研究者が起業する前にやっておきたい3つの準備

橋爪:こんにちは、Beyond Next Venturesでベンチャーキャピタリストとして活動するパートナーの橋爪です。私は10年以上大学発ベンチャーやディープテックスタートアップと並走してきましたが、その成功を左右していると感じるのが「起業するまでの準備」です。

米国をはじめとする海外では、起業に向けてかなり計画的に準備を進める動きがトレンドとなっており、Venture Creation Modelという手法が2010年頃から本格化し始めました。簡単に言うと、「VCが社内に研究者を抱え、実験設備も用意し、そこで研究開発を進めて仮説検証を行い、良い結果がでれば資金も人も提供するので会社を作りましょう」というものです。

この手法を行っている有名なVCが「Flagship Pioneering」で、このやり方で誕生した有名な成功事例が新型コロナワクチンを開発する「モデルナ」です。

元々、モデルナは同社内で「Newco LS18, Inc.」と呼ばれる恐らく18番目のインハウスプロジェクトでした。同社以外でも、特にライフサイエンス分野ではVCによるVenture Creationの活動が盛んに行われています。

そこで今回は「起業する前にこれだけはやってほしい」という3つのポイントをご紹介します。まだ起業されていない研究者はもちろん、研究・ディープテック領域で起業したばかりの方にも参考にしていただければ幸いです。

「ピボットのハードルが高い」ディープテックならではの理由

たとえ起業までに準備を念入りに行わずとも、最初の事業がうまくいかなければ大胆なピボットをして巻き返しも可能です。また別の事業にチャレンジすればいいですし、最悪の場合は経営チームを刷新することもあります。

しかし、それが適用しにくいのが大学発ベンチャーやディープテック領域。研究成果を基に事業を行うため、ピボットのハードルが非常に高いのが特徴で、創業後にチームを刷新する、事業プランを大幅に変える、全く異なる市場を狙う、という当初の延長線上にない決断がしづらい事情があります。

例えばハードウェアを作るとしたら、試作品を作るだけでも数百万円から数千万円はかかります。加えて、技術に明るい経営者を新たに探すのも困難なため、簡単にチームを再編成することもできません。事業の失敗は即座に会社の危機に繋がってしまうのです。

だからこそ、特にディープテックスタートアップは起業に向けた準備を慎重に行わなければいけないのです。

研究者が起業する前にやっておきたい3つのこと

1.強固な経営チームをつくる

1つ目のポイントは、初期の経営チーム作り、つまりは共同創業者を見つけることです。

1人よりも2~3人のチームで起業した方がPMFまでの期間が短いことがデータ(※1)でも明らかになっており、成功率を高める重要なファクターとなっています。

研究者の方であれば経営スキルをお持ちの方、逆にビジネスサイドの方なら研究者の方など自分と補完関係がつくれる人を探してチームを作りましょう。おすすめはリファラルです。研究室や大学の同級生、過去に一緒に仕事をした人などのご自身の繋がりの中で優秀な人を紹介してもらいましょう。

では、どんな人を共同創業者として選ぶべきか?私は「価値観・ビジョン」と「コミュニケーションコスト」の2つを意識するといいのではないかと考えています。

価値観・ビジョンとは、仕事をする理由のこと。人によって仕事をする理由は様々で、お金のために仕事をする人もいれば、社会貢献のために働いている人もいます。これまで多くのスタートアップを見てきて、経営陣でその価値観・ビジョンがバラバラだと、一緒に仕事をしていても噛み合わない時が多々訪れます。自分の価値観を明確にした上で、同じような価値観を持つ人を探してみてください。

2つ目のコミュニケーションコストは「気を使わないで話せるか」ということ。経営陣の中で上下関係ができてしまい、コミュニケーションに気を使うようであれば、起業してもうまくいきません。心から信頼しあえる、気を許せる仲間を探してください。

また、よく質問もいただきますが、研究者とビジネスパーソンが共同創業するときに、「ビジネスパーソン側がその研究に対する知識をどの程度持っているべきか?」というのも気になるところだと思います。

私は、単純にその業界や研究内容に明るければいいというわけではないと思っています。当初の知見・知識量よりも、必要な知識を身に着けようとする姿勢や吸収スピードがあることのほうが重要だと思うので、研究者の方も経営者を探す際に知識量で判断しすぎず、ビジネスパーソンの方も「自分は専門知識に乏しいから…」と遠慮せず、チャンスがあれば飛び込んでほしいと思います。

