VCでディスカッションします。
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プロフィール
経済産業省 医療・福祉機器産業室 室長補佐
雪田 嘉穂
東北大学大学院 医工学研究科 修了
2012年4月~2016年3月 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 品質管理部 QMSグループ 調査専門員
2016年4月~2018年3月 厚生労働省 医薬・生活衛生局 医療機器審査管理課 認証係長
2018年4月~2020年3月 厚生労働省 医政局 経済課 医療機器政策室 主査
2020年4月~2022年3月 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 医療機器審査第二部 審査専門員
2022年4月~経済産業省 商務・サービスグループ 医療・福祉機器産業室 室長補佐
アイリス株式会社 執行役員・事業開発・アライアンス管掌
田中 大地
早稲田大学卒業後、新卒でリクルート入社。営業(VP賞、月間MVPなど受賞多数)、ネットビジネス推進室にて事業開発を経験後、東証プライム上場のヘルステックメガベンチャーSMSに入社。認知症領域で事業責任者を経て、三井物産と共同で買収したアジア最大の医師プラットフォーム企業MIMS社の初期PMIメンバーとしてシンガポールへ。同Web部門のヘッドとして製薬・医療機器マーケティング支援。帰国後、アイリス創業期に一人目社員として入社し、AI医療の社会実装に取り組む。
Beyond Next Ventures株式会社 パートナー
橋爪 克弥
2010年ジャフコ(現ジャフコグループ)入社。産学連携投資グループリーダー、JST START代表事業プロモーターを歴任し、約10年間一貫して大学発ベンチャーへの出資に従事。2020年に当社に参画し、医療機器・デジタルヘルス領域のスタートアップへの出資を手掛ける。2021年8月に執行役員に就任。投資部門のリーダーを務めるとともに、出資先企業のコミュニティ運営を統括。主な投資実績はマイクロ波化学(IPO)、Biomedical Solutions(M&A)、Bolt Medical(M&A)等。サーフィンが趣味、湘南在住。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了
目次
「医療機器産業ビジョン2024」の狙いと日本の未来
橋爪:日本のスタートアップ環境と海外のそれを比較した場合、明らかに日本は、投資側のVC(ベンチャーキャピタル)や投資家と、政府・官公庁との距離が近いと感じます。だから今回の鼎談でも、経済産業省・スタートアップ・VCという三者三様の立場にいるメンバーがこのカジュアルな距離感で話せることがとてもありがたいんです。
雪田・田中:たしかに!
橋爪:というわけで、経済産業省がこの3月に発表した「医療機器産業ビジョン2024」を紐解いていきます。
私たちのようなVCは、政府の政策や動向を常に横目に見ながら活動しています。そもそも私が医療機器のスタートアップに投資をし始めたのは2013年で、それは、「経済産業省が医療機器の産業振興を進める」という大きな旗振りを始めたことも影響しています。
当時から日本の医療機器は輸入超過だったため、「もっと輸出ができるように振興を進めないといけない」という課題があり、政府は支援策を展開し始めました。VCとして医療機器スタートアップの市場が大きくなっていく見通しが立ったため、投資を強化するきっかけの一つになりました。
改めて経産省の雪田さんに伺いたいのですが、「医療機器産業ビジョン2024」の趣旨や狙いはなんでしょうか?
