「みんなで創る医療へ」AI医療機器スタートアップを起業した救急医が目指す世界|アイリス 沖山 翔氏

鼻の奥に綿棒を入れる検査から、のどを撮影する検査へー。
判定結果に15分かかっていた検査から、撮影~判定まで数十秒で完了する検査へー。

のどを撮影して数十秒で判定結果が出る

いま、インフルエンザ感染症に革命を起こしているのがアイリス株式会社です。代表の沖山氏によれば、これは最初の事業の一つに過ぎず、本当に実現したいのは「ひらかれた医療」だと言います。

沖山氏が考える次世代の医療の形とは何か、それを実現するためにどのような取り組みをしているのか。100以上の医療施設で勤務経験のある救急医として、また、医療スタートアップを立ち上げた起業家としての沖山氏の哲学を聞きました。

プロフィール

アイリス株式会社 代表取締役

沖山 翔 氏

東京大学医学部を卒業後、日本赤十字社医療センター(救命救急)での勤務を経て、ドクターヘリ添乗医、災害派遣医療チームDMAT隊員として救急医療に従事。その後、医療ベンチャーのメドレーにて執行役員として新規事業開発に携わる。2017年にアイリス株式会社を創業。AI医療機器開発を行う。

【アイリス株式会社について】

病院や医師向けの人工知能技術(AI)関連医療機器を開発。医師の診察技術・その人だけが持つ「匠の技」をほかの医師でも再現できるよう、AI技術を用いて新しい医療の実現に向け取り組んでいる。
医療従事者向けのnodocaサービスサイト:https://nodoca.aillis.jp/
アイリス株式会社公式サイト:https://aillis.jp/

ミッションとして掲げる「ひらかれた医療」とは

ー「みんなで共創できる、ひらかれた医療をつくる。」をミッションに掲げていますが、どのような医療を指すのか教えてください。

沖山:「ひらかれた医療」とは、誰もが医療に貢献できる社会のことです。たとえば献血も医療への貢献のひとつです。献血は義務ではありませんが、多くの人が自ら行なっていますよね。これは「誰かのためになる行為」が人の幸せに繋がるからです。

とある実験では、献血に対価を払うと献血する人が減少したという結果があります。「お金のためにしているんじゃない」と思っている方がいかに多いかがわかりますよね。つまり、献血をした人も受け取った人もみんなハッピーになっているんです。

そして、より気軽に医療に貢献できる仕組みがAIです。診断結果や医療プロセスのデータというのは、それだけでAIの財産。ただ病院にいって診察を受けるだけで、AIの精度が上がり、次の医療に繋がります。一つ一つのデータは小さいかもしれませんが、多くの人が医療に貢献できる仕組みを、サービスを通じて作っていきたいんです。

ー単に医療技術を発展させるだけではないんですね。

私の個人的見解ですが、どんなに医療技術が発展したからといって、それだけで人を幸せにすることはできません。たとえば江戸時代に比べたら今は医療が発展し、多くの病気が治せるようになり、寿命も倍近くに伸びました。

では、今を生きる人達が江戸時代の人たちよりも幸せと言い切れるでしょうか。技術が進歩したことで医療への期待値は高まり、それに反比例して幸福度は下がっているようにも感じます。

例えば、合理性だけを求めた結果がアメリカの医療です。医療が完全にビジネスとして成り立っており、「患者=クライアント」がお金を払えばそれに見合った医療サービスを提供します。しかし、お金が払えなければ最低限の治療さえ受けられません。どんなに医療技術が発達していても、それを幸せと呼べるでしょうか。

私が働いていた沖縄の離島では、真逆の光景が見られました。医療技術は後れていて、都会のように最先端の治療が受けられるわけでもない。それでも島民たちはそれを受け入れていて、がんを宣告されても病と共に生き、最後は自宅で最期を迎える。それはある意味で全うな生き方や死生の在り方の一つだと思います。

離島医として勤務していた頃の沖山

技術を発展させることも重要ですが、それと同じくらい「社会の幸福が増える医療」も大事だと思うのです。

第一歩目に「インフルエンザ」を選んだ理由

ー起業前は医療ベンチャーで働いていたとのことですが、どのように起業準備を進めたのか教えてください。

実は医療ベンチャーを辞めたあと、約1年に渡ってフリーの医師として日本中の医療機関を巡って働いていたんです。どの病院も医師は不足しているので、バイトとして働きながら1年間で100以上の医療機関を巡りました。

日本中を巡りながら、多種多様な医療の形があることに気づきましたし、様々な課題があることも見えてきて。最初から起業に的を絞っていたわけではありませんが、自分のビジョンを実現するために起業が最も現実的だと思い、起業に至りました。

ー起業を決断した時には、インフルエンザの診断サービスの構想はあったのでしょうか?

ありました。これまでのインフルエンザの診断には時間がかかり、改善が必要だと思っていたので。加えて、インフルエンザは風邪を除けば世界で最も罹患回数の多い病気ではないでしょうか。できるだけ多くの人と医療との接点を見出すためには、多くの人が受診するインフルエンザから始めるのが適切だと思ったのです。

ーその構想をどのように実現していったのかも聞かせてください。

医療ベンチャーで働いていた経験から事業作りの勘所はわかっていたので、事業計画書を作って、様々な人に意見を聞きに行きました。当時話を聞きにいったのが、創業メンバーの加藤(取締役副社長 加藤 浩晃)や田中(執行役員 田中大地)です。

特に加藤は厚生労働省で医療ベンチャーの政策立案もしていて、様々なビジネスアイデアを見てきた経験も持っています。そして「ビジネスの成功に必要な要素を満たしている上に、社会貢献にもなる」と言って仲間になってくれました。当時の取り組みは、事業のフィードバックをもらうのと同時に、仲間集めにもなったんです。

ー仲間集めは順調にできたのですね。資金集めで意識していたことはありますか?

