バイオスタートアップの研究開発戦略:再現性問題の克服やチーム作りの秘訣について

多くのバイオスタートアップが成長の過程で直面する「いかに限られた時間、資金、人材を最大限に活用し、研究開発を進めるか」という大きな問題。実際にバイオスタートアップを立ち上げた起業家と、彼らを支援するバイオ業界の専門家をパネリストとして迎え、効率的な研究開発を推進するための戦略的アプローチについて掘り下げました。

本イベントは、2023/12/18 (月)に行われたセミナーでのトークセッションを記事化しています。

登壇者

戸田 光太郎

株式会社メトセラ 事業開発部 バイス・プレジデント

戸田 光太郎

ファーストキャリアであるVCでは約8年間バイオVBへの投資を担当。投資した7社のうち3社IPO。事業サイドの経験を積むためキャリアチェンジ。ノーリツ鋼機グループのベンチャーとして株式会社日本再生医療(JRM)を創業。以降、小児先天性心疾患に対する自家再生医療等製品(JRM-001)の開発に従事。現在は株式会社メトセラ(JRMを合併)でJRM-001のPLとして開発を推進。ジェフユナイテッド市原・千葉のガチサポ。3児(男+男女の双子)の父。

山本 憲幸

株式会社Flox Bio 代表取締役

山本 憲幸

国内大手製薬会社R&D戦略部にてフォーカスエリアの戦略立案・各R&D部門における実行リードを担当。ベンチャー外部案件の評価を担当し、USの複数のベンチャー企業のライセンス・買収を成功に導く。米国マサチューセッツ州ケンブリッジのバイオテックベンチャーにて、創薬研究プログラムの複数の創薬支援研究機関を活用したプロジェクトの推進を実施。2022年に創薬シーズの事業化を加速させるべく株式会社Flox Bio(以下、Flox Bio)を創業。エンジェル投資のNewsight Tech Angelsの創業メンバー。2023年より京都大学医学部・産学連携フェロー。2009年に京都大学大学院にて博士(薬学)取得。

基礎研究と応用研究におけるデータ取得の違い – バイオスタートアップが陥りがちな失敗

バイオスタートアップが創業初期に陥りやすい失敗を教えてください。

山本アカデミアで取得した論文用のデータと事業化におけるデータの本質的な違いに気づかないまま進むケースが多いです。論文を書くためにとったデータや、大学が取得した知的財産権は、事業化を見越していないことも少なくありません。そのため、いざ事業化をしようと思った時に、研究の再現性に苦労するケースや戦略的な新規知財の出願取得で躓いてしまうケースがあります。

私もデータの再現性に関しては「重要な実験に関しては3回しなさい」と強く言われていました。自社だけでなく、外注先で実験してもらうことも一つのオプションです。投資家としても、再現性のない事業にはなかなか投資できません。意外にもスタートアップの研究者や起業家はその事実を知らず、投資家との大きなギャップがあると感じます。

なぜそのような失敗が生じるのでしょうか?

山本:大きな理由としては、客観的なデータの取り方に研究者自身も気づいてないケースです。よく見かけるのが実験の前のプロトコール作成を十分に議論していない場合やマテリアル&メソッドが詳細に書かれておらず、属人的にデータを取得しているケース。どのように実験したのか詳しく書かれていないため、第三者が実験を追試しづらくなります。また、「創薬」としての応用研究を進める上で必要な初歩的な設定を十分に行っておらず、求められるデータが取得できていないケースもあります。

アカデミアで研究しているだけなら問題ありませんが、随分後になって、製薬会社や最終的なライセンシング先のデューデリジェンスで知財面も含め指摘されることになります。

戸田さんも、実験データの質について思うところがあれば聞かせてください。

戸田:私が手掛けている再生医療の分野では、製造工程が非常に重要です。なぜなら、再生医療で使われる原料は生物なので、少し環境が変わるだけでデータに揺らぎが出てしまうからです。

