研究成果の社会実装にかける想い、現在地にたどり着くまでの葛藤や生き様を聞く「研究者の挑戦」。第4回となる本記事では、不眠症向けの治療用アプリやブロックチェーンを利用した医薬品開発システムを提供するサスメド株式会社 創業者の上野 太郎氏に話をうかがいました。
医師、そして医学博士としての顔も併せ持つ上野氏は、自身が立ち上げた会社の上場を果たした今でも、現役の医師として臨床の現場に立ち続けています。医師・研究者としてのキャリアが、起業にどのように役に立っているのか、どのような時間の使い方で事業を成長させてきたのか。
上場までの道を伴走してきたBeyond Next Venturesパートナーの植波剣吾との対談の様子をお届けします。
プロフィール
サスメド株式会社
代表取締役社長
上野 太郎 氏
医師、医学博士。精神医学・神経科学分野を中心とした科学業績を多数有し、臨床医として専門外来診療も継続。国立がん研究センター等との共同研究を主導。井上研究奨励賞、武田科学振興財団医学系研究奨励、内藤記念科学奨励金・研究助成、肥後医育振興会医学研究奨励賞など受賞。日本睡眠学会評議員、経済産業省ヘルスケアIT研究会専門委員、日本脳科学関連学会連合産学連携諮問委員。
【サスメド株式会社について】
2015年に設立された、不眠症向けの治療アプリや、治療アプリ開発支援、創薬での臨床開発試験の効率化につながるブロックチェーン(分散型台帳)技術などを開発している研究開発型スタートアップ。現在、不眠症治療用アプリは臨床試験を経て実用化を目指している。https://www.susmed.co.jp/
起業は社会実装のための「手段」でしかなかった
ーまずは上野さんが医学の道に興味を持ったきっかけを聞かせてください。
上野:私は父が医者だったため、小さな頃から医学の道には興味がありました。特に高校時代に興味があったのが癌の研究です。当時はまだがんゲノムが未知の領域だったため、その謎を解き明かしたいと思っていました。
医学部に進んでからは臨床と研究の両方をしていましたが、目の前の患者さんを見ているだけでは限界があることに気づき、研究を通じて新しい医療を作ることで、スケールさせる形で社会に貢献したいと思うようになりました。
ー起業を考えたのもそのころでしょうか?
上野:いえ、研究で社会に貢献したいとは思っていましたが、起業という選択肢は頭の中に全くなかったですね。私が通っていた東北大学では、当時周りに起業する学生もいなかったため、起業という選択肢すら知りませんでした。
「研究を事業化する」という選択肢を意識し始めたのは大学院生の時です。当時の研究室のボスが企業と共同研究をしていたので、事業(ビジネス)を通じて社会実装する選択肢があることをそこで初めて知って。ただ、共同研究では企業側の都合で案件が潰れてしまうこともあり、研究者の思うように進められないという現実も近くで見ていました。
ー不眠症治療用アプリから事業を始めていますが、その背景についても聞かせてください。
上野:大学時代には研究分野として神経科学や精神科に注目するようになり、大学院で睡眠のメカニズムなどを研究していました。また臨床医として患者さんと向き合う中で、医療現場では睡眠薬による不眠症治療が大半にも関わらず、国内外のガイドラインでは睡眠薬を減らす方針を掲げている。そのギャップに課題を感じ、何か打つ手はないかと考えていたのです。
ーその課題から、どのように起業に繋がったのでしょうか。
上野:実は起業する前から、自分で問診用のアプリや眠気をテストするスマホアプリを作っていて。大学院の研究でデータ解析などをするので、自身で簡単なプログラムも書いていて、当時はちょうどiPhoneが登場した頃で、治療に使えるアプリを開発できないかと考えていたんです。
その中で、診療ガイドラインの推奨する不眠症の非薬物療法を、スマホアプリを通じて提供することに着想しました。本格的な事業化も考え、企業と共同で開発する話もあったため、いち個人として共同研究を進めると企業側の都合で案件が止まるのではないかと不安になり…。法人同士というイコールな関係にするためにも、合同会社を設立することにしたのです。
ー最初からスタートアップ起業をしようとしたわけではないのですね。
