カーブアウトベンチャーの成功確率を上げる方法論(前編)~カーブアウト後のスムーズな外部連携のために知っておきたい知財・契約のポイント~

2021年9月28日に開催した、第3回目となる「カーブアウトベンチャー研究会」。今回は弁護士法人内田・鮫島事務所パートナー弁護士の栁下先生をお呼びし、カーブアウトの成功確率を上げるための方法論についてお話いただきました。

登壇者

弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士

栁下 彰彦 氏

1994年慶應義塾大学院理工学研究科物質科学専攻博士前期課程修了後、三菱化学株式会社入社、エンジニアとして電子写真感光体の研究開発に従事した後に、社内弁理士として同社知的財産部にて出願・渉外実務に従事。2006年から万緑国際特許事務所にて弁理士として稼働しつつ2009年03月桐蔭法科大学院夜間社会人コース卒業。2009年09月司法試験合格/11月 司法研修所入所(新63期)。2010年12月弁護士登録。2011年1月内田・鮫島法律事務所(現・弁護士法人内田・鮫島法律事務所)入所。2016年より同事務所パートナー。

カーブアウトベンチャーの知財論

栁下:私は大学を出てすぐに弁護士になったわけではなく、理系の大学院を出た後に、三菱化学(現・三菱ケミカル)で6年間エンジニアをしていました。そのときに弁理士の資格を取得して同じ会社の知的財産部に異動後7年間働き、その後弁理士として独立しました。独立後、仕事をしながら夜間のロースクールに通い、弁護士資格を取得しました。現在は、弁護士法人内田・鮫島事務所というところにおり、2016年にパートナーになりました。

私自身このような経歴のため、挑戦する人をサポートすることが最大の喜びでもあります。そうした意味でも、今回ビヨンドさんにお声がけいただき大変嬉しく思っています。本日はよろしくお願いいたします。

カーブアウト型の起業とは

「カーブアウト」という言葉自体は多義的なのですが、ここでの意味は「親元企業に所属する技術者が親元企業と友好な関係を築いたまま、親元企業の “リソースを利用して”(ここが重要になります)、外部資源も取り込んで起業をすること」と定義します。

カーブアウトベンチャーは成功が約束されているわけではありません。しかし、法務や知財の側面から考えたとき、「成功確率を上げるための方法論」はもちろん存在します。この前編では、カーブアウトした「後」に事業化を目指した他の企業とのコラボにおける方法論について詳しくお伝えします。

基礎知識のおさらい「契約とは」「特許とは」

まずは基礎知識をおさらいしましょう。カーブアウトで事業化を目指すとき、契約や特許について正しい知識をもつことは非常に重要です。

契約とは

Aさん・Bさんの2人がいたとき、Aさんが申し込んだ内容をBさんが承諾すると、その申込と承諾の内容について、両者の間に拘束力が生じます。これを「契約」と言います。

ここで1つクイズです。まずは「申込」について。
コンビニエンスストアでお菓子を買おうとする場合、お客さんの “申込” にあたるのはどちらでしょうか?

  • A 陳列棚にお菓子が並べてある場合
  • B お客さんが、レジにお菓子を持って行ったとき

これはBが正解になります。お菓子をレジに出したときに「売ってください」という申込があるという状態。

次に「承諾」について。
コンビニエンスストアでお菓子を買おうとする場合、お店の “承諾” にあたるのはどちらでしょうか?

  • A 陳列棚にお菓子が並べてある状態
  • B 店員がレジに出されたお菓子をレジ打ちしようとしたとき

これも正解はBで、店員さんがレジ打ちしたときに承諾され、売買契約が成立します。売買契約が成立するとお客さんはお金を払う義務が生じ、お店の人はその品物を引き渡す義務が生じます。これを「契約」と言うわけです。

ちなみに、ご存知だと思いますが、契約の効力は原則契約をした当事者間でしか生じません。これは契約において重要なことですので、頭の中に残しておいてください。

特許とは

特許の機能が何かと言うと、「原則として、特許の内容について自分だけが “独占して実施できる” こと」、つまり「自分以外の誰も実施することができない=“排他力”」ということになります。

