「脳の可能性を最大限に引き出す」慶應大発医療機器ベンチャーが創り出すBMI技術の未来|研究者の挑戦

研究成果の社会実装にかける想い、現在地にたどり着くまでの葛藤や生き様を聞く「研究者の挑戦」。第3回となる本記事では、脳科学とAIを融合した医療機器の開発を行う株式会社LIFESCAPES(旧社名コネクト株式会社)の牛場 潤一氏に話をうかがいました。

脳に本来備わっている「可塑性」という性質を研究するために学者の道を目指した牛場氏。脳卒中などで失ってしまった運動機能を、再び取り戻せる希望として、数年前から大きな注目を集めています。そして、この可塑性を最大限に引き出す「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」技術を事業化したのが株式会社LIFESCAPESです。

慶應義塾大学で准教授をしていた牛場氏が、なぜ起業という道を選んだのか、学者と起業家を兼業する上で重要なことはなにか、インタビューの様子をお届けします。

プロフィール

株式会社LIFESCAPES
代表取締役 兼 慶應義塾⼤学理⼯学部⽣命情報学科教授

牛場 潤一 氏

史上最年少で博⼠号を取得し、最年少でテニュア・ポジションを取得。理⼯学部で初めての神経科学研究室を33歳で主宰。理⼯学部で初めて非臨時の代表取締役として兼務許可取得。Clinical BMI Society エグゼクティブ・ボードメンバー、Real-time Functional Imaging and Neurofeedbackプログラム委員、⽇本臨床神経⽣理学会代議員、The Annual BCI (BMI) Award 2015 審査委員⻑を務める。専⾨領域:神経科学、リハビリテーション医学、データサイエンス

【株式会社LIFESCAPESについて】

2018年5月に設立された、慶應義塾大学発スタートアップ企業。脳内の神経配線を繋ぎ変えて新たな機能を生み出す「可塑性」という性質に着目し、重度運動障害の治療実現をミッションに掲げ、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)をコア技術とした革新的な医療機器の開発に取り組む。https://lifescapes.jp/

家族の影響で小さなころからの夢だった学者へ

ーまずは学者を目指したきっかけから聞かせてください。

私の家系は学者が多く、学者だった父の姿を見て、小学生の時から自然と目指すようになっていました。その中でも特に私が興味を惹かれたのが脳の「可塑性」。脳に備わっている、神経配線を繋ぎ変えて新たな機能を生み出す性質のことです。

迷うことなく学者の道に進み、25歳で博士を取得し、33歳で准教授となりました。

ー自身の研究を社会実装しようと思ったのはなぜでしょうか?

私の研究が実用化されれば、病気で運動機能を失った患者を救えるかもしれない。そのような想いから、どこかのタイミングで研究成果を社会に還元しなければいけないと思っていました。研究に協力してくれた患者さんのためにも、成果を社会実装していくべきだと日々感じていたのです。

しかし、私はそれまで研究しかしてこなかった人間。社会実装する方法などわかりません。具体的なアクションを起こせずにいた私が、起業を意識するようになったのは、国の委託研究プロジェクトのなかで開かれた会議でのことです。あるアドバイザーの先生から「研究成果を世の中に出していくためには、民間の力も活用していくべきだ」と言われまして。

アカデミアで成熟させた技術を、ベンチャー企業を通して社会実装する。その仕組みがあることは知っていましたが、具体的なイメージがなかなか湧きません。誰かパートナーを探そうとは考えたものの、自分も経営を知らなければパートナーの目利きもできないと思い、ビジネスについて学び始めたのです。

その矢先に出会ったのがBeyond Next Ventures(BNV)が主催するアクセラレータープログラム「BRAVE」でした。

BRAVEをきっかけに歩み始めた起業家への道

ーBRAVEをどのように知ったのか教えてください。

BRAVE2017 Winterにて

サンディエゴから産学連携に詳しい教授が訪れるということで、とある朝食会に誘われて参加したのがきっかけです。そこにBNVの吉川さんが参加しており、英語で専門的な質問をバシバシしている姿がとても格好よく、アカデミックなオーラをまとっていたのが気になったので、会が終わってから話しかけに行きました。

起業を考えていることを伝えると「数日後にBRAVEの締切があるからぜひ参加してください!」と言われまして。急いで書類を作って応募しました。

ーBRAVEに参加してみていかがでしたか?

