次世代合成生物スタートアップ「ファーメランタ」の勝ち筋 – “プラント”マテリアルの莫大な市場

本日、合成生物スタートアップのファーメランタに新規投資を実行したことを発表しました。そこで、私たちがなぜファーメランタに投資をしたのか、そして、彼らによって「どういう未来が期待できるのか」についてまとめました。

ファーメランタは、植物から抽出されている成分(以下、「プラントマテリアル」と記載)を微生物生産法に置き換え、環境負荷が少なく、より安価なコストで原料生産を目指すスタートアップです。プラントマテリアルの市場は2032年までに1,117億1,000万米ドルに達し、CAGRで12.5%の成長が予測されており(植物抽出物市場、グローバルインフォメーション社による試算)、米国ではユニコーン企業も誕生しています。

なぜファーメランタに投資したのか

ファーメランタの既存プレイヤーとの一番の差別化は「大腸菌」によるプラントマテリアル生産であるという点です。世界のスタートアップの多くが実は「酵母」(大腸菌より高等な生物)を使っている中で、遺伝子制御機構の発達した酵母を使うことの限界も見えてきました。その中で勝てるとすれば、備わっている遺伝子発現制御機構の影響が小さく、スケールアップにも強い別の菌種です。

大腸菌はまさにその対象で、世界中で研究が進んでおり、実生産の実績も多数存在する菌です。酵母は植物由来タンパク質の発現が許容されやすい(遺伝子発現自体の難易度が低い)というメリットがある中で、大腸菌では植物代謝の再現ができればより高効率に生産できる可能性があります。ファーメランタの研究を率いる石川県立大学チームは15年以上大腸菌への遺伝子導入を検証し、プラントマテリアル生産成功の実績を有していることから、この技術であれば世界で勝てると思いました。

技術の優位性だけでなく、彼らの狙うターゲットも魅力的です。彼らが狙う物質は高単価で取引されるプラントマテリアルです。市場としては1物質で1000億円以上、市場の5%を取りに行ける可能性がある物質を選択しているので、1物質の大量生産により会社の価値を大きくできるビジネスモデルが非常に魅力的です。

また、強力な経営チーム体制も投資の理由の一つです。CSOの南先生、CTOの中川先生は、共に大腸菌での植物二次代謝産物生産において世界をリードする研究者です。純粋に研究に没頭する南先生と、実用化を重視する野心的な中川先生は対照的でありながら、お互いを信頼し合っている印象でした。そこに現CEOの柊崎さんが農水省のスタートアップ支援プログラムを通じて正式にジョインして、証券会社等で培われたビジネススキルを生かして、圧倒的リーダーシップで経営を推進しています。

お互いが会社の中での役割(経営側と研究側)を明確化し、同じ目標のために立場を尊重し合える関係性を築き上げているので、非常にバランス感のある、魅力的な経営体制であると思います。

素晴らしい技術、事業の成長性、そして魅力的な経営チームがあれば、既存のグローバルプレイヤーとも高度なレベルで戦うことができ、世界で勝っていけると信じています。

ファーメランタが勝負する合成生物学の世界

合成生物学の歴史

ファーメランタが事業を進める「合成生物学」の歴史と潮流について紹介します。

そもそも「合成生物学」は1970年代に初めて言葉として登場しました。元々は分子生物学(→生物原理の”解明”)における遺伝子の切断酵素である制限酵素の発見と、その応用がスタート地点であると言われています。「自然現象の解明」→「人工的な創造」に展開された瞬間です。その後DNAシーケンサー、次世代シーケンサーといった解析機器の登場もこの分野の発展を加速させました。

合成生物学の応用範囲として、初期は石油化学プロセスの代替として注目され、近年は原料、エネルギー、環境分野での有用物質生産技術に広がっています。具体的に合成生物学が広まってきた背景として、下記3つを挙げます。

