デジタル技術で変わる精神疾患治療の未来

みなさんこんにちは!Beyond Next Venturesで医療機器・メドテック領域を担当しているベンチャーキャピタリストの松浦です。今回は精神疾患をテーマとし、最先端の治療法や注目を集める国内外のスタートアップをご紹介します。治療法としては薬やカウンセリングのイメージが強い領域ですが、新しい作用機序・アプローチの手法も登場しています。昨今のコロナ禍などの不安定な社会情勢もあり、解決すべき課題として改めて浮き彫りになった中で、どのような取り組みがあるのかをご紹介します。

プロフィール

松浦 恭兵Venture Capitalist / Investment Gr.

これまでの研究テーマは腎結石治療法、腫瘍溶解性ウイルス療法の開発など。在学中は博士学生を中心としたNPOの運営代表を務めたほか、複数の学生団体の立ち上げも経験。2022年4月に当社にキャピタリストとして参画し、主に医療・デジタルヘルス領域での投資業務に従事。世の中の不平等をテクノロジーで是正するベンチャーの創出を目指す。早稲田大学先進理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)

自身の体験談と精神疾患治療の概観

私も学生の頃に不安で眠れない時期が続き、心療内科にお世話になった経験があります。結果的に診断名がつくほどの重い症状ではなかったものの、初診は1-2分のカウンセリングと抗不安薬の処方でした。これは適切な治療フローなのだろうか?と患者ながら疑問を抱いたのを覚えています。

例えば「睡眠障害」はうつ病の症状の1つですが、厚生労働省の統計によると、うつ病を含む気分障害の患者数は2017年には約130万人に増えており、がん診断数と同規模以上になっています。また、抗うつ薬の市場規模は2020年に約7,000億円となっており、年々増加傾向にあります。

現状行われているうつ病の治療法としては、十分な休養を取るなど生活環境面の調整を除くと、
・投薬治療
・認知行動療法
・磁気や電気によって脳に刺激を与える治療法
の3つに分けることができます。

特に電気けいれん療法(ECT)や経頭蓋磁気刺激法(TMS)は、他手法と比べて高い治療効果が示されてきていますが、副作用も強く、特にECTについては主に重度のうつ病患者さんに用いられています。また、いずれの手法も複数回の通院が前提で、忙しい現代社会という環境下、かつ外出が難しいような精神状態の患者さんには適さない場合もあり、例え治験で良好な結果が示されていても、実際の治療現場では患者さんが治療から離脱してしまうケースも多く見られています。

新規薬の上市や技術開発により様々な症状に対応できることは素晴らしいですが、治療薬全体で見ると、最初に処方された抗うつ薬で寛解に至る割合自体はこの数十年で大きな変化がない、というデータもあります。そのため、既存治療法と同じ症状をターゲットとするものであっても、医療機器として、新しいモダリティの治療法に取り組むスタートアップが注目を集めています。

新しい治療法に挑む国内外のスタートアップ

米Akili Interactive Labs社

Akili社は2011年に設立され、現在は注意欠陥多動性障害(ADHD)向けのデジタル治療アプリの開発が進んでおり、他にも自閉スペクトラム症(ASD)やうつ病向け製品の研究開発を進めています。Akili社が提供するADHD治療アプリ「Endeavor Rx」は8~12歳の小児を対象としており、ビデオゲームを通じて複数のタスクを同時に行うことで、ワーキングメモリー(作業記憶)を司る前頭葉を刺激し、注意機能の改善を助けます。同製品は2020年6月に米食品医薬品局(FDA)の承認を取得しており、これはゲームをベースとしたDTxとしては初めての承認事例になります。https://www.akiliinteractive.com/

米Magnus Medical社

Magnus社は、うつ病の中でも特に治療抵抗性・重度の患者を対象としたTMS(経頭蓋磁気刺激)療法を開発する医療機器スタートアップです。fMRI(磁気共鳴機能画像法)を併用したアルゴリズムを用いて脳の特定領域を刺激することで、既存のTMS療法と比較してより高い治療効果を実現しています。当社の製品「SAINT Neuromodulation System」は2022年9月にFDA承認を取得しています。当社は脳内の特異的なシグナル伝達をうつ病の重症度を予測するバイオマーカーとして応用するような研究も進めており、2023年5月には臨床試験の有望な結果とあわせて米国の主要ジャーナルであるPNAS誌(米国科学アカデミー紀要)に発表しました。https://www.magnusmed.com/