この「独占」と「排他力」が特許の効力ですが、特許の内容を実施する誰に対しても権利行使ができる点が、先程の契約とは異なります。契約はあくまで約束した人同士しか拘束されませんが、特許権を持っていれば、特許の内容を実施した人全てを排除できます。

参考までに「もし特許を取ることができていたら、どのようなことが起きていたか」について1つ例を挙げてお話しします。

これは、2007年のタッチパネルの特許出願の一例です。出願人はアップル・コンピューター、いわゆるApple(アップル)です。

アップルは、マルチポイント・タッチスクリーンの特許を申請しました。特許の明細書を読むと、「カーソルまたはポインタなどの物体を動かすこと、スクロールまたはパンを行うこと」と書いてあります。

これはまさに、iPhoneやiPadなどのタッチパネルをイメージした特許です。しかし、ソニーや東芝などの公知文献がすでにあったためか、この特許は取れませんでした。

もしアップルがこの特許を取っていたら、iPhoneやiPadなどのタッチパネルを製造販売できるのはアップルだけということになります。Samsung(サムスン)は存在していたのか、OPPO(オッポ)やHUAWEI(ファーウェイ)、Xperia(エクスペリア)などは存在していたのかと考えると、恐らく存在していなかったと思います。そのような世界を実現できるということが、特許の強い力です。

カーブアウトの成功確率を上げる方法論

カーブアウト後のスムーズな外部連携のために知っておきたい知財・契約のポイント

ものづくりやテック系ベンチャーの場合、製造・販売のインフラを有している大手企業と協業(コラボ)して、自分たちの目指す事業を実現していくケースが多いと思います。これは「オープンイノベーション」といわれる手法での事業化の一例ですが、オープンイノベーションの場面でなにに気をつければいいのでしょうか。

成功確率を上げるポイントは、「契約と特許とを相互補完させて」オープンイノベーションを進めていくことです。ケースステディを使って、この相互補完の一例を説明します。

あなたはカーブアウトベンチャーの創業者であるとイメージしてください。契約相手と協業の交渉をし、共同開発し、そして商品化・サービスインを目指すという立場です。

具体的には、ピッチ大会や学会、展示会などで、自社の情報を入手した大手企業(契約相手)の事業企画部の担当者から「面白い事業ですね」「お話を聞かせてほしい」「winwinな関係の協業を検討したい」といったお話をいただいたとします。

これはベンチャー側からすると非常に嬉しい話です。当然、スケジュール調整をして会議を設定します。ですが、ここで質問です。第1回の会議までに自社内で検討しておく事項はなんでしょうか?

協業に向けて、まず打診があり、1回目の会議を行います。複数回の会議を重ねた後に、協業のための次のステップに行くか行かないかの判断ポイントがやってきます。

協業することになった際には、カーブアウトベンチャーの技術をそのまま導入できる場合と、その技術のカスタマイズや改良が必要な場合があります。カスタマイズが必要でない場合は、すぐに導入する運びとなりますが、カスタマイズが必要な場合は、共同開発をした上で最終的に商品にします。その商品がサービスインされることが決定されれば取引が開始されます。

一方、プロトタイプまで開発したけれども、マーケット的に難しいと判断された場合は、ご縁がなかったという形になります。協業されるまでの典型的な流れはこのようになっています。ここで第1回目の会議までに何を確認しておくべきか、というのがここでの質問です。

これには決まった答えがあるわけではありませんが、以下のようなものが挙げられます。

  • どのような(技術)情報を契約相手側に開示するか
  • 開示する情報について特許出願が済んでいるか
  • 特許出願が済んでいない場合はその理由を確認しているか
    • 出願になじまない情報(ノウハウ)だから出していないのか?
    • それとも単に失念していたのか?(ほとんどのケースがこちら)