とても勉強になりました。BRAVEではBNVから紹介された方と経営チームを組みました。ご紹介いただいたのは、医療機器ベンチャーと創薬ベンチャーでの経験が長いお二人。事業経験豊かなお二方から、事業計画や財務計画の作り方など経営の基礎を学べました。

それまで経営のことなど何も知らなかった私にとっては、とてもありがたい経験でした。幸運なことにプログラムで優勝することもできました。

このときのチームメンバーには、BRAVE期間中だけでなく、創業前から現在に至るまで折に触れて相談相手になってもらい、今でも大変お世話になっています。

ーでは、抵抗なく起業できたのですね。

いえ。学者家系で育ち、周りにビジネスをする人がいなかった私にとって、「利益を追求する」という意味を狭く捉えていたために、少なからず抵抗感はありました

それを払拭できたのは、実際に起業をしてからです。どんなに素晴らしい取り組みも、経済合理性がなければ続かない。そんな当たり前の事実を身に沁みて感じました。また、お金をもらうということは、それだけ価値のあるものを作らなければいけないということ。だからこそ真剣になりますし、その実現のためにチーム一丸になって取り組むのはとても意味のあることだと感じるようになりました。

学理の探求を旨とする研究者が起業するにあたって、利益を追求する実業という行為をいかに自分なりに咀嚼するかが、最初の大きな一歩になるのではないでしょうか。

起業準備で最も重要なのは「決断」すること。失敗から学んだ教訓

ー起業を準備していく上で、一番大切だと思ったことを教えてください。

「決断すること」です。今いる地点から数年後に、事業が世の中に組み込まれている世界を想像するとき、自分はどのようなステップを踏みながら構想を現実化させていこうと思っているのか。そこに曖昧さや迷いがあっては、周りはみんな不安になってしまって、「この人についていこう!」とは思ってくれないですよね?自分が信じた未来予想図を、どれだけ解像度高く語れるか。判断に迷う場面があったとき、どれだけ思い切って選択肢の1つを握れるか。こうした「腹の据わり方」ができているのかどうかは、とても大切だと思います。

私は当初、ビジネスに精通した人からのアドバイスを額面通り受け止めすぎて、「ふーん、そういうものか」という程度の腑の落ち方で事業計画を立てていました。BNVの伊藤社長には、そんなどこか他人任せな態度を見透かされて叱られました。事業計画の立て方に「やってはいけない悪手」はあるけれど、成功のための道筋に正解はない。自分が信じる道筋を、数字に語らせるようにして事業計画を立て切るようになってからは、腹の据わり方が変わりました

こうした経験を経て、事業への思いを共にできる旧知の方を取締役に迎えることができ、そこからもう一回事業計画を作り直したことで、投資家からも「やっと会社らしくなったね」と評価されて資金を調達することができました。その経験から「自分で決断することの大切さ」を学びました。

ー起業されてから、仲間集めで注意したことはありますか?

私たちの技術領域に関心がある人、それを社会に還元することに共感してくれる人を見極めて仲間にしてきました。一方で、スタートアップは苦しい時も沢山ありますので、私たちの事業を単純に「成長性」や「収益性」の観点からしか見ていないような人や、自分の就職条件を天秤にかけているように見える人には注意を払いました。

これは、投資家についても同じようなことが言えると思います。経済的リターンだけが全てではなく、「なぜその事業をするのか」「その事業は社会にどんな価値をもたらすのか」という視点を重視している投資家が、私が当初想像していたよりも多く存在することを知りました。想いの部分がしっかり重なる投資家を迎え入れることで、資金調達後の会社経営はずいぶん変わると思います。

ーCOO兼CTOの森川さんも、その時にジョインしてもらったのですか。

そうです。私は大学教員との兼業になるので、会社経営にフルコミットできません。そのため、経営を共に担ってもらえるパートナーを探していたのです。その時、以前BMIの産学連携プロジェクトで一緒だった森川さんを思い出しまして。