上野:はい。最初は投資を受けて研究開発する考えはありませんでした。当時は「ベンチャーキャピタル」という言葉自体も知りませんでしたし、企業と共同開発をするための「箱」という程度にしか考えていませんでしたね。
スタートアップ起業のきっかけとなった投資家との出会い
ーなぜ資金調達やIPOを目指すようになったのか聞かせてください。
上野:植波さんとの出会いやNEDOのプログラム等を通じて、スタートアップの支援を行う人たちと色々と議論を重ねる中で、スケールさせるべき事業であるという気持ちが強くなっていったからです。
植波さんと出会ったのは2015年にNEDOのプログラムに参加した時のこと。私たちのプレゼンを聞いた植波さんから声をかけてくれて。
ちょっと運命的なのですが、私と植波は高校時代の同級生で、名前が五十音順で近いことから前後の席の時もありました。ただ、NEDOのプログラムの時は全く気付かず、お互い気づいたのは2回目の打ち合わせが終わった帰りのことでした(笑)
ーそんなにも気づかないものなんですね(笑)。当時は初めて事業計画などを作ったと思うのですが、苦労したことはありましたか?
上野:当時はちゃんとした事業計画なんて作れていなかったと思います。臨床の現場にこんな課題があって、それをテクノロジーで解決する。そういうストーリーはありましたが、どれだけ売上がたって、利益がどうこうという計画はありませんでした。投資家にプレゼンするときも数字に関する説明はほとんどしませんでしたね。
私たちのビジネスは治験に成功して初めて事業が成り立つものなので、治験の結果が出る前はただの数字いじりのように感じてしまって。起業家の中には派手な計画を立てて目立つ方もいますが、研究者は「はったり」をかますのは得意ではありません。
それよりも、どんな課題をどのように解決していくのか、その計画を誠実に伝えるほうが重要だと思っていました。
ー投資家としては、そのあたりについてどのように感じていましたか。
植波:上野さんのおっしゃるとおり、初期の段階で長期の詳細な収益予想を立てるのは難しいと思います。しかし、投資家にも説明責任があるため、予測が難しい中でも、会社として収益に対する一定の仮説は持っているべきであり、その仮説に対する納得感のある説明ができなければ投資は実行できません。
その点、上野さんは詳細な数値計画はなくとも、社会課題の大きさとそのソリューションの実現性に説得力がありました。もしもサービスが実現したら、インパクトの大きいビジネスになると実感できたので、細かい数字がなくとも、そこは一緒に作っていける、と納得できたのだと思います。
事業へのコミットとチーム作りが投資の決め手
ー実際に投資をした決め手はなんだったのでしょうか?
植波:いくつかありますが、強いて言うなら、上野さんがサスメドにコミットしたことが一番大きかったと思います。私が上野さんと再会した当時は、臨床医、研究者、サスメドの起業家、の三足の草鞋を履いている状態で、まだ研究と臨床に割く時間が多い状況でした。それが、段々とサスメドの事業にのめり込んでいく中で起業家としての活動に割く時間が大幅に増えてきて、サスメドでの活動に9割のリソースを割くことになったタイミングで、最低限のチームもできあがっていたので投資を決めました。
実際に投資するまで実に1年2ヶ月ほどかかったのですが、その間に何度も事業計画などをすり合わせてきました。当時はまだオフィスもなかったので、上野さんが務めていた病院の近くのファミレスによく足を運んだのを覚えています。
ーどのようにチームを作っていったのか教えてください。
上野:最初に仲間になってくれたのは高校の同級生の奥さんです。彼女は元エンジニアで、同級生経由で手伝ってもらうことになりました。
次に仲間になってくれたのは、現在取締役をしている市川。実は当時、私は学会の若手の会の運営をしていて、彼は東大の大学院に所属していた医師・データサイエンティストでした。ウェアラブル装置について専門家の話を聞くために、学会に顔を出していたので、最初は私も医師・研究者として知り合ったのです。
その後、彼と個別に会う機会があって「実は医療ベンチャーをやっていて」と話したところ、仲間になってくれました。ちょうど彼がジョインした時に投資を受けたので、投資を受けた時は3人のチームでしたね。
ー投資家としては、投資するのにどれくらいのチームの規模が必要なのでしょうか?
