私たちはなぜディープテック起業家になったのか。事業の成功の先にある、研究への想いとは

伊藤:皆さんこんにちは、Beyond Next Venturesで代表取締役社長を務める伊藤毅です。

今回のゲストである清水さんは、弊社1号ファンドの出資先「エレファンテック」の創業者です。

エレファンテックは、私たちが注力する「ディープテック」領域の東大関連のスタートアップで、プリント基板の製法を根本から変える金属インクジェット印刷による電子回路基板の事業化に成功しました。2024年3月にはシリーズEで約30億円を、エクイティ(株主資本)でのべ100億円近くの資金調達を実施。台湾のライトン社と業務提携し、世界のノートPC約8台に1台でエレファンテックのプリント基板が使われる見込みです。

圧倒的で唯一無二の技術と事業化する力を持っていれば、一瞬で世界中から求められるようになる」と話す清水さん。ディープテックの可能性や私たちが思い描く研究の未来などについて深掘ります。

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プロフィール

清水信哉

エレファンテック株式会社 代表取締役社長

清水信哉

東京大学大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 修士課程修了。2012年、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて、製造業を中心としたコンサルティングに従事。2014年、エレファンテック株式会社(旧AgIC株式会社)を創業。代表取締役社長に就任。

伊藤 毅

Beyond Next Ventures株式会社 代表取締役社長

伊藤 毅

2003年4月にジャフコ(現ジャフコ グループ)に入社。Spiberやサイバーダインをはじめとする多数の大学発技術シーズの事業化支援・投資活動をリード。2014年8月、研究成果の商業化によりアカデミアに資金が循環する社会の実現のため、Beyond Next Venturesを創業。創業初期からの資金提供に加え、成長を底上げするエコシステムの構築に従事。出資先の複数の社外取締役および名古屋大学客員准教授・広島大学客員教授を兼務。内閣府・各省庁のスタートアップ関連委員メンバーや審査員等を歴任。東京工業大学大学院 理工学研究科化学工学専攻修了

世界に一瞬で広がるダイナミズム、人類未踏への挑戦


伊藤:ディープテック領域で起業する最大の魅力は何だと思いますか?

清水:もちろん事業化まで時間がかかって大変なんですけど、ディープテック領域で起業して良かったと思っているのは「世界の最先端で人類未踏の領域に挑める楽しみがある」ことです。その知的好奇心に対するエキサイトメントがあるし、世界初の唯一の成功事例となれば、一瞬で、対象となる市場がグローバルになりますから。

ついさきほども、時価総額何十兆円の超有名な大企業から「御社が最近発表した技術に注目している。ぜひ使いたい」って直接電話が来ました。これってディープテックじゃないとなかなかできないビジネスの戦い方だと思うんです。

世界の中で唯一の圧倒的な技術を実現しているからこそ、ここにしかないからこそ、世界中から問い合わせが来る。
ディープテックだからこそ一気にグローバルに拡大できて唯一無二のポジションを確立できる可能性がある

その点に魅力があると思っています。

伊藤:おっしゃる通りですね。まだ孵化していないシーズ(将来性の高い研究成果の種や技術)がプロダクトに変化し、世の中が良くなり、世界へ大きなインパクトを生み出す。このダイナミズムがシンプルに面白いし、ディープテックの領域に投資していて楽しいと感じる瞬間です。

ディープテックで起業を決意した動機とタイミング

伊藤:それにしても、お互い立場は違えど10年前にディープテックの領域で起業したわけですが、10年後の今こんなにディープテックが盛り上がっているとはまったく想像していませんでした。清水さんは、なぜこの難しい領域で起業されたんでしょうか?


清水:せっかく人生をかけるなら、自分がいてもいなくても変わらないことは嫌だったし、「人類の進歩に貢献したい」との想いがあったんですよね。それで、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、25歳で起業しました。

25歳の時点ですでに、残りの人生は少ないと考えていました。一回のチャレンジを20年と見積もると、たった2回のチャレンジで、もう65歳。人生が終盤に差し掛かってしまうじゃないですか。

需要がある領域で勝負に勝ったとか負けたとかの事業をやるよりも、まだ誰も実現ができていなくて、私たちが存在することで世界の科学分野が一歩前に進むような、「イーロン・マスクがいたからスペースXが宇宙ビジネスを変えた」みたいな、新しい分野の事業をやりたかったんです。それで事業領域は必然的にディープテックになりました。

伊藤:私の場合、起業すると決めたときはけっこうドキドキしていたし、きっかけがないとなかなか覚悟が固まらなかったし、決断も難しかった覚えがあります。清水さんは何か独立するきっかけがあったんですか?

清水:私は伊藤さんとは逆の感覚で、若かったので、仮に失敗しても他に進む先があるし、創業時に「人生の100%をかけてこの事業でいく」という確信のもとに始めたわけではなかったです。「人生をかけられるかもしれないから、始めてみよう」くらいの気持ちでした。

逆に伊藤さんはどうだったんですか?

伊藤:37歳で、住宅ローンもあって、小さい子どもが二人いました(笑)

清水:すごい。あまり言われないことですけど、VCのほうがリスクを負っている部分があると思っていて。起業家はダメだったら辞める選択肢を選べる。でもVCは正直、途中で辞められないですよね?