交渉前に特許出願を済ませておくメリットは3つあります。

  1. 情報のコンタミを想定して、自社オリジナル情報を明確にできる
  2. アイデアの盗用などの無用な紛争を防止できる
  3. 契約相手がこちらとしか組めなくなる仕掛けを作れる

1. 情報のコンタミを想定して、自社オリジナル情報を明確にできる

情報はコンタミを起こします。例えば第1回の会議で、

ベンチャー創業者「これが我が社の技術です」(情報A)
契約相手の担当者「面白いですね。我が社の設計の工夫を取り入れればさらなる改良が可能かもしれません」(情報B)
ベンチャー創業者「さすがですね。その工夫を取り入れるとさらに○○の実現や▲▲のような応用例も考えられます」(情報AB’)

技術者同士の会話はこのような展開になることが多く、優秀な技術者であればあるほど、どんどん話が発展していきます。

しかし、このような展開になったとき、ベンチャー創業者側が開示した情報Aが自分たちの物であることを証明できるのでしょうか?情報は目に見えないので、口頭で証明することはできません。そこで、特許出願の書類がその証明になるわけです。

2. アイデアの盗用などの無用な紛争を防止できる

新規商品のアイデアを保有しているベンチャー企業A社が、協業の交渉に入る前までに特許出願を行っていなかったとします。契約相手B社から声をかけていただいた際に秘密保持契約を締結したため、A社は情報を開示しました。しかし、B社がこの情報に関する特許を取ってしまいました。知りたいと思っていた情報をいざ知ると、自分たちの技術・アイデアを持ってすればさらに良いものになると思い、特許を出してしまいます。そうすると、情報は手に入れたし特許も出願したし、ということで、A社と組んで話を進める気がなくなってしまいます。つまり、アイデアを盗まれてしまうわけです。

この場合、もちろん秘密保持契約違反(契約違反)に該当すると損害賠償を請求することはできます。しかし、海のものとも山のものともわからないアイデアを盗まれた場合、被害額はいくらになるのでしょうか?また、最後は裁判を起こさなければなりませんが、弁護士費用や裁判に時間がかけても、結局は損害賠償(お金)で解決するしかありません。

アイデアを取り返すことも特許法上可能ですが、こちらも裁判を起こさなくてはならないので弁護士費用と時間がかかります。契約相手と協業しようと思っていたのに、その入り口でつまずいて時間とお金を失うことは、本末転倒です。

3. 契約相手がこちらとしか組めなくなる仕掛けを作れる

ベンチャー企業A社は特許を出願済みのうえ、契約相手B社と秘密保持契約を締結し、アイデアを開示しています。

ところが、B社は、A社のアイデアを利用して自分の子会社であるC社と組めば、C社の事業改善にも繋がると考え、A社に無断でC社と組み商品化してしまいました。その場合、A社はB社とC社に対してクレームをつけることはできるのでしょうか?

結論としては、クレームをつけることができます。先ほどのケースと違う点は、特許を持っているため、特許権侵害に基づく差止請求や損害賠償ができるという点です。

特許は、特許の内容を実施したすべての人に対して権利行使できるため、B社だけでなくC社を牽制することができます。そのため、B社もC社も、A社と組んで商品化することしかできません。勝手に商品化しようとした場合、特許権を行使されて差止されてしまうからです。

これが契約で補完しきれない部分を特許でカバーする「契約と特許の補完的な役割」で、カーブアウトの成功確率を上げる方法論の一つです。

繰り返しになりますが、第1回目の会議までに特許出願を完了しておくと、後にこちら側に特許権を取得されることは協業予定先も予測できます。上市予定の商品・サービスが魅力的であるほど、特許権を行使されると怖いのでこちらとしか組めなくなります。そうなると、オープンイノベーションを行う際の契約の条件交渉も有利になり、協業の成功確率が高まることに繋がります。

特許出願の際に気を付けるべきポイント

では、次に「成功確率を上げるためには“どんな”特許を出願していったらいいの?」という疑問が出てくるかと思います。

これについては、「良い実験データが得られたから特許出願をする」でいいのでしょうか?大学、国研、大企業ではそれでもいいかもしれませんが、リソースが限られていて、特許出願をたくさんできないベンチャー企業はどうしたらいいのか考えてみましょう。

まず原点に戻り、なぜカーブアウトをしようとしているのかを考えてください。親元会社が事業化しない “事業化のタネ” を事業化することで、社会課題を解決したいからではないでしょうか?

