モバイル電波のラストワンマイルを拓く ー Visbanに出資した理由

今回、現在新規投資中のディープテック特化の3号ファンドより、ミリ波通信の中継装置および制御ソフトウェアを開発するスタートアップ「Visban」に新規出資を実行しました。

Visbanは、「いつでも、どこでも安定したミリ波を利用できるテクノロジーの実現」をミッションに掲げ、ガラス基板を用いたリピーターデバイスと、それらを自律制御するAIオーケストレータを開発しています。

5Gの時代において、最も高速な通信を可能にするミリ波は「届かない電波」として長らくその可能性を封じられてきました。Visbanの技術はこの根本課題の解決を目指すものであり、5Gさらにはその先の次世代通信インフラに不可欠なプラットフォーマーになり得ると考えています。

本記事では、ミリ波通信の課題と市場背景、そしてBeyond Next VenturesがVisbanに出資した背景について説明します。

背景:モバイル通信の根本的課題

モバイル通信への需要は留まることなく増加し続けています[1]。こうした需要に応える通信容量を担保するためには、帯域を確保できる高周波数帯の電波の利用が不可欠です。モバイル通信は概ね10年のサイクルで世代交代を重ねており、そのたびにより高い周波数帯の電波が導入されてきました。5Gで新たに導入されたのがミリ波(主に26/28GHz帯)であり、Gbpsクラスの高速通信が可能です。

しかし、ここには根本的な課題があります。電波は周波数が高いほど高速通信に適する一方で、①空気中で急激に減衰し、②障害物の背後に回り込みにくくなるのです。4G LTEの一般的な周波数帯が見通しの良い郊外で数kmほど届くのに対し、ミリ波は一般的にわずか数百m程度しか届きません。また、建物裏などには大量の死角が発生します。これは自然法則から必然的に生まれる結果です。

したがって、ミリ波帯で十分なカバレッジを確保するには膨大な数の基地局が必要となり、結果として事業のROIが急激に悪化します。高速な電波ほど届きにくいという課題は、生活基盤となったモバイル通信の抱える最大の構造的課題の一つであり、今後さらに深刻となるだろうと考えています。

Clawn Castleより
Clawn Castleより [2]

ディスプレイ領域の知見に由来する独自アプローチ

Visbanのアプローチは、この課題に対する極めてユニークな発想であり、前述の課題に対してスタートアップならではの新たな解決策を提示し得る点が、出資を決断する大きな決め手となりました。その鍵となる概念は、電波を中継してユーザー端末まで届けるデバイスであるNCR(Network-Controlled Repeater)です。

NCRとは、基地局からの電波を受信し、増幅して再送信する中継装置です。街中にNCRを配置し、基地局とユーザーの間で電波を”バケツリレー”することで、届きにくいミリ波をユーザーまで届けることが可能になります。NCRは2024年前半に、3GPP Release 18 [3]にて5Gカバレッジ拡張の有望技術として仕様化された比較的新しい概念であり、Visbanはその先行的な開発企業にあたります。

同社が採用するアプローチは、NCRの技術的実装として非常に有望なものです。その特徴は、①NCRデバイスにガラス基板を用いている点(RF-on-Glass技術)②AIを活用した超多数デバイスの制御技術を開発する点にあります。

まずガラス基板を用いることで、低コストと高性能および良好なフォームファクターの鼎立に成功しています。ガラス基板は高周波数帯での信号損失を大幅に低減でき、かつディスプレイ製造ラインで加工可能なため製造コストも抑えられます。加えて軽量・頑丈・小型のデバイスが実現可能です。

低コストかつ軽量・頑丈・小型なデバイスの実現により、NCRの大規模展開によるカバレッジの大幅な拡張が可能となります。一方で、そのような多数デバイスの最適化や信号品質担保には、高度な遠隔制御技術が不可欠です。Visbanは強化学習を活用した多数デバイス制御技術を開発することで、分散的かつ自律的に動作する新たな通信インフラをの実現を目指しています。

こうした着想に辿り着いた起点には、創業者たちが長年にわたりディスプレイ業界で培った知見があります。通信業界の常識にとらわれない、異分野からの技術転用がイノベーションに繋がっています。

