投資額が急増するディープテックスタートアップ。今、世界では何が起きているのか

2021年12月に開催されたBeyond Next Ventures主催のアクセラレーションプログラム「BRAVE」の最終ピッチイベント「BRAVE2021 DEMO DAY」。本イベントでは特別コンテンツとして、「VCパートナーに聞く、ディープテックスタートアップの最前線」と題し、ディープテック領域に精通した投資家たちがトークセッションを行いました。

登壇者は、ファストトラックイニシアティブの代表パートナー 安西 智宏氏東京大学協創プラットフォームのパートナー 水本 尚宏氏インキュベイトファンドの代表パートナー 村田 祐介氏の3名。当社執行役員の橋爪がモデレーターを務めました。本記事では、そのトークセッションの様子をレポートします。

2021年のディープテックスタートアップの資金調達環境を振り返り

橋爪:まずは2021年について振り返っていきたいと思います。安西さんが気になったトピックを教えて下さい。

安西:私からは2つの大きなトピックについてお話しします。ひとつはコロナワクチンについて。みなさんもワクチンを打ったと思いますが、それを開発したモデルナ社は、設立からまだ10年強のディープテックスタートアップです。

2020年1月10日にCOVID-19のゲノムシーケンス(DNAの配列)が決定されてから、モデルナはわずか4日でGMP(適正製造規範)での製造を開始しました。これは従来の創薬の技術ではありえないスピード。通常ならゲノムシーケンスが判明してから、ワクチンの設計を考え、それを大量生産するための工業的な規格を定めないといけないからです。

モデルナが一般的な創薬ベンチャーと違ったのは、創薬以外の様々なテクノロジーも活用していること。バイオの技術だけでなく、データサイエンスやAI、ロボティクス、ファクトリーオートメーションの技術を融合させたからこそ、わずか4日程度でワクチンの製造に踏み出せたのです。様々なテクノロジーの融合した恩恵を、世界中の多くの人々が享受する結果となりました。

もう一つのトピックは、ディープテックスタートアップの資金調達の常識が変わってきたという点です。赤字先行のディープテックスタートアップは大型の資金調達に非常に苦労するのがこれまでの定説です。回収までに時間がかかる上に、技術をどのように評価したらいいか分からず、これまで投資家たちも頭を悩ませてきました。

しかし、2021年はそんな状況を変える、エポックメイキングな大型の資金調達のニュースがいくつかありました。例えば山形県のスパイバーは、未上場では異例の340億円もの調達を実現しています。金額はさることながら、プライベート・エクイティ・ファンドや海外機関投資家も投資している点で異例のケースです。

これは私たち国内のVCにとっては、技術のポテンシャルや市場性に共感してくれる海外の投資家とどのように連携していけばいいかという課題提起になったと思います。これから同じようなケースをどのように増やしていけばいいか、みなさんと議論を重ねていきたいですね。

橋爪:続いて水本さんもお願いします。

水本:安西さんがお話したように、海外の投資家が日本のスタートアップに目を向けるようになったのは大きなトピックだと思います。これまでSaaSを始めとするIT領域に投資するケースはありましたが、ある意味ハードルの高いディープテックスタートアップにまで投資し始めたのは大きな変化ですね。

私たち日本の投資家も、コロナ前に比べて海外の投資家とコミュニケーションしやすくなりました。以前は私たちが海外に足を運ばなければ会ってももらえませんでしたが、今ではZoomで気軽に話せて、言葉の壁以外は日本の投資家と話しているのと変わりません。今後さらに海外投資家との結びつきは強くなっていくと思います。

大学についてのトピックもお話ししますと、いわゆる「受託型のAIベンチャー」が減ってきたという印象を受けています。AI開発技術そのものを売りにするのではなく、AIを使ったソリューションを提供する企業が増えているのです。「卒AI」と言ってもいいかもしれませんね。一見するとSaaSの会社にしか見えませんし、プレゼンの中でもAIという単語が出てこないケースもあります。

受託型のAIベンチャーは、これまで大学発ベンチャー投資のリターンを支えてきた一大テーマ。そのトレンドが終わりを迎えるにあたり、次の大きなトレンドにどのように投資に繋げていくかが私たち投資家の課題になると思います。

もう一つ、大きなトピックが「宇宙」です。例えば私が担当したアストロスケール社が累計334億円もの資金調達に成功したのですが、その内訳をみるとほとんど国内から。国内マーケットだけで300億以上の調達ができるようになったのは衝撃でしたね。

特に宇宙系のスタートアップを見ていると、VCだけでなく事業会社から2桁億円を調達する計画をしっかり立てて動いています。それを実現できるだけの経営陣を揃えられるかが、今後の宇宙系スタートアップの命運を分けると言っても過言ではありません。私たちVCにとっても、優秀な経営陣をどのように集めるかが、より重要な仕事になっていると思います。

橋爪:村田さんはいかがでしょうか?

