シード期のディープテック・スタートアップに投資をするベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesがお届けする「DEEP TECH PIONEERS」シリーズ。BNVメンバーがそのディープテックの魅力や起業ストーリーを、研究者・起業家・経営者にインタビューする企画です。
第4回のゲストは、石川県立大学発の合成生物スタートアップ、ファーメランタ株式会社を創業した中川先生と南先生です。前回の記事では、同社の技術について語ってもらいましたが、今回はBeyond Next Venturesパートナーの有馬より起業エピソードを伺いました。
起業を考えている研究者の方や、研究シーズとの連携を模索している企業の方は、ぜひご覧ください。
プロフィール
南 博道ファーメランタ株式会社 共同創業者兼CSO
日本学術振興会特別研究員を務めた後、石川県立大学生物資源工学研究所に着任。同大学応用微生物学研究室の准教授を現任。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する「スマートセル・プロジェクト」(2016-2020年)、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の生物系特定産業技術研究支援センターが実施する「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」(2021-2027年)の採択を受けるなど、合成生物学分野のパイオニアとして研究実績を挙げる。京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻博士課程卒業。
中川 明ファーメランタ株式会社 共同創業者兼CTO
協和発酵キリン株式会社博士研究員を務めた後、石川県立大学生物資源工学研究所に着任。同大学応用微生物学研究室の講師を現任。修士課程まで情報工学のバックグラウンドを有し、生命を司るDNA情報に魅了され、合成生物学分野での研究を開始。ファーメランタ株式会社のCTOとして、生命を工学的に制御する基盤技術の確立を図るスペシャリスト。奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士課程卒業。
研究から事業化への転換点:SBIRが火を付けた社会実装への道
(有馬)微生物発酵の研究を事業化しようと決意したきっかけを聞かせてください。
南:事業化を決意した背景には、研究資金の不足がありました。競争的資金もコンスタントに頂けていたのですが、地方大学では中央の大学に比べて金額も少なくて。加えて、私たちの研究は微生物発酵の中でもマイナーなこともあり、研究補助員を雇い続けるのも難しい状況でした。
そんな私たちにとって、転機になったのが生物系特定産業技術研究支援センターのSBIR(スタートアップ総合支援プログラム)に採択されたこと。岸田政権の影響で事業化のためであれば予算がとれたため、研究資金のために事業化することにしたのです。つまり当初は事業化を直接的に目指していたわけではありませんが、社会実装をゴールにしていたため、絶好の機会だと捉え、積極的に事業化へと舵を切りました。
政策に後押しされた形で起業したのですね。中川先生は事業化の話を聞いてどう思いましたか。
中川:偶然始まった事業化ですが、自分の中でも「この研究が本当に社会の役に立つのか?」という気持ちがくすぶっていたので、事業化の話は嬉しかったです。いくら優れた論文を執筆しても、それが社会貢献に結びつかなければ、研究の意義を見出しにくいというのが、正直なところです。
実際、当時は自分たちの研究を応用してもらえないか複数の企業に働きかけてはいたのですが、全く箸にも棒にもかからない状況でした。そのため、いつかは会社を起こして実用化しなければいけないとは思っていたんです。起業に向けて心の準備はできていたので、SBIRの話は渡りに船でしたね。
信頼できる「事業のプロ」との出会い
事業化を進めるうえでの具体的なステップを教えてください。
南:私たちは事業化について何も知らなかったため、まずは事業化(ビジネス)に詳しい方を迎え入れる必要がありました。幸いにも、SBIRがBeyond Next Venturesさんの「INNOVATION LEADERS PROGRAM」と連携していて、ビジネス経験豊富なビジネスパーソンとのマッチングを行っていたため、現在CEOを務めている柊崎さんを紹介してもらったのです。
SBIRでのマッチングでは何名か紹介されたと思いますが、柊崎さんを選んだ理由は何ですか?
南:たしかに柊崎さんの他に、もう一人ご紹介いただいたのですが、その方は兼業だったため、そこまでリソースが割けなくて。柊崎さんも他の仕事をしていましたが、それ以外の時間を全力投球してコミットしてくれて、私たちの事業化プロジェクトに対して献身的な姿勢を見せてくれました。
さらに、合成生物学に対する深い理解と素早いキャッチアップ能力も決定的な理由でした。柊崎さんはむしろ普通の研究者より合成生物学に詳しい上に、理解も速くて。私たちが彼からの質問に答えるだけで、研究内容をどんどん吸収してくれました。
研究内容はいくらでも後からキャッチアップできるとは思うのですが、やはり最初から知っていることに越したことはありません。ビジネスをするうえで研究を理解していなければ本質的に事業の良さはアピールできないため、柊崎さんはこれ以上ないほど適任だと確信しました。
中川先生から見た、柊崎さんの印象も聞かせてください。
中川:私は一目惚れです(笑)。初めて柊崎さんに会った時、仕事のやり方について少し課題を感じていたため相談させてもらったんです。すると、初対面にもかかわらず、ただのアドバイスをくれるどころか、本気で仕事に対する哲学を語ってくれて。その話を聞いてものすごく感動したことを覚えています。
研究者として事業にはどの程度関与していますか?