2.数年後のビジネス化を意識した技術戦略を立てる

海外でも知財をとる

次に、知財戦略です。今後、少子高齢化の進行などによって国内市場の縮小が避けられない中、海外展開を見据えて国内のみならず海外でも知財を取っておくことが重要です。

よく大学シーズであるのが、国内出願は実施済みだが、海外に出願していないケースです。日本に比べると海外は10倍以上の市場があるわけで、つまり国内だけで事業を展開してもポテンシャルの10分の1しかとれません。

学内の予算だけでは海外出願の限界がある場合は、JSTの外国特許出願制度などの助成金(※2)も活用すると良いと思います。また、学内および学外で申請する際には、事業性や海外での市場性がポイントになるケースもあります。そのためにも、事業化を意識した準備が大事になってきます。

研究開発の方向性を定める

基礎研究か、実用化を重視した研究なのか、で向くべき方向性が変わります。例えば前者の場合は、「世界一の研究を目指すために測定精度を99.99%近くに向上させる」などの方向性があります。一方で、実用化を意識する場合は、80%の精度を再現性高く実現するための開発やメンバーが大事になってきます。

つまり、研究開発のベクトルが変わってくるのです。なので、実用化をしたい研究者の方は、なるべく早めの段階からそれを見据えた研究開発を行うことで、いざ事業化する際によりスムーズに事業を展開することができるでしょう。

といっても、事業化のためにそれまでの思考・行動をいきなり変えることは難しいかもしれません。そういう時は、先輩起業家や投資家、民間企業などビジネスサイドの人と話す機会を増やすことで、新しい視点での会話ができるので、自然とマインドセットも変わってくるはずです。

今は無料で参加できるコミュニティやイベントなどが増えているので、気軽に参加してみるのもおすすめです。ちなみに弊社ではディープテックの事業化に関心のある人が集まるコミュニティ「BRAVE MATE」を運営しているので、月1回ほど弊社オフィスでイベントを開催しています。よければ登録してみてください。

3.狙うべき大きい市場と小さい市場を見つける

最後は市場に関する準備、つまりはどの市場を狙うか明確にするということです。

起業する前に考えてほしいのは「大きな市場」と「目先の市場」です。大きな市場とは、自分たちの事業規模が最大でどれくらいの規模にまで成長するかということ。目先の市場とは、最初に買ってもらうマーケットのことです。

ディープテックスタートアップの事業化には数十億から数百億円の資金が必要で、それを大企業やVCなどから段階的に調達していかなければいけません。つまり、トータル100億円を調達するなら、1,000億円近くの事業規模に成長する見込みを投資家に持ってもらわなければならないのです。

そのため、起業する前からそれくらいの規模に成長させるだけの市場を見つけておく必要があります。10年後、20年後を見据えて、どのように事業を成長させれば大規模なビジネスになるのかを考えましょう。

一方で、目先の売上を立てるための市場も必要です。100億円の資金は一度に調達するわけではなく、段階的に実績を示しながら集めていくもの。そのため、技術が立証され売上に繋がる事業も構築しながら、2度目、3度目の資金調達を実現するための実績を積み上げていきます。決して早期黒字化させる必要はありませんが、例え小さくてもいいので製品化(マネタイズ)の事例を作ることで、「大きな市場」を狙える可能性を感じさせることができます。

このように、起業する前に大きな市場と目先の市場の2つを明確にするのに加え、プロトタイプを完成させて顧客候補からフィードバックをもらえる状態を目指してください。

研究領域における起業前準備の国内トレンド

文部科学省「START」

大学発ベンチャー立ち上げ前の準備の必要性は国も結論づけています。そこで文部科学省が2012年に始めたのが、大学発新産業創出拠点プロジェクト「START」(現在は大学発新産業創出プログラムとして国立研究開発法人科学技術振興機構が実施)です。

これは、研究成果の事業化に向けて、ベンチャーキャピタルが起業前の段階から1〜3年ほど伴走するプログラムです。私は前職のジャフコで産学連携投資グループリーダーを務めていた時に、このSTARTの代表事業プロモーターも務めていました。

