【前編】日本企業が知るべき、インド市場の今と成長戦略

Beyond Next Venturesは、2023年12月21日に「電通とBNVが紐解く、日本企業とインドスタートアップの共創戦略~2030年のインド市場を見据えて~」と題してウェビナーを開催しました。

2019年より10社以上のインドスタートアップへの投資と日印連携の促進を行ってきたBeyond Next Venturesと、日本企業向けにスタートアップとの共創サポートを行う電通。

前編では、投資家視点で見るインド市場の可能性から、電通のオリジナルツール「未来曼荼羅」を活用した事業開発プロセスについて、共有してもらいました。

後編では、インドの日本企業に対する期待、手を組む際の注意点、インドスタートアップとの共創の秘訣などについてお話ししていますので、ぜひご覧ください。

登壇者

平井 英之

Dentsu South Asia / Chief Client Officer

平井 英之

1989年電通入社。長年大手企業の事業/企業戦略策定支援を担当。コンサルとは異なる、生活者・未来視点での戦略策定を付加価値として提供。EV付帯サービス開発、AIカーのコンセプト・付帯サービス開発、ロボット関連事業開発、IT農業事業開発、シリコンバレーのスタートアップ参加のアイデアソン企画運営、大手企業×スタートアップによるサービス開発等の支援実績も多数。2023年2月よりインド駐在。日系クライアントのマーケティング業務統括を担いつつ、クライアント様向けビジネス変革支援業務のインド展開を推進。これに資するツールとして、「電通未来曼荼羅」「電通若者研究部」のインド版を開発。

伊藤 毅

Beyond Next Ventures株式会社 / 代表取締役社長

伊藤 毅

2003年4月にジャフコに入社。Spiberやサイバーダインをはじめとする多数の大学発技術シーズの事業化支援・投資活動をリード。2014年8月、研究成果の商業化によりアカデミアに資金が循環する社会の実現のため、当社を創業。創業初期からの資金提供に加え、成長を底上げするエコシステムの構築に従事。2020年にはインドのベンガルール市に子会社を設立し、インドスタートアップへの投資や日印連携にも注力。出資先の複数の社外取締役および名古屋大学客員准教授・広島大学客員教授を兼務。

投資家視点で見るインド市場の可能性

Beyond Next Venturesのインドでの取り組み

伊藤:私たちはディープテック領域を中心に投資している日本のVCですが、2018年ごろにインドの市場に興味を持ち始め、2019年からインドのバンガロールに拠点を置き、本格的にインド投資を行っています。

これまで投資してきた79社のうち、インドの投資先は15社を占めており、私を含め4名体制でインドでの投資を行っています。投資分野は主にヘルスケアやアグリ・フード、AIデジタルです。インドではディープテックだけではなく、デジタル系のプラットフォームやサービス系のスタートアップにも投資しています。

IITハイデラバード校のような大学とMOU(基本合意書)を結び、大学発スタートアップへの投資機会を増やしたり、インド最大のイノベーション拠点であるT-HUBともMOUを結び、日本企業がとインドのスタートアップのオープンイノベーション推進にも取り組んでいます。

インドの市場環境

伊藤:国際通貨基金(IMF)によれば、インド経済は世界で唯一6%成長が継続する見通しがあり、2023年4月時点の一人あたりのGDPは2,600ドルで、今後も購買力増加によってさらに大きく成長する見通しです。

以下の図(JETRO発表)によれば、低所得者層の割合が年々減り、富裕層や上位中間層が2020年の8.5%から2030年には37%まで増えると見込まれています。それだけ購買力が高まることになるので、様々なサービスや商品がさらに受け入れられていく市場になるということです。

所得別世帯数の推移(シェア)予測

その経済成長の原動力になっているのが、人口増加です。2023年には、人口が中国を超えて世界一と発表され、話題になりました。加えて、10~20代の若い方が圧倒的に多いため、2040年までは人口ボーナス期が続くと言われています。

また、デジタル・インディア政策の推進を皮切りに通信コストが下がり、インターネットの利用者数やスマホユーザーが爆発的に伸びたため、インターネットサービスを活用したスタートアップが急増しています。2021年のインターネット利用者数は8.5億人、2021年のスマートフォン保有者数は7.5億人となっています。

Internet Users Are Expected To Cross 1.3 Bn By 2030
India Is Expected To Have 87% Smartphone Penetration By 2030

インドのスタートアップ環境

伊藤:インドは今や米国・中国に次ぐスタートアップ大国で、ユニコーン企業の数も累計108社と世界第3位です。日本のユニコーン数と比較しても、インドのスタートアップ・エコシステムの大きさがわかると思います。

