シード期のディープテック・スタートアップに投資をするベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesがお届けする「DEEP TECH PIONEERS」シリーズ。BNVメンバーがそのディープテックの魅力や起業ストーリーを、研究者・起業家・経営者にインタビューする企画です。
今回は、大手発動機メーカーでキャリアを積んだ後、クライメートテック・スタートアップのSymbiobe(シンビオーブ)株式会社の代表取締役としてキャリアチェンジをした伊藤さんにインタビューを実施しました。「専門外から」ディープテック・スタートアップの経営者として活躍する伊藤さんに、キャリア選択の背景、活躍するための道筋、やりがいなどについて深掘りしていきます。
プロフィール
伊藤 宏次Symbiobe株式会社 代表取締役社長CEO / Chief Executive Officer
ヤマハ発動機株式会社にて、主に「食と農業」「サステナビリティ」領域でスタートアップとの事業開発に従事。米国シリコンバレー駐在中には、出資先の農業系スタートアップとの新事業立ち上げを推進するなど、食と農業領域における海外事業も経験。2023年8月、事業開発部長として当社に参画。横浜国立大学卒業、IESE Business School経営学修士課程(MBA)を修了
アメリカで目の当たりにした光景が転職のきっかけに
(三國)大企業で働く中でスタートアップに興味を持った背景は何ですか?
伊藤:私は前職のヤマハ発動機で、モーターサイクルの営業やサプライチェーンマネジメントをしており、キャリアの中盤では新規事業の立ち上げに携わっていました。スタートアップに興味を持ったきっかけは、スタートアップと共同で事業を作った経験からです。
自分で事業を作るキャリアにシフトしたいと思った私は、京都大学発の環境バイオ技術を手掛けるSymbiobe(シンビオーブ)株式会社にジョインし、現在は事業開発を担当しています。京都大学教授である沼田先生が研究開発を進める「紅色光合成細菌」を活用して、大気中の二酸化炭素や窒素を固定化する商用プラントの実現を目指しています。国内有数の研究者の方と一緒に新しい未来を創っていけるのが、今のやりがいですね。
海外でMBAも取得されていますよね。
前職に入社して6年目に、スペインのIESEビジネススクールにMBA留学しました。IESEはハーバードのMBAで有名なケースメソッドに力を入れていて、ビジネスの基礎力を固めたいと思っていた私にぴったりでした。世界の大きな課題にビジネスを通じて貢献するという考え方やリーダーシップに関するフィロソフィーにも惹かれましたね。
アメリカでの仕事は、何がそんなに刺激的だったのでしょうか?
事業の成長スピードです。私がメインで関わっていたスタートアップは最初20人ほどのチームでしたが、日本に帰る頃には2~3倍に拡大していました。事業に関しても、最初は不安に思うような技術レベルだったのに、最後は機械が何十台も稼働し社会実装に向けて本格的に動いている状態でした。
そのようなダイナミックな経験は、大企業の経験しかない私にとってはとても魅力的でした。MBA進学中から「スタートアップで活躍したい」という気持ちはありましたが、この駐在経験によってさらにスタートアップへの転職意欲が高まりました。
気候変動の影響から弱い人々を守りたい
転職活動中にBeyond Next VenturesのILPにご参加いただきましたね。その経緯も聞かせてください。
伊藤:ILP(INNOVATION LEADERS PROGRAM)に参加したのは、自分に合ったスタートアップを見つけるためです。転職するなら「食」と「農業」にしようと大きなテーマは決めていたものの、それ以外はわからないことも多くて。また、「日本のアカデミアに眠っている資産を掘り起こしたい」という思いも持ち合わせていました。
ILPは、国内トップクラスの研究者の方々と私のようなビジネスパーソンをマッチングし、スタートアップ創業を実践できるので、よりディープテック・スタートアップについて理解を深められると思いました。また、アカデミアの成果の社会実装に重きを置いているので、自分の想いと合致していたことも、参加理由の一つです。
なぜ数ある選択肢の中からSymbiobeを選ばれたのでしょうか?