1.石油化学プロセスの代替:石油価格高騰がリスクとして、代替手段が求められていた。近年は資源保護や温室効果ガス減少などの背景から、さらに代替法の開発が後押しされた。
2. 有用物質の高効率生産:抗マラリア薬(アルテミシニン)をはじめとした天然由来成分の高効率かつ安定生産法が求められた。
3. 生産工程の短縮:化学合成や酵素反応といった多段階反応を要する手法はコスト、使用エネルギーへの影響が大きい。そこで生産プロセスを1細胞内で構築する手段が脚光を浴びた。

最近ではCRISPRをはじめとした遺伝子編集技術も登場し、今後より技術が発展していくと考えられます。

合成生物学の代表的なスタートアップ

いわずもがな、バイオ技術の政策は世界で議論され、代表的なスタートアップも誕生しています。下記に米国での先駆的な合成生物分野のスタートアップ3社を挙げます。

Ginkgo Bioworks:2008年創業、2021年SPAC上場。1ドル=110円換算で、1.92兆円で上場した「デカコーン」企業。バイオデータプラットフォームをベースとしたサービス提供と、バイオファウンドリ(*)の自動化をメイン事業にしています。

Amyris:2003年設立、2010年NASDAQ上場。既に製品化をいくつかしており、アルテミシニンの前駆体であるアルテミシニン酸をはじめ保湿剤のスクワランやビタミンE、バニリンといったものを上市。2021年では数百億円の売り上げを達成。

Zymergen:2013年設立、2021年NASDAQ上場。微生物による樹脂素材の開発などを行い、住友化学とはディスプレイ用の光学フィルムといった高機能材料に関する提携を行っています。2022年末に前述のGinkgo Bioworks社に買収されました。

  1. (*)バイオファウンドリとは
    バイオ技術を用いたものづくりシステム全体を「バイオファウンドリ」と呼ぶ。前述のGinkgo BioworksやZymergenに特徴的なシステムであり、生産菌株構築から生産条件最適化、およびスケールアップまで機械化しオートメーション化しようという試み。日本でも神戸や千葉で大規模培養設備を備えたバイオファウンドリの体制構築が推進されている。

日本にも、合成生物学分野のスタートアップが存在します。古くから日本では醤油、味噌、酒などの「発酵」技術が他国より発展しており、「微生物による物質生産」という切り口では歴史的に取り組まれてきました。下記に、外来遺伝子を微生物に導入し、物質生産を試みている合成生物スタートアップを紹介します。

Spiber:合成クモ糸で知られるこの領域の先駆的なスタートアップ。大腸菌を菌体として用い、Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)の生産・開発を行なう。

Logomix:UKiSと呼ばれる大規模ゲノム編集技術をコア技術に、高機能細胞を開発するゲノムエンジニアリングカンパニー。

バッカス・バイオイノベーション:日本初の統合型バイオファウンドリを目指し、遺伝子の設計、生産プロセス、試作品の開発のサービスを提供している。

Green Earth Institute:アミノ酸やバイオジェット燃料の生産菌開発の実績を有し、スケールアップに強みをもつ。事業会社との共同パイプラインが中心のビジネスを展開。2021年に上場。

上記のようなスタートアップの台頭に加え、日本政府の動きも加速しています。研究資金・補助金が各省庁から投下され、基礎レベルの研究から支援が加速しています。この合成生物領域は特定の省庁への依存度が少なく、複数の省庁からそれぞれ補助金が出ているため、今後ますますこの領域のスタートアップが増えると予想しています。

▼補助金の一例
経産省(NEDO):カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発、スマートセルプロジェクト、バイオものづくり革命推進事業
内閣府:戦略的イノベーション創造プログラム
農林水産省:農林水産研究推進事業
文部科学省:戦略的創造推進事業、ムーンショット型研究開発事業
JST:革新的GX技術創出事業(バイオものづくり)

