伊藤:ディープテック領域に特化したVC(ベンチャーキャピタル)のBeyond Next Venturesで代表を務める伊藤毅です。
日本で初めて厚生労働省から認可を得て、保険適用されたソフトウェア医療機器『治療アプリ』。今回は、その開発・販売事業を展開するCureApp(キュア・アップ)代表取締役社長兼医師 佐竹晃太さんと対談します。
佐竹さんは、今からちょうど10年前、私と同じ2014年に創業した起業家の同志であり、CureAppは15年の当社1号ファンド1社目でもある記念すべき投資先企業です。
今やCureAppの治療アプリは全国数千の医療機関に導入されるほどですが、佐竹さんは現在も医師として臨床現場に立っていらっしゃいます。今回は、医師などの専門性を持つ人が起業する意義やメリットについて伺います。
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プロフィール
株式会社CureApp 代表取締役社長・医師
佐竹 晃太
慶應義塾大学医学部卒、日本赤十字社医療センターなどで臨床業務に従事し、呼吸器内科医として多くの診療に携わる。2012年より海外の大学院に留学し、中国・米国においてグローバルな視点で医療や経営を捉える経験を積む。米国では公衆衛生学を専攻するかたわら、医療インフォマティクスの研究に従事する。帰国後、2014年に株式会社CureAppを創業。現在も診療を継続し、医療現場に立つ。上海中欧国際工商学院(CEIBS)経営学修士号(MBA)修了、米国ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院公衆衛生学修士号(MPH)修了。
Beyond Next Ventures株式会社 代表取締役社長
伊藤 毅
2003年4月にジャフコ(現ジャフコ グループ)に入社。Spiberやサイバーダインをはじめとする多数の大学発技術シーズの事業化支援・投資活動をリード。2014年8月、研究成果の商業化によりアカデミアに資金が循環する社会の実現のため、Beyond Next Venturesを創業。創業初期からの資金提供に加え、成長を底上げするエコシステムの構築に従事。出資先の複数の社外取締役および名古屋大学客員准教授・広島大学客員教授を兼務。内閣府・各省庁のスタートアップ関連委員メンバーや審査員等を歴任。東京工業大学大学院 理工学研究科化学工学専攻修了
目次
医師発スタートアップの潮目が変わると確信した最初の出会い
伊藤:医師でありながら新進気鋭の起業家でもある佐竹さんは最初、ビジネス未経験でした。それからCureAppは日本初の治療アプリという新しい産業のカテゴリーを創造したことは、前回お伝えした通りです。
実はCureAppへの投資が、「佐竹さんのような専門性を持つ医師や研究者の起業家がこれからはどんどん増えていくだろう」と私が感じ始めるきっかけになりました。
佐竹:そうだったんですね。
伊藤:なぜそう思ったのかというと、起業当時の佐竹さんは30代前半で、そんなに若い医師が起業する事例はほとんど見てこなかったからです。
もちろん医師の起業家はいましたが、もっと上の世代の偉い先生たちが起業するケースが主流で、組織としてガバナンス上機能しない構造も散見されました。そんな事情もあり、当時は「医師の起業は成功しない」と断言する人もいたほどでした。
ところが佐竹さんにお会いして見通しが完全に変わったんです。「こんなに柔軟な発想を持っている若い医師の方が起業して、いいメンバーを巻き込んで、いい会社を作っていけば、イノベーションが起きるのではないか」――。潮目が変わるかもしれないという希望を持ちました。
その原体験を経て、Beyond Next Venturesの一号ファンドからは複数の医師起業家のスタートアップに投資を実行してきました。それから約10年が経ち、最近では医師や研究者の起業家がその専門性を活かして世の中に新しい価値を提供する事例がどんどん増えています。
医師起業の最大の価値は「患者の痛みを心から理解できること」
伊藤:佐竹さんの目から見て、「医師」と「起業家」の二面性を持つことの強みやビジネス上のメリットをどう捉えていますか?もちろん、事業で展開するプロダクトは医療機関向けですから、当然、臨床の現場や課題を詳しく知っている医師のほうが、より説得力のある商談をできることは言うまでもないですが、いかがでしょうか?