日BiPSEE社

日本のBiPSEE社は、うつ病を中心とした精神疾患を対象に、VR技術とスマートフォンアプリを用いた治療方法の開発を行っています。心療内科医の松村氏が代表を務め、認知行動療法をベースとしながら、反すう思考の改善を独自のVRコンテンツによってサポートする製品を開発しています。反すう思考は「なぜあのタイミングで、なぜ私に起きたのだろう」といった答えのない問いを繰り返してしまうもので、抑うつや不安の原因として挙げられます。こういった症状は抗うつ薬で改善しないケースが多く、新しいアプローチの治療法が求められていました。

一方、海外と比較して日本でのSaMD・DTxの広がりはやや遅れをとっており、2020年にCureApp社が開発した「ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」が国内で初めてDTxとして承認されました。2021年6月時点の少し古いデータですが、海外とDTxの承認済み製品数を比較すると、EU19件(うちドイツの早期承認プログラムDiGAで13件)、アメリカ9件、日本1件となっています(現在ではCureApp社の1件、サスメド社の1件を追加し、計3件)。

法整備の観点から国内動向を見ると、2013年の改正薬機法で医療機器の特性を踏まえた規制構築がなされ、規制対象として医療機器プログラムが規定されてから本格的な環境整備が進んできました。2020年にはSaMDの早期実現化を目的とした方針である「DASH for SaMD」が厚労省から公表されたこともあり、今後の参入者の増加が期待されています。

私が精神疾患の新しい治療法に注目する理由

1.投薬治療だけではない、新しい角度でのアプローチに期待

例えば不安症やPTSD等の疾患に対しては、不安の原因になる刺激に段階的に触れることで、不安を消していく「暴露療法」が用いられる事があります。これにVR技術を活用すれば、飛行機への搭乗など通常では再現が難しいようなシーンにも対応可能です。

またコンテンツを自由に組み合わせることで、患者は自分のペースで恐怖を克服することができます。一般的に暴露療法はその効果が認められている一方で院内での対応が難しいものでしたが、VRなどの技術を用いることで実臨床においても現実的になったのは素晴らしい例だと思います。

2.個別化された柔軟な治療が可能

従来の薬は患者ごとに個別最適化することは難しいですが、前述したようなスタートアップが取り組む技術や紹介した治療法は、その場で患者の反応を見ながら、各々に最適なやり方で進めていくことができます。特に、効くかどうか分からない薬を長期間飲み続けることは、精神的負担や通院に割く時間的負担などが大きいものです。自身の症状やその原因に適した治療法を続けることで、より高い治療効果を達成する事例は今後もっと登場すると予想しています。

3.アクセシビリティの向上

精神疾患に限らないですが、デジタル技術を活用することで、遠隔治療やオンラインカウンセリングなど、地域や通院の制約を取り除いた治療が可能になります。これにより、多くの人々が必要な治療にアクセスできるようになります。

4.薬物療法の副作用の回避

VR治療は非侵襲的で、薬物療法に関連する副作用(例:消化器系の問題、頭痛、睡眠障害など)を引き起こしません。薬物に対する耐性も問題にならないため、長期的な治療にも適しています。

これらの理由から私はこの領域に以前から注目しています。今後も新しい技術でこれまでにない治療のアプローチを実現するスタートアップが登場することを期待しています。

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いかがでしたでしょうか。Beyond Next Venturesでは、引き続きアンメットニーズの解決に向け研究開発に取り組まれている研究者、そのような技術を社会実装したいという挑戦者の方々を支援します。起業を検討している研究者の方や同領域でのビジネスに関心のある方は、ぜひご相談いただけますと幸いです。

Kyohei Matsuura

Kyohei Matsuura

Venture Capitalist