2026年6月、当社の橋爪と柏木が、米国・サンフランシスコで開催された医療機器・デジタルヘルス領域のカンファレンス「Wilson Sonsini’s Medical Device & Digital Health Conference(以下、MDC)」に参加しました。
現地で得た知見をもとに、米国医療機器市場の最新動向と、日本発のスタートアップがグローバル市場へ挑戦するうえで重要だと感じた視点をお届けします。
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プロフィール

執行役員 / パートナー(投資部 部長)
橋爪 克弥
2010年ジャフコ(現ジャフコグループ)入社。産学連携投資グループリーダー、JST START代表事業プロモーターを歴任し、15年以上にわたり大学発ベンチャーの育成に携わり、創業前のシーズ段階から事業化・成長フェーズまで伴走。
2020年に当社に参画し、医療機器・デジタルヘルス領域のスタートアップへの出資および成長支援を手掛ける。2021年8月に執行役員、2022年10月にパートナーに就任。投資部長として投資戦略の立案・実行をリード。主な投資実績はマイクロ波化学(IPO)、Biomedical Solutions(M&A)、Bolt Medical(M&A)等。サーフィンが趣味、湘南在住。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。

M.D. / シニアアソシエイト
柏木 康孝
東京慈恵会医科大学附属柏病院にて臨床研修終了後、外資コンサルティングファームであるZSアソシエイツに入社。国内外の医療機器・製薬会社の新規事業戦略・薬価戦略の立案や、製品価値評価などを支援。2025年より当社に参画し、医療機器・デジタルヘルス領域への投資を担当。日本でより多くの医療機器イノベーションが生まれるようなエコシステムの構築を目指す。東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。医師。
<イベント基本情報>
- 名称:Wilson Sonsini’s Medical Device & Digital Health Conference
- 主催:Wilson Sonsini Goodrich & Rosati(米国・法律事務所)
- 2026年会期:6月4日(木)~5日(金)
- 会場:InterContinental San Francisco(米国・カリフォルニア州サンフランシスコ)
- 特長:医療機器・デジタルヘルスに特化したパネルセッションや基調講演、スタートアップと投資家をつなぐ「Partnering Hall」、ピッチイベント「MedTech Innovator」、VCがソムリエを務めるワインテイスティング・レセプションなどで構成。2026年で第33回〔要確認:開催回数。公式サイト内に33回/32回の表記揺れあり〕を迎える、30年以上の歴史を有するカンファレンス
- 公式ウェブサイト:https://mdc.wsgrevents.com/
米国ヘルスケア投資の今と、資金が集まる領域
2025年の米国・欧州のヘルスケア調達額は、前年からおおよそ横ばい〜微増。市場は拡大を続けているものの、その勢いは他産業との比較では相対的に見えにくくなっています。二人がまず共有したのは、そんな業界全体の温度感でした。
橋爪:ヘルスケア領域の内訳では、調達額の4割程度をバイオファーマが占め、残りを医療機器や、ヘルステックといったいわゆるデジタルヘルス系の領域が分け合う構図となっていました。柏木さんは、このあたりの数字をどう見ましたか。
柏木:資金調達額は、経時的に見れば増えているのだと思います。ただ、足元ではAIをはじめとする勢いのある領域に資金が集まっていて、ヘルスケア領域はそこと比較すると存在感がやや薄れているようにも見えました。裏を返せば、バイオ・創薬も含めた業界全体として、もっと存在感を示していく必要があるのでは、という危機感も覚えます。
橋爪:とはいえ、医療機器分野に限れば、ここ数年は着実に資金調達額が伸びています。
そのうえで二人が「最も印象的だった」と口を揃えたのが、資金が集まるステージの違いです。
柏木:米国市場で強く感じたのは、資金がよりレイターステージへ集中していることでした。反対にシードステージへの投資は以前より慎重になっているという話でした。
日本ではシードステージが比較的盛り上がっている印象があるので、トレンドの違いが明確でした。
橋爪:米国市場では、売上が一定の規模に育った企業に対して、1回で数千万ドル(約45〜135億円)規模を投じる投資家も珍しくありません。1on1の面談でも、ミドル〜レイターステージで数千万ドル規模を投じる投資家が、医療機器に特化して普通に存在していること自体が印象的でした。
最大規模では、1件で10億ドル近い(約1,350億円規模)大型ラウンドも見られます。2025年の医療機器分野の資金調達額は前年をおおよそ上回り、こうした大型案件が市場全体を牽引していることが伺えます。
柏木:大型IPOに近い金額感の資金調達額ですね。