アカデミアでは画一的な環境で実験ができても、事業化すると原料を輸送してもらったり、別の医療機関からサンプルを提供してもらったりすることも珍しくありません。そのような環境の変化があっても同じような結果を出す、つまり製品の安定性を向上させるために、私たちも試行錯誤を繰り返しました。再生医療の製品化は、サイエンスだけでなく「ものづくり」の側面もあるのです。

事業化までの準備期間に、どこまで「ものづくり」の再現性を高められるのか、また、どこまで再現性を高めて事業をスタートさせるかは線引きが非常に難しいですね。これまで投資してきたスタートアップでも、フェーズが進んでロットが増えた時に、再現性がないために対応できないケースも見てきました。環境やロット数が変わっても安定して結果を出すことを意識するのは非常に重要だと思います。

日本に必要なのは「知見の共有」

成功率を高めるために、どのような対策が必要か聞かせてください。

山本最終的なゴールからバックキャスティングして考えることが重要です。たとえば製品の添付文書や申請書を読み解くと、どんな試験をしたのか、どれくらいお金を掛けたのか全て理解できるようになっています。しかし、これは低分子や抗体の場合で、新しいモダリティの製品は少なく、これらの製品の研究や製造に関わる情報はあまり表に出ておらず、日本の先生たちの多くは知りません。これらの情報の特に失敗が起業家に共有されるようになれば、日本のバイオスタートアップも大きく変わるはずです。

山本さん自身も、起業家としてそのような課題を感じたのでしょうか。

山本:そうですね。これまで多くの起業家が直面してきた課題が、海外と比べ日本では共有されていないように感じました。過去の失敗が還元されないと、その後も同じようなスタートアップが同じような失敗を繰り返してしまいます。バイオスタートアップがどこで躓くかを知っているはずの投資家や支援者から、もっと知見を共有してほしいと思っています。

徹底的に事業リスクを洗い出す

戸田さんも、そのような窮地に立たされた経験があれば教えてください。

戸田私は過去に3回ほど資金が底をつきそうな経験をしています。創薬事業は非常に資金を使うため、調達できた額でどこまでMSを達成し、次の調達を達成できるか、というのが常に課題として存在しています。我々の運がよかったのは、当時の経営母体であるノーリツ鋼機グループが、業態転換のために新規事業に投資してくれたことです。厳しい精査はあったものの、中長期的な目線で支援してくれていたため、社会的価値のあると認識いただいた我々の事業に追加投資していただくことができ、本当にありがたかったです。

その後も、ノーリツ鋼機グループからの追加投資が難しくなるなど、窮地に立ったことは何度もあります。しかし、その度に別の企業に支援をいただくことができたり、事業を切り離して売却するなどして事業を存続できました。思い描いていたエクイティストーリーではありませんが、本当に価値ある・社会から必要とされる事業であれば、手を差し伸べてくれる方はいて、何らかの形で事業は続けられると確信しています。

厳しい局面も経験してきて、起業した直後の経営者が意識すべきことはありますか?

山本:自分たちの事業にとって、何がリスクで何がチャンスになるのかを徹底して考え抜くことです。私が初めてスタートアップで働き始めた時も、何度も事業プランを書き直させられたことを覚えています。

何度もプランを突き返させられて「事業を始めたくないのかな」と思いたくなるほどでした。しかし、最初にそれだけ事業リスクを洗い出したからこそ、スムーズに事業を立ち上げられたのです。

起業するとすぐに事業を始めたくなるものですが、実際に走り始める前に事業リスクをしっかり洗い出し、それを言語化して社内で共有することが重要だと思います。

最初にリスクを洗い出すために重要な考え方はありますか。

戸田リサーチとディベロップメントをしっかりと分けて考えることです。リサーチとは、アイデアの種を見つけるのが目的なので、発散して考えなければなりません。しかし、ディベロップメントは承認申請をとるのが目的なので、必要なことを絞ってやっていくことになります。