雪田:私たちが現在行っている支援施策は、5年間のプロジェクトとして政策を進めています。実は今年(2024年)が一区切りの終わる年で、来年から次の新しい周期がはじまります。
ここ数年間はコロナ禍への対応もありましたが、これからは「産業振興」に振り切るタイミングです。令和7年以降の新しいプロジェクトの方向性を決めること、これが大きな背景です。
もう一つの背景は、なぜいま産業振興として医療機器にフォーカスすべきなのか、というストーリー作りが必要でした。
政府として省として、ビジョンを持って医療機器に目を向けていくためにも、まずは皆さんに説得力を感じてもらえるような背景分析を行いました。その上で、「経済産業省はこういう戦略を持っているので、医療機器の分野を支援していきます」というストーリーを示したのが、医療機器産業ビジョンです。
伸びる世界の医療機器市場で日本のシェアが急落している理由
田中:グローバル市場における医療機器の日本市場シェアは、90年には22.1%もありました。ところが18年にはなんと、たったの7.3%まで低下。改めてこの数字は衝撃的です。
橋爪:およそ3分の1にまで落ちていますね。
田中:どこか他の国が台頭しているのか、それとも相対的に日本が落ちているのか。もともと日本が強かった内視鏡の分野も中国メーカーの製品がすごく伸びていると聞きます。
雪田:85年から分析データを取っていますが、実は、日本市場は伸びていることは伸びています。ところが日本の医療機器市場の年平均成長率が3.7%なのに対して、世界の年平均成長率は5.9%での拡大が見込まれています。つまり、世界は日本の1.6倍近い成長率を示しており、相対的に伸び率が大きいのです。
米国も欧州も日本を除くアジアも成長率が5%以上と大きく、グローバル市場における日本市場の立ち位置がどんどん下がっていってしまっている、というのが実態です。
橋爪:同レポートによると、医療機器の市場規模は、23年で5,176億ドル(記事掲載時レート換算で約74兆円)、国別では米国市場が47%と約半数を占めています。それに対して日本は5%です。
また、日本の売上高上位19社のうち、海外での売上比率が50%以上に達している企業はわずか6社で、海外売上高の比率を見れば海外展開が進んでいないことが分かります。
雪田:そうなんです。この分析から分かるのは、医療機器は海外市場が成長の主軸でありながら、海外市場を取れている日本の企業が少ないことです。この事実を私たちは大きな課題感として捉え、レポートの中で強調しています。
イノベーティブな製品は開発費もかかるわけですが、それが国内市場だけで投資回収できるかというと、難しいですよね。例えば、アメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可取得に必要な臨床試験は3〜4年の期間と5,000万ドル(記事掲載時レート換算で約72億円)のコストを要すると言われています。
田中:震える数字ですね……。
雪田:最新のデータや論文を見ると、さらに金額が増えています。この競争環境下においては、日本国内での回収はおろか、グローバル市場に出ていかないとイノベーションの成立がそもそも難しくなっていくのではないか、と思います。その意味で、イノベーションの担い手は必然的にグローバル展開を見据えたスタートアップが中核に据えられてきます。ゆえに、政府によるスタートアップ支援は重要だと考えています。
4年と5,000万ドル。海外で承認を得るハードルは高すぎるが、それでも海外進出は必須
橋爪:田中さんはスタートアップでAI医療機器の開発・販売を手掛けているわけですが、海外進出の壁になっていることはありますか?
田中:アメリカで医療機器を販売するとなると、認可の取得にさらに大きな金額がかかる点です。例えば先ほどの「3〜4年の期間と5,000万ドル」って、当事者の私たちとしては嗚咽モノです。
つまり、日本で時間と資金を費やした上で、さらにアメリカでも時間と資金を要する。それだけのお金をかけてでも投資回収ができるシナリオ戦略を作る必要があるとなると、もう一ケタ上の受注・売上が見込めないとなかなか踏み込めない。それをどう作るのかがやはり一番の肝になると思います。
橋爪:加えて当然、アメリカの企業なら最初から国内のプレーヤーとして戦略を打てるのに対して、日本企業はさらに時間も費用もかけなければいけないハンデを負うわけですね。
