希少疾患・中枢神経系疾患領域での新薬創出に挑む米国バイオベンチャー「Gain Therapeutics」のテクノロジーと戦略

Beyond Next Ventures バイオチームの吉田研(よしだけん)です。世界の創薬の主役がバイオベンチャーになっている昨今、私からはユニークな技術を持つ海外のバイオベンチャーを紹介することで、皆さんに新しい視点を届けていければ幸いです。

今回は、米国のバイオベンチャー紹介の記念すべき第一弾として、昨今新たな創薬モダリティとして注目されている、ライソゾーム病の標的酵素に対して、アロステリックに結合する薬理学的シャペロン(低分子化合物)を開発する、『Gain Therapeutics』 (Bethesda, MD, USA)についてご紹介します。

背景

ライソゾーム病は細胞内小器官の一つであるライソゾーム内にある酵素を発現する遺伝子の変異によって起こる疾患であり、本来であれば酵素によって分解される物質が体内に蓄積されてしまうことによって病気が起こる先天性代謝異常疾患です。

ライソゾーム病の治療法として、欠失している酵素を静脈内投与により補充するという方法があり、「酵素補充療法」と呼ばれます。この方法である程度の症状緩和がみられるのですが、酵素の静脈内投与では脳内に届かないため、中枢神経の異常の症状は改善することができないという課題があります。ライソゾーム病の約70%が進行性の神経変性疾患のため、中枢神経の異常を改善するライソゾーム病治療薬が求められています。

ライソゾーム病の一つであるファブリー病に対する治療薬ガラフォルドを開発、販売している会社に、「Amicus Therapeutics」があります。ファブリー病は、α-ガラクトシダーゼA(GLA)遺伝子の変異によって起こる疾患であり、変異が入ったことによってα-ガラクトシダーゼA たんぱく質に折りたたみ異常や不安定化が起こり、この異常α-ガラクトシダーゼAが小胞体で失活/分解されてしまい、酵素が働かなくなり、その基質であるグロボトリアオシルセラミド(GL-3)がライソゾーム内に蓄積することで起こる疾患です。治療薬であるガラフォルドは、基質であるグロボトリアオシルセラミドと類似した構造であるので、変異した α-ガラクトシダーゼAたんぱく質に結合し、その構造を安定化することができます。そのため、変異α-ガラクトシダーゼAはライソゾームに運ばれ、基質を分解することができ、基質の蓄積を防ぐことにより治療効果を発揮します。このようなたんぱく質の折りたたみ異常/不安定化を制御するシャペロン機能を持つ化合物を「薬理学的シャペロン」と呼びます(詳細はAmicus Therapetuics社のホームページ)。

このガラフォルドは低分子化合物であるため、経口投与可能で、血液脳関門を透過でき、脳にも到達することが可能です。このため、従来の酵素補充療法の欠点である中枢神経の異常の症状改善も可能となっています。

テクノロジー

今回紹介するGain Therapeutics社もライソゾーム病のたんぱく質折りたたみ異常を回復させる低分子化合物を開発しているバイオベンチャーであり、アロステリック部位に結合する低分子化合物を用いてたんぱく質のフォールディングを正常化するというコンセプトの創薬を行っています。Amicus Therapeutics社のガラフォルドは、基質であるグロボトリアオシルセラミドの類似構造を持つ低分子化合物のため、ターゲット分子であるα-ガラクトシダーゼAたんぱく質の基質認識部位に結合します(オルソステリック部位)。基質認識部位を競合するということは、つまり酵素の働きを阻害するという欠点を持ち、一方で、Gain Therapeutics社の目指す創薬ではターゲット分子のアロステリック部位に結合するため、基質認識部位に対して基質と競合的に結合せず、酵素と基質の反応を邪魔しないため、オルソステリック部位に作用する薬物に比べて高い治療効果が期待されます。これがGain Therapeutics社の持つ独自創薬Structurally Targeted Allosteric Regulators(STAR)の利点です。