合成生物学分野での勝ち筋

我々はこの合成生物学領域で大きな企業価値を目指せるスタートアップかどうかという観点で、最も重要視しているポイントがあります。

それは「既存製品に対しコスト競争で勝っていけるか」です。

従来から取り組まれているバイオ燃料などの「化石燃料由来物質」の代替は、まずコスト競争で勝つのは至難の業だと考えており(※かなり主観的かつ感覚的な意見です。化学合成によるコストが非常に安いのが主な理由です。)、環境負荷低減の路線で付加価値をつけるしかなくなります。

高価な燃料でも環境の観点で導入される事例もありますが、全ての市場が高価なバイオ燃料に置き換わるのは、少なくとも10年スパンでは難しいと考えています。

実際に数百億の売上を誇る米国Amyris社は、創業当初は再生可能燃料や化学品代替を目指していました。しかし現在では、高付加価値のヘルスケア、化粧品、香料などの領域にシフトしています。その傍ら、世界に大きなインパクトを残した抗マラリア薬(アルテミシニン)の前駆体であるアルテミシニン酸製造に成功していますが、原料であるヨモギの生産量増加によるアルテミシニンの原価低下により、採算ベースでは厳しくなった背景があります。

また、日本において米国のような数百億円の資金によって大規模プラントを自社で抱える方法は資金的に現実的ではなく、大量生産によるコスト低減も可能性としては低いと考えています。

現状、グローバルの巨大な資金調達環境下においても、スタートアップは化学品→高付加価値商品へのシフトを進めている点、日本の資金調達環境に起因する大規模生産は難しい観点から、勝ち筋は「既存の高付加価値素材の低コスト化を目的とした微生物生産」であると考えています。

既存の生産手法の課題

低コスト化のために何が必要か考えてみます。

微生物生産において最終産物の原価に乗るファクターは大きく下記の項目です。それまでの研究開発費は抜いています。

・材料費(培養のための培地の組成):出発材料が安ければ当然コストは安くなる
・最終産物の生産効率:生産効率が2倍になれば、最終的なコストは約半分になる
・生産(スケールアップ)にかかる日数:生産日数が増えれば年間の稼働日数が減り、生産量が減る
・抽出・精製フローの複雑さ:工程が増えるごとに生産設備が追加され、減価償却がコストに乗ってくる
・プラント費用と生産規模:既存のプラントシステムを使用できればコスト安く、特殊な加工が発生するとその分高価になる。また規模拡大により最終コストは大きく下がる。

この中で抽出・精製フローやプラント費用に関しては既存のプレイヤーが多く存在し、業界として知見が蓄積されており、原材料と最終産物の物性が分かれば予想を立てることが可能です。同じ菌体を用い、同様の精製フローを辿る化合物であれば、最終原価は同じような価格になると予想されます。

そこで世界の微生物生産を見てみると、既存のグローバル合成生物スタートアップの多くは酵母を菌体として用い、市場の観点から特定の高付加価値化合物の開発にしのぎを削っています。酵母という菌体かつ特定の物質生産であることから、今の競争の中での差別化ファクターは「如何に最終産物の生産効率を上げるか」に尽きると言えます。

そうなると大規模バイオファウンドリを構築し、ひたすら生産効率を上げるための最適化がスタートアップにとって重要になります。恐らくその競争に対して日本の資本力で勝つことは難しいと思われます。

一方で、その大規模設備を以てしても、高付加価値製品の代替に至っているものは限定的です。その理由は既存菌体には生産効率の限界値が存在することだと考えています。

まず前提として、植物独自の代謝経路を経て生産される物質は「植物二次代謝産物」と呼ばれ、ここでは3つに大別します。

1.アルカロイド:有名な成分に、ニコチン、カフェインなどがあり、毒性をもつものが多い(外敵から身を守る目的で作られるため)
2. フェノール性化合物:有名な物質群としてフラボノイドがあり、カテキンやイソフラボンがよく知られている
3. テルペノイド:Amyris社のアルテミシニン酸はここに含まれる

