今回、現在新規投資中のディープテック特化3号ファンドより、宇宙スタートアップ「ElevationSpace」に新規投資を実行しました。今回のシリーズAラウンドは総額14億円超であり、Beyond Next Venturesはリード投資家として参画しています。
ElevationSpaceは、「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」というミッションの実現に向けて、宇宙で実証・実験を行ったあとに地球に帰還可能な宇宙機を開発しています。
本記事では、Beyond Next VenturesがElevationSpaceに出資した背景について、宇宙ビジネスのトレンドと共に解説していきます。
官から民へ – 花開く民間宇宙ビジネス
世界では2035年までに200兆円を超える規模まで成長する見込みと言われる宇宙ビジネス[※1]。これまで人類の宇宙開発はその殆どが政府主導で行われていましたが、近年では民間ビジネスが急速に成長しています。特に月や低軌道と呼ばれる地球近傍の宇宙空間では、従来は政府機関が担っていた役割が民間企業に移転しつつあります。
象徴的な例としてNASAは、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給サービスを民間企業に担わせるために、2006年から総額$800Mの巨額な助成を投下しました。その結果飛躍したのが、今や圧倒的な存在感を放つSpaceX社です。
SpaceX社を始めとする民間の打上げロケット事業者の台頭により、宇宙へモノを輸送するコストは大きく低下しました。SpaceXのFalcon Heavyの打ち上げコストは1,500ドル/kgと、1981年時点のスペースシャトルと比較し1/30程度の水準まで下がっています[※2]。
古くは電動式エレベータの発明により階層移動の制約が取り払われ、高層建築が都市の構造を一変させたように、今後宇宙空間へのアクセスが容易になるにつれて、民間の宇宙ビジネスがさらに大きく花開いていくことでしょう。
低軌道を活用したサービスへの期待
そこで今後の成長が期待されるのは、宇宙空間を利用した多様な民間サービスの登場です。現在の宇宙ビジネスの大きなボリュームを占めている衛星関連サービスに加え、それに留まらない多様な宇宙空間利用のサービスが地球軌道上に広がりつつあります。2024年6月に上場したアストロスケール社が取り組む、宇宙ゴミ除去サービスはその一つの例だと言えます。
また、官から民への役割の移転は軌道上サービスの分野でも起こりつつあります。2030年に退役が予定されるISSがその代表例です。長い間各国政府により運営されてきたISSですが、今後は主にAxiom Spaceなどの民間企業が運営する民間宇宙ステーション(CSS)がその役割を担っていくことが計画されています。これらCSSにおいては、従来のISSの範疇を超えて様々なサービスが提供されることが期待されます。
低軌道での民間サービスが拡充するにつれて、そのようなサービスを利用する顧客も今後増加していくことが想像されます。そうした中、宇宙ビジネスにおける次のボトルネックはどこでしょうか。私たちは、今後の宇宙産業の発展にとって、ある基幹的なインフラが不足していると考えています。それは、宇宙から地球へと帰還する「帰りの便」です。
ElevationSpaceの再突入技術
ElevationSpaceは地球軌道上から物資を地上に帰還させる「帰りの便」を開発しています。人類の宇宙進出に向けては、宇宙の極限環境がヒトの健康やモノの動作に及ぼす影響を理解して利用するために、様々な実験・実証が不可欠であり、かつ多くの実験ではその成果物を地上に持ち帰ることが重要です。
現在でもISSでは各種の実験設備が備わり、タンパク質結晶生成実験や細胞培養実験、マウス実験などの多様な科学実験が実施されています。また、新たに宇宙業界に参入する企業の宇宙実証のために、宇宙曝露環境の提供なども行われています。
