20年以上の大企業キャリアを経て大学発ベンチャーのCFOに挑戦する理由|DEEP TECH PIONEERS

シード期のディープテック・スタートアップに投資をするベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesがお届けする「DEEP TECH PIONEERS」シリーズ。BNVメンバーがそのディープテックの魅力や起業/経営参画ストーリーを、研究者・起業家・経営者にインタビューする企画です。

今回は、大手化学メーカーで20年以上キャリアを積んだ後、スタートアップ経営者を経て、九州大学発レーザースタートアップKOALA TechのCFOを務める伊藤氏にインタビューを実施しました。ディープテックスタートアップに「専門外から」飛び込んだ伊藤さんに、キャリア選択の背景、活躍するための道筋、やりがいなどについて伺います。

プロフィール

伊藤 忍|取締役CFO株式会社KOALA Tech

東レ株式会社で25年以上の経験を持ち、経理、US支社における経営企画室担当次長、複合材料事業企画推進部長などを歴任。その後、ソーシャル医療プラットフォーム事業を手掛けるエンブレース株式会社の代表取締役兼CFOを経て、現在は株式会社KOALA Techの取締役CFOとして活躍中。

「次世代のスタンダードを作る」ことにやりがいを感じジョイン

ーまずは伊藤さんがKOALA Techにジョインしたきっかけを聞かせてください。


一番大きな理由は、若い時のようなやりがいを持って働けると思ったからです。私がこれまでのキャリアで最も充実感を感じたのは、20代後半から30代にかけての期間でした。当時は東レのエレクトロニクス材料を扱う部署にいて、有機ELが徐々に脚光を浴び始めた時代でした。

有機ELは携帯電話にも採用され、技術者たちは「これからのスタンダードになる画期的な技術」として注目していたのです。それから20年たった今、有機ELは多くの製品に活用され、当時の技術者たちが思い描いた通りになりました。しかし残念なのは、有機ELを使って大きく成功したのが、日本企業ではなく海外の企業であったという点です。

KOALA Techのレーザー技術には、かつての有機ELのようなポテンシャルを感じるのです。未来のスタンダードとなる可能性を秘めた技術に、20年越しに再びチャレンジしたい。そのような想いで同社へのジョインを決意しました。

ー新しい技術をキャッチアップすることに抵抗はありませんでしたか。

抵抗は全くありませんでした。私は技術職ではないですが、化学メーカーでの勤務を通じて最低限の知識は身についています。経理であろうと営業であろうと、技術に関する一定の理解は必要ですから。もちろん、入社してからも必死にインプットしましたが、技術者と話をする上で困ると感じたことはありませんでした。

また、東レでは部署のローテーションを3~5年ごとに行うことが多かったので、その都度新しい技術を勉強しなければなりません。その経験から、新しい技術のインプットには慣れていました。「どんな特性を持ち、どんな用途に使われるのか」という要点を捉えて学ぶ技術が身についていたのだと思います。

化学メーカーに限らず、大企業にいた方は似たような経験をお持ちではないでしょうか。定期的な部署ローテーションを通じて、新しい知識や技術にアプローチする習慣を身につけてきた方々なら、技術系スタートアップで新たな環境に適応するのも難しくはないでしょう。

スタートアップCFOにとって、知識よりも大事な「コミュニケーション力」

ー大学発スタートアップのCFOとして働く上で、最も大事だと思うスキルを教えてください。


財務や会計などの専門的な基礎知識はもちろん大切ですが、私が最も重要だと考えるのはコミュニケーションスキルです。これは、CFOはCEOの隣にいて相談相手としての役割を果たす必要があるためです。

CFOの役割として、時にはCEOの背中を押すときもあれば、ブレーキをかけなければいけない時もあります。しかしそれは信頼関係があるからできること。単に論理的に情報を伝えるだけでなく、周囲との信頼関係を築き、共感を得るソフトスキルが欠かせません。

特にスタートアップの場合、さまざまな領域の専門家を引き寄せる必要があり、つい専門知識にフォーカスしてしまいがちです。それでも、組織全体がバランスを保つためには、CFOがコミュニケーションを活用して全体をまとめる役割を果たすことが重要です。

ー専門的な知識よりも、コミュニケーション力が必要なんですね。

もちろんCFOとしての専門知識は不可欠ですし、常に学び続ける姿勢は必要です。しかし、知識が必要なら、それに長けた専門家チームを加えることもできます。ただし、その専門家たちを統率し、組織内でのコミュニケーションを円滑に行うのはCFOの役割です。

組織によっては専門家の確保が難しいケースもあるかもしれませんが、スタートアップのCFOには、知識よりもコミュニケーション力などの本質的なスキルが求められることが多いと思います。知識以上に、人々との良好な関係を築き、チーム全体を成功に導く力が必要とされているのです。

アメリカ出向で学んだ「仕事を拾う力」の重要性

ーコミュニケーションの重要性に気づいたきっかけがあれば聞かせてください。


アメリカに出向した経験が大きく影響しています。私は2003年から4年間、アドミとしてアメリカに出向していました。日本とは異なり仕事の範囲が明確に区分されており、技術職は技術に専念し、営業職は営業に専念するといった分業制が確立されています。各人が専門領域でプロフェッショナルとして活躍し、その専門性を最大限に発揮することでパフォーマンスを上げているのです。

