先日、2022年4月より当社のベンチャーパートナーにご就任いただいた本多 正俊志さんを講師としてお迎えし、Web3の勉強会を行いましたので、今回はそのレポートをお届けします。
プロフィール
京都大学産官学連携本部特任准教授
本多 正俊志 / Masatoshi Honda
東京大学工学部でバイオマテリアルを専攻。マッキンゼーにてヘルスケア・ハイテク・金融分野の新規事業戦略に従事した後、バイオテク分野のグランドグリーン社を共同創業し、取締役に就任。その後、コロンビア大学大学院にて電子情報工学を専攻し、ブロックチェーンや神経制御などを学習・研究。22年より京都大学産官学連携本部特任准教授。BNVベンチャーパートナー。19年よりニューヨーク在住。
Blockchain(分散型台帳)とは何か
ブロックチェーン(分散型台帳)の概念的な理解として以上のような点が挙げられると思います。近年「Web3.0」と言われるように、データ社会・越境のプラットフォーム・VR/ARなどの仮想空間・個人との相性がいいものなので、より広い概念としてさらに注目を集めています。
直近のクリプトプロジェクト市場
次に、クリプトに関する全体の市場観をざっとおさらいしたいと思います。
仮想通貨の時価総額においては、トークンの価値ということで、Total Value Lockedという言葉を使いますが、例えば、直近3年以内にリリースされたプロジェクトの中で特にバリュエーショが高いものを左側にいくつか挙げています。ほとんど金融のプロトコルですが、3~4年のプロジェクトで2兆円に匹敵する価値のものが複数あります。また、老舗のアンドリーセンホロウィッツをはじめ、VCのクリプトに特化した巨大ファンド(約2,000億円以上)が複数レイズされているのがこの1年の状況です。2021年のQ3のデータにはなりますが、クリプト資金調達のディールは302件、計8 billionでした。この金額は、過去6年の合計取引金額を上回る成長率であり、ディールの大多数がアメリカで行われています。
IP、特に特許への意味合い
WIPOが2018年のブログ記事において予測
ここから本題になります。IP、特に特許において、ブロックチェーンが関わるのではないか?というのは皆さんも推測されていると思いますが、どういったところに関わってくるのでしょうか。研究者の方であれば一度は参照したことはあるであろうWIPOでは、2018年のブログ記事の中で以下のようなインパクトを予測しています。
- Smart IT rights
- Evidence of use of IP rights
- Evidence of creatorship
- Smart contracts and digital rights management
- Anti-counterfeiting and enforcement IT rights
- Supply chain management
分散型台帳にIPの権利をレコードすることは皆さんも考えられると思いますが、2つ目にあるのは、それのエビデンスに使えるのではないかというところです。“who owns what offers brand owners an potential reference point for the extent those rights”ということで、誰がクリエイターシップを持つのか。例えばコピーライトをブロックチェーン上に保管することもあります。5つ目は、これが正当なプロダクトであることを証明する時にブロックチェーンを利用するというものです。
意味合い
研究機関・大学や最終的に関わった研究者のみではなく、ラボの人が何らかの発明者として共有できるようになるとか、今までは大企業とか著名な大学でないと特定のプロジェクトに関われなかったところが、個人の専門家としてジョインする、そういった時に経済的なインセンティブが付与される形もあり得ます。例えばそれが発明になり、ビジネスに結びつくまでは何年もかかります。実際に製品になった時に10年かけてどのくらいの経済性があるのかを予測できないときは多々あります。それが今の目利きでありベンチャーなわけですが、こういったものを最初にトークンとして発行してしまえば即時的に経済的なインセンティブを発行し得ます。
最新情報@EthDenver
次に、つい2週間前に出てきたホットな話題をお届けします。
EthDenver(イースデンバー)というクリプト界隈で最大規模のカンファレンスがあります。そこで、“DeSci”というワードが登場しました。“DeFi”という概念(“Decentralized Finance”(分散型金融))は皆さんもご存知の通りですが、“DeSci” (“Decentralized Science”(分散型サイエンス))という概念が2022年に拡大する可能性が高いです。すでにプロジェクトもいくつか出てきています。
DeSciは3つのビジョンを掲げています。
- 1.データのオープンアクセス:研究に必要なデータや情報に誰でもアクセスできるようにする考え方。大学等が保有するデータベースをどう共有化するかは、ブロックチェーンの文脈でなくても非常に重要で、それをブロックチェーン上でどうするか、という話です。
- 2.“Micro Rewarding”/“replacement of IP”:従来は特許によって経済的インセンティブ設計を設け、研究を促していたのをリモデルし、研究に貢献した人により公平に報酬を返し、業界を超えた貢献・協業を促すもの。