中川:基本的には柊崎さんに経営を一任していますが、バックグラウンドが違うとどうしても考え方が異なる時もあります。例えば、研究者は学術の発展のために権利などは公開した方がいいと考えますが、ビジネス的にそれではいけませんよね。そういう時は素人なりに意見を伝え、話し合うようにしています。その時は柊崎さんが丁寧に説明してくれるので、都度納得しながらチーム一丸となって取り組めていると感じています。
スムーズな事業立ち上げに欠かせなかった起業準備
CEOの柊崎さんと出会ってから起業するまで1年ほどありましたが、その間にどんな準備をしていたのか聞かせてください。
南:柊崎さんが水面下でベンチャーキャピタルと面談しながら、私たちの技術を売り込んでくれていました。そのため資金調達の段取りができていたので、焦ることなくスムーズに立ち上げられたと思います。
また、私たちのHPを見ただけのような潜在的なビジネスパートナーにも率先しアプローチをしてくれていたのも非常に助かりました。私たちアカデミックの人間は、企業に売り込むなどのビジネス経験は基本的にはないため、自ら開拓してくれるような動きは非常に重要でした。創業してから色々とスピーディに動けているのは、そのような柊崎さんの準備のおかげですね。
知的財産に関して準備したことはありますか?
南:幸いなことに、大学が知財を会社に移してくれたので、スムーズに知財の準備も進められました。通常は大学と会社が共同で知財を保有するため、トラブルに発展することも多いと聞くので、その点は幸運だったと思います。
研究に自信が持てるなら、いますぐ起業してほしい
研究について、外部の方にアドバイスを受けることもあるのでしょうか。
中川:日本は発酵研究のレベルが高いので、様々な人から話を聞かせてもらいました。特に私たちと同年代の企業で活躍している研究者の方々からの協力的な意見は大変参考になりました。日本の発酵研究は長い歴史があるので、多角的な視点を取り入れることで、自分たちの研究内容をブラッシュアップしています。
研究の完成度に関する不安から、起業に二の足を踏む研究者も多いですが、起業に適した完成度があれば聞かせてください。
南:私たちの場合は、むしろ起業するのが遅かったと思います。きっかけがなく、アカデミックの世界で長い時間を研究に費やしてきました。ただ、起業が少し遅かったおかげで研究の成熟度は高まっていたので、起業してから研究で困ることがなかったのは大きなメリットでしたね。
中川:自分たちの研究に自信さえ持てたら、いつ起業してもいいと思います。世の中には、研究が未成熟でも資金を集めて事業化している例もあります。事業化を考えているということは、自分たちの研究に自信があるからこそだと思うので、どんな段階でもまずは一歩踏み出してほしいと思います。
起業前に描いていたイメージとのギャップはありますか?
中川:起業後に想像以上に外部からの評価が高いことが一番の驚きです。自分たちは世界の常識を変えるような大きな挑戦をしている自覚はあるのですが、それ以上に評価が高くて。特に私は学術の世界で苦労した経験があるので、この評価は新鮮でもあり、良いプレッシャーにもなっています。
南:海外の研究にも明るい投資家の方々に評価してもらえたのは嬉しいですね。日本のアカデミックの世界に長くいたため、世界レベルで通用するのか不安があったんです。そんな時に海外の最新事情も勉強している有馬さんなどに評価してもらえたことで、起業するうえでの自信に繋がりました。
最後に起業して楽しいと思えたことを聞かせてください。
南:資金調達をして、アカデミックにいた時よりも研究を進められているのは非常に嬉しいです。それも、今が頭打ちではなくて、これからシリーズA、シリーズBとラウンドを上げていければ、もっと研究を進めていけます。事業が成長して、いずれは世界で戦えるような規模にまで成長する時のことを想像しながら、日々取り組んでいます。
中川:自分の研究が社会の役に立っていると実感しながら研究を進められていることに大きな喜びを感じています。過去には何のために論文を書いているのか分からないこともありましたが、現在は大学の業務とファーメランタの業務の両輪で時間を以前より効率的に使いながら仕事を進められている感覚があります。