しかし、時折「誰の仕事かわからない業務」が発生することがあります。そんな仕事を拾うのがアドミの役割であり、それによって各領域のプロフェッショナルが自分の仕事に集中できるのだと学びました。この経験から、周りと常にコミュニケーションをとりながら、みんなが自分の仕事に集中できる環境を整えることを意識しています。

ーそのように組織を支える仕事をしていて、どのような時にやりがいを感じるのでしょうか。

私が最もやりがいを感じる瞬間は、組織全体が100%の力を発揮しているときです。誰もやりたがらない仕事を放置せず、それを引き受けることで、組織のパフォーマンスを引き上げることができます。自分が仕事を拾うことで、開発や営業のプロたちが滞りなく最高の成果を出しているのを見ると、非常にやりがいを感じます。

私たちの仕事はあまり目立つものではなく、存在感が薄いことが多いですが、実はこれこそが組織が正常に機能している証拠です。初めからこのような仕事を志向していたわけではありませんが、先輩たちの仕事ぶりを見て、それが非常に重要で価値のあるカッコいいことだと気付くようになりました。

「自分の職務範囲を決めない人」こそスタートアップへ

ー伊藤さんのように大企業にいながらスタートアップに興味を持っている方に、アドバイスをお願いします。

大企業でのキャリアを積み上げている人の中には、スタートアップに対してある種の不安を抱く方も多いかもしれませんが、心配しなくても大丈夫です。大企業での経験を持つ方であれば、私のように海外出向経験のある方も多いでしょう。

たしかに大企業とスタートアップではギャップはありますが、海外に出向して外国の方と働くほどのギャップではありません。仕事のやり方は多少異なるかもしれませんが、所詮は同じ日本人です。最初は戸惑うかもしれませんが、すぐに慣れると思います。

ー伊藤さんがスタートアップを選択肢に入れたきっかけはありますか?

私がアドミだからかもしれませんが、大企業では自分の仕事の成果が見えづらいと感じていました。営業や開発であれば目に見えて成果がわかりますが、アドミの仕事はすぐに結果に反映されるわけではありません。

一方で、スタートアップならば自分の行動や取り組みがすぐに会社の結果として跳ね返ってきます。さらに、若手や伸びしろのあるメンバーと共に働き、彼らをサポートし、自分の経験を還元することでモチベーションが高まると思いました。

ー実際にスタートアップに飛び込んでみて、どんなギャップがありましたか?

ポジティブなギャップは、KOALA Techのバックオフィスがしっかりしていること。大学発ベンチャーだからなのか、管理業務や事務の経験者が揃っていたため、スタートアップでよく聞く「バックオフィスがめちゃくちゃ」ということはありませんでした。

ーネガティブなギャップはありませんでしたか?

ネガティブなギャップは、しょうがないことなのですが、技術者たちのレポートが少し分かりにくかったことです。大学発ベンチャーの研究者は、同じ知識レベルの人が読む前提で論文を執筆することが一般的であるため、「他の人が理解できるように伝える」という観点が抜けてしまっていることがあります。研究者同士であれば理解できる内容も、専門外の人にはとても難解です。

これとは対照的に、企業で研究や開発をしている方は普段から専門外の人々に向けて資料を作成しているため、フォントサイズや表現なども工夫されていて、大事な情報がすっと目に飛び込んできます。前職までは意識していなかった点ですが、それが実は非常に貴重なスキルであることに気づきました。

今では、分かりにくいレポートをいかに分かりやすく翻訳するかも私の重要な役割と認識しています。

ーどのような人が大学発ベンチャーで活躍できそうですか?

自分の職務範囲を決めない人が適していると思います。スタートアップへの憧れがある人の中には「大企業では上司と意見が合わず、自分のやりたい仕事に集中できなかった」と言う方がいます。スタートアップなら人も少ないし組織もフラットだから、自分の仕事に集中できるし力を発揮できると思っているのでしょう。

しかし、スタートアップだからといって、自分の仕事ばかりをしていられません。組織が小さいということは常にリソースが足りないため、専門外の仕事であっても誰かがやらなければ組織が回りません。このような環境で協力し合い、組織を支える意欲と柔軟性を持つ人こそ、大学発ベンチャーやスタートアップで活躍できるでしょう。

特に私のようにCFOを目指している方、アドミの方は、そのような姿勢がより求められます。自分の職能を広げて会社の成長に貢献したい方は、ぜひスタートアップの世界に飛び込んでみてください。

最後に

Beyond Next Venturesでは、ディープテックスタートアップの起業や経営に関心がある方とのカジュアル面談を実施しています。DTx(デジタル・セラピューティクス)等の医療・ヘルスケア、創薬・バイオ、アグリ・フード、AI、宇宙など様々なスタートアップのCXOポジションの紹介、また、経営者を目指す方に向けて、技術シーズをもつ研究者との共同創業を実践するプログラム「INNOVATION LEADERS PROGRAM」への参加推薦などを行っています。少しでもご興味のある方は、ぜひご連絡ください!

Hiroki Mikuni

Hiroki Mikuni

Manager