しかしながら、宇宙での実験結果を地球に持ち帰る手段は限られており、物資回収の頻度やコスト、時間的な制約が大きな課題となっています。例えば、がん治療薬の結晶生成など、微小重力環境でしか得られない貴重な実験結果は、ステーション上で研究成果が出てから数日以内には研究者や企業の手元に届くことが理想です。これを可能にするのが、ElevationSpaceの「小型カプセルの大気圏再突入技術」です。この技術により、宇宙飛行士の関与なしに無人で実験結果を地球に持ち帰ることが可能となり、迅速なデータ取得と研究の加速が期待されます。具体的には、現状の年4~6回程度の持ち帰り頻度を、月に1回以上の頻度まで高めることを目指しています。
ElevationSpaceが提供するサービスとしては大きく2つで、宇宙環境利用の性質に応じて、「ELS-R」および「ELS-RS」を提供しています。
ELS-Rは、宇宙実証向けのサービスで、無人小型の人工衛星を使い、過去に宇宙で使用された実績のない新しい素材や電子部品を容易に実証することを可能にします。
ELS-RSは、宇宙実験向けのサービスで、ELS-Rの技術をベースとしながら、Axiom Space社などの民間宇宙ステーションとドッキングを行い、ステーションからの実験成果物の回収を行います。
サービスのコアとなる、小型カプセルの大気圏再突入技術は、小惑星サンプルを持ち帰った「はやぶさ」に象徴されるように、日本が世界に対して優位性を誇る数少ない領域の一つだと言えます。一方で当領域は徐々に注目を集めており、米国の競合であるVARDA社(正式名称:Varda Space Industries)が2024年2月に初号機の再突入・回収に成功するなど、海外競合との開発競争も激化しています。
そうした中で、ElevationSpaceは大きく3つの理由で世界で戦えると考えています。
まず、当社は世界でも唯一「揚力誘導型」再突入と呼ばれる高度な制御技術を小型機で開発しており、より多様なペイロードや回収エリアに対応できること。
二つ目として、再突入カプセルだけでない様々なコア技術を内製化しており、サービスの最適化ができること。
そして三つ目として、世界でトップを目指せる経営チームが事業を牽引していることです。
卓越した経営チーム、ビジョンへの共感
CEOである小林さんと私(伊藤)の出会いは、同社が創業間もない2021年にさかのぼります。出会った当時から起業家としての資質を感じていましたが、その後も定期的な面談を通じて、一貫したビジョンのもと着実に事業を前進させる姿を拝見し、今回の投資判断に至りました。
小林さんは、「19歳で宇宙建築に出会って大きく人生が変わった」と話します。その瞬間から、考える以前に湧き出る情熱に突き動かされ、宇宙への人類進出を実現するというビジョンを掲げるに至り、今では人生をかけてこの壮大な目標に取り組む覚悟を抱いています。まだ若いながらも、自社だけではなくあらゆる産業が宇宙に関わる必要性を強く意識し、エコシステムの構築に地道に取り組むなど、地に足のついた大局的視点も兼ね備えています。
また、そうした小林さんの想いに惹かれて、多様で魅力ある経営チームが構築されています。共同創業者である東北大学 桒原准教授は、超小型衛星の技術開発において国内有数の研究者、またCTO藤田さんはJAXAでの数多くの再突入技術プロジェクトを経験しています。また、事業会社で豊富な事業開発経験を持つCOO宮丸さんや、コンサルティング会社で経験を積んだCFO河邊さんが、ビジネスサイドを確実に推進しています。
「自分をすごい人間だと思っていない、周りを巻き込んでいかないとならない」と話す小林さんの言葉の端には、自然と周囲に応援者が集まる確かな魅力が宿っています。
終わりに
Beyond Next Venturesは、ElevationSpaceが「世界で勝てる日本の宇宙スタートアップ」としてグローバルに飛躍していく未来を信じています。同社の優れた技術やメンバーだけでなく、あらゆる産業が宇宙に関われるようにすることで、「誰もが宇宙で生活できる世界を創る」という同社の壮大なビジョンにも大いに共感しています。1億人規模の人々が宇宙で生活する未来を真顔で語る小林さんが想い描く世界の実現に貢献できるよう、同社の成長を全力で支援していきます。