生物多様性科学で地球を救う。京都大学教授 兼 サンリットシードリングス創業者の東樹先生に迫る|DEEP TECH PIONEERS

シード期のディープテック・スタートアップに投資をするベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesがお届けする「DEEP TECH PIONEERS」シリーズ。BNVメンバーがそのディープテックの魅力や起業ストーリーを、研究者・起業家・経営者にインタビューする企画です。

第3回のゲストは、京都大学教授であり、生物多様性科学の研究の社会実装に挑むサンリットシードリングス創業者の東樹 宏和先生です。起業を考えている研究者の方や、研究シーズとの連携を模索している企業の方は、ぜひご覧ください。

本記事は、2023年10月に公開されたYoutube動画を記事化したものです。

プロフィール

東樹 宏和京都大学教授/サンリットシードリングス株式会社 創業者・取締役

京都大学理学部卒業、同理学研究科修士課程修了、九州大学大学院にて博士号(理学)。日本学術振興会特別研究員(SPD;産業技術総合研究所)を経て京都大学白眉センター特定助教、スタンフォード大学生物学部Visiting Scholar、科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)、京都大学生態学研究センター准教授等を経て、京都大学大学院生命科学研究科教授(現職)。生態学・進化学・昆虫学・微生物学から分子生物学やネットワーク科学に研究を展開。日本生態学会理事等を歴任。受賞歴・称号に日本生態学会宮地賞、文部科学大臣表彰 若手科学者、京都大学白眉研究者、HFSP (Human Frontier Science Program) Awards 2019等。

研究を次の世代に残すために選んだ起業の道

ーまずは自己紹介をお願いします。

東樹:私は子供のころから生物が好きで、そのまま大学、大学院、博士研究員と生物多様性科学について研究してきました。生物多様性科学とは、どんな生物がどんな環境下にいるのか、それぞれが他の生物にどのような影響を及ぼし合っているのかを研究する科学のことです。

研究を続けていくうちに、このまま環境破壊が続くと、私の研究対象である生物が世の中からいなくなってしまうことに強い危機感を抱くようになりました。どうにかそれを防げないか考えたのですが、研究成果を社会に還元しなければ、研究を次の世代に残せないと思い、起業に至りました。

ーなぜアカデミアにいたままでは難しかったのでしょうか。

アカデミアの中だけで動くには限界があったからです。大学でも、企業から相談を受けて生態系の再生や資源利用の効率化に関わる基礎研究を展開するしくみはあります。しかし、大学の一研究室の規模は限られており、自分が思うようには動けない時もあります。よりスピーディに取り組みを広げるには、起業したほうがいいと思ったのです。

ー社名「サンリットシードリングス」に込めた想いも聞かせてください。

サンリットとは「光が当たっている状態」のことで、シードリングスは「植物の芽生え」という意味です。私たちが行っている基礎研究を樹木の芽生えにたとえ、それが光を浴びてどんどんと日の目を見るような環境を作りたいという気持ちを込めました。

特に私たちが行っている「生物多様性」の研究は、ある意味産業から最も遠ざかっている領域です。しかし、私たちの生活は生物多様性によって支えられています。農作物が受粉するのも昆虫が花粉を運んでくれるからで、その多様性が失われると、これまでの当たり前が当たり前でなくなってしまうのです。

これまで意識されることのなかった生物多様性科学に光を当てて、より社会に役立てたいという想いを込めました。

環境を保護しながら、安定的な食料生産を支えていく

ー生物多様性科学というのは、昔から社会で活かせるような研究成果があったのでしょうか。

技術的な背景をお話しますと、生物多様性科学が大きく進んだのは、2010年ごとにDNAの塩基配列を読む「次世代シーケンサ」が誕生してからです。私たちはその機械が誕生してすぐに導入し、生物同士がどのように関わりあって生態系を構築しているのか、という研究を始めました。その研究を続けることで、生態系の再生や資源の病害虫の発生リスクに関して新たな知見が得られるようになり、企業からも問い合わせをいただくようになったのです。