一般的には、大学に提供される助成金は大学研究者に対する研究資金として付与されるパターンが大半で、たとえ研究者が起業したい場合でも同じです。かつ、審査も研究者が中心のため、研究寄りな目線で評価されがちです。

一方で、このSTARTプログラムでは、助成金が研究開発予算だけでなく、特許出願、海外の市場調査、事業化に資するための外注費や人件費などにも充てられる点が特徴です。

2013年に本プログラムに採択された手術支援ロボットを開発する「リバーフィールド」とは、起業準備を1年半に渡り並走しました。

研究開発を進めつつ、事業や資金計画を練り、創業チームの組成を進めました。市場リサーチのために渡米して現地の医師にプレゼンをしたり、製品の販売パートナーを探して契約交渉などもしました。起業後もCFOのように日々の資金繰り管理や資金調達のサポートもしました。

準備を整えてから起業した同社は、起業直後から2億円の調達を実施。その後、起業直後にも関わらず製品を上市させ、まとまった売上を計上。2021年には追加で30億円を調達し、手術支援ロボットの上市をまもなく予定しています。

GAPファンド

GAPファンドとは、研究成果と事業化とのギャップを埋めるため、仮説検証、PoC、試作品の製作、ビジネスモデルのブラッシュアップ等を事業化の検証を進めるために提供される資金です。これに対する返済義務は基本的に発生しません。

国から付いた予算のうち一定額を事業化のための費用として大学研究室に配分する形になっており、2014年から始まった官民イノベーションプログラムが国内では先駆けとなり、東大、京大、阪大、東北大などが先行してGAPファンドを活用した起業支援を実施しています。

弊社の出資先企業である京都大学発ベンチャーの「リージョナルフィッシュ」は、会社を立ち上げる前に京大のGAPファンドから数千万円の資金提供を受け、事業化検証を行ったうえで起業に踏み切りました。

GAPファンドのプログラムは全国の大学へと広がっており、今後も大学における研究成果の事業化検証や準備期間に用いる資金としてさらに広がっていくでしょう。

準備が不十分なスタートアップが行き着く先

ここで紹介した準備をせずとも問題なく起業はできますし、技術とビジネスモデルさえあれば1度目の資金調達はできるかもしれません。しかし、問題が起きるのは2回目の資金調達です。

1回目の資金調達というのは、事業計画も製品も何も無いケースが多いため、新しい技術やチームへの期待感がどうしても先行します。しかし、2回目の資金調達となれば、事業計画を裏付けるだけの結果が必要となります。

十分に準備をしてきたスタートアップは、2回目の資金調達までに結果を出して、投資家たちを納得させられます。しかし、準備が不足していると「結果を出すために資金を調達したいのに、結果がないために調達できない」という事態に陥ってしまうのです。

このような事態から抜け出すのは非常に困難で、研究を続けられなくなるスタートアップも少なくありません。せっかく素晴らしい研究・技術があっても、準備不足が理由で研究を続けられないのは勿体ないですよね。

だからこそ、できるだけ多くの研究者・起業家の皆さんに起業準備の重要性を訴えたいのです。

研究者の起業に向けて私たちがサポートできること

準備が不十分なまま起業して資金を調達しても、その多くがピボットやチームづくりに苦戦している現状があります。私個人としても、所属するBeyond Next Venturesとしても、ディープテックスタートアップの成功は起業前の準備で80%は決まるのではないか、というくらい重要視しています。

もちろん、その準備が決して簡単ではないことは私たちも分かっています。そこで私たちが提供しているのが、スタートアップ起業を通じて社会実装を志す研究者の皆さんと並走する研究成果の事業化支援プログラム「BRAVE」です。

プログラム中にビジネスモデルをブラッシュアップさせ、プログラムの中で仲間を見つける方も少なくありません。たとえば「OPExPARK」というデンソーのカーブアウトスタートアップは、BRAVEに参加することで「大きな市場」を明確にし、経営陣を見つけることもできました。年中プロジェクト参加者を応募しているわけではありませんが、興味のある方はぜひ相談してもらえればと思います。

一度起業して資金調達をしてしまうと、もう後戻りはできません。だからこそスタートする前にできる限りの準備をして、少しでも事業の成功率を上げてもらえればと思います。我々もいつでも相談できる窓口をオープンしているので、ぜひ気軽にお問い合わせいただければと思います。

Katsuya Hashizume

Katsuya Hashizume

Executive Officer / Partner