技術開発の力もありつつ、社内の中堅や若手を巻き込んで成長機会を与えながら、締めるところはビシッと締める。冷静な視点で技術の見極めや弱点を把握しながら対策を進める。そんな姿が当時から気になっていました。会社を興す時に「一緒にやりませんか?」とお誘いして会社に入ってもらいました。森川さんはAIや半導体の設計など、私が詳しくない分野に長けている上、ビジネスの世界もわかる。私の話を理解した上で、それをビジネスに落とし込んでくれる、頼れるパートナーです。

ー現在の事業フェーズについて教えてください。

BMI技術を活用した医療機器開発中

この1年は医療機器メーカーとしての体制を整える時期でした。自分たちで品質を管理しながら、委託製造先と一緒に製品を作っていくための仕組み作りですね。省令に則って書類に残していきながら、手続きを踏んで品質を担保していきます。メーカーでの経験が深い経験者を採用し、東京都への申請を進めてやっと医療機器メーカーとしての体裁が整いました。

これからの課題は、製品を製品としてきちんと販売すること。私たちの事業はこれまでに前例がない「イノベーション」です。それはつまり、今の「非常識」であるということ。そう簡単には受け入れらないでしょうし、理解されるまでにたくさんの課題を乗り越えていく必要があるでしょう。

実は大学でBMIの研究発表をした10年前も、「受け入れてもらえない」という経験をしました。「BMIで麻痺が治るなんて、さすがにちょっと無理なんじゃない?!」と笑う人もいれば、「医療のことを安易に考えすぎだ」と怒る人もいました。それでも諦めずに研究を続け、少しずつ出てきた実験結果を説明しているうちに、「これはすごいことなんじゃないか」と周りが気づき始めてくれたんです。大学で経験してきたことを、今度は会社を通じて社会に向けてアクションする番だと思っています。

「起業を焦るな」大学の研究予算に不満を持つ学者たちに伝えたいメッセージ

ー学者の方が起業する上で気をつけるべきポイントがあれば教えてください。

焦って起業しないことです。いわゆる研究開発型ベンチャーは、技術そのものが新しいコンセプトなので、類似のものは存在しないわけですね。そこのオンリーワンの開発力をどのように継続的に担保しながら会社で磨いていくのか。すごく慎重な検討が必要だと思っています。

学者の中にはアカデミアからの予算がなかなか獲れないからといって、投資家からお金を引っ張るために起業しようとする方も少なくありません。しかし、投資家のお金は基本的にはリスクを伴います。投資を受ければその分自分の株が希薄化されますし、会社の重大局面で意思決定が思うようにいかなくなる可能性もあります。研究開発に大きな資金が必要な場合、こうしたリスクはさらに大きくなります。

それに比べて大学や研究所で受託できる公的資金にリスクはありません。すぐに事業としての売上を求められるわけでもありませんし、公的資金の獲得に関わらず、所属先機関から給料ももらえるので安定した生活も送れます。腰を据えて試行錯誤に明け暮れることが許されていると言うこともできるわけです。大学や研究所にある共有設備を使ってハイエンドな分析をする環境も整っているのですから、それを利用しない手はありません。

私の場合はAMEDや文科省などの公的研究費の助成金を活用しながら、大学の中で開発・PoCなどを行いました。起業後、投資家からはこれらの基盤的な技術や検証結果を高く評価していただき、事業化に大きな追い風となりました。ひとたび投資を受けることになれば、いろいろな検討をゆっくりやっている暇はなく、「これだ!」と定めた道を脇目も振らず最短で駆け抜けなくてはいけませんから、どうしてもドッシリと構えた研究をすることはできません。設備も大したものは揃えられませんから、重厚な研究開発ができずに先細っていくリスクがどうしても伴います。時間をかけてもいいから、大学や研究所でしっかり研究成果を出す起業するのはそれからでも遅くはないのではないでしょうか。