村田:お二人が資金調達の話をされていたので、私も少し補足します。2021年は世界的に空前の資金調達環境でした。アメリカでは前年の資金調達額17兆円を大きく上回り、30兆円にまで達すると言われており、それに牽引されて世界の調達額は70兆円を超すと言われています。

アメリカだけでなく、第2クォーターを終えた時点で前年の資金調達額を超えた国も少なくありませんでした。その背景にあるのがコロナ禍で浮き彫りになった社会課題に対して、義憤を感じて起業する方が増えたこと。そしてコロナの影響による金融緩和です。

これまで上場企業に投資していた機関投資家も、未上場企業に投資するようになりました。8年ほど前からアメリカでは主流になっていたこの流れが、今は世界中で起き始めています。そのような機関投資家からも資金調達できるかが、今後のスタートアップの大きな分かれ目になるのではないでしょうか。

特に海外の投資家は日本の起業家に注目し始めていて、私たちがアメリカに出張に行った時も、こぞって「日本の起業家に会いたい、投資したい」と言われました。アメリカではシリーズAでも100億円近い評価額で調達するスタートアップが大勢いる環境なので、日本のスタートアップへの出資がとても安く見えているようです。

そのような傾向が今後も続けば、資金調達で苦労しているディープテックスタートアップも立ち上がりやすくなりますし、最初から高い目線で勝負しにいけるはずです。海外のマーケットを狙うのはもちろん、いかに海外の投資家とコミュニケーションしていくかが、今後の重要な戦略になっていくのではないでしょうか。

ディープテックが飛躍する環境は整いつつある。2022年の注目領域は?


橋爪:続いて2022年に注目している領域についてお聞かせください。

村田脱炭素・気候変動という大きな環境問題に注目しています。経済の歴史を見ると、1960年から90年代までは日本が自動車エレクトロニクスで圧勝していましたが、90年代から2020年まではインターネット・ソフトウェアの時代。日本はボロ負けしてきました。

約30年ごとにパラダイムシフトが訪れていると考えると、今年あたりに大きな変動があると思っています。そして、次の大きな波が脱炭素などの環境問題。世界の金融機関は政府に先んじて動いており、世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑える努力をする「1.5℃目標 」に準じた企業以外には投資しないと言っています。

加えて、ヨーロッパの企業を中心に2030年を目標に脱炭素に向けた設備投資も積極的に行っており、新たな産業が生まれる前兆を示しています。日本の企業は少し遅れている印象がありますが、これから装置産業やエネルギー会社だけでなく、B2B SaaSやコンシューマインターネット系のスタートアップなどが参入してくるのではないでしょうか。既に新しい産業が生まれつつあるので、ここでしっかり勝つのが重要だと思います。

特にディープテックはその主戦場になるはずなので、非常に期待しています。

橋爪:水本さんは2022年はどのような変化があると予想されていますか?

水本:先ほどみなさんがお話したように、2021年はディープテック領域に投資されるお金が増えインフラが整った年だったので、2022年はそのインフラを使う年になると思います。

特に私が注目しているのが大企業の動き。例えば、ディープテックの代表領域の一つに「素材」がありますが、日本には素材の大企業がたくさんあります。つまり、日本の大企業はもともとディープテックがとても強いんですね。

そのような大企業のアセットをうまく使えば、これまでにない戦い方ができると思います。例えば、これまでディープテックスタートアップと言えば、資金調達が難しくて少しずつ育てることしかできませんでした。

しかし、大企業と上手く連携し、彼らのもつ技術や人、工場などを活用し、外部からも資金を調達してくる。そうすることで、大きなお金を動かしながら、これまでにない戦略を描けます。

今年はそんな変化の年になると思いますし、私たちVCも変化しながら、周りを巻き込んでいかなければならないと思います。

橋爪:安西さんの2022年の予想も聞かせてください。

安西:2022年は、様々な領域のプレイヤーがディープテック領域を支えていくようになると思います。私たちはボストンにもオフィスを構えているのですが、そこで日米の差を強く感じることがあります。資金調達額だけではなく、アメリカではシード期のスタートアップに様々なプレイヤーが出資しているんです。

主に上場後に投資するクロスオーバー投資家がシリーズAから出資したり、チップ系やIT系の企業やCVCがAI創薬ベンチャーに出資したり。様々なセクターの企業や投資家がシンジケートを組み、人材や情報の面でも惜しみなく支援することで、ディープテックスタートアップを育成しています。

日本でも、まずは私たちVCが領域に囚われずにシンジケートを組んで、ディープテックスタートアップを一つひとつ丁寧に育てていかなければならないと思います。

橋爪:最後に、会場の方々にそれぞれメッセージをお願いします。

村田:今は空前の資金調達環境に加え、これまでディープテックに関心のなかった企業やVCも積極的にディープテックスタートアップの支援へと乗り出しています。これはスタートアップにとってとても勝負しやすい環境になるはずなので、ぜひ多くの方にチャレンジしてもらえればと思います。

水本:起業家の方には常識に囚われずにチャレンジして欲しいと思います。なんとなくスタートアップ経営の方法とか、各ステージの資金調達額の定説ができつつありますが、そこに囚われないでください。

自分がやりたいこと、そのために必要なものを考える。ぜひ、それを投資家にぶつけてください。日本の投資家だけで足りないなら海外に法人を作ってもいいと思います。自分たちのやりたいことのために私たち投資家をうまく使ってもらえれば私たちも嬉しいです。

安西:サイエンスの成果は大きなインパクトを与えられるだけあって、いい方向にも悪い方向にも社会を導いてしまいます。ディープテックスタートアップの方々には、ぜひサイエンスと真摯に向き合いながら、SDGsの達成にも貢献する社会的インパクトを創出するためのチャレンジを続けてほしいと思います。

また、水本さんが言うように、ぜひ投資家をうまく使ってください。ディープテックが資金調達しにくいというのは既にステレオタイプ。どうしたら大型の資金調達できるか考えることも一つのイノベーションだと思います。私たちもディープテック領域の発展のために一緒にチャレンジしていくので、引き続きよろしくお願いします。

Beyond Next Ventures

Beyond Next Ventures