- 3.既存問題の対処:研究に必要なデータが施設ごとにサイロ化していて協業が起きにくい(e.g.そのデータを再現できない)等の課題にアプローチするもの。
DAOとは
次に先ほども登場した「DAO」についてさらっと説明します。
DAOは、「デジタルコンセンサス領域における概念」を指します。右側に定義となった図があります。つまり、DAOは、何らかの形で価値のある内部資本(内部財産)を持っており、その財産を特定の人が主体となる活動に報酬を与える仕組みとして利用することが定義となります。
DAOは、何らかの方法で自身のために意思決定を行うルールを最初にオンライン上に決めておくことが必要です。これを話し出すと結構長いですが、民主的なルールを設けた場合は構成員の半分以上がYESと言えばルールが変わることもあります。より民主的な合意形成の仕方なのではないか、という意味でも注目を集めている概念です。基本的に自動化されたルールの下で個々人の意思決定とか、全体の方向性が決まってくるという概念をまとめてDAOと呼んでいます。
DAOがもたらすバイオメディカル領域へのインパクト
現時点ではインパクトをもたらしていませんが、いくつか実現性の高そうなプロジェクトが立ち上がってきています。今年DeSciやNFTと同じように大規模な資金調達をする可能性は非常に高いです。早速5つほど事例を挙げてみたいと思います。
VitaDAO:健康長寿医薬品開発のDAO
概要:加齢による疾患に関する研究に奨学金を出す奨学金財団、選抜や金額の決定をtoken holdersで決定
技術的詳細:バックエンドに使用しているブロックチェーンはイーサリアム。$VITAトークンはすでにローンチしている状態。評価:ただ集まって情報を共有するためにオンラインサロンと変わらないDAOが多い中、奨学金財団としてファンドの分配を決めるという目的を持ち、定量的な評価がしやすい経済圏を形成している点で評価が高い。
今実験的なプロジェクトが多数立ち上がっており有名になってきています。資金も集まってきており、形を成してきています。
GenomesDAO:DNAバンクのDAO
概要:遺伝子検査を受け、自分の遺伝子情報をNFTとして保存、研究者がアクセスするたびに$GENEを得られる。
DNAを検査するユーザー:自分の遺伝子情報へのアクセスコントロールができる。研究へのデータ提供に対して報酬が付与される。
検査機関:検査したユーザーが自分の遺伝子情報への閲覧権限をコントロールでき、研究機関に提供した場合報酬が入るモデルを採用したうえで、遺伝情報を提供できる。
研究者:簡単に多くの遺伝子情報をデータベース検索できる。
こちらは、貢献する人数がかなり大きくなければあまり意味がないのですが、概念としては非常に面白いと思っています。自分の遺伝子情報は固有のものですし、そこにアイデンティティや権利が発生すべきです。例えば、それを病院側が管理するのか、医者が管理するのか、次世代シーケンサーを作った会社が管理するのか、みたいなところはまだ議論があるところだと思います。そして、それを診療にどう使うのか、最初にどこまで推奨し説明できるか(インフォームド・コンセント)、は国によってルールが違いますが、このようなプロジェクトが走ることは面白いという風に見ています。
BioDAO:バイオテックスタートアップにクリプト出資するDAO
次に、バイオテクスタートアップにクリプト(仮想通貨)で出資するプロジェクトもあります。が、これはまだ全然立ち上がっていません。将来的にファンドしたもののIPの価値が出たらそれを研究者にバックするみたいな形ですが、この概念の図に記載の「ソーシャルバリュー」とは何か?金額ではないのか?そのあたりの設計が非常に曖昧ですね。
ResearchHub(研究協業促進プラットフォーム)
これはReddit(Q&Aサイト)の研究版のようなもの。特定の研究に関して将来性を評価し、投稿されたポストにUp-vote(いいね)がくるたびにコインを得られる仕組みです。
OpSci
これはDAOではないですが、研究に必要なデータをOcean Protocolというプライバシーを保護しながらデータを売買できるプラットフォームで購入し、研究を行って投稿し、IPの代わりにトークンで研究に貢献した人に報酬を渡すというものです。
まとめ
まだ黎明期で、エンジニアのバックグラウンドの人が作り込んでいる場合がかなり多いので、実際に研究者を巻き込んだ時に、実態は全然違うという状況が起こる可能性は高いです。それこそ、専門家、リアルなインダストリー、アカデミアのフィードバックの中で、成長していくと思います。
課題:質の担保
特にコミュニティのWeb3はもともと匿名性の高いコミュニティでもあります。その中で「参加者の質をどう担保していくのか」が1つの課題であると考えています。というのも、DAOが民主的な意思決定の組織として構成した場合、衆愚政治ではないですが、参加者の判断やその元となる情報の質が適切出なければ全体の意見も多数決によって悪くなる可能性が当然あります。このような場合、例えば「最初に参加者として登録する際に何らかのバリデーションを設ける」、皆さんもしかしたら仮想通貨をトレードしてみようと思った時は最初コインベースみたいなところに登録するときに2段階認証があったんですけど、ああいうのも含まれますし、もう一つの解決策としては、コミュニティに属するメンバー一人ひとりの活動や行動の誠実さ(不正行為の有無)によってメンバーのクレジットをソートしていく方法もあると思います。
VCへの意味合い
VC黎明・成長期(~2000)