Gain Therapeutics社が、独占的にライセンスを受けた独自のプラットフォームであるSite-Directed Enzyme Enhancement Therapy(SEE-Tx)は、以下のような流れで創薬を行うことが可能です。

①アロステリック部位の同定

酵素の3次元構造と計算技術を用いて、SEE-Txプラットフォームでは、分子シミュレーションにより”結合ホットスポット “と呼ばれるこれまでにない結合部位を同定しマッピングすることが可能です。これらのホットスポットの量、密度、性質、質によって、たんぱく質のドラッガビリティー、つまり、薬物のような低分子化合物が適切な効力で特定の部位に効果的に結合できるかどうかが決まります。次に、独自の構造ベースの仮想スクリーニング手法を用いて、市販されている700万から1000万の化合物のプールをフィルタリングし、ホットスポットに結合して機能的効果を発揮する可能性のある化合物を特定することができます。この情報をもとに構造テンプレートを作成し、新たに発見されたアロステリックサイトに結合し、酵素を正しいフォールディング構造に導く可能性のある独自の低分子化合物を絞り込んでいくことが可能です。

②Structurally Targeted Allosteric Regulators(STAR)の同定

Gain Therapeutics社の化合物同定プロセスは、検証されたターゲット分子アプローチを採用しているため、ランダムスクリーニングよりも効率的で効果的な創薬ツールであると考えられます。ランダムスクリーニングでは、非常に多くの化合物ライブラリを対象に、ターゲットへの結合などの特定の機能を果たす能力をテストし、手間をかけてスクリーニングし、追求する価値のある製品候補を特定しなければいけません。一方、Gain Therapeutics社のプラットフォームで生成されたすべての低分子化合物は、(1)標的酵素の機能を回復させることが病気の治療につながる、(2)SEE-Txプラットフォームが、酵素の機能活性を回復させるために利用可能な薬効のあるアロステリック結合部位を特定できる、という2つの部分からなる分子仮説に基づいて化合物を選定、特定することが可能です。このアプローチでは、各アウトプットが上記の2つの部分からなる分子仮説を満たす必要があるため、多くの偽ヒットが排除されるという点でより効率化が可能です。

Gain Therapeutics社のSTARには以下のような利点があります。

  1. 5〜6週間でアロステリック部位を特定し、2〜3週間でヒット化合物をスクリーニングし、2〜3ヶ月で化合物を検証することができる。
  2. アロステリック結合部位に高い特異性を持ち、標的酵素の活性部位とは相互作用しないため、忍容性と反応性の両方を高めるように設計されている。
  3. 低分子化合物であるため、経口投与が可能で、血液脳関門を通過し、骨や軟骨などの難治性組織にも入り込むことができます。神経症状を伴う疾患を効果的に治療することが可能となる。
  4. 当面はライソゾーム病をターゲットとしているが、新たなターゲット分子が同定できれば、その可能性を拡大していくことが可能な技術プラットフォームである。

パイプライン

現在、Gain Therapeutics社では、以下のようなパイプラインが動いています。

GM1ガングリオシドーシス/ムコ多糖症IV型プログラム

GM1ガングリオシドーシス/ムコ多糖症とは、GLB1遺伝子の変異により、骨、軟骨、角膜にケラタン硫酸が蓄積する進行性のライソゾーム病です。βガラクトシダーゼをコードするGLB1遺伝子の変異によって起こり、この変異はGLB1たんぱく質の折りたたみ異常を引き起こし、機能欠損が起こります。その結果ライソゾーム内に、毒性物資であるGM1やケラタン硫酸が組織内に蓄積します。遺伝子治療が検討されていますが、まだ臨床開発の初期段階であり、Gain Therapeutics社ではGT-00493、GT-00513を有望な化合物として開発中を行っています。

