スリープテックの台頭:睡眠障害にアプローチする先端技術

みなさんこんにちは!Beyond Next Venturesで医療機器・メドテック領域を担当しているベンチャーキャピタリストの松浦です。今回は睡眠に関するディープテック=「スリープテック」をテーマに、最先端の技術や注目を集める国内外の有力スタートアップをご紹介します。

スリープテックが注目される理由

近年、スリープテックへの注目が高まっています。例えば最近では、株式会社ポケモンより睡眠ゲームアプリ「Pokémon Sleep」がローンチされ、睡眠そのものに楽しみを与える新しいアプローチが人気を博しています。

睡眠は人間の健康やQOLに深く関わる要素ですが、実は日本は睡眠不足大国と言えるほど、課題は深刻です。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の平均睡眠時間は加盟国の中で最も短く、アメリカやイギリスなどと比較して約1時間も短いという結果が出ています。

日本人成人の約20%が慢性的な不眠に悩まされていると言われていますが、睡眠障害がリスクファクターとして挙げられる疾患は多く、がんに次ぐ日本人の死因である循環器疾患(脳血管疾患・心疾患)もその1つです。単に「コーヒーを飲んで眠気と戦う」というような話ではなく、真剣に向き合うべき課題であることがお分かりいただけるかと思います。そこで注目されているのが睡眠に革命をもたらす「スリープテック」です。

睡眠障害対策の現状

睡眠障害はその症状によって入眠障害・中途覚醒・早朝覚醒・熟眠障害のタイプに大別することができます。周囲の環境変化や生活習慣が原因であることが多いのですが、精神疾患や他の基礎疾患が原因の場合は通常の睡眠薬では奏功しません。また、睡眠薬も即効性はあるものの、適切に使用されない場合、翌日の眠気やふらつきなどの症状が出たり、依存症になり服用をストップできないケースも見られます。米国では医薬品に依存しない認知行動療法が不眠症治療の第一選択として推奨されています。また、英国では後述するようなアプリによる治療が普及してきていますが、こちらも使用が推奨されるなど、各国で新しいモダリティの製品開発が進められています。

例えば、ウェアラブルデバイス、AI技術、データ解析など、これらの技術の組み合わせが、個々の睡眠パターンを最適化し、より健康的で質の高い睡眠を促進する方法を創出しています。これにより、効率的な睡眠がもたらす身体的、精神的ウェルビーイングの向上と、それに伴う社会全体の生産性向上が期待されています。

スリープテックの代表事例

国内:サスメド

サスメド社は、治療用スマートフォンアプリの開発やブロックチェーン技術を活用した臨床試験効率化システムの開発を行っています。乳がんや慢性腎臓病など複数パイプラインの開発を進めていますが、その中で販売間近なのが不眠障害向けアプリです。既に治験結果をもとに製造販売承認を受けており、現在は保険点数などを協議中の段階です。サスメド社のアプリは認知行動療法によって治療を目指すもので、9週間にわたりアプリからの指示に従うことで症状の改善が期待されます。睡眠障害に限らず、精神疾患など他の疾患に対しても認知行動療法の治療効果はエビデンスが蓄積されてきていますが、医療現場の人員不足や技術習得へのコストなどの背景によりあまり普及していません。DTx含むSaMDの本質はアナログでのエビデンスとデジタル化による付加価値の両輪だと考えていますが、サスメド社のアプリはその代表例と言えるでしょう。
https://www.susmed.co.jp/

国内:S’UIMIN

S’UIMIN社は日本を代表する睡眠研究者の柳沢先生が代表を務める、筑波大学発のスタートアップです。睡眠時の脳波を測定してAIで解析し、医師のアドバイスや改善アドバイスを加えて利用者にレポートする、睡眠計測サービスを提供しています。S’UIMIN社が用いるデバイスは従来の睡眠検査の標準法であるポリソムノグラフ検査とほぼ同等の精度を実現しており、かつ自宅でも簡便に使用可能なサイズにデザインされています。個人向けのサービスだけでなく、研究機関向けの支援なども行っており、スリープテック領域の進展を牽引するプレイヤーの1社となっています。
https://www.suimin.co.jp/

米国:Sana Health

米Sana Health社は、創業者のRichard氏が自動車事故の後遺症として患った慢性疼痛の際に経験した睡眠障害をきっかけに、ゴーグル型医療用デバイス開発を開始しました。測定した心拍をもとに、光刺激やヘッドフォンを通じた聴覚刺激により症状の改善を目指します。米軍との臨床試験も進めているとのことで、21年にはFDAよりBreakthrough Device指定を受けており、今後の開発進捗が期待されます。本論からは外れますが、米国には退役軍人向けの保険制度(VHA: Veterans Health Administration)が存在しており、それだけでも非常に大きな市場となっています。直近でも、23年3月にエーザイが米バイオジェン社と共同開発するアルツハイマー病治療薬レカネマブに対して、VHAが保険適用したとのニュースがありました。
https://www.sana.io/

その他の製品

他にもコンシューマ向け製品として、例えばPHILIPS社がSmartSleepというヘッドバンドを発売しています。睡眠の質を高めることを目的として、脳波センサーで深い眠りが検知されると適切な音が骨伝導スピーカーを通じて配信されるというものです。医療機器ではないため疾患治療をうたうものではありませんが、スリープテック市場に対して注目度が高まっているのは間違いないでしょう。

総括

以前の記事「日本の腎臓病治療の在宅化・オンライン化は進むのか?」においても、今後進むであろう医療機器のデジタル化においてはソフトウェア側が注目を集めやすい一方で、ハードウェア側の進歩も重要であると述べてきました。それはスリープテックにおいても同様であると思います。医療機器承認取得の有無を問わず、使用に際しての簡便性・ユーザビリティは勿論重要ですが、それは対象の生体信号を充分な水準で計測できる技術があってのものだと考えています。

一方、技術系スタートアップで陥りがちなのが「測定技術・精度が向上したから事業化した」結果、ニーズがなく上手く発展しないというケースです。デザイン思考をもとにしたバイオデザインという手法も注目を集めており、技術とニーズをどう結びつけるかを意識して開発することが求められると感じています。スリープテック領域においても、今後より高精度かつ軽量小型な計測機器が登場することで、これまで満たせていなかったニーズへのアプローチが可能になり、ビジネスチャンスとしても広がりを見せるのではないでしょうか。

個人や社会、そして国家の発展にも寄与するであろうスリープテックは、ビジネスチャンスのみならず、社会的な課題解決にも貢献する可能性を秘めた領域です。私もキャピタリストとして注目しているので、もしスリープテックの事業に関心がある方がいたら、ぜひお気軽にご相談ください!

Kyohei Matsuura

Kyohei Matsuura

Venture Capitalist