伊藤:そうかもしれませんね。一度ファンドを組成すると、10年などの一定期間は運用を遂行して全うする必要がありますし、起業家のように「一定以上のラインに到達したらイグジット」とは気軽にはできません。

清水:しかも、今でこそディープテックに特化したファンドがほかにもありますけど、当時は無かったじゃないですか。ディープテックのVCでやっていくぞって決断したのはすごいし、どんな動機だったのかに興味があります。

伊藤:最初は私も、清水さんと同じように起業家になりたかったんです。新卒でVCのジャフコに入社したのも、将来の起業を考えて、修行させてもらおうという気持ちがあったからです。

入社5年目で人事異動があり、大学発ベンチャーやディープテックスタートアップの投資事業に携わり始めました。「大学発ベンチャーは、技術は面白いかもしれないけど、難しそうだし大変そう」と。

ところが、いろんな研究者や技術と出会ううちにめちゃくちゃ面白いと感じ始めて。それと同時に、素晴らしい研究者がたくさんいるのに、その魅力があまり世の中に伝わっていないもどかしさも感じるようになりました。

そんな経験を経て、「日本の大学が持っているシーズをもっと世の中に出さないといけない」と、自分なりに社会課題としてとらえていました。もっと資金の流入や投資が必要だし、経営の分かる人が必要だし、研究者が事業をどう進めていけばいいのか知識を得ていく必要もある。その部分を解決できれば、素晴らしいスタートアップがもっと誕生するのではないか。次第に会社を辞めてVCを起ち上げる決意が固まっていきました。

清水:いやあ、めちゃくちゃいい話ですね。大学が持っている技術と事業化とのギャップがとても大きいという課題は私も感じていて、もったいないですよね。

「ディープテックはちゃんと儲かるのか」問題


清水:ディープテックは夢もあるし面白い。ただその反面、「ちゃんと儲かるの?」って部分からやっぱり逃げちゃいけない。経済的な合理性が出せないと事業はスケールしないので、ちゃんと「ディープテックは儲かる」と実証していかないといけません。

でも私は、大きく利益を出していけると確信しています。

というのも、グローバルで1社しかその技術を持っていない、だから他社では実現できないとなれば、価格は自分たちで決め放題だし、実際に日本にはその手法で世界に展開している企業がたくさんあります

当社の株主である信越化学工業さんを筆頭に、「世界シェア8割」「グローバルシェア100%」の日本企業はたくさん存在します。しかも、すごく大きな利益を生み出している。半導体企業エヌビディアの時価総額が爆増しているのは、求められる性能を満たすGPUはエヌビディアから買うしか選択肢がないからですよね。

エレファンテックはまだまだこれからですが、当社の技術が普及していけばおそらく数年後には「他社よりも早くウチに売ってくれ」と、まるでオランダのASML1社しか造れないEUV露光装置みたいに争奪戦になるはずです。そういう製品を作っていけば儲かるし、夢があるし、社会に対してインパクトをもたらせるし、業界的にも意味があると考えています。

伊藤:VCの観点での話ですが、特に最近は全体的にファンドのサイズが大きくなっています。その大きさに見合ったリターンを得るとなると、自ずと国内市場だけでなく、TAM(Total Available Market:獲得可能な最大市場規模)が大きい海外へ進出する見込みのある企業を見極めて投資していく時代になってきています。

海外へ進出する際は、一般的に言語が「壁」になるわけですが、ディープテックは技術力そのものがコミュニケーションツールになり得る。「この技術があれば、どういう新しい特徴を持った製品が生まれるのか、どうしてお客さんが買ってくれるのか」などのイメージが伝わりやすく、比較的グローバルへ展開しやすい領域だと思います。実際、ディープテックに注目するVCもどんどん増えています。

「研究がビジネスになる」という新しい枠を


清水:最近思うのが、大谷翔平の二刀流枠。彼がメジャーリーグに行く前は、「二刀流なんて無理だ」「どうせバッターかピッチャーかどちらかに専念させられる」とみんなが言っていました。ところがフタを開けると、二刀流枠ができました。

ディープテックも同じだと思うんです。「研究がビジネスになる、世界で戦えてお金になる」とあまり思われていないのは、今までは二刀流枠が無かったからだと。でもこれからはどんどん新しい枠が出てきて、投資が集まらないといけない。日本の研究者や研究のためにも、人類の進化のためにも必要なことだと思っています。

研究にお金を入れていくと種が生まれて、社会に還元されるともっと大きな企業が生まれて。「このサイクルが回るんだ」と実感されて初めて、研究にもっとお金が費やされるようになる。この流れが生まれることは人類にとっていいことだし、研究レベルで解決しなければならない社会課題はめちゃくちゃたくさんあるので。そのためには、1社でも多くディープテック企業が増えて成功パターンが増えることが大事です。

伊藤:私も清水さんと同じような未来を考えています。日本の研究成果がもっと世の中に出てビジネスになり、国に税金として返ってきて、大学にお金が返ってくる。このサイクルがもうちょっと太くなっていくと、日本の研究機関やアカデミアはもっと研究活動が活発化するんですよね。

私たちはこのエコシステムのサイクルを構築するところまでやっていきたいです。日本は資源のない国なので、再び科学技術立国の確立を目指すべきですし、世界的な日本企業のほとんどが、確かなコア技術を持っています。

清水:研究を世に出すディープテックの会社を経営することは、人類にとって純粋にポジティブなことだと思います。誰かからシェアを奪ったり追い落としたりするのではなく、これまでの人類史上に無かった価値を生み出すことは、あなたの人生にもプラスだし、上手くいけば千年の後世にわたってあなたの名前が残るかもしれない。人生をかける価値があると思っているので、迷っている方がいたらぜひ一緒にディープテックを盛り上げていきましょう。

伊藤:私たちも清水さんのような志を持っている人たちを増やして、さらに業界を盛り上げていきます。

ディープテック領域で起業を考えている方、すでに起業した方にとって、とても参考になるお話を伺えました。本日はありがとうございました。

Tsuyoshi Ito

Tsuyoshi Ito

CEO / Managing Partner