開発中の適応症
・リード化合物最適化段階:GM1ガングリオシドーシス/ムコ多糖症IV型

神経原性ゴーシェ病プログラム

神経原性ゴーシェ病は、GBA遺伝子の変異により、体中のマクロファージにグルコセレブロシドが蓄積し、肝脾腫、骨痛や病的骨折、中枢神経障害を引き起こすライソゾーム病です。グルコセレブロシダーゼをコードするGBA遺伝子の変異によって起こり、この変異はグルコセレブロシダーゼの折りたたみ異常を引き起こし、機能欠損が起こります。その結果、ライソゾーム内に毒性物質であるグルコセレブロシドが組織内に蓄積します。Gain Therapeutics社ではグルコセレブロシダーゼに特異的に結合し、その熱安定性を高める低分子化合物GT-02287、GT-02329を取得しています。

開発中の適応症
・リード化合物最適化段階:ゴーシェ病

GBA1遺伝子変異を持つパーキンソン病プログラム

GBA1遺伝子の変異は、神経細胞の細胞体にα-シヌクレインが蓄積することを特徴とするパーキンソン病や関連する神経変性疾患を発症させる最も病原性の高い危険因子の一つです。Gain Therapeutics社では、グルコセレブロシダーゼに特異的に結合し、その熱安定性を高める低分子化合物GT-02287、GT-02329を取得しています。マイケル・J・フォックス財団およびシルバースタイン財団からの助成を受けています。

開発中の適応症
・リード化合物最適化段階:GBA1遺伝子変異を持つパーキンソン病

ムコ多糖症I型(MPS1)プログラム

IDUAは、グリコサミノグリカン、特にヘパラン硫酸やデルマタン硫酸と呼ばれる大きな糖分子を分解するために必要なリソソーム内の酵素です。IDUAが誤って折りたたまれると、骨や軟骨に毒性レベルの基質が蓄積され、MPS 1を発症します。Gain Therapeutics社ではIDUAのアロステリック部位に結合して機能的効果を発揮する特定の化合物を取得しています。

開発中の適応症
・探索研究段階:MPS1

クラッベ病プログラム

GALCという遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝性のライソゾーム病に、クラッベ病があります。GALCは、主に神経系や腎臓に存在する脂肪であるガラクト脂質の分解に必要なリソソーム内の酵素です。GALCが分解するガラクト脂質には、神経細胞ミエリンの必須成分であるガラクトシルセラミドや、ミエリン生成時に形成され、細胞に毒性を持つサイコシンなどがあり、GALCが誤って折りたたまれると、ガラクトシルセラミドが蓄積してミエリンの生成が阻害されたり、サイコシンが蓄積して細胞の脱髄が起こり、最終的にはクラッベ病に繋がります。Gain Therapeutics社では、GALCのアロステリック部位に結合し、in vitroで酵素を安定化させる化合物を同定済みです。

開発中の適応症
・探索研究段階:クラッベ病

最近のニュース

Gain Therapeutics Announces Research Collaboration with Sumitomo Dainippon Pharma Co., Ltd to Advance Gain’s Lysosomal Enzyme Allosteric Regulator Program(2020年9月10日)
希少な遺伝性疾患および脱髄性疾患における欠陥のあるリソソーム酵素の機能的活性を回復させるための構造的に標的となるアロステリックレギュレータの研究開発に関する戦略的研究協力契約を大日本住友製薬と締結しています。

キーワード

  • ライソゾーム病
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コメント

ライソゾーム病は遺伝子治療を含めてさまざまなモダリティでの臨床開発が進められており、希少疾患ではありながら、非常に競争が激しい領域です。ですが、脊髄筋萎縮症におけるZolgensma(AAV遺伝子治療)、Spinraza(アンチセンスオリゴヌクレオチド)、リスジプラム(低分子化合物)の3つの治療薬ができ、低分子化合物がシェアを広げている状況を見ると、Gain Therapeutics社が効果の高い低分子化合物を開発できれば十分勝負になるのではと思われます。

酵素の3次元構造を正常化するアロステリック部位を同定する技術が進んでいる状況を見ると、やはり3次元構造を利用した創薬はドラッグデザイン技術を革新的に変えているということを実感させられますGain Therapeutics社の技術で、ライソゾーム病ターゲット分子以外にも幅広いターゲット分子に対するアロステリック結合低分子が見出されれば、一大分野になっていくかもしれません

最後に

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