橋爪:このような大型の資金が向かう先として目立ったのが、ニューロテクノロジー、手術支援ロボット、そしてAIを活用したヘルスケア領域です。NeuralinkをはじめとしたBrain-Computer Interface[1]関連企業や、手術支援ロボット、循環器領域の企業への大型投資が続いています。また、ウェアラブルデバイスやAIを活用した健康管理サービスも存在感を増しており、医療だけではなくヘルスケア領域全体へ投資対象が広がっている印象を受けました。

レイター集中の背景 ─ ディリスク志向、人材層、そしてExit戦略
なぜ資金はレイターステージへ向かうのか。その背景には「投資検討の構造」と「Exit戦略」の2つの理由がありました。前半では米国での投資判断と人材の層について、後半ではM&A・IPOの動きを見ていきます。
柏木:日本ではシード・アーリー投資が比較的活発ですが、米国ではその景色がかなり違います。医療機器に特化したVCと数社話したところ、「アイデア段階から投資できる」と言いつつ、実際には1,000万〜2,000万ドル(約15〜30億円)規模からのスタートという先も少なくありませんでした。
臨床データが確認できるなど一定程度リスクが下がった案件を対象にしているケースが多く、あるVCは「ディリスクされた技術(De-risked Technology)[2]に投資する」と明確に掲げていたのが印象的でした。
日本ではFirst in Human[3]の前段階でも比較的大きな調達ができるケースがありますが、米国では早い段階で臨床データを示すことが求められる点が大きな違いです。
しかし、データが揃い売上が立ち始めると一気に大型ラウンドが組みやすくなるのも米国の特長といえるかもしれません。
橋爪:同じ現象を別の角度から見ると、その背景には開発スピードの速さと、それを支える人材層の厚さがあると感じます。
医療機器の開発経験者や薬事の経験者、製品を市場に投入した経験を持つ人材が豊富で、LinkedIn上で探し、ダイレクトにスカウトすることもできます。たとえば脳領域のステントを開発しようとしたとき、日本では開発・薬事の経験者を見つけにくいのが実情ですが、米国ではすぐに見つかる。この差が、開発からインキュベーションまでのスピードを生んでいます。
また、National Institutes of Health[4]のグラントで開発をかなり前進させてから会社を設立するケースも見受けられます。ただし、こうしたグラントは政権の方針により予算が削減され始めており、今後は目詰まりが生じる可能性も出てきています。
投資が入りやすい構造に加えて、企業のExit戦略も変化しています。
橋爪:医療機器スタートアップにとって、Exit戦略の主役は依然としてM&Aです。そのM&Aも、近年は大型のディールに寄ってきている印象でした。ディールサイズの中央値は、ここ数年で大きく上昇しています。
背景のひとつには、早期のIPOやM&Aが以前より難しくなったことがあるのかもしれません。Exitまでに時間がかかるぶん、企業がより成長し、事業や売上の実態を備えた段階で買収されるようになり、結果として1件あたりの規模が大きくなっている、そうした構造の変化がうかがえます。
一方でIPOも、医療機器分野で昨年は数件が実現しました。米国のIPOマーケットが現在も開いている状況にあり、コマーシャルステージ[5]に達した企業が上場しています。個人的に一番印象に残ったのも、このIPOの調達額の大きさでした。1件で数億ドル規模を調達するケースもあり、米国と日本の環境の差を強く感じます。「医療機器のExitはやはりM&Aだ」という見方をしていたので、IPOも数件続いていること自体が、正直なところ新鮮でした。
柏木:そうしたIPOには、それぞれ相応のバリュエーションもついています。
大型のM&AとIPO。この2つの戦略が併存していることが、米国のレイターステージに厚みを与えているのだと思います。
現地で感じた、スタートアップとチームの厚み
カンファレンスでは、多数のスタートアップとも意見交換を行いました。米国勢の層の厚さを痛感する一方で、日本企業も十分に戦えるという確信も得られた場でした。
柏木:まず感じたのは、勢いです。熱意そのものに大きな差があるというより、プレゼンテーションの完成度や人前で話し慣れている感覚が際立っていました。研究者バックグラウンドの方も、硬いプレゼンに終始する人は少なく、ピッチが非常に上手かったです。
技術力はもちろん重要ですが、それ以上に「どの市場を狙い、どのようなExitを目指すのか」というストーリーまで整理されている企業が多い印象でした。大きなビジョンを掲げる企業がある一方で、「着実に製品を仕上げ、チームを組成し、確実に買ってもらう」という出口を明確に見据えた現実的な設計の企業も多く、ここは二分されているように思います。
またシードやシリーズAの段階で、すでにストラテジック・インベスター[6]が入っている例も複数あり、日本と明確に異なる点だと思います。