田中:はい、ハードルは高いです。ただ一方で今後もグローバル市場はもう絶対にやっていかなきゃいけないと、強く思っています。アイリスもそうですが、医療機器スタートアップが数十から百億円規模の資金調達をしているということは、開発費がそれだけかかっているということなので。
グローバルで日本の医療機器が成功するための勝ち筋
田中:そうやって頑張って資金調達をして投資した開発費の回収が、国内市場だけではどうしても天井があるし、回収し切ることが難しい。だからこそ、ディープテック・スタートアップは海外へ出るべきです。ほかの企業が真似しづらいような参入障壁を築ける圧倒的な技術力があれば、グローバルへ展開できる製品を作れるはずですから。
橋爪:僕も、ディープテックは一気に世界市場を取れる可能性を秘めていると信じています。
田中:例えばメルカリは、アメリカ展開などグローバルで一番頑張っている日本のスタートアップの一社ですが、十分な収益貢献はできていません。その理由は、Webサービスだと、市場が生まれてくると競合が類似製品を出してきやすい環境ですので、最後はマーケティング勝負になってきます。
こうなると、どれだけマーケ予算がかけられるかも重要な要素であり、VCはじめ投資額の桁が違う海外企業が圧倒的有利です。
他方で、ディープテックや医療機器の場合は、唯一無二の技術力があれば、競合が真似しづらいため、プロダクトの強さ一本で世界を取れる可能性がある。実際に、日本の大手医療機器メーカー「シスメックス」は、一般人は誰も社名を聞いたことがなくても、190カ国近くで展開して、各国で上位のシェアを占めていたりします。
そんな事例があるので、勇気を持って世界を見て進んでいきたいと強く思います。アイリスは最近、グローバル60カ国からエントリーしたスタートアップの世界大会「スタートアップW杯」で優勝することができました。これをきっかけに世界展開を広げていきます。
経済産業省には他国とのアライアンス支援策を期待
橋爪:グローバル展開を具体的にどうやって支援していくのか、経済産業省としてどのように考えているのでしょうか?
雪田:先の話に挙がったように、米国展開のための臨床試験を通過するというハードルを超えるために、日本で資金をどうやって集められるか。この部分に何かしらの支援が必要なのではないかと考えているのが一つです。
あとは、グローバルや米国へ展開した場合に研究開発の後戻り(差し戻し)が無いように、開発段階からグローバルを見据えた開発を行えるためのネットワークの支援が必要なのではないか、と考えています。
それに対してどのようなスキームを組み、誰を巻き込むべきかを考えているのが現段階です。
当に現在具体的な支援施策案を検討しているところですので、具体的に政府のどんな支援が必要なのか、何を求めるのかを、ぜひご意見として挙げていただきたいです。
田中:私から一つ提案したいのは、例えば、「日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)で承認されたら、そのまま他国でも販売・流通できるような国単位のアライアンスが増やせないか」です。FDAでは一度承認を得ると、30〜50カ国ほどが販売できる仕組みになっています。
非常にしっかりと審査をしているPMDAの許認可がとれれば、アジア各国は無審査で販売できます、となると大変ありがたい。
雪田:おっしゃる通りで、どちらかというと厚生労働省の管轄にはなりますが、規制によって市場が細分化されてしまう課題にしっかり対応する必要があると、私たちも認識しています。
田中:もう一つの提案は、「販売の確実度合いを高める」施策です。例えば海外では、ある財閥のトップを押さえると、一気に商圏が広がることがあります。そこに入り込めるかどうかが事業成功の鍵だったりします。
有望な日本のスタートアップと各国のキーパーソンを経済産業省の方がつないでくれたら、とてもありがたいですね。もしその先に大きなディールがあると分かっていれば、50億円なりの研究費を投じる意思決定がしやすくなりますから。
橋爪:確かに海外展開に成功しているスタートアップは、インナーサークルの中に入り込んで、キーパーソンと会った瞬間に一気に商圏が広がるケースは多いです。ただし医療機器の場合は、デバイスとソフトウェアと疾患がそれぞれバラバラで要素も多いので、誰がキーパーソンなのかを探すのが難しいという課題はあります。
世界のAIには勝てない。ならば圧倒的なユニーク・データが重要
橋爪:「医療機器産業ビジョン」の中で、AIやデジタル技術による開発促進の話にも触れられていました。AI医療機器の日本の優位性はあるのか、果たしてAIは日本発でグローバルに戦えるのか、田中さんいかがですか?