リサーチもディベロップメントもお金がかかるため、どれくらいの割合で行うのか、バランスの取り方に経営者のセンスが現れますし、よく考える必要があると思います。

チーム作りの秘訣

バイオスタートアップは採用が大変だとよく聞きますが、戸田さんの経験を聞かせてください。

戸田:私は創業期のチーム作りはうまくいったと思っています。その背景には、VCで働いていた時の経験があります。出資先の会社を見ながら「もし自分が起業するなら、こんな人と一緒に働きたいな」という明確なイメージがあったため、そのような方々に声をかけてチームを作ってきました。

一方で、チームを拡大しようとして採用した時は大失敗しました。それは私のマネジメントスキル不足だったと痛感しています。今思うと、信用している人からの紹介(リファラル)の成功確率は高かったですね。

どのような失敗を経験したのでしょうか?

戸田:チーム内でのコンセンサスが十分に形成されていないにも関わらず、資金的な側面・外部から求められている開発速度等といった経営的側面を優先した意思決定をしてPJを進めてしまい、結果、より問題が大きくなるということを経験しました。その結果、チームメンバーからの信頼感を損なってしまったのです。創業時はリソースが少ないため「やらないこと」を決めながら進めなければなりません。その判断を経営マター優先で決めていたら、チームが機能しなくなりました。

その後、様々な人からの応援やご指導もあって考えを改めることができました。今はしっかりとチームのコンセンサスを取りながら事業を進めるようにしています。ただし、合意をとることに使えるリソースも限られているため、仕組みを作りながら改善を繰り返しています。

山本さんから見て、チーム作りの秘訣があれば聞かせてください。

山本:上手くいっているスタートアップは、シニアの経験を生かしながら、若手の力を上手く使っていると思います。シニアの雇用についても、いきなりフルコミットを求めるのではなく、業務委託などから始めてもらうのがいいと思います。会社によっては副業が禁止されているため、相手さえよければお金なしでサポートしてもらうのもおすすめです。

そのように実際に一緒に働いてみて、楽しくなってから正式にジョインしてもらうケースをいくつも見てきました。最初の心理的リスクを限りなく低くして、うまく取り組んでいくのが日本人には合っているように感じます。日本の製薬会社は給料もいいですし、やりがいを持って働いている方も多いため、いきなりジョインしてもらうよりも、まずは会社の雰囲気を知ってもらいましょう。

バイオスタートアップは、どのような人材が必要になるのでしょうか?

山本:「企業出身のベテランを口説けるか」が事業の成長を左右するといっても過言ではありません。創薬や医療業界は規制が厳しいため、経験豊富な人材が欠かせません。ベテランの方々は若い方々のマネジメントもうまく、そのような方が一人いるだけでチーム全体が活性化すると思います。

最後にバイオスタートアップの起業家へのメッセージをお願いします。

山本:エクイティで資金調達をしたスタートアップは、Exitを意識せざるを得なくなりますが、Exitは目的ではなく手段であることを忘れないでほしいと思います。よく「上場ゴール」という表現を見ますが、Exitを目的にするのは投資家の目線です。

スタートアップにとってのExit、特にIPOというのは大型の資金調達をする手段であって、大事なのはその資金を使ってどう価値を作っていくのか。目先の利益ではなく、自分たちの事業を通して社会にどんなインパクトを出したいのか、常に意識してほしいと思います。

最後に

Beyond Next Venturesが運営するシェアラボ「Beyond BioLAB TOKYO」は、アーリーなバイオスタートアップの初期的なラボとして多くの企業にご利用いただいています。製薬企業が集結する東京の日本橋に位置しており、豊富な共通機器、P2/BSL2までの実験に24時間対応、常駐ラボマネによる管理運営業務の代行など、利用者の皆様が研究に集中できる環境を提供しています。カジュアルな利用相談や見学相談を随時受け付けておりますので、ご興味のある方はぜひこちらよりお問い合わせください。

Masashi Tsuda

Masashi Tsuda

Manager