また、ご存知の通り、GoogleやMicrosoftなど、世界のジャイアントテック企業の多くがインド人を経営者に迎え入れおり、経営人材の宝庫とも言えます。

スタートアップへの資金供給量は、グローバルマーケットに連動して足元では減少傾向にありますが、2022年の実績値はイギリスと同水準で世界4位の規模でした。

日本とインドの関係

伊藤:現在、インドには1500社ほどの日系企業が進出しており、JETROのレポートによると、そのうちの7割が黒字だといいます。数年前までは赤字の会社が7割と言われていたので、ここ数年でインドでもビジネスがしやすい環境が整ってきたことが見て取れます。

また、グローバル企業の統計を見ると、多くの企業がインドに開発拠点やイノベーション拠点を設けるのがスタンダードになっています。日本に比べると外資企業の方が先行している印象がありますが、今後は多くの日本企業も同じような動向が見られるはずです。今のうちにインドに進出して、その伸びしろをうまく活用しながら、成長するのが得策だと思います。

日本企業がインドに進出するメリット

伊藤:まずはソフトウェアエンジニアが多数いるため、IT人材を求める日本の企業にとっては開発人材や拠点の確保として大きなメリットになるはずです。また、これから購買力を持つ現地の方が増えていくことで、日系企業の商品やサービスを買い求める方が増える事も予想されます。

加えて、私がインド人の方と話して感じるのは、起業家気質の方が多いという点です。「うまくいくかわからないけど、やってみよう」と考える方が多いため、ゼロイチでの事業の立ち上げや新しい拠点を任せるなどして、日系企業のグローバル展開に貢献してくれると思います。

日本の企業がインドのスタートアップと提携する事例

伊藤:様々な目的で出資や提携をする企業が増えているように感じますね。たとえば、インドでの既存事業を拡大するため、インドに新しく参入するため、共同開発で新しい技術を日本に持ち込むため、といったケースが見られます。インドで新しいビジネスをする際に、自分たちでゼロから始めるのは非常に難易度が高いですが、現地の勢いのあるスタートアップと組めば、そのハードルも下げられます。

私たちのファンドに出資していただいている東芝さんも、昨年からインドのスタートアップと連携するために、私たちとオープンイノベーションのプロジェクトを開始しました。グローバルでは、スタートアップとのオープンイノベーションは当たり前のことなので、日本企業も現地のスタートアップと組みながら市場を開拓していくのが主流になっていくと思います。

Beyond Next Venturesが日系企業に提供するサポート

伊藤:私たちは複数の活動を行っていますが、例えば日系企業側にどのような課題があるのかを整理して、その課題を解決できそうなスタートアップを探索しながら新規ビジネスの立ち上げをサポートしています。

私たちはVCなので現地のスタートアップに投資をしてリターンを出すのが本業ですが、これだけ急成長している市場に日本の企業ももっと積極的に進出してほしいと思っています。

今でこそインドに注力する私ですが、実際に現地に行くまでは、その可能性を全く知りませんでした。現地を見て初めて国の勢いを感じましたし、現地の方と話して初めて起業家気質の方が多いことも知りました。日系企業向けのインドツアーも実施しているため、インド市場に興味を持った方は、気軽に私たちに相談してください。

電通が提唱するインドでの事業開発プロセス「未来曼荼羅」

電通のインドでの取り組み

平井:私は電通サウスアジアの平井と申します。電通に対して、広告の会社というイメージをもっている方も多いと思いますが、実は近年クライアントのビジネストランスフォーメーションを支援する事業も積極的に行っています。長年、広告業界で培ったクリエイティビティやインサイト力を強みにしており、私も15年ほど前から、そのような仕事ばかりをしてきました。

電通自身もまた、スタートアップとの連携が非常に多くなってきました。たとえばクライアントの新サービスをスタートアップの力を借りて一緒に開発したり、電通自身がスポーツをテーマにした世界規模のアクセラも開催しています。今回は広告会社の観点から、企業とスタートアップの共創についてお話していきたいと思います。

スタートアップとのオープンイノベーションを実現する秘訣

平井:前回のBNVさんのイベントで登壇されていた、スズキデジタルの和久田さんの言葉が印象に残っています。「ただただ、新しいことをやりたいだけでスタートアップと組むと、まず失敗しますよ。何をしたくて、どんな相手とどう組みたいのか予め明確にすべきです」とお話しされていて。

スタートアップとの協業に成功している企業がみな口を揃えて言うのが「プロジェクトステートメント」。つまり「解決すべき課題を明確に規定する」ということです。中には最初から規定しているプロジェクトもありますが、「これまでの事業の枠を超えたいんだ」というところからスタートするケースも少なくありません。