もちろん、大学にいてはできないこともあります。例えば、私たちなら医療機器製造販売業の業許可を取ることや、高度専門人材の採用条件を自分で自由に設定できることなどです。起業しなければできないこと、大学にいてもできることを整理して、後者でできることはすべてやりつくしてから起業するのがポイントだと思います。

ー起業前の準備が大事だということですね。

起業してからファンドレイズするのも、大学で資金を集めるのも、結局は同じくらい大変です。シードマネーとよばれる起業のための支度金も、実績やメンバーがちゃんと揃っていなければいつまで経っても集まりませんし、特許や試作品や検証結果がある程度揃っていないと、科研費を超えるような大きな金額を投資で呼び込むことは難しいです。起業したからといって、大学よりも簡単にお金を集められるわけではないと思います。

大学でしっかり特許などをとっていたり、製品の製造プロセスや検証結果もある程度整っていたりすれば、これを継承した企業にとっては大きな価値となるため資金調達もしやすくなります。ゼロから研究を始める企業と、既に特許や試作品などのアセットをもっている企業、どっちが投資家に好かれるかは一目瞭然ですよね。まずは焦らず大学でしっかり研究成果を出すことに集中する、という冷静な視点も必要でしょう。

ー学者と起業家を両立していることのメリットがあれば教えてください。

慶應義塾大学 牛場研究室

大学での研究を社会の役に立てられる、というのは当然ですが、実はビジネスで学んだことが大学での研究にも活きています。例えば、ベンチャーでは部署ごとに進捗を確認して、遅れているチームがあれば他のチームがフォローするのは当たり前です。しかし、大学の研究室では「探索や試行錯誤こそが学び」という意識が強すぎるあまり、学生の個々の取り組みや進捗に任せすぎる傾向がありました。

私の研究室ではいま、学生ひとりひとりの取り組みのゴールイメージの共有、ゴールまでの研究工程の細分化、遅延や失敗のときのリカバリープランやフォローする体制などを解像度高く明文化してもらって、みんなでそれを把握し合う仕組みを構築しています。学生の個々の裁量や自由度は確保しながらも、進むべきゴールをはっきりさせて今までより丁寧に進捗を把握するようになったことで、学生自身に迷いがなくなりましたし、研究のアウトプットも上がりました。こうした経験は、学生たちが将来就職したり、独り立ちして研究したりする時にも役立つのではないでしょうか。

ー牛場さんの学者としての経験がビジネスに活きたことはありますか?

学者として培ってきたことは、まだ誰も見ぬフロンティアを言語化したり体系化したりする力です。これはベンチャー企業を興し、事業計画を立案する上で大いに役立っています。

次に、自分で研究、検証をして、考えを証明する力。私たちのように医療機器を事業とするベンチャーでは、エビデンスを集積していく力こそが成長のドライバーです。これを自分で引っ張れることは大きな力です。そして最後は、教育、啓蒙、リーダーシップを担える力です。仲間を社員として引き入れ、自分の経験や知識を共有しながら、皆がまだ見ぬ世界へと先導していくことは、ベンチャーの経営にも欠かせません。こうしてみると、アカデミアで求められる資質や素養は、ベンチャー企業の経営にそっくりそのまま活かされますね。

ー最後に、起業を考えている研究者の方にメッセージをお願いします。

私は死ぬときに「これを探求するために生きてきたんだ」と言えるような足跡を残したいと思って、毎日の活動に取り組んでいます。表面的な成功や失敗にこだわるのではなく、自分が何をしたら死ぬ時に満足できるのか、後悔せずに生きられるのか、それを考えれば自ずと次のアクションが見えてくるのではないかと思います。ぜひ、一歩踏み出してもらえたら嬉しいです!

Beyond Next Venturesより

当社では、革新的な研究成果の実用化に取り組む研究者の方々と共に、様々な課題解決に取り組んでいます。資金調達、会社立ち上げ(創業)、初期段階の事業計画の作成、助成金申請、経営チームの組成等にかかわるあらゆる支援を行っております。ご自身の研究成果の社会実装に挑戦したい方は、ぜひ弊社にご相談いただけたら幸いです。
お問い合わせ先:https://beyondnextventures.com/jp/contact/

Beyond Next Ventures

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