これらはいずれも独自の代謝経路を経て生産されますが、長いもので数十段階の反応が必要です。

次に微生物生産における酵母菌体へのストレスを考えたとき、中間物質の生産に係る酵素を全て導入しなければならず、それらは酵母にとって異物であるため、かなり菌体に負荷がかかります。実際に私自身も研究していたころ、遺伝子の大量発現によって疲弊する細胞は頻繁に見てきましたし、広く知られた事実であると思います。

また、酵母は真核生物であり、遺伝子発現の制御機構が大腸菌などと比較し発達しています。このことは外来遺伝子の発現干渉に影響し、微生物生産において、多数の外来遺伝子発現が酵母菌体自身から発現干渉を受け、結果想定通りの代謝経路構築がうまく進まないこともあるようです。

これらのことから、植物由来の高付加価値物質の生産においては、菌種によって入れられる遺伝子数に、ある程度の制約があると考えています。実際に酵母ベースの既存のスタートアップはアルテミシニンをはじめとしたシンプルな代謝経路の二次代謝物質生産が多いです。

これらの予想から我々の結論として、酵母を利用した微生物生産においては、遺伝子数という制約の下で最大限の生産効率を発揮するため、オートメーション化による代謝経路構築の最適化にしのぎを削る業界図として捉えることができます。

ここから考える、「低コスト化」を目的とした合成生物学領域でのスタートアップの勝ち筋は「酵母以外の遺伝子数の制約が小さい菌体」(=大腸菌はその一つ)によって「生産効率を限界突破」できる技術であると考えており、ファーメランタはこの2つの点をクリアしています。

投資実行までに1年以上かかった理由

Beyond Next Venturesは、ディープテックに特化したベンチャーキャピタルであり、事業化を目指す研究者の皆さんに伴走しながら、スタートアップの起業準備やその後の成長まで支援する組織です。

石川県立大学の研究チームを率いる南先生や中川先生との一番最初の出会いは、弊社のアグリフード分野を専門とする有馬がプロジェクトマネージャーを務める農林水産省のスタートアップ支援プログラム「AgriFood SBIR」です。

BNVとしても彼らのシーズに惚れ込み、プログラム終了後も継続して週次でミーティングを重ねるなどして、事業計画を構成する一つ一つの数値に至るまでディスカッションを重ねてきました。また、プログラム期間中には現CEOの柊崎さんの紹介も行いました。

ターゲット化合物の市場調査をはじめ、どれぐらいの収量と生産効率の基準、生産プロセスの試算、どのアプローチで攻めれば市場を取りにいけるか、等数か月かけて一緒に検証していきました。そして十分な事業計画ができた段階で、リード投資家として出資させていただきました。

最後に – 事業化を目指す研究者の方へ

この先ファーメランタがプラントマテリアルを微生物生産によって置き換え、既存製品の安定供給を実現するとともに、環境負荷の低い微生物生産により、サステナブルなプラントマテリアル供給の未来を見せてくれると我々は信じています。

ファーメランタに興味のある方(彼らの仲間として活動していきたい方、協業先として検討したい方など)はお繋ぎいたしますので、有馬または矢藤まで、またはファーメランタの会社HPよりご連絡ください。

弊社では、微生物をツールとしたバイオものづくりの分野への支援に注力しています。コスト優位な手法だけでなく、脱炭素のアプローチ、新規物質生産法など、まだまだ可能性のある分野は多いと思っています。もしBeyond Next Venturesに資金調達や事業化の相談をしてみたい研究者や起業家の方がいらっしゃいましたら、お気軽にご相談ください。

  1. ディスクレーマー
    本記事は投資推奨を目的とするものではなく、記事内容を参考にした如何なる投資行為に対しても責任を負いません。記載の情報は弊社が正確と信じる情報に基づき作成しておりますが、完全性を保証するものではありません。
Keigo Yato

Keigo Yato

Venture Capitalist

Akito Arima

Akito Arima

Partner