その際に、闇雲にスタートアップを探すのではなく、解決すべき課題を定めて、どのように解決するのか方向性を定義するのが重要です。今回は、そのためのツールとして、私たちが開発した「未来曼荼羅」を紹介していきたいと思います。

「未来曼荼羅」が提供すること

平井:未来曼荼羅は未来起点で経営戦略を立案する際や、新サービスを立ち上げるためのツールです。図は日本版の未来曼荼羅で、人口・世帯、社会・経済、まち・自然、科学・技術の4象限に分かれています。

中長期未来曼荼羅

その中心に小さい丸があり、その一つ一つが未来のトレンドです。小さい丸の同心円が3つあり、一番真ん中の円は基盤の未来トレンドとして既に起こりつつあるトレンドを指します。20~30人ほどのプランナーが論理的に捉えたトレンドで、それらを組み合わせながらさらに「こういう未来が来るかもしれない」という発展形のトレンドを考えていくのです。

イマジネーションも交えながら、一つ一つのトレンドを深掘りして事業開発のヒントにしていきます。現在見ていただいているのは日本版ですが、現在インド版を作成している真っ最中です。

インドの未来予測と事業機会

<メンタルヘルス>

平井:たとえば現在インドで注目されているのが、メンタルヘルス領域です。みなさんもご存知のとおり、コロナショックで被害の大きかった国の一つがインドです。多くの死者が出たことに加え、現在元気でいらっしゃる方も大きな精神的ダメージを負いました。

それまでインドではメンタルヘルスという言葉も概念もほとんどなかったのですが、ここに来てメンタルヘルスの概念が顕著になりました。それを象徴するデータが、国別の幸福度ランキングです。

インドは136カ国中126位と、最も幸福度が低い国の一つで、人口が多いこともありますが、自殺者数の数は世界トップです。そのような背景からメンタルヘルス休暇を提供する企業が現れるなど、メンタルケアが大きな社会課題になっているのです。

そのようなトレンドから、不安な状況を軽減するような商品や、日々の生活で小さな幸せを積み重ねていけるサービスが増えていくと予想されます。そのような事業開発のヒントとなるトレンドを50個ほど用意しています。

ウェルネスとメンタルヘルスの重要性

<教育>

次に、インドの大きな未来トレンドの一つに「人口ボーナス」があります。一見、バラ色の未来が待っているように見えますが、その裏に大きなリスクが潜んでいるのも事実です。

その一つが教育機会の不足です。人口増加に伴う教育機会の拡充が間に合わず、これから教育されていない、スキルを持たない若者がどんどん社会に出ていく危険性があります。それは本人たちにとっても、社会にとっても様々な問題に繋がると危惧されているのです。

そのような課題に対し、AIやクラウド技術を使ってオンライン学習プログラムを開発し、低所得層の方々も無料で教育を受けられるようなサービスが考えられます。

<食・農業>

また、食の観点でいうと家庭の冷蔵庫と農家を繋げるサービスにも可能性を感じます。現在、インドではアグリ領域の起業家が増えており、都市の住民と有機野菜農家をマッチングするサービスなどが成長しています。

一方でAmazonが研究している「スマート冷蔵庫」では、庫内の在庫を判別しながら、補充が必要な食品を自動で注文するような仕組みがあります。この2つを組み合わせると、冷蔵庫の在庫をAIが自動で感知しながら、必要な野菜を農家に注文するサービスも考えられますよね。

今日紹介したのはジャストアイディアですが、実際のワークショップでは課題を深掘りながら、それを解決するためのパートナーを探っていくプロセスを踏んでいます。

未来曼荼羅の使い方

平井:一般的には、クライアントとエージェンシーとでワークショップを重ねていきます。その最初に未来曼荼羅を使うのですが、まずはクライアントに気になるトレンドをピックアップしてもらい、参加者全員で論じてもらいます。

その時に注意しているのが、自社起点で考えないこと。どうしても自社の事業や、既存の商品を起点に考えてしまいがちですが、一旦それを横に置いていただきます。フラットに未来トレンドを見比べて、この国にどんな機会や脅威があるのかを考えてもらいます。その上で、気になったトレンドに対して、自分たちでどんなことができるのか考えていくのです。

探索的な事業開発プロセスにおいては、全方位を見回すことが大事ですが、限られた時間やリソースではそれも難しくなります。そのような時に、我々があらかじめ時間を費やして全方位を見渡した成果物である未来曼荼羅を使っていただければ、網羅的かつ効率的な事業開発が可能になります。経営や事業戦略をロジカルに組み立てるための有効なツールとして機能させていくのがこの未来曼荼羅です。

ー以上で前編は終了です。後編では、インドの日本企業に対する期待、手を組む際の注意点、インドスタートアップとの共創の秘訣などについてお話ししていますので、ぜひご覧ください

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