植波:ケースバイケースですが、少なくとも経営者一人だけの会社に投資するのはなかなか難しいです。事業を成長させていくためには、チームが必要であり、きちんとコアになるようなメンバーを集められる経営者かどうか、という点は、出資の判断に際してとても重要な点の一つです。
サスメドで言えば、初期は臨床現場で使えるようなプロダクト開発をきちんと遂行していくことが重要であり、医師であり研究者でもある上野さんの他に、実際にプロダクトを作るメンバーや、そこから上がってくるデータを医療の観点から解析してプロダクトの改善に活かすメンバーが加わった形でした。もう少し事業が進むと、事業開発や管理側のメンバーも必要になりますが、まずはプロダクト開発に特化した最低限の人数から始めています。
ーチームづくりで大事にしているポイントはなんですか?
上野:常にいま自分たちに足りないものは何か?を見定め、それをカバーしてくれる人を採用しています。私自身、自分の苦手な領域を周りにカバーしてもらいながら、自分の得意な研究やサービス作りなどの領域で価値を発揮することを意識しています。
現役医師として働く経験が事業に活きている点とは
ー上野さんは現在も医師として患者さんを診ていますよね。医師業との両立のメリットがあれば聞かせてください。
上野:今でも週に半日ほどは外来の患者さんの診察をしています。医師の兼業のメリットはいくつかありますが、一つは医療者とのネットワークです。これは医療サービスを開発していく上で、他の企業と大きな差別化になるポイントです。
また、自身で臨床の現場で働いていることで、業務フローを熟知していることもサービスを作る上で大きな利点となっています。あとは研究者のマインドセットがビジネスをする上でも役に立っていると思いますね。
ー研究者マインドがどのように役に立っているのでしょうか。
上野:例えば研究をする上では、課題設定が非常に重要なんです。研究のインパクトは、課題設定で7-8割決まると叩き込まれてきたので、考え抜く癖が身につきました。そのためビジネスでも課題を考え抜く力はとても役立っています。
また、研究者は常に誰もやっていない研究を考えなければいけません。それはビジネスも一緒で、常に新しいことを考え続ける必要があります。いま新事業として進めている「ブロックチェーンを治験に活用する」という発想も、研究者ならではだと思います。
ー一方でビジネスを始めてから、初めて知ったことがあれば教えてください。
上野:ビジネスに関する知識は全て、起業してから知りました。私はもともと「アントレプレナー」という言葉すら知らなかったので、そのようなビジネス用語を覚えることから始めました。もっと言うと、ベンチャーキャピタルという言葉も知らず、なんだか怪しい人たちという印象でした(笑)。
起業してから経営に関する書籍も読みましたが、一番学びが多いのは実践です。どんなにマネジメントの本を読んでも、それだけでマネジメントがうまくいくわけがありません。実践して失敗し、改善を繰り返すことで事業経営を学んでいます。
IPOの成否を分けたCFO採用
ーIPOについて、まずはどのように準備を進めていったのか教えてください。
植波:サスメドは創業当初からプロダクト作りに集中したチーム作りをしてきたので、いざ上場が視野に入った段階では会社の管理体制の構築を急ピッチで進める必要がありました。研究者やエンジニアの採用を優先してチームを作ってきた中で、管理部門の採用は後手に回っていたところがあり、なかなか苦労しましたね。
ーボトルネックは何だったのでしょうか?