1970、80年代は資本市場がばっと伸びた時期で、多様化してきたため、VCのようなリスクキャピタルにもお金がいくようになった背景があると思います。
シリコンバレーからGenentechなど成功事例が誕生し、バイドール法など法律面からの後押しにより成果物の取り扱いがまさに変化したことが大きいです。防衛関連のDARPAのようなところから資金も流れるようになりましたし、ここはやはりボストンやサンディエゴがバイオ・ハイテク、インターネットがスタンフォードを中心にシリコンバレーとして集積地となったのがこの時代なわけです。
VCの成熟期(~2021)
あえて批判的に見るのであれば、地域クラスターというものから抜け出せない、白人のキャピタリストを中心にVCが固まっている傾向はあったと思います。ただ、この20年というのはグローバリゼーションとインターネットの普及によって、情報格差がどんどん狭まり、米・欧だけではなく日本や中国などの新興市場でもVCの隆盛が見られるようになってきました。
例えば東大や京大などの大学を拠点にしたファンドや、まさにBeyond Next Venturesのようなサイエンス・アーリーに特化したVCの存在感が高まってきていますよね。一方で、たくさんの人が手を挙げすぎてマクロで見ると差別化ができなくなっていると思います。この数年を見ると、「食」をテーマにしたファンドや、女性や移民の起業家に焦点を当てるダイバーシティファンド、25歳以下に投資するファンドのような、テーマやバリュー型ファンドが続々と出てきていますね。
VCの転換期(2022~)
今後ブロックチェーンが全てを変えるとは言いませんが、先ほどのDAO的な概念は株式会社とは異なる形で、インセンティブ、ファンドのあり方そのものを変える可能性があります。こういった勉強会や緩やかなコミュニティが投資につながるスキームや、起業家的なマーケット・デザインができるファンドが成功する時代です。
デジタル市場なので、日本でレイズしたファンドでアフリカに投資する、今もすでにそうだと思いますが、こうやっていろんな人と繋いだり知見を共有しているように、単にお金を提供するVCのあり方は変わってきています。これはもうアメリカのみがトップである時代ではなくなってきており(クリプトのみで言えばリスボン・ツーク・シンガポール・ドバイなどに人材が分散しています)、サステナビリティや仮想化など新しいテーマがこの20年でがらりと変わったので、Web3の概念がこういったところにインパクトがあると確信しています。
オープンディスカッション
Web3というのは「国や企業に縛られないシステム」だと思うのですが、インターネットを使う以上はGoogleのような会社は無視できないと思います。実は裏で管理するなどあるのでしょうか?
本多:クリプト市場も一部のプレーヤーが台頭している現状では、果たして非属人的で分散的なのか、という議論はあります。ただ、あるプラットフォーマーの取り分に関する情報も分散的に管理するスキームでは、いくらそのプラットフォームに渡っているか、どこまでアクセス権を付与するかを貢献者でデザインすることになります。例えばプラットフォーマーにある程度の利益がいくのは然るべきですが、最近のAppleであったように、実は皆あまり取り立てて問題視してこなかったけれどもプラットフォームが3割も抜いていた、というような場合の適正値が非常に早期で議論されるでしょう。そういった意味では、大企業がどのようにこの分野に関わるべきなのか(コンソーシアムなのか)は論点でしょう。
今はDeFiやDeSciと言われるようなファイナンス市場が圧倒的ですが、過去を振り返ると、1970・80年代に大きく金融市場が動いた時代に資金的余裕があるからこそサイエンスにも分配できた背景もあると思うので、今のこの流れは斜に構えて見られないと思っています。
例えば大学の先生の研究成果に対する貢献度合い(学生や共同研究先が貢献した等)をトークンで示せますか?また、基礎研究・創薬研究の前に10~20年のスパンがあると言われますが、その間のデータのトレースはできますか?
最後に、よく問われるアカデミアの先生のデータの信頼性は可視化されていきますか?研究者としては怖いところもありつつ、信頼性の担保に繋がりますし。
本多:素晴らしいフィードバックかと思います。まさにその10年20年スパンにおいて、ラボのメンバーもどんどん入れ替わり、もはやプロジェクトの担当者もリーダーも変わっている場合もありますよね。あとは、論文の名前には載らないけれど、サポートしてくれた大学院生などもいます。
実験の何かの機材を提供してくれた人や組織にインセンティブが行く可能性もなきにしもあらずと思いますし、例えばゲノムのデータもそうですけど、論文に使われた写真やビデオそれ自体も保存・検証できるので、信頼度を高めていく方向に沿っていると思います。再現性のためソースとなるGitHubリンクをつけるのが一般的になってきています。
個人情報としてどこまでオープンにするのかは患者側としては気になりますが、同様に研究も特定のグループにはシェアするんだけど、どこを隠すかも低コストで自由に設計しやすいです。ポイントとしては、例えばイーサリアムとかだとGas(手数料)が高くなってきているのは懸念事項ですが、マイクロリワーディング機能にも広く応用されると言われています。インターオペラビリティという考え方で、プロトコル間にも互換性を持たせていますので、今趨勢も激しいですけど、それによって10年、20年後にトレースできないとか、これが終わってしまったみたいなところも補完する議論が進んできています。