ー研究成果がどのように社会で活用されるのか教えてください。

たとえば農作物に欠かせない土壌の改良のためにも、生物多様性の研究が活用されています。人類が農業を始めて1万年以上経ちますが、その間に土壌は劣化し、資源は使い尽くされてきました。当然、そのような状態が続けば農作物の生育にも悪影響も出ますし、病気にもなりやすくなります。

一方で、土の中というのは生物学者にとってもブラックボックスで、どんなバクテリアや菌類、土壌動物が存在しているのか、明確には分かっていません。その実態調査のために用いられるのが、DNA分析に基づく生物多様性科学と膨大な情報を処理する情報科学です。

これから土壌の研究が進めば、土の中にどんな課題があって、生態系のどんな要素が足りないかが明確になってきます。それらが明確になれば、土壌を改良するためにどのようなアプローチが必要なのか分かってくるのです。

ー将来的にはどのようなビジョンを描いているのでしょうか?

直近ですと、2030年までに地球環境を保護しながら、安定的な食料生産が可能な環境を整えることを目標にしています。このまま環境破壊が進み、生物多様性が崩れてしまうと、今のような食料生産は維持できなくなるでしょう。

たとえば虫が一種類なくなるだけでも、その虫がこれまで運んできた花粉を運べなくなり、農作物が育たなくなってしまいます。そのような未来を防ぐためにも、環境を守りながら安定的に食料を確保するのが私たちのビジョンです。

さまざまな人との繋がりのなかで多様性のある組織を構築

ー起業して大変だったことはありますか?

先例のない取り組みが多かったので、一つ一つのステップで試行錯誤しながら進めてきたのは大変でしたね。京都大学イノベーションキャピタルさんを筆頭に、様々な方に支えてもらいながら、なんとか進めてこられました。

生物学にも「ネットワーク理論」というものがありますが、私たちも同じようにネットワークに支えられてきました。知り合いを通じて様々な人たちと出会いながら、徐々に組織を構築してきました。

ー現在の組織についても聞かせてください。

私を含め役員が4名いまして、全体では10名弱で事業を進めています。アカデミアの繋がりもあれば、偶然の繋がりから意気投合したメンバーもいます。代表取締役は研究開発・営業・マネジメントに大車輪で動ける、バイタリティのある人物です。取締役の中には金融出身のメンバーもおり、アカデミア出身以外の方も活躍しているチームです。

特に彼女は、私たちと違ってビジネスの世界で生き抜いてきた方なので、考え方も全然異なり、日々刺激をもらえますね。アカデミアを中心としながらも、様々なバックボーンの方とのご縁を頂きながら、多様性のある組織を構築しつつあると思います。

研究を次世代に繋げるために、多くの研究者に起業を前向きに検討してほしい

ー事業を進めていく上で、大事にしている想いがあれば教えてください。

私たちの研究が、社会に対してどのようなインセンティブを与えられるのか、新しい技術でどんな明るい未来を描けるかを一貫して考えています。一つの技術にこだわるのではなく、常にさまざまな情報や生物資源など、多角的に考えながら、適切なタイミングで適切に組み合わせることを大切にしています。

ー最後に、起業を考えているアカデミアの方にメッセージをお願いします。

もし、地球規模の課題を解決し得る技術や解決策を持っている方がいたら、ぜひ起業してその取り組みを広げてみてください。全てがうまくいくとは限りませんが、その一歩で未来が明るいものになっていくと思いますし、それによって研究を次世代に繋げていくこともできると思います。

私たちも、同じアカデミアの方たちとネットワークを活かしながら、共に成長していきたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。

(サンリットシードリングス株式会社HP: https://www.sunlitseedlings.com/)

ー東樹先生、貴重なお話しをありがとうございました!

Akito Arima

Akito Arima

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