田中:AIの技術力だけで、日本企業がグローバルで戦うことは難しいと思っています。例えば当社は日本でもトップレベルに優秀なエンジニアが揃っています。例えばKaggleの世界大会で金メダルを取ったKaggle Grandmasterが複数人在籍しているなど、奇跡的なAIチームになっています。しかし、ここまでのメンバーを集められる日本企業は少ないですし、AIの競合が、GoogleやMicrosoftだと考えると、AIエンジニアの数・質ともに別次元です。
ならば、AIを作るためのデータの部分で、いかに自分たちしか集められない独自性を出せるかが戦略上、重要になる。そう考えると、MRI(磁気共鳴画像法)装置や、CT(コンピュータ断層撮影)装置といった、世界中に存在する画像データを使ったAIで勝負するといったことは難しいでしょう。というのも、例えばMRI装置ならアメリカの総合病院「メイヨー・クリニック」が一番データを持っていて、そこのデータをGoogleが扱える、という座組みになっています。データの量も、AIエンジニアの量・質でも差をつけられているわけです。
では、「日本独自のデータとはいったいなんだろうか」を探っていくと、アイリスは「インフルエンザ検査」に着目しました。もちろん、インフルエンザ自体は世界中が知っている疾患ですが、実は日本が一番検査されてきたのです。つまり、インフルエンザの検査に対するインセンティブが高かったのが日本で、その分だけデータ量も多い。それで当社は、インフルエンザ検査を選んでいるのです。
あるいは、内視鏡分野はもともとオリンパスが先陣を切って広めてきたので、その分野でAI化を進められないだろうか、と考えることもできるはずです。いずれにしても、なぜ日本なのか、その独自性をどう作るのかが大事です。
橋爪:圧倒的に量が多く、質が高いユニークなデータを作れるかどうか。そこに日本の勝ち筋がありそうですね。
医療機器スタートアップの良い仲間と出会ってほしい
橋爪:Beyond Next Venturesの出資先企業が開発する医療機器は、海外の臨床現場では評価がおおむね高いです。つまり、日本の医療の質が高いことで生み出されている機器は、結果的にクオリティが高いことを証明しています。もちろん課題は大きいのですが、海外展開を実現すれば、医療機器は魅力的な成長市場だと見ています。
雪田:医療機器は「日本が取り組むべき理由」のある領域の一つだと思っていますし、医療関係は許認可が必要な部分も多いので、行政との関係性も近い。だからこそみなさんと一緒にやっていきたいという想いが強いです。私たちは想像以上にオープンなので、経済産業省のドアをぜひ叩いていただければと思います。
田中:医療の領域はものすごい細分化されていて、メジャーな疾患だけでも2,000ほどと言われています。しかし、医療機器ど真ん中のプレーヤーは日本で数十社程度しかおらず、全然足りていません。もちろん、相当に難しいチャレンジだとは思いますが、それでも挑戦者が増えてほしい。アイリスで修行して、将来医療機器スタートアップを起業する、というケースも増えており、実際に10人以上の起業家を輩出しています。
シーズ(技術やアイデアの種)を持っているアカデミアの方は、それをどうやって社会に広げればいいのか分からない人が多いので、実態不明な企業とよく分からない契約を結んでしまって、せっかくのシーズが潰れてしまうケースも少なくありません。
そんな悲しい思いをする研究者の方を増やしたくないので、アイリスの僕でも、橋爪さんでも、雪田さんでも、一度話をしてみてください。シーズが広がるための健全なお手伝いができる人たちと、ちゃんと出会って相談してみてほしいです。
橋爪:本日はどうもありがとうございました。Beyond Next Venturesは、世界市場に挑むディープテック・スタートアップの創業を支援しています。ディープテック領域で起業したい方やスタートアップに関わりたい方は、ぜひ私たちまでご相談ください。それでは次回も、お楽しみに!