経営陣を見ると、シリアルアントレプレナーや過去にM&A・IPOを経験したメンバーが数多く参画しています。体感では、面談したスタートアップの8割ほどがシリアルという勢いで、日本では1割に満たない印象です。スタートアップを成長させる層の厚さを、改めて強く感じました。
橋爪:開発責任者や薬事責任者も、過去に複数の医療機器を上市した経験を持つ人材が多いです。疾患領域の専門性に加えて、開発・薬事の実務経験まで兼ね備えた人材が揃っており、エコシステムとしての厚みも感じます。
では、そんな米国から見て、日本市場はどう映っているのか。今回はトップティアと呼ばれるVCとのネットワーキングも大きな目的の1つでした。
橋爪:日本のディープテック・スタートアップに投資してもらい、グローバル基準で成功する企業を共に見出していきたいという狙いから、当社がなぜ日本でやれると考えているのか、政府の政策転換の動きなどを伝え、投資先に関する情報も共有しながら協業の可能性を話してきました。
柏木:会話をしてみると、すでに日本を見始めているVCと、そうでないVCとで大きく分かれました。前者は政府の追い風も含めて期待感が大きく、後者は「言葉も法律も分からないので見ていないが、いい技術があるという噂は聞いている」という反応で、まだ機会が残っている領域だと感じました。米国から見ても、日本は魅力的な市場になりつつあるのだと思います。
実際、直近ではHIFU(高密度焦点式超音波)領域の日本のスタートアップであるソニア・セラピューティクスが、医療機器に特化したVCとして著名なSanté Venturesから資金調達を実現しました。
あるVCにこの話をしたところ、「HIFU領域は見ていたのに、この会社には気づかなかった」と。優れたスタートアップが日本にあっても、海外投資家のレーダーに入っていないだけで機会を逃しているケースが、現に起きているということです。
橋爪:日本のスタートアップの認知を高め、海外の投資家にきちんと伝えていけば、そうした機会は生まれていく。その可能性を強く感じました。
柏木:プロダクトのコンセプトや着眼点についても、日本企業が決して劣っているとは感じませんでした。「いいな」と思ったスタートアップも、逆に「これはスケールが難しそうだ」と感じたスタートアップも、着眼点としては日本でもよく見るものが多かったです。
医療ニーズそのものは保険制度などの違いはあれど世界で共通する部分が大きく、日本でも十分競争力のある技術が数多く存在しています。「この会社なら、海外に持っていけば戦える」と感じる場面もありました。
橋爪:私たちの投資先でも、FDA Breakthrough Device指定[7]を取得した企業や、米国投資家から資金調達を実現した企業、現地に拠点を設けた企業が増えてきています。日本発のスタートアップがグローバル市場で勝てる可能性は、着実に高まっていると感じています。
海外展開の第一歩は「現地へ行くこと」
技術力で戦えるとして、では日本企業はどのようにグローバル展開を進めるべきか。二人の答えは、いたってシンプルなものでした。
柏木:一番大切なのは、まず現地へ行くことだと思います。イベントに一度参加するだけ、たまにピッチイベントに出るだけでは、なかなか見てもらえずに終わってしまう。継続的に渡航し、人と会い続け、定期的に対話することで信頼関係が生まれます。VCや事業会社とのネットワークも、その積み重ねによって少しずつ広がっていきます。それを担うに足るプロダクトやコンセプトは、日本にも十分あると思います。
橋爪:私自身も昨年に続いて参加しましたが、「また来たね」と声を掛けてくれる方が増え、新しいつながりに発展する場面が何度もありました。現地では「アメリカに住んでいるのか」とよく尋ねられ、たまに訪れるだけでなく、拠点を持つことの大切さも意識しました。グローバル市場では、継続的なコミュニケーションそのものが大きな価値になります。
私たち自身も継続的にコミュニケーションを取り、今後もこのような情報をみなさんにお届けしたいと思います。


- [1] Brain-Computer Interface(BCI):脳の神経活動をリアルタイムで読み取り、コンピューターや機械を直接操作できるようにする技術
- [2] ディリスク:実用化にあたって伴う技術的な不確実性やリスクをあらかじめ最小限に抑えた技術
- [3] First in Human(FIH):動物実験などを経て有効性や安全性が確認された新しい薬や治療法を、世界で初めてヒトに投与する臨床試験(治験)のこと
- [4] National Institutes of Health(NIH):米国国立衛生研究所
- [5] コマーシャルステージ:製品を上市し、売上が立っている段階
- [6] ストラテジック・インベスター:投資による直接的な利益(キャピタルゲイン)だけでなく、事業シナジーや技術提携、販路拡大などの戦略的メリットを目的として企業に出資する事業会社や個人を指す(Strategic Investor)。この文脈では大手医療機器メーカーなどのこと。
- [7] FDA Breakthrough Device指定:生命を脅かす疾患に対して、より効果的な診断や治療を可能にする革新的な医療機器の審査を優先し、患者への早期アクセスを実現するためのFDAの特別プログラム