誰から投資を受けるかは慎重になっていました。投資家の中には短期的な利益の最大化のみを目指す人もいれば、中長期で腰を据えて見てくれる人もいます。医療サービスを作り上げるには時間がかかるので、後者のような人でなければ一緒に走れません。

加えて私たちはディープテックなので、技術の話ができるかも重要です。それらの条件を全てクリアしていたのがビヨンドネクストベンチャーズでした。BNV代表の伊藤さんが加藤と知り合いで紹介してもらったのですが、話せば話すほど意気投合して。BNVに投資してもらってよかったと思っています。

「正々堂々とビジネスをする」医療業界で成功するために何より必要な姿勢

ーAI医療機器の「nodoca®(販売名『nodoca(ノドカ)』) 」は既に承認も受けていますよね。承認を得るためのポイントがあれば教えてください。

大事なのは承認を受けるためのノウハウと戦略が社内にあるかです。加藤は厚労省に在籍していましたし、彼自身も過去に医療機器を作った実績があります。他にも医療機器の開発経験を持った人が何人かいたので、ゴールから逆算して進められたのが大きかったと思います。

ーなぜそのような人材に恵まれたのでしょうか?

時代とタイミングがよかったからだと思います。私が起業した当初、AI医療機器のスタートアップは私たちの他にもう一社しかいませんでした。そのため、当時AI医療機器スタートアップに関わりたいと思った人は2社しか選択肢がなかったのです。

ちなみにもう一社がビジネス領域で人材を集めていたのに対し、私が集めたのは医療のスペシャリストたち。私は医療ベンチャーでもAI事業を担当していたので、業界でも「医療AIなら沖山」と認識してくれた方がいたのも、優秀な人材が集まってくれた理由かもしれません。

しかし、もしも起業があと1-2年でも遅かったら、これほどまでに人材には恵まれなかったと思います。

ー多くの人に応援されてここまできたとのことですが、医療業界で応援されるための秘訣があれば教えてください。

正々堂々とビジネスをすることでしょうか。医療では王道、正統派であることが非常に重要になります。誰にも後ろ指をさされることなく、真面目に事業を進めなければなりません。

特に医療業界では医師会や学会、厚労省など重要なステークホルダーがたくさんいます。彼らの協力なくしては、どんなに優れたプロダクトを作ってもビジネスを続けることはできないでしょう。

そのような方たちに認めてもらえるように、各業界のステークホルダー、医者や厚労省出身者を引き入れ、しっかりと意見を取り入れるようにしています。

ースタートアップのような「業界をひっくり返す」みたいな考えではいけないのですね。

そうですね。医療業界は一瞬でも止めることができないので、「破壊的」イノベーションという手法にはなじみにくいところがあります。たとえば海外ではUberが成長する過程でいくつかのタクシー会社が潰れましたが、同じようなことを医療業界で起こしたら社会が機能しなくなります。

既存のプレーヤーと共存しながら、新しい価値を生み出していく。そうすれば自然と業界の人たちが応援してくれると思います。

「医師にしか解決できない課題がある」起業する医師を増やしたいという切実な願い

アイリスのミッション

ーこれからの事業計画について聞かせてください。

まずはできるだけ多くの人に私たちのデバイスを体験してもらい、集まったデータを適切に利用させて頂くことによって、より質の高い医療を提供したいと考えています。そのような流れを作ることで、医療は医者だけのものではなく、全人類みんなで作り上げていくものだという価値観を作っていきたいですね。

今でも医者は子どもたちが憧れる職業ですが、単に収入やステータスで選ばれるのではなく、より公共性や社会貢献性で選ばれるような仕事になれば嬉しいです。

ー10年後、20年後はどのようなビジョンを描いていますか?

自分たちのサービスを拡大していくのと同時に、コミュニティ作りや国と一緒にルール作りをしていける存在になっていなければならないと思います。まだまだ日本の医療AIはルールが整備されていないところもあるので、学会を立ち上げたり、教育機関を作ることも必要になるかもしれません。

ー最後にこれから起業を考えている医師の方たちにメッセージをお願いします。

起業する医師はまだまだ足りないので、起業をリスクだと思わずチャレンジしてみてほしいですね。

私は起業する前に「起業とはこういうものだ」と一定の形があるのかと思っていましたが、実際に起業してみるといろんな起業の形があることに気づきました。理想を追いかけることは大切ですが、高すぎる理想は時として自分の足を止めてしまいます。立派な理想を掲げるよりも「この病気の人を治したい」「医療をこんな風にしたい」という等身大の想いを大事に一歩目を踏み出してみてほしいです。

ー医師起業家はもっと増えた方がいいと思っているのですね。

はい。特に医療現場においては、医師じゃなければ見えない、気づけない課題は必ずありますし、それを解決できるのも医師だと思います。私が今でも月に一度は地方で医師としての当直業務を続けている理由もそこにあります。少しでも課題を感じている医師の方は、ぜひ起業に向けてアクションを起こしてみてください。

ー沖山さん、ありがとうございました!

Beyond Next Venturesより

Beyond Next Venturesでは、革新的な研究成果の実用化をスタートアップ起業を通じて目指す研究者の方々と共に、新産業の創出に取り組んでいます。資金調達、会社立ち上げ(創業)、経営チームの組成(創業メンバー探し)、事業計画の作成、助成金申請、採用等、幅広く伴走しています。もし相談先を探されていましたら、ぜひご相談ください。
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