上野:CFOの採用です。求人なども積極的に出して、何人か採用の直前までいった方もいたのですが、なかなか決まらなくて。最終的にはメンバーの人づてで紹介された小原にジョインしてもらうことになりました。
ーCFO小原さんを採用した決め手を教えてください。
上野:ディープテックにおけるファイナンスは、ネット系のスタートアップとは違いますが、彼ならすぐにキャッチアップしてくれると思ったからです。彼は金融業界での経験も、事業会社で管理部門をまとめてきた経験もあり、飲み込みが早いことも面談の時にわかりました。実際にIPOの準備はほとんど彼がしてくれたおかげで、私は事業に集中できました。
ーIPOを果たした現在、事業フェーズをどのように捉えていますか?
上野:IPO前と特に変わりません。治療アプリの承認申請をしている段階なので、まずは承認を受けて、全国の臨床現場に届けるための準備をしているフェーズです。また、起業当初は不眠症向けの治療用アプリだけでしたが、これから他の治療用アプリの開発も進めており、そちらも承認に向けて動いています。
治療用アプリはまだ社会に浸透していない新しいものなので、これから臨床現場で使われていく環境を整えていかなければなりません。特に医療業界は規制産業でもあるため、各省庁とも連携しながら進めていかなければなりませんね。
ーIPOを支えてきた植波さんが、これから期待していることがあれば聞かせてください
植波:私自身、諦めずに粘り強くひたむきに頑張っている上野さんや彼を支えるサスメドのメンバーにとてもモチベートされてきました。まだまだディープテックの領域では「これぞ」という成功事例は多くないものの、サスメドと上野さんがいいモデルケースになってくれると期待しています。
若手の研究者がチャレンジできる環境を作っていきたい
ー今後、上野さんのように起業を志す研究者が増えるためには何が必要だと思いますか。
上野:若手の研究者がしっかり研究の時間をとれる環境だと思います。今は30〜40代の若手の研究者の待遇が悪く、研究を続けたくても経済的な理由やポジションが見つからず諦めてしまう人も少なくありません。国も研究競争力が下がるのを危惧して様々な国プロを始めていますが、お金を出せば解決するものではないと思っています。
私自身、研究室の運営経験をして感じることとして、若手の研究者は学生の世話や入試の準備などの雑務が多く、なかなか研究に使える時間がありません。本来は最も新しいチャレンジをして分野を切り開く若手の研究者が雑務に追われてチャレンジができない。その状況を変えていかなければいけないと思っています。
ーそのためには、どのようなアクションが必要なのでしょうか。
上野:そのような状況を変えるため、サスメドとしては10以上の大学と共同研究を実施し、チャレンジしやすい環境を作りたいと思っています。一方で、研究室では若手が面白いアイデアを持っていても勝手に共同研究できないのが現状です。だから、もっと会社を成長させて、若手研究者に多様な機会を提供していきたいです。私自身が彼らのロールモデルになれるよう頑張ります。
植波:そのような課題感を持ちながら取り組んでいる上野さんだからこそ、共同研究をする研究者の方たちからの信頼が厚いのでしょうね。「この人は自分たちの悩みを理解してくれている」と思っている方も多いと思います。
ー最後に、起業を考えている研究者の方にメッセージをお願いします。
上野:私は研究者から起業家へスイッチしましたが、周りが思っているほどハードルは感じませんでした。目の前の患者さんを治療するだけでなく、より多くの人に価値を届けて医療に貢献したい。その手段として最適だったのが、起業して研究を事業化することだっただけです。
研究も起業も一つの手段でしかありません。自分が何を成し遂げたいのか、そのために最適な手段はなにかを考えれば、自ずと答えは見えてくると思います。
また、スタートアップ起業をする場合は投資家選びも重要です。特に研究開発系はマネタイズやIPOまでに時間がかかるものです。その時間軸や事業の本質・目的を理解して長期で支援してくれる投資家を見つけてほしいと思います。
Beyond Next Venturesより
当社では、革新的な研究成果の実用化に取り組む研究者の方々と共に、様々な課題解決に取り組んでいます。資金調達、会社立ち上げ(創業)、初期段階の事業計画の作成、助成金申請、経営チームの組成等にかかわるあらゆる支援を行っております。ご自身の研究成果の社会実装に挑戦したい方は、ぜひ弊社にご相談いただけたら幸いです。
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