その場合、社会課題を解決するためにビジネスモデルをどうするのか、どのような会社と組んでどのような役割分担をしてこのビジネスモデルを実現するのか、が重要になります。

そして、特許もこのビジネスモデルの実現に役に立つものでなければなりません。そのため、ビジネスモデルをワークさせるために必要な特許であれば出願し、必要でなければしない、という考え方が基本となります。当然、カーブアウトするベンチャーごとにビジネスモデルは違うので、知財戦略も各社各様でありますが、ここではある程度最大公約数的なお話をします。

まず、自社のビジネスモデルをワークさせるという視点で考えたときに、自分たちの製品・サービスをカバーする特許であることは必要不可欠なことです。これがないと、先程説明した「契約相手がこちらとしか組めなくなる仕掛け」を作ることができません。

しかし、自分たちの製品・サービスだけをカバーする特許だけでは不十分です。同一または類似のビジネスを行う他社が避けて通れない特許を目指さなくてはいけません。

例えば、以下のようなビジネスモデルを想定します。

  • ベンチャーが独自の半導体開発技術を持っていて、それを使った半導体基板を、自動車会社の新規機種の自動車に採用してもらうビジネスモデル
  • ベンチャーが開発したAIプログラムを、農薬散布用ドローンに搭載してドローンメーカーに商品を販売してもらうビジネスモデル

これらの場合、コラボ先の企業が自社としか組めないように、自分たちの技術(部品やソフトウェア)をカバーするだけでなく、コラボ先の企業の内容(自動車やドローン)についても膨らませてカバーできる特許取得を行うことが大切です。

もう一つ重要なのは、特許裁判になった際に、侵害をしていると疑われる相手方が実際に特許権を侵害していることの証明をする必要がある点です。つまり、他社が特許権を侵害してくることを発見できるような特許にしなければいけないということです。この点は特許一件ごとに個別の工夫が必要になりますので、ここではこれ以上立ち入りません。

では、なんでもかんでも特許出願しなければいけないのでしょうか?

実は、「ノウハウ」は特許出願してはいけません。なぜなら、特許出願をしてしまうと、書類が全世界に公開されるため、作り方がバレてしまうからです。

一番わかりやすい例が「コカコーラのレシピ」の話で、このレシピはコカコーラ社の取締役員の人しか知らず、みなさん墓場まで持っていくと言われています。ペプシがどんなに真似をしても同じ味はできません。

カーブアウトした後、自分たちがどのようなビジネスモデルでマネタイズしていくのか。どのようなビジネスモデルで自分たちの事業を実現し、社会に貢献していくのかを最初に考えていただきたいです。そうすることで、取るべき特許も見えてきて、他の企業とコラボする際の成功確率も高まります。

まとめ

今回は、カーブアウトベンチャーの視点に立って、カーブアウト後のスムーズな外部連携のために知っておきたい知財・契約のポイントについてお話しました。後編では、カーブアウト「時」に親元企業のリソースをどう活用すべきかについて、お話しています。ぜひご覧ください。

最後に

Beyond Next Venturesではこれまで7社のカーブアウトベンチャーの育成・支援実績がございます。デンソー発のOPE×PARK(オペパーク)、エーザイ発のアークメディスン、東芝発のサイトロニクスなど、会社設立前から関わってきました。カーブアウトに向けたコンサルティングも実施しておりますので、カーブアウトに興味がある企業内研究者の皆様、新規事業推進ご担当の皆様は下記までお問い合わせください。

*後編はこちら:カーブアウトベンチャーの成功確率を上げる方法論(後編)~カーブアウト時に親元企業との契約で注意すべきポイント~

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