佐竹:おっしゃる通り、事業のお客さんが病院や医師である場合、メリットは大きいとは思います。
その上で、医師が起業する最大の価値はやはり、臨床現場の声や患者さんのペイン(痛み・苦痛)を心の底から理解している点にあります。これこそが、私たち医師起業家のもっとも大きな強みです。
私たち医師は医学部生の時代から病院やクリニックで働き、臨床現場を1から10まですべて体験してきています。そのため、医療領域のビジネスアイデアを誰かから相談されたら、「そのアイデアなら現場の人に興味を持ってもらえそう」とか「その課題設定では弱いので現場の人には受け入れられなさそう」など、瞬時に感覚で判断ができるでしょう。この肌感覚を持っている点は、かなりのアドバンテージではないでしょうか。
ところが、医療従事者たち本人はその価値の大きさをあまり意識していません。いざ事業側に立てば、顧客のニーズや潜在的な感情・インサイトが大事だと理解できるため、その目線を持って価値を発見できる一方で、病院で働く医師や看護師などにとっては当たり前のこと過ぎるんです。
伊藤:ある意味で機会損失が起きていて、起業家目線で見れば、現場に精通しているからこそ現場に受け入れられるプロダクトを作れるということですね。
佐竹:そうですね。
経営にコミットしながらも臨床医を続ける理由
佐竹:私はCureAppの経営者として9割以上の時間を費やしている一方、週に1日は都内の某総合病院で臨床医として勤務しています。こうした「両立」の働き方に対して、「起業をしたからにはその事業に100%フルコミットするべきだ」と考える人もいるでしょう。時々「なぜ医師としても働いているのか?」と質問を受けることもあります。
両立している理由には、事業戦略的な側面もありますし、私が医療へ向き合う際の思いを込めている側面もあります。
伊藤:なるほど。事業面と、マインド面ですね。
佐竹:まず事業の側面では、臨床医として働いていること自体が、他の医療機関の先生方と話をする上で会話のベースになるという利点があります。
また、実際に患者さんを診ていること自体が、当社に関わるステークホルダーの方々からの信頼獲得にもつながります。つまり、医療業界の中に私が現役で身を置いていることが、安心材料の一つになるんです。
一方で、臨床現場で働くことそのものへの意義を私は見出しています。創業から現在まで10年近く臨床医をしていますが、創業から1〜2年が経った頃に、半年間ほどまったく臨床していなかった「空白期間」がありました。
その半年のうちに、「患者さんを診たい」「病気で困っている人を治したい」という気持ちが、徐々に減っていっている自分に気がついたんです。
その気持ちの変化は、事業を経営している自分自身にも影響が出てしまいました。本来であれば、将来は患者さんの助けになる取り組みだと見据えながら経営するべきですが、「患者さんのために」という気持ちが薄れてしまっていたんです。そればかりか、エコノミックアニマルとまではいかなくとも、自分の中に利益優先の考えが増えているように感じていました。
この状態は、事業を中長期で見据えた上でも良いことではありませんでした。その気づきを得て以来、心の持ちようをもう一度改めて、臨床現場に立ち始めたんですよね。
伊藤:なるほど。原点回帰した、と。
佐竹:その経験を経てからは、「事業を成功させたい」という想いと、「その先にいる患者さんを治したい」という気持ちの両方を持ちながら経営ができるようになりました。だから私は、経営上の心の持ちようの一つとして、臨床現場で働くことを大事にしています。
伊藤:今のお話はとても興味深いです。医師の起業家すべての方に共通するお話かもしれません。
佐竹:そうですね。やはり週に一日でも毎週のように患者さんと接すると、もっと患者さんのことを知りたいと思いますし、知るからにはなんとかして治してあげたいと思います。今はすごく大切な時間ですね。
「きみは医者でいいんだな」――この言葉の持つ重みと覚悟
伊藤:CureAppの経営者として、医師で良かったことはほかにありますか?
佐竹:いろいろとあるんですけど、すごく印象深いシーンが一つありまして。
CureAppの「禁煙治療アプリ」「高血圧症治療アプリ」は、大学や研究機関などのアカデミアの先生からサポートを受けることが大事なんですよね。何年か前に禁煙治療アプリを作るにあたり、禁煙の研究に関する本当に素晴らしい先生から協力を得る必要がありました。事業上、どうしても不可欠で大事な協力関係だったんです。
それで人づてで紹介をしてもらい、先生と最初の面談をしていただいたんです。今年80歳になるくらいのご年配の先生です。
スマートフォンをほとんど使ったことがないその先生に対して、アプリで治療を行うという概念は、丁寧に説明を重ねてもなかなか伝わらず、理解していただけない場面もありました。ところが、面談の残り時間が5分くらいの最後に、先生が悩んだ末に、私に向かって「きみは医者ってことでええんやな」と聞いてきたんです。
伊藤:なるほど。医者としての佐竹さんを信用するよ、という意味合いだったのでしょうか?
佐竹:その言葉の意味合いを一瞬、理解できなかったんですけど、私なりに咀嚼して、「ビジネスの手法とか、アプリとか、よく分からないけれど、『患者さんを救いたい』という医師としての本分、責務にもとづいて、この話を持ってきているんだな」という意味だと理解して、私は先生の目を真っ直ぐに見て「はい」と答えたんです。
伊藤:なるほど!
佐竹:「医者でいいんだな」の言葉の中に、「医師として心から患者さんを救いたいんだな」という覚悟と誠意のあり方を確認する意味が含まれていると感じました。そのやり取りによって信頼を得て、前に進むことができました。
先生は私のその言葉の重みを信じてくださって、その後、禁煙治療アプリを世の中へ広める際に先生からすごく支援してもらえたんです。とても印象深いエピソードです。
伊藤:素晴らしいエピソードを聞かせてくれて、ありがとうございます!
私は、医師や研究者のような専門性を持った方が、これから起業家としてもっと活躍することで、これまで世の中に無かった新しい価値を社会へ提供できるリーダーになっていくと確信しています。
もし起業を考えている医師や研究者の方々にこの対談の声が届いたら、ぜひ参考にしてみてください。一人でも多くの方が「こういう活躍の方法があるんだ」と思ってもらえたなら本望ですし、そんな起業家が増えると嬉しいです。