Symbiobeは気候変動に対してソリューションを提供するクライメートテック領域のスタートアップで、とても成長性があると感じました。クライメートテックの中でも、CO2の可視化やCO2クレジットのマーケットプレイスなど、様々なサービスがありますが、自分が携わりたかったのは実際に温室効果ガスを削減する根本的なソリューションを持っているスタートアップで、Symbiobeがまさにそれでした。そのような企業は実は少なく、希少性が高いんです。
気候変動に関心を持つようになったきっかけも聞かせてください。
海外に行った時に、気候変動による影響を受けている人たちを目の当たりにしたことです。たとえば、以前ニュージーランドで大雨があって洪水が起こった時、物流が麻痺して物価がすごい高騰しました。カリフラワーが一個700円もして人々が買えなくなるような現実を見た時に、すごい衝撃を受けて。
日本でも気候変動は大きな社会課題として取り上げられますが、そこまで生活に大きく影響することは現時点ではあまりないですよね。しかし、海外では気候変動の影響が生活にも出ており、特に弱者ほど被害を強く受けている現状があります。私はそれをスタートアップを通じて解決したいと思うようになりました。
そのような課題に対して、Symbiobeの事業を通じて真っ先に解決したいことはなんですか?
弱い立場の人たちに特に大きな影響を及ぼす現象を少しでも抑えたいと思っています。その一つが気候変動です。たとえば、資源が取り合いになってインフレが起きると、お金のない人たちに資源が行き届きません。ガソリンの価格一つとっても、資源が不足して真っ先に影響を受けるのは弱者の方々です。
Symbiobeの技術で、無尽蔵にあるような空気から資源を作り出せれば、安定的に供給できるため、そのような事態も防げると思います。気候変動をゼロにするのは難しいかもしれませんが、それによって起きる被害を抑えたいです。
大企業からスタートアップへの転職を成功させるために
伊藤さんのようにスタートアップにジョインしたいと思っている方にアドバイスをお願いします。
伊藤:私が仕事を選ぶ時に意識していたのは「やるべきこと」「やりたいこと」「やれること」の3つです。やるべきことというのは、自分が解決すべきと思う社会的な課題のこと。やりたいことは、もっと具体的に「スタートアップにチャレンジしたい」「大学に眠るアセットを掘り起こしたい」みたいなこと。やれることは、自分のキャリアを振り返ってレジュメに書けるようなこと。この3つを掛け合わせると、自分にフィットした仕事を見つけやすくなると思います。
具体的にどのようにスタートアップを探していたのでしょうか?
私はVCなど投資家のポートフォリオからスタートアップを探していました。スタートアップの数はとても多く、それら全てに目を通すのは現実的ではありません。VCのポートフォリオを見ながら自分のレーダーに引っかかるテーマをリスト化しながら探しましたね。
また、投資家のSNSも有益な情報源です。アカウントをフォローしておけば、自動的に情報が入ってきます。そして最後は直接話を聞くこと。Symbiobeもそうですが、特にディープテック・スタートアップは情報発信を苦手にしていることも多いので、中の人に聞かなければわからないことも多いです。そのため、ファウンダーや投資家に連絡して話を聞くのはとても重要だと思います。
VCのポートフォリオから探すと資金調達前の会社は含まれないですが、そこについてはどうお考えでしたか?
資金調達前の会社は、意識的に選択肢から外していました。なぜなら、私が得意なことは、0から1を作るよりも、1を100にすることだと思っていたので、資金調達前の会社では価値を最大限発揮できないだろうと考えたからです。
一方で、シリーズBではフェーズが少し遅いと思っていたので、シリーズA前後のスタートアップに絞って探していました。
スタートアップのコアメンバーに求められる要件もあれば聞かせてください。
まずは柔軟性です。アーリーステージのスタートアップは、選択肢が非常に多く、状況も刻一刻と変わっていきます。そのような中で、その時その時に最適な選択をできる柔軟性が求められると思います。
また、実際に行動に移せる力も必要です。特に大企業で活躍している方の中には「企画はするけど実務を行わない」という方もいるでしょう。スタートアップではオーナーシップを持って取り組むことが求められるので、企画と実行力の両方が重要になります。
貴重なお話をありがとうございました!伊藤さんのようにディープテック領域で挑戦するビジネスパーソンが増えることを願っています。
最後に
Beyond Next Venturesでは、ディープテック・スタートアップの起業や経営に関心があるビジネスパーソンとのカジュアル面談を実施しています。DTx(デジタル・セラピューティクス)等の医療・ヘルスケア、創薬・バイオ、アグリ・フード、AI、宇宙など様々なスタートアップのCXOポジションの紹介、また、経営者を目指す方に向けて、技術シーズをもつ研究者との共同創業を実践するプログラム「INNOVATION LEADERS PROGRAM」への参加推薦などを行っています。少しでもご興味のある方は、ぜひご連絡ください!