Visban Webサイトより
Visban Webサイトより

ミリ波活用は徐々に進展を見せている

ミリ波の活用は、前述のボトルネックにより、なかなか目立った市場拡大に至っていない状況が続いていました。ところが近年、米国を中心に新たな展開を見せており、この点も出資判断の後押しとなりました。それが5Gを活用したFWA(Fixed Wireless Access; 固定無線通信サービス)市場です。

光ファイバの敷設率が約60%に留まり[4]、歴史的にケーブル通信が大きなシェアを占める米国では、家庭やオフィスの通信環境に不満を覚える世帯が多く存在します。FWAサービスは、通信ケーブルや光ファイバの引き込みが不要である手軽な通信サービスとして古くから存在しましたが、4G技術を用いたFWAでは十分な通信品質を実現することが困難でした。

しかし近年、5G技術がFWAサービスに応用されたことで、FWAサービスの通信品質が改善し、ケーブル通信を上回り始めました。これにより、ケーブルユーザーを主とする既存サービスに不満を抱えていたユーザー層が一気に5G FWAへとなだれ込んでいます。実際に2022年頃からは、米国の新規ブロードバンド契約のほぼ全てがFWAが占めているとする見方もあります[5]

tefficientより
tefficientより[5]

通信キャリア各社はこの波を千載一遇のチャンスと捉え、今後数年でユーザー数の倍増を掲げるなど極めてアグレッシブなユーザー獲得目標を掲げています。

一方で現状、FWAサービスの多くは5Gの中でも周波数帯の低いsub6帯(3.7GHz / 4.5GHz帯)で提供されており、通信速度はまだ不満を覚える水準です。より高速なミリ波を用いたFWAが理想ですが、前述の「電波が届かない」問題から本格普及に至っていません。

この壁を突破し、ミリ波FWAの事業性を高められる技術が実用化されれば、FWA市場での拡大を狙う企業にとって願ってもない強力な武器となり得ます。

また、Visbanがもたらし得るインパクトは、ミリ波やFWA市場にとどまりません。同社のガラス基板技術の大きな強みは、さらに次世代の通信技術で活用され得る、ミリ波よりも高い周波数帯においてもシームレスに対応できる拡張性にあります。そのような周波数帯においては、Visbanの技術の重要性が一層高まり、幅広い次世代通信ユースケースを支える存在へ拡張し続けていくと期待しています。

グローバル視点を備えた経営チーム

Visbanの経営陣は、この壮大なビジョンを現実にするに相応しい経験豊富なメンバーが揃っています。海外でのビジネス経験も長く、圧倒的なスピード感と計画の緻密さをもってグローバルビジネスを進められる、国内でもなかなか類例を見ない卓越した経営体制です

CEO・共同創業者のS.B. Chaさんは、前職のKinestral Technologiesで創業初期からCEOを務め、累積4億ドル規模の資金調達と、400人規模のグローバル組織への成長を実現した熟練の経営者。チームを大事にする思慮深さから、周囲から厚く信頼されています。

さらにディスプレイ業界での豊富な経験とネットワークを持つ取締役・共同創業者の桒田さんが事業開発を、当該領域のアカデミア研究で大変著名な研究者である共同創業者・チーフサイエンティストのアロキア先生が技術戦略の構築を力強く牽引する、素晴らしい体制を築いています。

開発陣も、RFデバイス開発責任者の伊丹さんやソフトウェア開発責任者の中里さんを含、専門性の高いチームが組成されています。当社との面談でも、誰よりも目を輝かせて通信技術の未来を語って頂きました。彼らならば描いた未来を実現できるという説得力を、自信に溢れる語気から感じ取ることができました。

Visbanは、競争力あるユニークな技術と、それを事業化へつなげる、卓越した経営陣・開発チームが融合する、ディープテックスタートアップだと考えています。

電波のラストワンマイルに挑む

5G/Beyond 5Gは今後の社会を支える基盤技術です。しかし、高周波数帯の電波は「届かない」壁を越えなければ、次世代のデジタル社会は真に実現しません。

優れた技術と適した参入タイミング、世界レベルの経営を担える経営チームが交差するVisbanは、その変革のリーダーに躍り出るポテンシャルを持つと確信し、今回の出資を実行しました。

世界の通信インフラを変革する挑戦を、これからBeyond Next Venturesとして力強くサポートしてまいります。

Tsuyoshi Ito

Tsuyoshi Ito

代表取締役社長 / 代表パートナー

Hiroyuki Kageyama

Hiroyuki Kageyama

プリンシパル / 投資部